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アラン・ゴールドリック ③
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8
ジェシカと終業式まで一緒にいられる権利?を無事獲得できた俺は翌日、早速トラブルに巻き込まれた。
セント・レイズシティへ向かう門の前で生徒会長と副会長、それにダニエル、あまつさえグレイにルークまで俺を待ち伏せしていたのだ。
全員が物凄い剣幕で俺を責め立てる。何故俺だけがジェシカと2人きりで過ごす事が出来るのだと。
特に生徒会長の勢いは凄かった。
「おい、アラン王子!俺はジェシカに声すらかける事が出来ないのに、何故お前だけが贔屓にされているのだ?一体どんな手を使ってジェシカをかどわかした!」
かどわかす?なんて言い方をしてくれるのだ。この愚かな生徒会長は・・・。貴様などジェシカから一番嫌がられている事に未だに気が付いていないのか?
この鈍感男めっ!
俺は睨みを聞かせて、その場にいる全員に言った。
「煩いっ!それは俺の熱意がジェシカに伝わったからだっ!」
「そんなっ!アラン王子!あまりに酷いですよ。もう貴方はジェシカに興味を無くしたはずですよね?!」
グレイは情けない声を上げるし、ルークに至っては俺を睨んでいるでは無いか!
まさに一種即発の状態の時・・・ジェシカの声が響き渡った。
「アラン王子っ!」
ああ・・・今ジェシカはこの俺だけの名前を呼んでくれた。心が震えるとは正にこういう事を言うのでは無いだろうか?
「ジェシカッ!」
俺もたまらず返事をする。ジェシカは走って来たのか息を切らせながらやって来ると言った。
「やめて下さいよっ!こんな人目の付く所で・・・物凄く目立ちまくってますよ!皆さん恥ずかしくは無いんですか?」
確かに・・・俺達は互いを見直した。うん、少しは恥ずかしい事をしていたのかもしれない。
だが、今の俺は有頂天になっている。何せ念願のジェシカとの初デートなのだから。
「おい、これで分かっただろう?ジェシカは今日から休暇に入るまで俺と一緒に過ごす事になったというのが。」
言いながらジェシカの肩を引き寄せる。
内心振り払われるのではないかとビクビクしていたが、ジェシカはそんな事はしなかった。
恐らく俺の体面を保ってくれたのだろう。それを見た他の男共は次々と情けない台詞をジェシカに訴えて来る。だが、無駄だ。ジェシカは俺だけの為に今は存在してくれているのだから。
「うるさい!お前ら!ジェシカは今回俺を選んでくれたのだ。今更お前たちが出て来た所で無駄だ。」
言いながらどさくさに紛れてジェシカを背後から抱きしめた。髪の毛の香りと柔らかな身体に思わず恋情が募って来る。
ジェシカは抵抗もせず俺の腕の中におさまってくれている。そんな素直な態度を取られると俺の事を好いてくれているのではないかと錯覚を起こしてしまう。
その様子を見て、また煩い男共が次々と文句を言って来るが、何故か副会長のノアだけは楽しそうにしている。
・・・本当に知れば知る程、この男は謎ばかりだ。
しかし、そんな空気を破ったのがジェシカだった。
「さ、さあ!アラン王子。早く出かけましょう?2人でセント・レイズシティの雪祭りを見に行くの楽しみにしていたんですよ。」
そう言って俺の手を繋いだ。しかも互いの指と指を絡める繋ぎ方だ!俺は思わず眩暈がした。な・・・なんて大胆な事をするのだ?
本当にジェシカの心が読めない。ジェシカ・・・お前の心の中をもっと知りたい。今のお前にとって、俺はどういう存在なのだ?と―。
他の連中は全員ショックで言葉を無くしてしまったようだ。そんな彼等を尻目に俺とジェシカは門へと向かった。
門をくぐり抜け、ジェシカは何故かつないだ手を離そうとするが、俺は適当な言い訳をして手を離さなかった。だって当然だろう?
今まで俺はジェシカと恋人つなぎをしてデートをしたことが無かったのだから。
こうして俺は夢のようなひと時をジェシカと過ごす事が出来たと言うのに・・・。
何故だ?何故またお前達は俺の前に姿を現してきたのだ?
怪しい眼差しで俺を誘惑してくるアメリア。そしてアメリアの背後に立つソフィー。
駄目だ・・・アメリアの瞳を見つめているとジェシカの事が記憶の中から消えていく・・・。
そして俺は何かに操られるかのようにジェシカに対して残酷な言葉を吐き、彼女は俺に背を向けて去って行った・・・。駄目だ、今度こそ本当に終わった・・・。
9
何故今俺はこんな所にいるのだろう?どうしてこの女が俺の目の前に座っているのだ?
「それでね、アラン王子様。私・・・どうしても欲しいアクセサリーがあるんですけど・・・。」
セント・レイズシティのとあるカフェでソフィーはココアを飲みながら甘ったるい声でいつものようにプレゼントを要求してくる。一体何なんだ?この図々しい女はッ!心の中ではこの女に物凄くイラついているのに、口から出てくる言葉はまるで真逆の台詞だ。
「ああ、ソフィー。今度はどんな品が欲しいんだ?お前の願いなら何だって叶えてやるぞ?」
俺の何処からこんな台詞が飛び出してくるのだ?大体俺がジェシカから去ったのは・・ソフィーが原因だったはずだろう?俺はこの女に微塵も興味が無かったはずだったのに・・・っ!
「あのね、今欲しいのはセント・レイズシティのダイヤモンド商会で扱っている品で・・・。金額は・・・。」
俺はその値段を聞いて一瞬言葉を失う。おい、まさか本気でそんな事を言ってるのか?下手をしたら船が一隻変えてしまう程の金額だぞ?いくら王子と言えど、おいそれと動かせるような金額では無い。
「あ・・・・それは幾ら何でも難しいな・・・。もう少し別の品でお前が欲しいのは無いのか?」
するとわざとらしく頬を膨らませるソフィー。
「ええ~っ!そんなあ・・・・。アラン王子の意地悪。でもあまり困らせる訳にはいかないからあ・・・。」
どこまでも甘ったるい声で上目遣いに俺を見るソフィー。
そんな仕草が可愛らしいとでも思っているのか?どうもこの女は俺の事等ちっとも理解していないようだ。俺は頭が空っぽの女は大嫌いだと言う事を。
ジェシカはどうしているのだろう・・・ジェシカに会いたい・・?
