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第7章 1 僕の女神
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1
「ほら、30分経過したぞ!面会時間は終わりだ、早く出ていけ!」
指導員・・・もとい、ライアンさんは無理矢理ダニエル先輩を部屋から追い出そうとする。
「何をするんだよ!元はと言えば、君のせいで面会時間も短かったし、2人きりで過ごせなかったんだろう?こんなのはあまりに横暴だ!訴えてやるぞ!」
ダニエル先輩は抵抗するが、どうもこの部屋では生徒会役員の力の方が上回るらしく、外に無理矢理追い出されてしまった。
「ジ、ジェシカ!明日また必ず会いに来るから!」
去り際にダニエル先輩の声が廊下に響き渡るのだった・・・。
後に残されたのは私とライアンさんだ。不気味な沈黙が続く・・・。このまま黙っていても埒が明かない。
「あの~。」
恐る恐る私は声をかけた。
「何だ?」
やたら不機嫌なライアンさん。うう、何故こんなに気を遣わなければならないのだろう。
「もう、ダニエル様も帰られたので・・ライアンさんも戻られたら如何ですか?」
すると何故か驚いたように私を見るライアンさん。
「?あの・・・?何か?」
「ジェシカ、今俺の名前を呼んだのか?」
え?今更何を言ってるのだろう?大体、自分からライアンと呼べと言ってきたくせに。
「はい、呼びましたよ?」
首を傾げながらも返事をすると、急に態度が軟化してライアンさんは嬉しそうに笑い、そして言った。
「あ、あのさ、さっきは悪かったな。せっかくアイツが会いに来たってのに、その・・邪魔しちまって。」
おや?いつの間にかダニエル先輩がライアンさんのなかでアイツ呼ばわりされてしまうようになった。何故格下げしたのだろう?でも細かい事を気にしていても仕方が無い。
「ああ。先程の件ですか?だってライアンさんは生徒会のお仕事をしただけなんですよね?別に謝る必要は無いんじゃないですか?」
私は肩を竦めて言った。どのみちこの学院は恋愛に関しては風紀が乱れ切っている気がするが、一応乱れを正すのは生徒会としては当然なのだろう。そもそもここは謹慎部屋なのだから。
「いや・・・それだけじゃ無いんだけどな。」
私の方を見もせずにライアンさんは言い淀む。もしかして色々困った面会人が度々訪れるのでその対応で疲れたのだろうか?けれど当然だろう。私だってお疲れモードだ。
「あの~。もしかしてお疲れなのでは無いですか?もうこんな時間ですし、面会に来る人もいないと思うので、私に構わず休んで下さい。」
時計を見ると、もう夜の9時を過ぎている。私は明日も外出禁止なのでこの部屋で休んでいられるけれども、ライアンさんや他の生徒会役員の人達は授業にも出なくてはならないので、さぞかし大変だろう。
それでもまあ、私も今日は何かとトラブル続きで疲れているので早く1人にさせて欲しいのが理由なんだけどね。
「あ、ああ。分かった・・・。俺はジェシカの隣の部屋にいるから、何かあったらすぐにに壁を叩けよ?分かったな?」
妙に真剣な表情で言うライアンさん。もしかしてこの部屋に何か秘密でもあるのだろうか・・・?しかも呼び方が壁を叩けって・・・。
「分かりましたよ。何かあったら壁を叩くので大丈夫ですから、もう休まれた方がいいですよ。」
私は苦笑しながら返事をすると、ようやく安心したのかライアンさんはお休みと言って部屋を去って行った。
うっ、うっ・・・・。何処かで悲しそうに泣く少年の声が聞こえる。ここは一体何処なのだろう・・?
