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第9章 2 ここに私のいる意味

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1

「え~と・・ライアンさん・・。今のはどういう意味・・なんでしょうか?」
私は首を傾げながら尋ねた。俺の住む領地に来て欲しい?つまり遊びに来て欲しいって事だよね?2日間・・・って事は泊まりにおいでって事ですよね?

「あ、ああ・・・。正確に言えば・・その、クリスマスに俺の住む領地に遊びに来ないかって誘ってるんだ・・。」

 若干顔を赤らめ、私から視線を逸らすように言うライアン。う・・・この賭けって受けて良い物なのだろうか・・?でも、待てよ?賭けって事は私からも何か条件を提示しないと駄目だよね?そこでライアンに尋ねてみた。
「あの・・・ちなみに私が賭けに勝った場合はどうなるのでしょうか・・?」

「あ、そうだよな。賭けって事はお互いに何かを賭けないと成り立たないよな?
そうだな・・・。俺には思いつかないから、ジェシカが決めてくれないか?」

そんな事言われてもなあ・・・。困ってしまう。あ、いい事を思いついた。ライアンに知り合いの女生徒がいるなら生徒会長に紹介してもらおう!

「ライアンさんは親しくしている女生徒って大勢いるんですか?」

「・・・・。」
すると、何故かライアンは白けた表情で私を見る。

「どうしたんですか?いるんですか?いないんですか?」
さらに問いかける私。

「ジェシカ・・・仮に、俺に親しい女生徒がいるとしたら・・どうするつもりだ?」
少し口を尖らせるようにライアンが言った。

「それなら、彼女候補にして下さい!」

「え・・?か、彼女候補って・・・・?」

何故か青ざめていくライアン。うん?何かまずい事を言ってしまっただろうか?

「彼女を作れって・・言ってるのか・・?」

酷く傷ついたように項垂れるライアン。
「ええ、生徒会長に彼女を作って貰いたいんです。」

「え?生徒会長に・・・か?」
パッと顔を上げるライアンに先程の陰りの表情が消えていた。

「はい。生徒会長には本当に迷惑してるんです。何故か気にいられてしまったらしく、しつこく付きまとってくるんですよ。でも、こんな言い方は良くないと思うのですが、正確に致命的な欠陥がある生徒会長には困り果ててるんですよ。だから誰か別に生徒会長が興味を持てる女生徒が現れないかと、ずっと考えていたんです。」

「そうか、ジェシカは生徒会長には全く興味が無いって訳か?」

何やら嬉しそうなライアン。やはりライアンも生徒会長が苦手なのだろう。私とは気が合いそうだ。

「ちなみに・・・ですけど、アラン王子も無いですね。」
ばっさり切り捨てる私。

「え?お前・・・アラン王子まで嫌だったのか!そうか、って事は・・・相手の男の身分など関係無いって事なんだな?」

妙に食いついてくるライアン。でも確かに彼の言う通りだ。
「当然じゃ無いですか。いくらお金や権力があったって、人格に問題があったり、致命的な欠陥があるような人間は駄目ですよ。」
そうそう、性格第一。

一方のライアンは、そうか、それなら俺にも望みがまだあるはずだとか、何やらブツブツ独り言を言って、勝手に納得している。

「で、どうなんですか?ライアンさんはお友達多そうですし・・・女性友達も大勢いるんじゃないですか?」
私はグイッと身を乗り出して尋ねた。

「あ・・ああ・・。まあ何人かはいるけど・・でもどうだろうなあ・・?」

しきりに首を捻っている。確かにあの生徒会長はその人柄を知れば知る程にドン引きしたくなる人間だ。その証拠に、顔は強面だがイケメンの分類に入るのに、4年目の学院生活になるのに恋人の1人としていないのだから。

「そうですか、いないなら仕方が無いですね。じゃ、賭けも無しにしましょうか。」
他に賭ける対象物が思い当たらなかった私は仕方なしに言うと、何故か非常にライアンが焦ったように言った。