え?今俺は何を考えていた?ジェシカ・・・ジェシカ・・・一体誰だった・・?
駄目だ、ここ数日頭の中に靄がかかっているようですっきりしない。
そんな事を考えている内に、騒がしい声が店内に響き渡った。
「あ!ソフィーッ!こんな所にいたのか?!」
真っ先に声を上げたのは生徒会長だ。
「やあ、ソフィー。今日もとっても可愛いよ?」
気だるげに言いながら近寄って来るノア。
「アラン王子・・・また君は1人抜け駆けしているのかい?」
苦々し気に言うダニエル。
最近、またこの煩い奴らが俺とソフィーの周りをうろつくようになってきた。
こいつらも一体どうしてしまったのだと言いたくなってしまう。
俺同様アメリアに夢中になっていたくせに、いつの間にかアメリアには興味を無くし、全員がソフィーの虜になっているなんて、幾ら何でもおかしすぎるだろう?
グレイもルークも妙な顔で俺を見るし、マリウスに至っては恐ろしい形相で睨み付けて来る。そしてマリウスの隣にいる女・・・どうしても俺にはその女の顔がボンヤリとしか見えない。
絶対におかしい。他の連中は普通に顔が分かるのに、何故あの女だけ表情が読み取れないのだろう・・・。
「あの女・・・何者なのだろう・・・?」
ぼそりと呟いたが、その場に居た全員が俺の言葉に反応した。
「あの女?一体誰の事なのかしら?」
何故か若干イラついた様子でソフィーが尋ねて来た。他の奴等も訝し気に俺を見ている。
「ああ・・・マリウスの隣にいる女だ。どうも彼女だけ顔がぼやけて見えてしまうんだ。」
ピクリ。
ソフィーが反応したのを俺は見過ごさなかった。いや、それ以上にその場に居た男全員がやはりマリウスの隣にいる女の姿がはっきり思い出せないと答えたのには驚きだ。
「何か・・魔術でもかけられているのかな・・?」
ノアは神妙そうな顔つきで言う。
「確かに、妙な話だよね。あ!もしかしてマリウスが術でもかけているのかな?」
ダニエルが言うと、生徒会長が鼻で笑った。
「フフンッ!何の為にマリウスがそんな真似をするのだ?」
「僕たちにその彼女を取られない為にだよ。」
ダニエルの言葉に一瞬その場に居た全員が口を閉ざす。取られる・・・?俺達が・・?言われてみれば俺はある女性に酷く心を奪われていたような記憶が微かに残っている。他の連中も心当たりがあるのか、考え込んでいる素振りをしていた。
そんな沈黙を破ったのがソフィーである。
「もう!何言ってるんですか?皆さんっ!そんな顔もはっきり分からない様な女の事なんてどうだっていいじゃないですか。今あなた方の目の前にいるのは誰ですか?
私の前で他の女性の話をするのは失礼だと思いませんか?!」
何処かヒステリックにソフィーは騒ぎ立てた。こうなるともうお終いだ。
この我儘女は一度機嫌を悪くすると、手が付けられなくなる。宥めすかすのにどれ程の時間がかかるか・・・。
こうして俺達全員でソフィーの御機嫌取りに暫くの間時間を費やす事になってしまった・・。
俺は小さくため息をつく。
本当にこんな女の何処が良くて俺は一緒にいるのだろうか・・・と。
その時、突然セント・レイズ学院の1人の男が俺達の前にフラリと現れると、声をかけてきた。
「皆さん、今日はどういった集まりなんですか?」
何処か軽薄そうな男はお道化たように言った。
「お前は・・・?」
その男を見て生徒会長が口を開いた。うん?2人は知り合い同士なのだろうか?
「何だい?君は?僕たちに何の用事なのさ。」
不機嫌そうにノアは男の方を見た。
「いや~学院の人気者たちが勢揃いで何をしているのか、すこ~しだけ興味が湧いたもので。それに、人目を引くような美しい女性でしょう?もう気になって気になって・・・。」
何処までも男はへらへらと笑っている。こいつ・・・怪しすぎるぞ?!
しかし、ソフィーは自分の容姿を褒められた事が余程嬉しかったのか、途端に顔に笑みを浮かべる。
「あらっ、貴方中々素直な男性じゃ無いの。ええ、教えてあげるわ。この中で誰が一番私に相応しい相手なのか皆で話し合っていた所なのよ?」
嘘つけっ!俺達はそんな話などしていないぞっ!
恐らくその場に居た全員がこの瞬間同じことをかんがえていたのだろう・・。
何故なら俺達はお互いをこっそり見合ったのだから。
その男子学生は、モテる女性は大変ですねえ等と言いながらすぐにその場を離れて行こうとし、突然何かを思い出したかのように言った。
「皆さん、もう完全にジェシカに興味を無くしたようですね。これで俺も遠慮なく彼女に交際を申し込めますよ。」
何?!ジェシカだと—!
その瞬間、俺は雷に打たれたかのようなショックを受けた。そうだ、何故今迄俺は忘れていたのだろう?あれ程恋い慕っていた女性だと言うのに・・・。
そっと周囲を見渡すと、生徒会長を始め、皆俺と同じことを思い出したのか、全員が呆けたような顔をしているのを俺は見逃さなかった・・・・・。
10
寮に戻ると俺はグレイを呼び出した。
「お呼びですか?アラン王子。」
「ああ、悪いがジェシカに会って来てくれないか?」
俺の頼みにグレイは相当驚いたようで、後ずさった。
「え・ええっ!ほ、本気ですか・・・と言うか、何故ですか?!」
「あ、ああ・・・。ジェシカは・・俺の事を今はどう思っているのかお前から聞きだして欲しくて・・・。」
グレイからなるべく視線を逸らすように言った。こういった頼みはルークには言いにくい。
「べ、別にいいですけど・・・。」
グレイは満更でも無さそうだった。恐らくジェシカと会える口実が出来て嬉しいのだろう。
「なら早速行ってきますねっ!」
言うが早いかグレイはさっさと部屋を出て行ってしまった。ジェシカと会う算段でもあるのだろうか・・・・?でも、まあいいか。後の事は全てあいつに任せよう。
俺は肘掛椅子に座ると両手を組んで目を閉じた・・・。
翌朝、俺の前に姿を見せたグレイは散々たるものだった。髪はボサボサ、身体からは酒臭い匂いがするし、何よりもその陰鬱な表情だ。まるでこの世の終わりとでも言わんばかりの絶望的な顔をしている。
そして俺はグレイから衝撃的な話を聞いてしまった。
なんと、グレイは酔いに任せてジェシカにキスをし、あまつさえソファに押し倒したと言うでは無いか。
こ、こいつ・・・・。俺だってまだジェシカとキスをした事が無いのに・・・っ!