見たことも無い部屋。殺風景な部屋は大きなベッドが一つあるだけ。
部屋の大きな窓は開け放され、バルコニーへと続いている。今夜は満月なのだろうか。大きな満月が明かりのともらない部屋を月の光で満たしている。微かにそよぐ風がレースのカーテンをヒラヒラと揺らせている・・・。
私は一歩前へと踏み出す。大きなベッドの上には一人の少年がうずくまって泣いている。
「うっ・うっ・う・・・・。」
少年の鳴き声はとても悲し気で、必死で声を殺して泣いている様子がまた余計に少年の心を悲しみで満たしている様だった・・・。
可哀そう―何とか慰めてあげたい・・・。
私はゆっくりと少年の元へ近づいてゆく。
その時、私の気配を感じたのか、少年がビクリと動き、ゆっくりと身体を起こした。
「誰・・・?」
少年は涙を拭事も無く、私を見る。金色の巻き毛に雪のように白い肌。そして緑色の瞳の・・・まるで少女のように愛らしい姿の少年は何処かで見覚えがある気がして、私の胸をざわつかせる。
月明かりが少年を明るく照らし出して、少年の姿がはっきり私の目に映し出された。
その姿を見て私は息を飲む。乱れ切った着衣から覗かせる白い肌には身体のあちこちに情事の跡が付いている。よく見ると少年が乗っているベッドも酷く乱れており、その痕跡が残されている。
何て酷い事を・・・っ!私はもう一度じっと少年の顔を見つめて、そして気が付いた。ノア先輩の面影がくっきりと少年の顔に残っているでは無いか。
きっと・・この子は紛れもなくノア先輩だ。そして恐らく私は今、ノア先輩の記憶の中にいるのだ。
「お姉さん・・・誰なの・・?どうして僕をそんなに見つめているの・・?あ!も、もしかしてまた僕を・・・?!」
少年の顔が恐怖で歪む。
「い、嫌だよーっ!お願い!もう・・もう僕を許して!あ、あんな事・・もうしたくないよ!!」
再び激しく泣きじゃくりながらベッドの上で後ずさるノア少年。
その絶望に満ちた鳴き声が私の心に突き刺さる。ああ・・こんなにまだ子供の頃から、この少年は周囲の大人達によって傷つけられてきたのだ・・・そしてその傷が後に凶器となってノア先輩の心を蝕んでしまったのだ。そう、彼をこんな風にしてしまったのはこのお話を作った私の責任。だから私は―。
「!」
私は無言で少年の身体を強く胸に抱きしめた。
「あ・・・・あ・・・。」
まだ小さい少年の身体は恐怖で小刻みに震えている。それを落ち着かせる為に私はゆっくりと背中を撫でてあげた。
「大丈夫・・・大丈夫よ・・・。私は絶対に貴方を傷つけたりしない・・・。貴方が落ち着くまで、今夜はずっとこうしていてあげるから・・・。」
少年を抱きしめて私はそっと頭を、背中を優しくなでてあげる。
最初は恐怖で震えていた少年の身体はやがて落ち着いてきたのか、徐々に呼吸が楽になり、震えも止まって来た。
やがて・・少年はポツリポツリと話し始めた。
以前から彼に過剰なくらいに親し気な態度を取ってくる母親の友人の女性がいた。その内、突然抱きしめてきたり、頬にキスをしてくるようになり、次第にその女性が怖くなってきた彼はやがてその女性が遊びに来る度に隠れるようになっていたのだが・・・。
「だけど・・・ね。」
少年は私の腕の中でその時の恐怖を思い出したのか、身震いした。
「いいのよ、別に無理に話さなくても。」
私は少年を安心させる為に言ったのだが、彼は首を振って続けた。
「今日・・・・夜ご飯を食べた後・・突然この部屋に父さんに連れてこられて・・・ここで待っていなさいって言われたから、僕大人しく待っていたんだ。そしたら、あの女の人が現れて、僕を・・・・!」
またその時の事を思い出したのか泣き出すノア少年。私は再び強く抱きしめると言った。
「いいの、いいのよ。もうそれ以上話さなくて・・・。ごめんね。悪いのは全て私なの・・本当にごめんなさい・・・・。」
気が付くと私も涙を流していた。
「お姉さん・・・僕の為に泣いてくれてるの・・・?」
ノア少年は私の頬に手を当てて尋ねた。
私は黙ってうなずくと、ありがとう・・・とノア少年は笑顔を見せてくれた―。
2
朝からどんよりした気分で目覚めた私。それは何故かって?昨夜、あんな夢を見たせいだ!ああ、私はいくら夢の中とはいえ、あんな風にいたけな少年を抱きしめて、さらに泣いてしまうとは・・・なんて失態を!
しかもまだ子供だったとはいえ相手はあの、ノア・シンプソンその人だ。
でも一体何故私はあんな変な夢を見てしまったのだろう?もしかして昨日久しぶりにノア先輩と出会ってしまったからだ!そうだ、きっとそうに決まっている。
こんなにモヤモヤした気分を晴らすには・・・・。
「シャワー浴びて来よ。」
私は着替えを持つとシャワー室へ入った。うん?ところで・・・謹慎処分中は外出も禁止だけど、制服でいなくてはならないのだろうか?まあ、制服をずっと来てるとシワになってしまうので今日の所は私服で過ごそう。
謹慎されている身分なので、シンプルな服を選んで・・・。えええ~っ!
シャワーを浴び終えた私は不本意ながら私服に着替えた。
全く、誰が私の私物の中からよりにもよって、こんな服を選んできたのだろう?もしかしたら選んだのはあの寮母か?私に対する嫌がらせを行使する為に、わざわざこんな服を選んで生徒会の人間達に持たせたのだろうか・・・・?
私はフツフツと沸き起こる怒りを抑えて、昨夜アラン王子がエマから借りて持って来てくれたノートを書き写していた。
コンコン。
ノックの音が聞こえ、外から声が聞こえてきた。
「起きてるか?ジェシカ。朝食を持ってきたんだが中へ入れて貰えるか?」
あ、あれはライアンの声だ。朝食を持って来てくれた?何て素敵な響きなのだろう!