「い、いや、それは待て。う・・ん、よし。分かった!俺の知り合いに何人か声をかけてみるから、さっきの賭けの話は無しにするなよ?」

「ええ・・。分かりました、もし私が賭けに負けたらライアンさんの領地に伺いますよ。でも、何故私を誘うんですか?」

「な、何故って・・・そ・それは・・。」

「あ!もしかすると珍しいお酒を領地で作っているんですか?それをご馳走してくれる為とか?」

「あ・ああ・・。確かに俺の国では地酒造りが盛んだが・・。いや、それだけじゃないんだ・・。俺の住んでいた領地は雪深い国なんだが、クリスマスの季節は盛大に祭りを行うから誘ってみたんだ。」

ポツリポツリと語るライアン。
「そうなんですか?それなら賭けなんて回りくどい言い方をしないで正直に話して頂ければ良かったのに。」

「え?!ならクリスマス、来てくれるのか?!」

と、その時—。

「困るな・・・ライアン。君は1人ぬけがけするつもりなの?」

突然私達の真上から声が降って来た。その声は・・・。

「ノ、ノア先輩・・・。」
私の声が上ずる。

「ライアン、いつの間に君はジェシカとそんな親しい仲になったのかな?僕だってまだ彼女を邸宅に誘っていないって言うのに・・・君って意外と女性に手が早かったんだねえ・・。真面目な青年だと思っていたのに。」

妙にとげのある言い方をするノア先輩。一体いつから私達の話しを聞いていたのだろう?

「ッ!お、俺は・・・。」

途端に俯くライアンさん。流石に今の言い方は酷い気がする。
「ノア先輩・・・今の言い方は良くないと思いますけど・・?」

「何故?君は僕よりライアンを選ぶって言うの?」

悲しげな顔でノア先輩は言った。

「はい?」
 私がライアンを選ぶと言いましたか?確かに彼には色々お世話になったり、迷惑をかけてしまった事もあるけれど、単なる友人の1人でしかない。ノア先輩は一体どんな勘違いをしているのだろうか・・?

「話は聞いたぞ。賭けをするそうだな?」

その声は・・・出た!暴君生徒会長だ!

「よし、この俺もその賭けに参加する事にしてやろう!」

え、ちょっと待って下さい、生徒会長。貴方は何処から私達の話を聞いていたのですか?大体生徒会長が賭けに参加するなどあり得ない。とんでもない話だ。

「駄目です!ユリウス様は賭けに参加しないで下さい!」

「何故だ!何故駄目なのだ?!」

「理由などお話したくありません!兎に角駄目なものは駄目なんです!」
私だって引いてはいられない。

「ククク・・・そうきたか・・・。」

突然下を向いて何やら不敵な笑い方をする生徒会長。その様子に思わずたじろぐ私達。

「ハッハッハッ!つまり、俺は賭けに参加せずとも必ずこいつ等に勝ってしまうから参加するなと言いたいのだろう?!」

ノア先輩とライアンを指さしながら笑う生徒会長。まるでその笑い方は悪の帝王のようだ。チッ・・・この生徒会長、ますます頭の回路が飛んでしまっている様だ。
思わず心の中で舌打ちしてしまう。そして流石のノア先輩やライアンも気味悪そうに生徒会長を見つめている。

「生徒会長・・・以前はもう少しまともな人間だったのに、ここ最近おかしくなってきているようだ・・・。」

ライアンが言う。

「確かにライアン、君の言う通りかもね。ジェシカが絡んでくるとどうも生徒会長は正気を保てなくなってしまうみたいだ。まさに君は魔性の女なんだね、ジェシカ。」

ノア先輩は私の方を振り向くと言った。ちょ、ちょっと待って下さい!よりにもよって先輩にだけはそんな言われ方されたくないんですけど!

「こうなると、ますます生徒会長にだけはジェシカを渡す訳にはいかないな。」

ライアンは小声でそっと呟いた。

「それなら、尚更賭けに勝って生徒会長からジェシカを守らないとね。」

何故か意気投合するノア先輩とライアン。
あ・・・何だかまた嫌な予感がする・・・。


そしてその後、案の定私の予感は見事に的中し、仮装ダンスパーティで私の仮装を見破った相手が冬の休暇を私と過ごせる権利を得られるという謎のゲームが開催される事になってしまうのだった・・・。