思わず込み上げる怒りを飲み込むと俺は尋ねた。
「・・・で。」
「で?とは?」
その後は・・・どうしたんだ?まさか、そのままジェシカを・・・。」
努めて怒りを抑えようと話をするが、握りしめた拳がどうしても震えてしまう。
「まさかっ!俺はそのまま酔い潰れて眠ってしまったんですよっ!目が覚めたら見知らぬ部屋で1人目を覚ましたくらいで・・・。」
グレイは大袈裟なほど身振り手振りで必死で俺に釈明する。
しかし、ジェシカにキスはしたが、それ以上の行為に及んでないとう事実を聞いて俺は密かに安堵した。良かった、ジェシカがグレイの毒牙にかかる事が無くて。
だが、この後は予想もしない事態が起きてしまった—。
グレイは二日酔いが酷いから休ませてくれと言って部屋に戻った。
俺はそんなグレイの為に水でも飲ませてやるかと、水差しに水を入れてグレイの部屋のドアをノックしようとした時・・・。
「アラン王子っ!」
ドスの効いた声が背後から浴びせられた。その声に正直驚いた俺は慌てて振り向くと、ジェシカの従者マリウスがその美しい顔を鬼のような形相に歪めて俺を睨み付けているではないか。
まさか・・・ジェシカの忠実な従者がこのような狂気じみた一面を持っていたとは・・・俺は一瞬でジェシカの日常生活を案じてしまった。
「な・・何だ?マリウス。その様子は・・・ただ事ではないぞ?俺に何か用でもあるのか?」
「いいえ・・アラン王子に用はありません。用があるのはグレイ様です。」
おい、何だ・・?今俺の前に立っているマリウスは・・・恐ろしい程の殺気を放っているじゃないか。グレイに会わせろだと?会ってどうするつもりなのだっ?!
「悪いが・・・今グレイは具合が悪くて臥せっているんだ・・。用事があるならまた次の機会にして貰えないか・・?」
くそっ!何故王子である俺がマリウスごときに下手に出なければならないのだ?しかし今のマリウスは・・まるで狂犬だ。冗談じゃない、こんな危険極まりない状態のマリウスをグレイなどに会わせられるというのだ?
「・・・なら待たせて頂きます。」
「え?」
何だ?今この男は何と言った?
「聞こえませんでしたか?ならグレイ様の具合が回復されるまで、この部屋の前で待たせて頂きますと答えたのですが?」
全身から怒りのオーラを発しながら俺を睨み付けるマリウス。く・・・こ、こいつはこんなに危険な男だったと言うのか?だからジェシカはマリウスから離れられずにいたのか?
その時、ドアがガチャリと開いた。グレイが出てきたのだ。
馬鹿ッ!何故部屋から出てきたのだ?!
「アラン王子・・・話は全て聞こえていました・・・よ。マリウスは俺に用があるんですよね?」
若干具合が良くなったのか、グレイの顔色が先程に比べて良くなっている。
「グレイ・・・モリス様っ!」
いきなりマリウスは懐から白い手袋を取り出すと、グレイに向かって投げつけた。
パシッ
軽い音を立ててグレイの胸元に手袋が当たって床に落ちる。
ま・・・まさかこの行為は・・・。
「ん?何だ?」
まだ寝ぼけているのか、グレイはその手袋を拾い上げようと手を伸ばす。
「よせっ!拾うなっ!」
俺は必死で止めるが、時すでに遅し。グレイはマリウスの投げつけた手袋を拾い上げる。
「グレイ・モリス様・・・・貴方に決闘を申し込みます。」
マリウスはグレイを真正面から指さすと冷たく言い放った。
・・・・遅かったか・・・。当のグレイは未だに状況を把握できていないのか呆然と立ち尽くしていたが、慌てたように口を開いた。
「え?おい。待てよマリウス。決闘って一体どういう意味だ?」
「言葉通りですよ。貴方はとんでもない事をしてくれた。だから私は貴方に決闘を申し込むのです。」
「とんでもない事・・・?」
グレイはそれでもまだ気づかない様子だ。おい!グレイ!まだ分からないのか?マリウスがこれ程激怒するのはジェシカが絡んでいるからに決まっているからだろう?
俺はやきもきしながら2人を見守るしか無かった。
「まだ分からないのですか?貴方は私の大切なお嬢様にキスをし、あまつさえ汚らわしい手で押し倒しましたよね?お嬢様は・・・ジェシカお嬢様の心も身体も全て私の物です・・。他の何者にも決して渡しませんっ!」
再びマリウスの目に凶器が宿るのを俺はこの目で見た。こ・・・こいつ・・ヤバ過ぎるっ!
グレイもマリウスの様子に押されて動けないでいるが・・・やがて言った。
「わ・・・分かった・・・。お前の言う通り。決闘に応じる・・。場所を変えようぜ。」
グレイは溜息をつくと言った。
「それが賢明な判断ですね。」
マリウスはニヤリと不敵に笑うと言った。
「では外へ出ましょうか?」
ドサッ!!