「はい、今開けます!」
私はノートの書き写しを途中でやめ、ドアを開けた。私の予想通りそこに立っていたのはライアンで、そして彼は私の姿をみるなり、顔を真っ赤にさせる。
「お、お前・・・その恰好・・。」
ああ、もう私がどんな姿をしていようが関係無いじゃないの。
「ライアンさん、朝食を持って来てくれたんですね。ありがとうございます。それでは失礼します。」
私はトレーを受け取ると、そのまま部屋のドアを閉めようとして、阻止された。
「おい、ジェシカ!お前、一体何を考えているんだ?!よりにもよってそんな服・・・!」
ライアンは私の姿をつま先から頭のてっぺんまでくまなく見つめると言った。
「あの、その話は後でもいいですか?朝食・・・温かいうちに食べてしまいたいので。」
「あ、ああ・・・。分かった・・・。それじゃ、この話の続きはまた後で・・・。」
ええ~洋服の話の続きなんて、こっちはしたくないんですけど!彼が何を言いたいのかはよーく分かっているつもりなのでね!
ライアンが退出後、早速私はトレーに乗っている料理の蓋を開けた。中から出てきたのはフワトロのオムレツにベーコン、トーストとサラダ、そしてスープの組み合わせだ。早速スープを一口飲む。うん、コンソメの味が効いていて美味しい!トーストにジャムを塗ってアーンと口を開けて放り込む。パンの味、最高!
こうして気が付いてみると私はあっという間に朝食を食べ終えたのだった。
「食べ終えたか?ジェシカ?」
外から再び声がかかる。
「はい、食べ終えましたよ。今ドアを開けますね。」
ガチャリとドアを開けると、やはりそこにいたのはライアンだ。
「朝食、とても美味しかったです。ご馳走様でした。」
私は早速食べ終えた朝食のトレーをライアンに手渡したのだが・・・。
何故か立ち去ろうとしないライアン。心なしか私を見る顔が赤くなっている。
「あの・・・私に何か?」
言いかけて、はっと思う。そうか・・・やはり私の服装について物申したいのだな?なにせ相手は生徒会指導員。服装の乱れを正すのも仕事のうちの一つなのかもしれない。さあ、質問したいならしてごらんなさいよ!
「ジェシカの、その服装なんだが・・・。」
顔を赤らめながら言うライアン。
「私の服装が何だと言うのでしょうか?」
こうなれば開き直るしかない。
「そ、それじゃ言わせてもらうが・・・。お、男の前でそんな服を着るもんじゃない!スカート丈は短すぎるし、両脇にはき、切れ込みが入っているし、袖はあるのに両肩が見えている。挙句に・・・い、いや。何でも無い!そんな服を着る位なら制服でも着ていろ!」
何故か着ている本人よりも恥ずかしがっているライアン。でもしょうがないじゃない。誰かさんの嫌がらせで、以前のジェシカが持ってきた服を勝手に選んだのだから。正直言って、私だってこんな服は着たくない。それでも!他の服よりもまだマシな方だったので、やむを得ず着用したまでだ。
「仕方が無いんですよ。だってこれは私が好きで持ってきた服では無いんですから。それに、持ち運ばれた服の中では、一番比較的まともな服だったんですよ?制服をずっと来ていたら汚れるし、シワになってしまうじゃありませんか。」
それとも貴方が何とかしてくれるんですか?と言わんばかりに私はライアンを見る。
「う・・・わ、分かった。確かあんたの親友はエマとか言ったな?彼女に頼んで別の服を選んでもらえるように俺から頼んでおく。後、これから俺は授業に出るから妙な事はしないで大人しくしているんだぞ?」
全く、おせっかいな言い方だ。それともそんなに私の事が信用出来ないのだろうか?
「はい。分かりました。ではどうぞ授業に行って下さい。」
私は肩をすくめて言った。あ、ついでに伝言お願いしようかな?
「あの、ライアンさん。」
「うん?何だ?」
名前を呼ぶと妙に嬉しそうにするライアン。?まあ別にいいか。
「あの、エマさんに会うならもう一つお願いしてもいいですか?」
「お願い?一体何だ?」
「また本日の授業のノートをお願いしたいと伝えてください。」
「ああ・・・。やはり世間の噂なんてあまり当てにならないもんなんだな?お前を見ていてそう思ったよ。」
もしかすると昨夜の事を話しているのだろうか?
「私が男漁りをしているあばずれで、悪女で魔性の女って話ですよね?」
「おいおい・・・俺はそこまで酷く言った覚えはないぞ?」
何故か苦笑するライアン。少しは反省しているのかな?