 最期までアラン王子は反対していたが、結局今回ばかりは周りの説得に応じざるを得なかったようである。
 
 よりにもよって絶対参加して欲しくないアラン王子と生徒会長まで加わるなんて最悪だ。何とかしなければ・・・。私は溜息をついてつくづく思った。
何処かに逃げたいと—。



2

目覚ましの音で私は目が覚めた。でもいくら寝ても、ちっとも疲れが取れていない。
これもそれも全ては昨夜の会合のせいだ・・・。今日から2日間魔法の補講訓練が始まると言うのに・・・。朝から重苦しいためいきをついた。

 昨日は何故かカフェテリアを貸し切って?(正確に言えば他の学生達が異様な雰囲気の私達に恐れて逃げ出した。)決起集会の様な会が行われたのだった。



それは昨夜の事・・・。
 その会合はいきなり開催された。今迄不在で、何も話を聞かされないまま呼び出されたマリウスは訳が分からないという感じで座らされている。
私は何故か、お誕生日席の様な場所に座らされ、私から向って右の席に手前からアラン王子、ダニエル先輩、グレイ、ルーク。そして左側の前から順にノア先輩、ライアン、マリウス、おまけで生徒会長が、席に着いていた。
 生徒会長は何故自分が末席に座らなければならないのだと文句を言っていたが、誰もが聞こえないフリをしていた。
 マリウスは先程から、チラチラと私を見つめ、一体これはどういう事かと目で訴えて来ている。う・・そんな目で見ないでよ。こっちが知りたい位なんだから。
 私とマリウスが目を合わせている事に気付いたのか、アラン王子が抗議する。

「こら!そこの2人、見つめ合うなっ!ジェシカ、お前が見つめていい相手は俺だけだっ!」

出たっ!俺様王子。本当にどんな育ち方をすればこんなに、我が儘になるのだろう?

「アラン王子、僕の恋人を怒鳴る権利は貴方には無いけどな。」

嗜めるように話すダニエル先輩。あの、いつまで恋人設定続くのですか?

「僕の女神を恋人呼ばわりするとは、相変わらず君は図々しいね。」

ダニエル先輩を挑発するように語るノア先輩。

「な、何?!ジェシカ、恋人ってどういう事だ?それに女神って何の事だ?」

驚くライアン。そりゃあそうだよね。今迄こんなやり取り聞いた事が無ければ誰だって戸惑うに決まってる。他のメンバーはもう何度もこんな会話を繰り返し聞いているので最初の頃はいちいち反応していたが、今では会話の中心人物以外はスルーしている。う~ん・・・すっかり慣れ合いの仲と化しているようだ。

「うるさい!新参者は黙っていろっ!!」

鬼畜な生徒会長が一喝する。仮にもまともなライアンにあんな口を叩くのは許されない。
「いいえ、黙って頂くのは生徒会長、貴方です。」
私はピシャリと言ってやった。

「ジ、ジェシカ、何故俺にだけ意見するのだ?何故だ?何故なんだあっ?!」

 例の如く大袈裟によろめいて喚く生徒会長。あ~もう相変わらず鬱陶しい。いっそ生徒会長など辞めて演劇部に入部して下さいと言ってやりたい。いつもいつもその上から目線と大袈裟な態度が気に入らないのよ。 
大体何故1番邪魔なアラン王子と生徒会長が偉そうにこの場にいるのだろう。 

「「生徒会長、お静かにして下さい。」」

グレイとルークが綺麗にハモる。おおっ!あの生徒会長に意見したよ。少しは見所が出てきたじゃないの。よし、このまま頑張れ、グレイにルーク。

「あ、あの~。一体これは何の集まりなのでしょうか・・・?そろそろ教えて頂けませんか?」

 ついに痺れを切らしたマリウスが、恐る恐るその場の全員に声をかけた。

「よし、ならこの俺から説明してやろう。」

 偉そうにアラン王子がしゃしゃり出る。やっぱり出てきた俺様王子。でもはっきり言って一番この場にいて欲しくない人物なのだが・・(生徒会長も含めて)。

「今度の仮装ダンスパーティーでジェシカは我々に秘密の仮装をしてパーティー会場に潜り込む。そのジェシカを見つける事が出来た男が冬の休暇、クリスマスを2人きりで過ごす事が出来ると言う賭けをする事になったのだ。」

話を随分簡単にまとめたが、言ってる事は間違えていない。と言うか、私は一言も承諾しておりませんけど?!何故誰も私に意見を聞かないし、発言の場すら与えてくれないのだろう?こんなの理不尽極まりないし、どうせ私の話に耳すら傾けないのなら、今私はこの場にいる必要は無いだろう。
 