マリウスの攻撃でボロ雑巾のようになったグレイはついに地面に倒れてしまった。
「「グレイッ!!」」
決闘を見守っていた俺とルークは同時に声を上げると、グレイの元へと駆けつける。
そしてグレイを守るように俺達は立ち塞がった。
「そこをどいていただけますか?アラン王子にルーク様。」
「断る!お前に俺の大事な従者をこれ以上傷つけさせるものか。」
もうこれ以上マリウスの暴挙を黙って見ている訳にはいかない。俺は持っている剣を強く握りしめた。
「アラン王子・・・私と戦うつもりですか?いくら王子と言えど、手加減はしませんよ?」
ぞっとするほど冷たい声で言うマリウス。だが、ここで引いてなるものか。
まさに一種即発の状況の中・・・懐かしいジェシカの声が響き渡った。
「やめてっ!マリウスっ!!」
「ジェ、ジェシカッ?!」
ジェシカはマリウスの前に立ちふさがると両手を大きく広げた。その後ろ姿は・・・神々しくも見えた。
「お嬢様・・・っ!何故止めるのですか?!全てはお嬢様の為に行っているのですよ?」
明らかにマリウスの狼狽した声が聞こえる。
「何故、止めるかですって?当り前でしょう!私はこんな事一切頼んでいないし、マリウスがグレイを傷つける権利はないわっ!」
そしてジェシカはマリウスの止める声にも耳を貸さず、倒れているグレイの頭を抱きかかえると、ようやく意識を取り戻したのか、グレイがジェシカの名を呼んだ。
グレイ・・・羨ましい奴め・・・。思わず俺は心の中でチラリと思ってしまった。
ジェシカは俺とルークを責めると医務室へ運ぶように言って来た。
そして悔しそうに俯いているマリウスの傍を素通りするように俺達はその場を立ち去った。
去り際にマリウスを振り返ると、悔しそうに俯いていた・・・。
11
俺達は今医務室にいた。ジェシカは心配そうにグレイの手を握りしめている。
そして何故かしきりにルークに謝るジェシカ。・・・2人の間には妙に仲の良い雰囲気が流れている。・・面白くない。俺はわざと咳払いした。
「アラン王子・・・。」
ジェシカは俺の方を見たが、ジェシカの顔を見る勇気が無くて視線を逸らせた。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ジェシカはグレイを守ろうとしてくれてありがとうございますと礼を述べて来た。
え?ジェシカ・・・今何と言ったんだ?思わずジェシカの顔を見つめた時、グレイが目を開けた。
ジェシカは俺とルークにグレイと2人きりにさせてくれと頼んできた。・・一体2人きりでどんな話をするつもりなのだろう?
俺達が廊下で待っていると、何故か天文学の教師がやって来た。
「「・・・?」」
俺とルークは訝し気に教師を見るが、俺達に軽く会釈するとその教師はドアをノックして声をかけて中へ入るでは無いか。え?一体何故一介の教師がここへやってきたのだ?
「アラン王子。今のは天文学の教師ですよね?何故この場所へやって来たのでしょうか?」
ルークが耳打ちしてくる。
「さあ・・・俺にもさっぱり分からない。」
そこまで言った時だ。
「な・・・何だってえ~っ?!」
グレイの驚くような声が医務室から響き渡るのが聞こえて来たのだった・・・。
何故なのだ?今の状況が俺にはさっぱり理解出来ない。俺達は今学院の屋上で流星群を見ている。
俺は少し離れたところで流星群を見ているジェシカと教師の方を盗み見た。
どうしてジェシカはあの教師と一緒にいるのだろう?しかもやけに仲が良いのも気になる。うん?な・何だっ!今・・・あの教師、何かジェシカにプレゼントを渡しているようにも見えたが・・・。ま、まさかあの教師までジェシカの事を・・・?
俺は眩暈がしてきた。一体何処までライバルが増え続けているのだろう?
思わず頭を掻きむしりたくなった時・・・背後でゾッとする声が聞こえた。
「皆さん。こんばんは。今夜はとても素敵な夜ですね。」
そこに立っているのはやはりマリウス。そしてジェシカに無言で近付くと、あろう事かジェシカを強く抱きしめて来た。
「!」
余りの突然の出来事に俺を含めてその場に居た全員が言葉を無くした。
「お嬢様、こんな寒空の下で流星群を眺めていたのですか?ああ・・こんなに身体が冷え切って・・。さあ、温かい部屋の中で私と一緒に流星群を見ましょう。」
余りの苦しさに呻くジェシカ。そしてそれを咎める天文学教師の声に俺は我に返った。
「マリウス!ジェシカを放せっ!」
マリウスの肩に手を置くと恐ろしい眼差しで睨み付けて来た。
「アラン王子、その手を放して頂けますか?」
そして突然身体がフワリと浮くと、激しい勢いで壁際まで弾き飛ばされる。
「ガハッ!!」
全身を激痛が襲う。骨や背中が軋む音が聞こえてくるような痛み。更に崩れ落ちた壁が幾つも俺の身体に落下して来た。
一瞬意識が遠のいた俺が次に目を開けた時はジェシカが心配そうに俺を覗き込み、声をかけている姿だった。
「アラン王子、大丈夫ですか?しっかりして下さいっ!」
ああ・・・ジェシカ・・。こんな駄目な俺でも心配してくれるのか・・?
ならば、俺はそれに応えなければならない。
「あ、ああ・・・。大丈夫だ。」
そしてマリウスを睨み付けると俺はマリウスの暴挙を怒鳴りつけた。
それでもマリウスは挑発的な態度をやめない。
挙句の果てにジェシカが自分に付いてこない限り、俺達にさらなる攻撃を加えると脅迫して来たのだ。
何だって?お前とジェシカを2人きりにだと?そんな危険な事を見過ごせるか!
それなのに、ジェシカは言った。
「・・分かったわ。マリウスと・・一緒に行くから。」
俺は耳を疑った。ジェシカ、本気で言ってるのか?あんな危険な男と一緒にいたら・・・どんな目に遭わされるか分かったものでは無いんだぞ?!
「ジェシカッ!!」
俺が腕を伸ばして引き留めようとしたその時・・・。
ソフィーが現れた。くそっ!何でこんな大事な時にあの忌々しい女が現れたのだ?