「まあ、私はこんな外見だから色々誤解を招いてしまうのかもしれないですね。でも言っておきますが、多分私は自分で言うのもなんですが、まともな人間だと思っていますので、そこは忘れないで下さいよ。」
私の話を聞くとライアンは納得したのか、頷くと部屋を出て行った。
さて、今日は1日どうやって過ごそうか・・・・。取り合えず私は昨夜リリスから借りた本を読む事にした―。
どれくらい時間が経過しただろうか・・・。コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「ジェシカ・リッジウェイさん。面会ご希望の方がいらしていますが?」
女性の声が外で聞こえた。そうか、ライアンは今授業に出ているから代わりの生徒会指導員が待機しているのか。
「あの、どちら様ですか?」
ドア越しに尋ねると、少しためらった後に声が聞こえた。
「実は・・・。」
そこで女性の声を遮るように別の声が聞こえてきた。
「ジェシカ・・・僕だけど・・君に会いたくて来たんだ。中へ入れて貰えると嬉しいな。」
ノア・シンプソンの声だった—。
私は黙ってドアを開けると目の前にオロオロした様子の女性指導員が立っており、背後から私を覗くようにノア先輩が顔を見せた。
「良かった。ドアを開けてくれるんだね?」
「あ、あの・・・どうされますか?」
女性指導員は心底困った顔をして立っている。それはそうだろう。
だって私がノア・シンプソンに狙われているのを知っているのだから・・・。
でも、きっと大丈夫。私は息を飲んでノア先輩を見上げた—。
3
私は今、ノア・シンプソンと二人きりで向かい合って椅子に座っている。
一体彼は何をしに私の元へやってきたのだろうか・・・。ノア先輩は黙ったまま私の顔をじっと見つめているだけで一向に口を開こうとしない。仕方が無い・・・。
「ノア先輩、本日の授業はどうされたのですか?午前中の講義は無いのですか?」
突然の私の質問にノア先輩は一瞬驚いたように目を丸くすると、ククッと笑いを堪えながら言った。
「学院の授業・・・そんなの僕が出るはず無いでしょう?あんな退屈なもの。」
「入学した頃からずっと、そんな調子だったのですか?」
私は真面目に聞いてるんですけど・・・
「うん、そうだよ。僕はね、授業をまともに受けていなくても便宜を図ってくれる後ろ盾があるんだ・・・。出席日数はそれでカバーしてもらえているよ。でも試験だけはきちんと受けているけどね。こう見えて僕は記憶力がいいからね。」
成程・・・やはりノア先輩は頭が切れる男のようだ。でも、何だか勿体ない。こんな怠惰な生活を送らないで、真面目に講義に出席して勉強すれば、彼の道はもっと開けるのではないだろうか?
「ねえ・・・本当は僕は君とこんな話をする為にここへ来たわけじゃ無いんだ。時間だって30分しかないから、一分一秒だって無駄にしたくない。」
意味深な事を言うノア先輩。ついに本題に入るつもりだ・・・。
「君達は・・・どうして謹慎部屋になんか入れられたの?本当にあのナターシャが言った通りなの?僕の耳にも噂が届いているよ?」
珍しく真剣な眼差しで私を見つめるノア先輩。
「私達は決してノア先輩の耳に入っているような行為はナターシャ様に行なっておりません。必ず私達は自分達に向けられた疑いを晴らすつもりです。」
私はノア先輩の目を反らそずにじっと見つめると言った。
「ふ~ん・・・やっぱりあんな話は全くのでたらめだったんだね。」
椅子に寄りかかって言うノア先輩。まさか、たったあれだけの話で私の事を信じるのか・・・?
「あ、あの・・・信じるのですか?今の私の話しを・・?」
ノア先輩はフッと笑うと、今迄に見せた事の無い表情で私を見ると言った。
「信じるよ。僕は君の言う事ならどんな事だってね・・・。例えば君が明日世界が滅びると言っても信じるし、月が落ちてくると言っても信じるよ。」
いやいや、流石の私も月が落ちてくる等と言う事は絶対に言う事は無い。でも何故彼はそこまでいい切るのだろうか?