 しかし、マリウスはアラン王子の話を聞いて顔色を変えた。

「何ですって?!皆さん、落ち着いて下さい。お嬢様は本当にそれを承諾しておいでなのですか?!」

おおっ!マリウスが今この場で神様に見える。そうよ、今私にこの場で発言権を与えてくれるのはマリウスしかいない。普段はどうしようも無いM男が今はとても頼りがいのある男性に思えて来る。

「「いや、ジェシカの意見など必要は無い!」」
 
 何故か全く同じタイミングで同じ発言をするのはやはり俺様王子と暴君生徒会長だ。流石に残りのメンバー全員は黙って私を見つめている。それでも今回ばかりはマリウスは引かない。

「お嬢様の意見が一番尊重されなくてどうするんですか!それに、ジェシカお嬢様、旦那様に何と説明されるのですか?ご自宅に戻らずに他の方の領地でクリスマスを過ごされるなど、とても旦那様がお許しになるとは思えません!」

必死で言うマリウス。そうか、ジェシカの父親という人物の事は小説でも触れなかったので全く不明だが、娘を溺愛する父親なのかもしれない。それなら心配するよね。大事な娘がクリスマスを他所の男の家で過ごすようなものなのだから、当然黙って見過ごすはずは無いだろう。

するとそこへアラン王子。

「ふん、我々はもう子供では無いのだ。親の言う事等いちいち聞く必要は無い。手紙で断りを入れるだけで十分だろう。何の問題も無い。」

いやいや、問題だらけでしょう。手紙で『クリスマスは他の男性の家で過ごします』等の手紙を出したところで家族が許すはずは無い。それなのに・・・。

「確かに、アラン王子の仰る通りですが・・。」

口籠るマリウス。何いいっ?!手紙で断るだけで大丈夫なのか?!何て緩い世界なのだろう・・・。

「そ、それなら・・・どうしても皆さんがそう仰るのなら、条件が一つあります。」

意を決したように言うマリウス。え?何々?何かこの状況から逃げられる良いアイデアが浮かんだの?

「私は訳あって、皆さんの仰る賭けに参加する事は出来ませんが・・・その代わり、賭けに勝った方の領地にお嬢様が行く際は、私が同行する事が条件です!そしてパーティーが終了するまでに仮装したお嬢様を見つけられなかった場合は、お嬢様は私がご自宅へ連れて帰らせて頂きます!」

 マリウスの話に異議を唱える者は誰もいなかった・・・・。
こうして紛糾?した会合は終了したのだった。


 私は昨夜の出来事を振り返り、本日何度目かのため息をついた。つまり結局はかけに勝とうが、負けようがマリウスは必ず私についてくると言う事だ。
その事をだれもが疑問に思ってもいない事に私は改めてマリウスの話術の巧みさに恐れをなした。
本当は一番食えない人物はマリウスなのかもしれない・・・。

 さて、他の皆はそろそろ町への門が開く時間なので思い思いに休暇を楽しんでくるのだろう。私は制服に着替えると、1人静まり返った女子寮を出た時に、太陽を背に誰かが立っており、私を見ると大股で近付いてきた。え?あの人は・・・?

「お早う、昨夜は悪かったな。」

私を待っていたのはライアンだった。

「あ、お早うございます。ライアンさん。」

「少しだけ話せる時間・・・あるか?」

「ええ、いいですよ。でもこれから町へ出掛けるのですよね?お友達が待っているのでは無いですか?」

「ああ、いいんだ。あいつらは先にもう行ってるんだ。待ち合わせ場所も決めてあるし。」

「それならいいんですけど。」
そして私はライアンを見上げて言った。

「それで、お話って言うのは?」

「ああ・・・俺がジェシカにクリスマスは俺の住む領地に来て欲しいなんて事をアラン王子に聞かれてしまって、あんなことになってしまっただろう?だから申し訳ない事をしたと思って・・・謝りに来たんだ。」