しかし、彼女の顔を見たその瞬間に俺の意識はプツリと切れてしまった・・・。
ジェシカと終業式まで一緒にいられる権利?を無事獲得できた俺は翌日、早速トラブルに巻き込まれた。
セント・レイズシティへ向かう門の前で生徒会長と副会長、それにダニエル、あまつさえグレイにルークまで俺を待ち伏せしていたのだ。
全員が物凄い剣幕で俺を責め立てる。何故俺だけがジェシカと2人きりで過ごす事が出来るのだと。
特に生徒会長の勢いは凄かった。
「おい、アラン王子!俺はジェシカに声すらかける事が出来ないのに、何故お前だけが贔屓にされているのだ?一体どんな手を使ってジェシカをかどわかした!」
かどわかす?なんて言い方をしてくれるのだ。この愚かな生徒会長は・・・。貴様などジェシカから一番嫌がられている事に未だに気が付いていないのか?
この鈍感男めっ!
俺は睨みを聞かせて、その場にいる全員に言った。
「煩いっ!それは俺の熱意がジェシカに伝わったからだっ!」
「そんなっ!アラン王子!あまりに酷いですよ。もう貴方はジェシカに興味を無くしたはずですよね?!」
グレイは情けない声を上げるし、ルークに至っては俺を睨んでいるでは無いか!
まさに一種即発の状態の時・・・ジェシカの声が響き渡った。
「アラン王子っ!」
ああ・・・今ジェシカはこの俺だけの名前を呼んでくれた。心が震えるとは正にこういう事を言うのでは無いだろうか?
「ジェシカッ!」
俺もたまらず返事をする。ジェシカは走って来たのか息を切らせながらやって来ると言った。
「やめて下さいよっ!こんな人目の付く所で・・・物凄く目立ちまくってますよ!皆さん恥ずかしくは無いんですか?」
確かに・・・俺達は互いを見直した。うん、少しは恥ずかしい事をしていたのかもしれない。
だが、今の俺は有頂天になっている。何せ念願のジェシカとの初デートなのだから。
「おい、これで分かっただろう?ジェシカは今日から休暇に入るまで俺と一緒に過ごす事になったというのが。」
言いながらジェシカの肩を引き寄せる。
内心振り払われるのではないかとビクビクしていたが、ジェシカはそんな事はしなかった。
恐らく俺の体面を保ってくれたのだろう。それを見た他の男共は次々と情けない台詞をジェシカに訴えて来る。だが、無駄だ。ジェシカは俺だけの為に今は存在してくれているのだから。
「うるさい!お前ら!ジェシカは今回俺を選んでくれたのだ。今更お前たちが出て来た所で無駄だ。」
言いながらどさくさに紛れてジェシカを背後から抱きしめた。髪の毛の香りと柔らかな身体に思わず恋情が募って来る。
ジェシカは抵抗もせず俺の腕の中におさまってくれている。そんな素直な態度を取られると俺の事を好いてくれているのではないかと錯覚を起こしてしまう。
その様子を見て、また煩い男共が次々と文句を言って来るが、何故か副会長のノアだけは楽しそうにしている。
・・・本当に知れば知る程、この男は謎ばかりだ。
しかし、そんな空気を破ったのがジェシカだった。
「さ、さあ!アラン王子。早く出かけましょう?2人でセント・レイズシティの雪祭りを見に行くの楽しみにしていたんですよ。」
そう言って俺の手を繋いだ。しかも互いの指と指を絡める繋ぎ方だ!俺は思わず眩暈がした。な・・・なんて大胆な事をするのだ?
本当にジェシカの心が読めない。ジェシカ・・・お前の心の中をもっと知りたい。今のお前にとって、俺はどういう存在なのだ?と―。
他の連中は全員ショックで言葉を無くしてしまったようだ。そんな彼等を尻目に俺とジェシカは門へと向かった。
門をくぐり抜け、ジェシカは何故かつないだ手を離そうとするが、俺は適当な言い訳をして手を離さなかった。だって当然だろう?
今まで俺はジェシカと恋人つなぎをしてデートをしたことが無かったのだから。
こうして俺は夢のようなひと時をジェシカと過ごす事が出来たと言うのに・・・。
何故だ?何故またお前達は俺の前に姿を現してきたのだ?
怪しい眼差しで俺を誘惑してくるアメリア。そしてアメリアの背後に立つソフィー。
駄目だ・・・アメリアの瞳を見つめているとジェシカの事が記憶の中から消えていく・・・。
そして俺は何かに操られるかのようにジェシカに対して残酷な言葉を吐き、彼女は俺に背を向けて去って行った・・・。駄目だ、今度こそ本当に終わった・・・。
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何故今俺はこんな所にいるのだろう?どうしてこの女が俺の目の前に座っているのだ?
「それでね、アラン王子様。私・・・どうしても欲しいアクセサリーがあるんですけど・・・。」
セント・レイズシティのとあるカフェでソフィーはココアを飲みながら甘ったるい声でいつものようにプレゼントを要求してくる。一体何なんだ?この図々しい女はッ!心の中ではこの女に物凄くイラついているのに、口から出てくる言葉はまるで真逆の台詞だ。
「ああ、ソフィー。今度はどんな品が欲しいんだ?お前の願いなら何だって叶えてやるぞ?」
俺の何処からこんな台詞が飛び出してくるのだ?大体俺がジェシカから去ったのは・・ソフィーが原因だったはずだろう?俺はこの女に微塵も興味が無かったはずだったのに・・・っ!
「あのね、今欲しいのはセント・レイズシティのダイヤモンド商会で扱っている品で・・・。金額は・・・。」
俺はその値段を聞いて一瞬言葉を失う。おい、まさか本気でそんな事を言ってるのか?下手をしたら船が一隻変えてしまう程の金額だぞ?いくら王子と言えど、おいそれと動かせるような金額では無い。
「あ・・・・それは幾ら何でも難しいな・・・。もう少し別の品でお前が欲しいのは無いのか?」
するとわざとらしく頬を膨らませるソフィー。
「ええ~っ!そんなあ・・・・。アラン王子の意地悪。でもあまり困らせる訳にはいかないからあ・・・。」
どこまでも甘ったるい声で上目遣いに俺を見るソフィー。
そんな仕草が可愛らしいとでも思っているのか?どうもこの女は俺の事等ちっとも理解していないようだ。俺は頭が空っぽの女は大嫌いだと言う事を。
ジェシカはどうしているのだろう・・・ジェシカに会いたい・・?