「どうしてノア先輩は私を信じると言い切れるのですか?私は、あれ程貴方の事を怖がっていたのに・・・?」
「それじゃ、君は僕の事をあんなに怖がっていたのに、どうして部屋に入れてくれたの?」
「それは・・・。」
思わず言葉に詰まる。まさかあんな夢を見たからだなんて言っても信じてくれないだろう。先程ノア先輩は私の話ならどんな事でも信じると言っていたけれど、あれは恐らく私の罪悪感が見せた夢だ。
「昨夜、久しぶりに夢を見たんだ。」
おもむろに先輩が語りだした。
「昔の出来事だよ・・・。僕が初めて女性を相手にさせられた時のね。あの日の事は今でも・・・忘れたくても忘れられない。」
ノア先輩の瞳に悲しみの影が宿る。
「あの夜・・・あまりにも僕が言う事を聞かないから、無理矢理父親に手足を縛られ、見動きが取れないようにされて・・・殆ど無理矢理の行為だった。僕が恐怖で、泣き叫んでも、隣の部屋にいるはずの両親に助けを求めても・・・誰一人として僕を助けてくれる人なんていなかった・・・!」
血を吐くように苦し気に言う先輩。
私は黙ってノア先輩の話を聞いていた。話の内容の凄まじさで一言も話す事が出来なかったのだ。
「・・・全ての行為が終わった後・・・夫人はトランクケースに入った大量の紙幣を置いて、満足げに部屋を去って行ったよ・・・。隣の部屋で両親と談笑する声が聞こえてきたっけね。僕の父親の声がはっきり聞こえたよ。『またよろしくお願いします』って言ったのを。ねえ?笑っちゃうだろう?またよろしくお願いしますって言うなんて・・。」
ノア先輩は顔を上げて私を見た。その表情は今にも泣きだしてしまいそうだった。
「夫人も両親も居なくなった後・・・僕は取り残されたベッドにうずくまって泣いていたら・・・見知らぬ若い女性が立っていたんだ。波打つ長い栗毛色に紫の瞳の彼女は月明かりに照らされて、まるで女神のように綺麗だった・・。彼女は泣いてる僕に近付くと、力強く僕を抱きしめて・・・絶対に僕を傷つけたりしないって、そして最後は何故か僕に泣いて謝って来たんだ。安心した僕はそのまま眠ってしまって・・目が覚めた時にはもう彼女はいなくなっていた。」
嘘・・・?あれは夢では無かったの?もしかすると私は次元を超えて過去のノア先輩に会っていたというの・・・?私は信じられない思いで聞いていた。
「あの後も・・・ずっと両親に身体を売られてきて・・・もう惰性で女の人を相手にするようになっていたよ。あの夜に会った女神さまの顔も忘れる位にね。」
ノア先輩は私から片時も目を離さずに語り続けている。私は自分の手が震えるのを必死で押さえながら話を聞いていた。
「だけど、昨夜久しぶりに昔の夢を見て、全て思い出したよ。ジェシカ、君があの日の夜、僕の前に現れてくれた女神だったんだね。」
ノア先輩は立ち上がると、私の前に跪き右手を取った。
「初めてジェシカを見た時から、どうしても君が欲しくて欲しくてたまらなかった。始めは君が今迄出会った女性の中で、ただ1人興味を持たなかった女性だからだと思っていたけど・・・。それは違った。ジェシカだから、あの時壊れそうだった僕の心を救ってくれた君だったから、こんなにも強く惹かれて、手に入れたくなったんだ。
だって君こそが僕のただ1人の女神だったのだから・・・!」
いつの間にかノア先輩の瞳から涙が後から後から溢れんばかりに流れ落ちている。
そして涙が私の手に落ちるとノア先輩はそこに口付けし、私に言った。
「お願い、どうか僕を怖がらないで。もう二度と君の嫌がるような事は絶対にしないと誓うよ。だから・・・側にいさせて欲しいんだ。ジェシカの周りには大勢の男達がいるのも知っている。君だけのたった1人の男になれなくても構わない。どうか僕を否定しないで—。」
まるで子供の様に泣きじゃくる先輩は私が会った13歳のままの少年の姿そのものだった。
だから・・・私はノア先輩の身体をそっと抱きしめた。ノア先輩は私に触れられ、身体がビクリと硬直するも、恐る恐る私の背中に手を回してきた。
「大丈夫・・・ノア先輩。先輩はもうあの時の13歳の子供じゃないです。もう両親の言う事なんてこれっぽっちも聞く必要なんかありません。だからこれからはもっと自分を大事にして下さい。自分の為に生きて下さい。私はこの先もずっと先輩の味方ですから・・・。」
私の言葉を聞くと、ますますノア先輩は激しく嗚咽して泣きじゃくる。
ジェシカ、ジェシカ・・・と何度も私の名前を呼びながら、涙が枯れるまで泣き続けるのだった―。
面会時間が終了し、部屋を出る頃には今迄の陰鬱とした表情が嘘のように明るい笑顔になっていたノア先輩の姿に、迎えに来た指導員の女性が驚いていたのは言うまでもない。
「ジェシカ、僕が必ず君たちの疑惑を晴らしてあげるからね。」
最期にノア先輩は意味深な台詞を残して帰って行った。ノア先輩、貴方は一体何をするつもりなのですか—?