気まずそうに言うライアン。ああ、そんな事か。相変わらず真面目なんだなあ。
「別に気にしなくていいですよ。いつもの事なので。」

「ええ?!いつもあんな調子なのか?!」

驚くライアン。確かに普通の人達から見たら非日常的かもしれないね。

「はい、いつもの事です。」

「そうか・・お前・・苦労してるんだな・・・。」

しみじみ言うライアン。だとしたら言う事は一つだけだ。

「そう思うなら、お願いです。絶対アラン王子と生徒会長にだけは先を越されないで
下さいね?私絶対にあの2人だけはお断りなので。」
この際、あの2人以外なら誰に見つかっても構わないと思っている。
しかし、何を勘違いしたのかライアンは嬉しそうに言った。

「ああ、任せておけ!ジェシカの為に必ず俺が誰よりも早く見つけてやる!」

何だか果てしなく彼は勘違いしているようだが・・・あの2人以外なら誰に見つかっても構わないからここは黙って頷く事にしよう―。



3


魔法を自在に操る―
それはこの学院に入学してきた学生なら普通は容易に出来るもの。
セント・レイズ学院の入学選考は学力もさることながら、一番の選出基準は魔力の強さ。この魔力が一定基準を満たしていなければいくら学力が高くても入学試験を受ける事すら出来ない、いわばエリート集団のみが入学を許される学院である。

 そして、当然この小説の主人公ジェシカも高い魔力保持者と言う設定だったのだが
私はジェシカがどのような魔法を得意とするのかは作中の中で一切触れる事はしなった。その為なのか・・・。
ジェシカが使いこなせる魔法が何一つ無い!
他の学生なら当然できるであろう、水を作り出す魔法、火を出現させる魔法、風を巻き起こす魔法・・・ありとあらゆる魔法が私には何一つ出来なかった。


 もう何度目の失敗になるだろうか・・・。
目の前のアルコールランプに道具を使わずに火を灯す事が出来ず、ただブスブスと黒い煙を吐き出させるだけで終わってしまった。
教授と私は溜息をついた。

「ジェシカさん・・・・。また駄目でしたね・・。」

魔法の補講訓練を受け持ってくれた女性教諭がうんざりしたように言った。

「はい・・すみません・・。」
私は下を向いて俯くばかり。ここまで失敗の連続になると、本当にジェシカは魔法を使えたのかどうか怪しいものだ。
小説の中のジェシカはとにかく男に手が早かった。気に入った男を見つければ次から次へと声をかけ、深い関係になった男も数知れず。そしてより、高条件の相手が見つかれば、それまで関係のあった男性陣をバッサバッサと切り捨てる冷血感。
このセント・レイズ学院に通う学生はいずれもエリート揃い。ここで最も素晴らしい男性をモノにする為に本当は魔力等無いのに、不正な手を使って、潜り込んだのでは無いだろうか・・・?

「どうしたのですか?リッジウェイさん。」 

急に黙り込んでしまった私を見て、先生が、声をかけてきた。

「いえ・・ただ、ここまでやっても魔法が使えないと言う事は、もしかすると私には魔力が無いのかなと思いまして。」
でも仮にそうだとすると、恐らく私は退学になるだろう。でも退学になればこの先私にの身に降りかかる災いからは逃げられるかもしれないだろう。しかし、私が恐れているのは不正入学をした罪で裁かれてしまう可能性があるかもしれない事だ。

「リッジウェイさん・・・。少し休憩してきなさい。息抜きをしたらまた30分後に再開しましょう。」 

先生はポンと肩を叩くと、教室から出て行った。
「はあ~・・・私って駄目だなぁ・・・。」
机に突っ伏すと呟いた。大体ここは私のいた世界ではないし、本来は存在してはいけない人間だ。もしかするとそのせいで魔法も使えないのかも知れない。

「帰りたい・・・。」
気が付けば私は、呟いていた。目を閉じれば
高層ビルの谷間を忙しそうに歩く人の集団。電線が張り巡らされた空。そして便利な生活・・・それら全てが懐かしい。
そして思い出されるのは健一の姿。
本当に好きだったのに。私を裏切り、捨てていった彼。

「健一・・・。」

私が最後に見た光景、本当に彼は私とやり直したくて、後を追って来たのだろうか・・?