え?今俺は何を考えていた?ジェシカ・・・ジェシカ・・・一体誰だった・・?
駄目だ、ここ数日頭の中に靄がかかっているようですっきりしない。
そんな事を考えている内に、騒がしい声が店内に響き渡った。
「あ!ソフィーッ!こんな所にいたのか?!」
真っ先に声を上げたのは生徒会長だ。
「やあ、ソフィー。今日もとっても可愛いよ?」
気だるげに言いながら近寄って来るノア。
「アラン王子・・・また君は1人抜け駆けしているのかい?」
苦々し気に言うダニエル。
最近、またこの煩い奴らが俺とソフィーの周りをうろつくようになってきた。
こいつらも一体どうしてしまったのだと言いたくなってしまう。
俺同様アメリアに夢中になっていたくせに、いつの間にかアメリアには興味を無くし、全員がソフィーの虜になっているなんて、幾ら何でもおかしすぎるだろう?
グレイもルークも妙な顔で俺を見るし、マリウスに至っては恐ろしい形相で睨み付けて来る。そしてマリウスの隣にいる女・・・どうしても俺にはその女の顔がボンヤリとしか見えない。
絶対におかしい。他の連中は普通に顔が分かるのに、何故あの女だけ表情が読み取れないのだろう・・・。
「あの女・・・何者なのだろう・・・?」
ぼそりと呟いたが、その場に居た全員が俺の言葉に反応した。
「あの女?一体誰の事なのかしら?」
何故か若干イラついた様子でソフィーが尋ねて来た。他の奴等も訝し気に俺を見ている。
「ああ・・・マリウスの隣にいる女だ。どうも彼女だけ顔がぼやけて見えてしまうんだ。」
ピクリ。
ソフィーが反応したのを俺は見過ごさなかった。いや、それ以上にその場に居た男全員がやはりマリウスの隣にいる女の姿がはっきり思い出せないと答えたのには驚きだ。
「何か・・魔術でもかけられているのかな・・?」
ノアは神妙そうな顔つきで言う。
「確かに、妙な話だよね。あ!もしかしてマリウスが術でもかけているのかな?」
ダニエルが言うと、生徒会長が鼻で笑った。
「フフンッ!何の為にマリウスがそんな真似をするのだ?」
「僕たちにその彼女を取られない為にだよ。」
ダニエルの言葉に一瞬その場に居た全員が口を閉ざす。取られる・・・?俺達が・・?言われてみれば俺はある女性に酷く心を奪われていたような記憶が微かに残っている。他の連中も心当たりがあるのか、考え込んでいる素振りをしていた。
そんな沈黙を破ったのがソフィーである。
「もう!何言ってるんですか?皆さんっ!そんな顔もはっきり分からない様な女の事なんてどうだっていいじゃないですか。今あなた方の目の前にいるのは誰ですか?
私の前で他の女性の話をするのは失礼だと思いませんか?!」
何処かヒステリックにソフィーは騒ぎ立てた。こうなるともうお終いだ。
この我儘女は一度機嫌を悪くすると、手が付けられなくなる。宥めすかすのにどれ程の時間がかかるか・・・。
こうして俺達全員でソフィーの御機嫌取りに暫くの間時間を費やす事になってしまった・・。
俺は小さくため息をつく。
本当にこんな女の何処が良くて俺は一緒にいるのだろうか・・・と。
その時、突然セント・レイズ学院の1人の男が俺達の前にフラリと現れると、声をかけてきた。
「皆さん、今日はどういった集まりなんですか?」
何処か軽薄そうな男はお道化たように言った。
「お前は・・・?」
その男を見て生徒会長が口を開いた。うん?2人は知り合い同士なのだろうか?
「何だい?君は?僕たちに何の用事なのさ。」
不機嫌そうにノアは男の方を見た。
「いや~学院の人気者たちが勢揃いで何をしているのか、すこ~しだけ興味が湧いたもので。それに、人目を引くような美しい女性でしょう?もう気になって気になって・・・。」
何処までも男はへらへらと笑っている。こいつ・・・怪しすぎるぞ?!
しかし、ソフィーは自分の容姿を褒められた事が余程嬉しかったのか、途端に顔に笑みを浮かべる。
「あらっ、貴方中々素直な男性じゃ無いの。ええ、教えてあげるわ。この中で誰が一番私に相応しい相手なのか皆で話し合っていた所なのよ?」
嘘つけっ!俺達はそんな話などしていないぞっ!
恐らくその場に居た全員がこの瞬間同じことをかんがえていたのだろう・・。
何故なら俺達はお互いをこっそり見合ったのだから。
その男子学生は、モテる女性は大変ですねえ等と言いながらすぐにその場を離れて行こうとし、突然何かを思い出したかのように言った。
「皆さん、もう完全にジェシカに興味を無くしたようですね。これで俺も遠慮なく彼女に交際を申し込めますよ。」
何?!ジェシカだと—!
その瞬間、俺は雷に打たれたかのようなショックを受けた。そうだ、何故今迄俺は忘れていたのだろう?あれ程恋い慕っていた女性だと言うのに・・・。
そっと周囲を見渡すと、生徒会長を始め、皆俺と同じことを思い出したのか、全員が呆けたような顔をしているのを俺は見逃さなかった・・・・・。
10
寮に戻ると俺はグレイを呼び出した。
「お呼びですか?アラン王子。」
「ああ、悪いがジェシカに会って来てくれないか?」
俺の頼みにグレイは相当驚いたようで、後ずさった。
「え・ええっ!ほ、本気ですか・・・と言うか、何故ですか?!」
「あ、ああ・・・。ジェシカは・・俺の事を今はどう思っているのかお前から聞きだして欲しくて・・・。」
グレイからなるべく視線を逸らすように言った。こういった頼みはルークには言いにくい。
「べ、別にいいですけど・・・。」
グレイは満更でも無さそうだった。恐らくジェシカと会える口実が出来て嬉しいのだろう。
「なら早速行ってきますねっ!」
言うが早いかグレイはさっさと部屋を出て行ってしまった。ジェシカと会う算段でもあるのだろうか・・・・?でも、まあいいか。後の事は全てあいつに任せよう。
俺は肘掛椅子に座ると両手を組んで目を閉じた・・・。
翌朝、俺の前に姿を見せたグレイは散々たるものだった。髪はボサボサ、身体からは酒臭い匂いがするし、何よりもその陰鬱な表情だ。まるでこの世の終わりとでも言わんばかりの絶望的な顔をしている。
そして俺はグレイから衝撃的な話を聞いてしまった。
なんと、グレイは酔いに任せてジェシカにキスをし、あまつさえソファに押し倒したと言うでは無いか。
こ、こいつ・・・・。俺だってまだジェシカとキスをした事が無いのに・・・っ!