「ほら、30分経過したぞ!面会時間は終わりだ、早く出ていけ!」
指導員・・・もとい、ライアンさんは無理矢理ダニエル先輩を部屋から追い出そうとする。
「何をするんだよ!元はと言えば、君のせいで面会時間も短かったし、2人きりで過ごせなかったんだろう?こんなのはあまりに横暴だ!訴えてやるぞ!」
ダニエル先輩は抵抗するが、どうもこの部屋では生徒会役員の力の方が上回るらしく、外に無理矢理追い出されてしまった。
「ジ、ジェシカ!明日また必ず会いに来るから!」
去り際にダニエル先輩の声が廊下に響き渡るのだった・・・。
後に残されたのは私とライアンさんだ。不気味な沈黙が続く・・・。このまま黙っていても埒が明かない。
「あの~。」
恐る恐る私は声をかけた。
「何だ?」
やたら不機嫌なライアンさん。うう、何故こんなに気を遣わなければならないのだろう。
「もう、ダニエル様も帰られたので・・ライアンさんも戻られたら如何ですか?」
すると何故か驚いたように私を見るライアンさん。
「?あの・・・?何か?」
「ジェシカ、今俺の名前を呼んだのか?」
え?今更何を言ってるのだろう?大体、自分からライアンと呼べと言ってきたくせに。
「はい、呼びましたよ?」
首を傾げながらも返事をすると、急に態度が軟化してライアンさんは嬉しそうに笑い、そして言った。
「あ、あのさ、さっきは悪かったな。せっかくアイツが会いに来たってのに、その・・邪魔しちまって。」
おや?いつの間にかダニエル先輩がライアンさんのなかでアイツ呼ばわりされてしまうようになった。何故格下げしたのだろう?でも細かい事を気にしていても仕方が無い。
「ああ。先程の件ですか?だってライアンさんは生徒会のお仕事をしただけなんですよね?別に謝る必要は無いんじゃないですか?」
私は肩を竦めて言った。どのみちこの学院は恋愛に関しては風紀が乱れ切っている気がするが、一応乱れを正すのは生徒会としては当然なのだろう。そもそもここは謹慎部屋なのだから。
「いや・・・それだけじゃ無いんだけどな。」
私の方を見もせずにライアンさんは言い淀む。もしかして色々困った面会人が度々訪れるのでその対応で疲れたのだろうか?けれど当然だろう。私だってお疲れモードだ。
「あの~。もしかしてお疲れなのでは無いですか?もうこんな時間ですし、面会に来る人もいないと思うので、私に構わず休んで下さい。」
時計を見ると、もう夜の9時を過ぎている。私は明日も外出禁止なのでこの部屋で休んでいられるけれども、ライアンさんや他の生徒会役員の人達は授業にも出なくてはならないので、さぞかし大変だろう。
それでもまあ、私も今日は何かとトラブル続きで疲れているので早く1人にさせて欲しいのが理由なんだけどね。
「あ、ああ。分かった・・・。俺はジェシカの隣の部屋にいるから、何かあったらすぐにに壁を叩けよ?分かったな?」
妙に真剣な表情で言うライアンさん。もしかしてこの部屋に何か秘密でもあるのだろうか・・・?しかも呼び方が壁を叩けって・・・。
「分かりましたよ。何かあったら壁を叩くので大丈夫ですから、もう休まれた方がいいですよ。」
私は苦笑しながら返事をすると、ようやく安心したのかライアンさんはお休みと言って部屋を去って行った。
うっ、うっ・・・・。何処かで悲しそうに泣く少年の声が聞こえる。ここは一体何処なのだろう・・?
見たことも無い部屋。殺風景な部屋は大きなベッドが一つあるだけ。
部屋の大きな窓は開け放され、バルコニーへと続いている。今夜は満月なのだろうか。大きな満月が明かりのともらない部屋を月の光で満たしている。微かにそよぐ風がレースのカーテンをヒラヒラと揺らせている・・・。
私は一歩前へと踏み出す。大きなベッドの上には一人の少年がうずくまって泣いている。
「うっ・うっ・う・・・・。」
少年の鳴き声はとても悲し気で、必死で声を殺して泣いている様子がまた余計に少年の心を悲しみで満たしている様だった・・・。
可哀そう―何とか慰めてあげたい・・・。
私はゆっくりと少年の元へ近づいてゆく。
その時、私の気配を感じたのか、少年がビクリと動き、ゆっくりと身体を起こした。
「誰・・・?」
少年は涙を拭事も無く、私を見る。金色の巻き毛に雪のように白い肌。そして緑色の瞳の・・・まるで少女のように愛らしい姿の少年は何処かで見覚えがある気がして、私の胸をざわつかせる。
月明かりが少年を明るく照らし出して、少年の姿がはっきり私の目に映し出された。
その姿を見て私は息を飲む。乱れ切った着衣から覗かせる白い肌には身体のあちこちに情事の跡が付いている。よく見ると少年が乗っているベッドも酷く乱れており、その痕跡が残されている。
何て酷い事を・・・っ!私はもう一度じっと少年の顔を見つめて、そして気が付いた。ノア先輩の面影がくっきりと少年の顔に残っているでは無いか。
きっと・・この子は紛れもなくノア先輩だ。そして恐らく私は今、ノア先輩の記憶の中にいるのだ。
「お姉さん・・・誰なの・・?どうして僕をそんなに見つめているの・・?あ!も、もしかしてまた僕を・・・?!」