「コーヒーでも飲んでこよ。」
私はわざと声にだし、立ち上がった。どうも落ち込むと日本での暮らしに思いを馳せてしまう。


 校舎の外に出ると、いつもは大勢の学生で賑わっている敷地内は嘘のように静まり返っている。
しかし、数名の学生達とたまにすれ違う事もあった。恐らく来週の仮装ダンスパーティーのイベント準備で居残りした学生達なのであろう。

 私は手近なカフェに入り、カフェオレを注文すると、窓際の席に移動してぼんやりと外を眺めていた。すると近くのテーブルに見知った顔の人物が本を読みながらコーヒーを飲んでいる姿が目に止まった。
あ、あの姿は・・・?

 その時偶然にも、相手も私の視線に気付いたのか顔をあげて読みかけの本を閉じると話しかけてきた。

「あれ?リッジウェイさん。どうしたの?君は今日出かけなかったの?」

「はい、ジョセフ先生。実は今日は魔法の補講授業を受けているんです。」

そう答えたが、先生は私の元気の無い様子に気付くと、立ち上がり私に近づくと言った。

「一緒に座ってもいいかな?」

「はい、どうぞ。」
簡単に返事をすると、先生はありがとうと言い、向かい側の席に座った。

「先生、今日はどうされたんですか?授業はお休みですよね?何故学院に残っているのですか?」

「うん。調べ物があったし、今日はあまり1人で家にいたい気分にはなれなかったんだ。」

そして先生は首から下げているネックレスをギュッと握りしめた。ネックレスの先には銀色のリングが付いている。
大切な物なのだろうか・・・?


「魔法・・・もしかて上手く使いこなせていないのかな?」

突然先生は話しかけてきた。

「はい・・・。私だけ未だに何も魔法が使う事が出来ないんです。」

「そうなんだね。」

先生は黙ってそれ以上の事は尋ね無い。

「もし、魔法がこの先も使えないとしたら・・・私、退学になるかもしれませんね。それどころか、不正入学をしたと言われて処罰されるかもしれません。」

「それは無いと思うけど・・・リッジウェイさんの気持ちはどうなの?魔法が使えないのが負い目で学院には残りたくないって気持ちがあるのかな?」

先生の思いがけない質問に私は言葉に積まつてしまう。私はどうしたいのだろう・・・。

「少なくとも君の周辺にいる彼等はリッジウェイさんがこの学院を去るとしたら全力で止めるだろうね。僕の目から見たら、リッジウェイさんは彼等ととても良い関係を築けてると思うよ。」

関係を築けてる?少なくともジョセフ先生にはそんな風に見えるのだろうか?
「そうでしょうか・・・?」

「リッジウェイさんは気付いていないかもしれないけどね、君は人を引きつける魅力を持っているんだよ。この世界にはね、魔法を使う事は出来なくても、人を魅了する魔力を持つ人物もいるんだよ。君は・・・ひょっとしたらその力を持っているんじゃないかな?かつて僕の知り合いにもリッジウェイさんの様な人がいたよ。」

何故か少し悲し気に言う先生。過去に何かあったのだろうか。
それにしてもジョセフ先生は随分抽象的な事を話していると私は思った。
「先生、もしかして私を元気付ける為に言ってるんですか?」
冗談めかして私は笑みを浮かべて言った。

「別に冗談で言ってる訳じゃ無いけどね。」

あくまでジョセフ先生は真面目だが・・・

「私的には、今日は私が先生を元気付けたい気分ですけどね。人には誰しも自分の苦しみや悲しみの胸の内を明かせない時もあります。たわいない話で、先生の気が紛れるならいつでも私がお話相手になりますから・・・だから、先生も私が困ってる時は、相談に乗って下さいね。」

私の言葉を聞くと、先生は驚いたように私を見た。先生の顔は分厚いメガネのレンズに隠され、表情は、うかがい知ることは出来ないが・・・。少しは元気付けてあげる事が出来ただろうか?

「それじゃ、先生。私そろそろ行きますね早目に戻って訓練してきます。」
椅子から立ち上がると、私は深々と頭を下げた。

「待って。」

突然先生が私を呼び止めた。

「どうしましたか?」

訝しんで私が問いかけると、先生は言った。

「実は僕の家には、どんな魔法が使えるのかを調べる事が出来るマジックアイテムが有るんだ。良かったら、魔法の補講の後に僕の家に来て調べてみないかい?」

それは思いがけない話だった・・・。

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