思わず込み上げる怒りを飲み込むと俺は尋ねた。
「・・・で。」
「で?とは?」
その後は・・・どうしたんだ?まさか、そのままジェシカを・・・。」
努めて怒りを抑えようと話をするが、握りしめた拳がどうしても震えてしまう。
「まさかっ!俺はそのまま酔い潰れて眠ってしまったんですよっ!目が覚めたら見知らぬ部屋で1人目を覚ましたくらいで・・・。」
グレイは大袈裟なほど身振り手振りで必死で俺に釈明する。
しかし、ジェシカにキスはしたが、それ以上の行為に及んでないとう事実を聞いて俺は密かに安堵した。良かった、ジェシカがグレイの毒牙にかかる事が無くて。
だが、この後は予想もしない事態が起きてしまった—。
グレイは二日酔いが酷いから休ませてくれと言って部屋に戻った。
俺はそんなグレイの為に水でも飲ませてやるかと、水差しに水を入れてグレイの部屋のドアをノックしようとした時・・・。
「アラン王子っ!」
ドスの効いた声が背後から浴びせられた。その声に正直驚いた俺は慌てて振り向くと、ジェシカの従者マリウスがその美しい顔を鬼のような形相に歪めて俺を睨み付けているではないか。
まさか・・・ジェシカの忠実な従者がこのような狂気じみた一面を持っていたとは・・・俺は一瞬でジェシカの日常生活を案じてしまった。
「な・・何だ?マリウス。その様子は・・・ただ事ではないぞ?俺に何か用でもあるのか?」
「いいえ・・アラン王子に用はありません。用があるのはグレイ様です。」
おい、何だ・・?今俺の前に立っているマリウスは・・・恐ろしい程の殺気を放っているじゃないか。グレイに会わせろだと?会ってどうするつもりなのだっ?!
「悪いが・・・今グレイは具合が悪くて臥せっているんだ・・。用事があるならまた次の機会にして貰えないか・・?」
くそっ!何故王子である俺がマリウスごときに下手に出なければならないのだ?しかし今のマリウスは・・まるで狂犬だ。冗談じゃない、こんな危険極まりない状態のマリウスをグレイなどに会わせられるというのだ?
「・・・なら待たせて頂きます。」
「え?」
何だ?今この男は何と言った?
「聞こえませんでしたか?ならグレイ様の具合が回復されるまで、この部屋の前で待たせて頂きますと答えたのですが?」
全身から怒りのオーラを発しながら俺を睨み付けるマリウス。く・・・こ、こいつはこんなに危険な男だったと言うのか?だからジェシカはマリウスから離れられずにいたのか?
その時、ドアがガチャリと開いた。グレイが出てきたのだ。
馬鹿ッ!何故部屋から出てきたのだ?!
「アラン王子・・・話は全て聞こえていました・・・よ。マリウスは俺に用があるんですよね?」
若干具合が良くなったのか、グレイの顔色が先程に比べて良くなっている。
「グレイ・・・モリス様っ!」
いきなりマリウスは懐から白い手袋を取り出すと、グレイに向かって投げつけた。
パシッ
軽い音を立ててグレイの胸元に手袋が当たって床に落ちる。
ま・・・まさかこの行為は・・・。
「ん?何だ?」
まだ寝ぼけているのか、グレイはその手袋を拾い上げようと手を伸ばす。
「よせっ!拾うなっ!」
俺は必死で止めるが、時すでに遅し。グレイはマリウスの投げつけた手袋を拾い上げる。
「グレイ・モリス様・・・・貴方に決闘を申し込みます。」
マリウスはグレイを真正面から指さすと冷たく言い放った。
・・・・遅かったか・・・。当のグレイは未だに状況を把握できていないのか呆然と立ち尽くしていたが、慌てたように口を開いた。
「え?おい。待てよマリウス。決闘って一体どういう意味だ?」
「言葉通りですよ。貴方はとんでもない事をしてくれた。だから私は貴方に決闘を申し込むのです。」
「とんでもない事・・・?」
グレイはそれでもまだ気づかない様子だ。おい!グレイ!まだ分からないのか?マリウスがこれ程激怒するのはジェシカが絡んでいるからに決まっているからだろう?
俺はやきもきしながら2人を見守るしか無かった。
「まだ分からないのですか?貴方は私の大切なお嬢様にキスをし、あまつさえ汚らわしい手で押し倒しましたよね?お嬢様は・・・ジェシカお嬢様の心も身体も全て私の物です・・。他の何者にも決して渡しませんっ!」
再びマリウスの目に凶器が宿るのを俺はこの目で見た。こ・・・こいつ・・ヤバ過ぎるっ!
グレイもマリウスの様子に押されて動けないでいるが・・・やがて言った。
「わ・・・分かった・・・。お前の言う通り。決闘に応じる・・。場所を変えようぜ。」
グレイは溜息をつくと言った。
「それが賢明な判断ですね。」
マリウスはニヤリと不敵に笑うと言った。
「では外へ出ましょうか?」
ドサッ!!