少年の顔が恐怖で歪む。
「い、嫌だよーっ!お願い!もう・・もう僕を許して!あ、あんな事・・もうしたくないよ!!」
再び激しく泣きじゃくりながらベッドの上で後ずさるノア少年。
その絶望に満ちた鳴き声が私の心に突き刺さる。ああ・・こんなにまだ子供の頃から、この少年は周囲の大人達によって傷つけられてきたのだ・・・そしてその傷が後に凶器となってノア先輩の心を蝕んでしまったのだ。そう、彼をこんな風にしてしまったのはこのお話を作った私の責任。だから私は―。
「!」
私は無言で少年の身体を強く胸に抱きしめた。
「あ・・・・あ・・・。」
まだ小さい少年の身体は恐怖で小刻みに震えている。それを落ち着かせる為に私はゆっくりと背中を撫でてあげた。
「大丈夫・・・大丈夫よ・・・。私は絶対に貴方を傷つけたりしない・・・。貴方が落ち着くまで、今夜はずっとこうしていてあげるから・・・。」
少年を抱きしめて私はそっと頭を、背中を優しくなでてあげる。
最初は恐怖で震えていた少年の身体はやがて落ち着いてきたのか、徐々に呼吸が楽になり、震えも止まって来た。
やがて・・少年はポツリポツリと話し始めた。
以前から彼に過剰なくらいに親し気な態度を取ってくる母親の友人の女性がいた。その内、突然抱きしめてきたり、頬にキスをしてくるようになり、次第にその女性が怖くなってきた彼はやがてその女性が遊びに来る度に隠れるようになっていたのだが・・・。
「だけど・・・ね。」
少年は私の腕の中でその時の恐怖を思い出したのか、身震いした。
「いいのよ、別に無理に話さなくても。」
私は少年を安心させる為に言ったのだが、彼は首を振って続けた。
「今日・・・・夜ご飯を食べた後・・突然この部屋に父さんに連れてこられて・・・ここで待っていなさいって言われたから、僕大人しく待っていたんだ。そしたら、あの女の人が現れて、僕を・・・・!」
またその時の事を思い出したのか泣き出すノア少年。私は再び強く抱きしめると言った。
「いいの、いいのよ。もうそれ以上話さなくて・・・。ごめんね。悪いのは全て私なの・・本当にごめんなさい・・・・。」
気が付くと私も涙を流していた。
「お姉さん・・・僕の為に泣いてくれてるの・・・?」
ノア少年は私の頬に手を当てて尋ねた。
私は黙ってうなずくと、ありがとう・・・とノア少年は笑顔を見せてくれた―。
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朝からどんよりした気分で目覚めた私。それは何故かって?昨夜、あんな夢を見たせいだ!ああ、私はいくら夢の中とはいえ、あんな風にいたけな少年を抱きしめて、さらに泣いてしまうとは・・・なんて失態を!
しかもまだ子供だったとはいえ相手はあの、ノア・シンプソンその人だ。
でも一体何故私はあんな変な夢を見てしまったのだろう?もしかして昨日久しぶりにノア先輩と出会ってしまったからだ!そうだ、きっとそうに決まっている。
こんなにモヤモヤした気分を晴らすには・・・・。
「シャワー浴びて来よ。」
私は着替えを持つとシャワー室へ入った。うん?ところで・・・謹慎処分中は外出も禁止だけど、制服でいなくてはならないのだろうか?まあ、制服をずっと来てるとシワになってしまうので今日の所は私服で過ごそう。
謹慎されている身分なので、シンプルな服を選んで・・・。えええ~っ!
シャワーを浴び終えた私は不本意ながら私服に着替えた。
全く、誰が私の私物の中からよりにもよって、こんな服を選んできたのだろう?もしかしたら選んだのはあの寮母か?私に対する嫌がらせを行使する為に、わざわざこんな服を選んで生徒会の人間達に持たせたのだろうか・・・・?
私はフツフツと沸き起こる怒りを抑えて、昨夜アラン王子がエマから借りて持って来てくれたノートを書き写していた。
コンコン。
ノックの音が聞こえ、外から声が聞こえてきた。
「起きてるか?ジェシカ。朝食を持ってきたんだが中へ入れて貰えるか?」
あ、あれはライアンの声だ。朝食を持って来てくれた?何て素敵な響きなのだろう!
「はい、今開けます!」
私はノートの書き写しを途中でやめ、ドアを開けた。私の予想通りそこに立っていたのはライアンで、そして彼は私の姿をみるなり、顔を真っ赤にさせる。
「お、お前・・・その恰好・・。」
ああ、もう私がどんな姿をしていようが関係無いじゃないの。
「ライアンさん、朝食を持って来てくれたんですね。ありがとうございます。それでは失礼します。」
私はトレーを受け取ると、そのまま部屋のドアを閉めようとして、阻止された。
「おい、ジェシカ!お前、一体何を考えているんだ?!よりにもよってそんな服・・・!」
ライアンは私の姿をつま先から頭のてっぺんまでくまなく見つめると言った。
「あの、その話は後でもいいですか?朝食・・・温かいうちに食べてしまいたいので。」
「あ、ああ・・・。分かった・・・。それじゃ、この話の続きはまた後で・・・。」
ええ~洋服の話の続きなんて、こっちはしたくないんですけど!彼が何を言いたいのかはよーく分かっているつもりなのでね!