マリウスの攻撃でボロ雑巾のようになったグレイはついに地面に倒れてしまった。
「「グレイッ!!」」
決闘を見守っていた俺とルークは同時に声を上げると、グレイの元へと駆けつける。
そしてグレイを守るように俺達は立ち塞がった。
「そこをどいていただけますか?アラン王子にルーク様。」
「断る!お前に俺の大事な従者をこれ以上傷つけさせるものか。」
もうこれ以上マリウスの暴挙を黙って見ている訳にはいかない。俺は持っている剣を強く握りしめた。
「アラン王子・・・私と戦うつもりですか?いくら王子と言えど、手加減はしませんよ?」
ぞっとするほど冷たい声で言うマリウス。だが、ここで引いてなるものか。
まさに一種即発の状況の中・・・懐かしいジェシカの声が響き渡った。
「やめてっ!マリウスっ!!」
「ジェ、ジェシカッ?!」
ジェシカはマリウスの前に立ちふさがると両手を大きく広げた。その後ろ姿は・・・神々しくも見えた。
「お嬢様・・・っ!何故止めるのですか?!全てはお嬢様の為に行っているのですよ?」
明らかにマリウスの狼狽した声が聞こえる。
「何故、止めるかですって?当り前でしょう!私はこんな事一切頼んでいないし、マリウスがグレイを傷つける権利はないわっ!」
そしてジェシカはマリウスの止める声にも耳を貸さず、倒れているグレイの頭を抱きかかえると、ようやく意識を取り戻したのか、グレイがジェシカの名を呼んだ。
グレイ・・・羨ましい奴め・・・。思わず俺は心の中でチラリと思ってしまった。
ジェシカは俺とルークを責めると医務室へ運ぶように言って来た。
そして悔しそうに俯いているマリウスの傍を素通りするように俺達はその場を立ち去った。
去り際にマリウスを振り返ると、悔しそうに俯いていた・・・。
11
俺達は今医務室にいた。ジェシカは心配そうにグレイの手を握りしめている。
そして何故かしきりにルークに謝るジェシカ。・・・2人の間には妙に仲の良い雰囲気が流れている。・・面白くない。俺はわざと咳払いした。
「アラン王子・・・。」
ジェシカは俺の方を見たが、ジェシカの顔を見る勇気が無くて視線を逸らせた。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ジェシカはグレイを守ろうとしてくれてありがとうございますと礼を述べて来た。
え?ジェシカ・・・今何と言ったんだ?思わずジェシカの顔を見つめた時、グレイが目を開けた。
ジェシカは俺とルークにグレイと2人きりにさせてくれと頼んできた。・・一体2人きりでどんな話をするつもりなのだろう?
俺達が廊下で待っていると、何故か天文学の教師がやって来た。
「「・・・?」」
俺とルークは訝し気に教師を見るが、俺達に軽く会釈するとその教師はドアをノックして声をかけて中へ入るでは無いか。え?一体何故一介の教師がここへやってきたのだ?
「アラン王子。今のは天文学の教師ですよね?何故この場所へやって来たのでしょうか?」
ルークが耳打ちしてくる。
「さあ・・・俺にもさっぱり分からない。」
そこまで言った時だ。
「な・・・何だってえ~っ?!」
グレイの驚くような声が医務室から響き渡るのが聞こえて来たのだった・・・。
何故なのだ?今の状況が俺にはさっぱり理解出来ない。俺達は今学院の屋上で流星群を見ている。
俺は少し離れたところで流星群を見ているジェシカと教師の方を盗み見た。
どうしてジェシカはあの教師と一緒にいるのだろう?しかもやけに仲が良いのも気になる。うん?な・何だっ!今・・・あの教師、何かジェシカにプレゼントを渡しているようにも見えたが・・・。ま、まさかあの教師までジェシカの事を・・・?
俺は眩暈がしてきた。一体何処までライバルが増え続けているのだろう?
思わず頭を掻きむしりたくなった時・・・背後でゾッとする声が聞こえた。
「皆さん。こんばんは。今夜はとても素敵な夜ですね。」
そこに立っているのはやはりマリウス。そしてジェシカに無言で近付くと、あろう事かジェシカを強く抱きしめて来た。
「!」
余りの突然の出来事に俺を含めてその場に居た全員が言葉を無くした。
「お嬢様、こんな寒空の下で流星群を眺めていたのですか?ああ・・こんなに身体が冷え切って・・。さあ、温かい部屋の中で私と一緒に流星群を見ましょう。」
余りの苦しさに呻くジェシカ。そしてそれを咎める天文学教師の声に俺は我に返った。
「マリウス!ジェシカを放せっ!」
マリウスの肩に手を置くと恐ろしい眼差しで睨み付けて来た。
「アラン王子、その手を放して頂けますか?」
そして突然身体がフワリと浮くと、激しい勢いで壁際まで弾き飛ばされる。
「ガハッ!!」
全身を激痛が襲う。骨や背中が軋む音が聞こえてくるような痛み。更に崩れ落ちた壁が幾つも俺の身体に落下して来た。
一瞬意識が遠のいた俺が次に目を開けた時はジェシカが心配そうに俺を覗き込み、声をかけている姿だった。
「アラン王子、大丈夫ですか?しっかりして下さいっ!」
ああ・・・ジェシカ・・。こんな駄目な俺でも心配してくれるのか・・?
ならば、俺はそれに応えなければならない。
「あ、ああ・・・。大丈夫だ。」
そしてマリウスを睨み付けると俺はマリウスの暴挙を怒鳴りつけた。
それでもマリウスは挑発的な態度をやめない。
挙句の果てにジェシカが自分に付いてこない限り、俺達にさらなる攻撃を加えると脅迫して来たのだ。
何だって?お前とジェシカを2人きりにだと?そんな危険な事を見過ごせるか!
それなのに、ジェシカは言った。
「・・分かったわ。マリウスと・・一緒に行くから。」
俺は耳を疑った。ジェシカ、本気で言ってるのか?あんな危険な男と一緒にいたら・・・どんな目に遭わされるか分かったものでは無いんだぞ?!
「ジェシカッ!!」
俺が腕を伸ばして引き留めようとしたその時・・・。
ソフィーが現れた。くそっ!何でこんな大事な時にあの忌々しい女が現れたのだ?
しかし、彼女の顔を見たその瞬間に俺の意識はプツリと切れてしまった・・・。
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