ライアンが退出後、早速私はトレーに乗っている料理の蓋を開けた。中から出てきたのはフワトロのオムレツにベーコン、トーストとサラダ、そしてスープの組み合わせだ。早速スープを一口飲む。うん、コンソメの味が効いていて美味しい!トーストにジャムを塗ってアーンと口を開けて放り込む。パンの味、最高!
こうして気が付いてみると私はあっという間に朝食を食べ終えたのだった。
「食べ終えたか?ジェシカ?」
外から再び声がかかる。
「はい、食べ終えましたよ。今ドアを開けますね。」
ガチャリとドアを開けると、やはりそこにいたのはライアンだ。
「朝食、とても美味しかったです。ご馳走様でした。」
私は早速食べ終えた朝食のトレーをライアンに手渡したのだが・・・。
何故か立ち去ろうとしないライアン。心なしか私を見る顔が赤くなっている。
「あの・・・私に何か?」
言いかけて、はっと思う。そうか・・・やはり私の服装について物申したいのだな?なにせ相手は生徒会指導員。服装の乱れを正すのも仕事のうちの一つなのかもしれない。さあ、質問したいならしてごらんなさいよ!
「ジェシカの、その服装なんだが・・・。」
顔を赤らめながら言うライアン。
「私の服装が何だと言うのでしょうか?」
こうなれば開き直るしかない。
「そ、それじゃ言わせてもらうが・・・。お、男の前でそんな服を着るもんじゃない!スカート丈は短すぎるし、両脇にはき、切れ込みが入っているし、袖はあるのに両肩が見えている。挙句に・・・い、いや。何でも無い!そんな服を着る位なら制服でも着ていろ!」
何故か着ている本人よりも恥ずかしがっているライアン。でもしょうがないじゃない。誰かさんの嫌がらせで、以前のジェシカが持ってきた服を勝手に選んだのだから。正直言って、私だってこんな服は着たくない。それでも!他の服よりもまだマシな方だったので、やむを得ず着用したまでだ。
「仕方が無いんですよ。だってこれは私が好きで持ってきた服では無いんですから。それに、持ち運ばれた服の中では、一番比較的まともな服だったんですよ?制服をずっと来ていたら汚れるし、シワになってしまうじゃありませんか。」
それとも貴方が何とかしてくれるんですか?と言わんばかりに私はライアンを見る。
「う・・・わ、分かった。確かあんたの親友はエマとか言ったな?彼女に頼んで別の服を選んでもらえるように俺から頼んでおく。後、これから俺は授業に出るから妙な事はしないで大人しくしているんだぞ?」
全く、おせっかいな言い方だ。それともそんなに私の事が信用出来ないのだろうか?
「はい。分かりました。ではどうぞ授業に行って下さい。」
私は肩をすくめて言った。あ、ついでに伝言お願いしようかな?
「あの、ライアンさん。」
「うん?何だ?」
名前を呼ぶと妙に嬉しそうにするライアン。?まあ別にいいか。
「あの、エマさんに会うならもう一つお願いしてもいいですか?」
「お願い?一体何だ?」
「また本日の授業のノートをお願いしたいと伝えてください。」
「ああ・・・。やはり世間の噂なんてあまり当てにならないもんなんだな?お前を見ていてそう思ったよ。」
もしかすると昨夜の事を話しているのだろうか?
「私が男漁りをしているあばずれで、悪女で魔性の女って話ですよね?」
「おいおい・・・俺はそこまで酷く言った覚えはないぞ?」
何故か苦笑するライアン。少しは反省しているのかな?
「まあ、私はこんな外見だから色々誤解を招いてしまうのかもしれないですね。でも言っておきますが、多分私は自分で言うのもなんですが、まともな人間だと思っていますので、そこは忘れないで下さいよ。」
私の話を聞くとライアンは納得したのか、頷くと部屋を出て行った。
さて、今日は1日どうやって過ごそうか・・・・。取り合えず私は昨夜リリスから借りた本を読む事にした―。
どれくらい時間が経過しただろうか・・・。コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「ジェシカ・リッジウェイさん。面会ご希望の方がいらしていますが?」
女性の声が外で聞こえた。そうか、ライアンは今授業に出ているから代わりの生徒会指導員が待機しているのか。
「あの、どちら様ですか?」
ドア越しに尋ねると、少しためらった後に声が聞こえた。
「実は・・・。」
そこで女性の声を遮るように別の声が聞こえてきた。
「ジェシカ・・・僕だけど・・君に会いたくて来たんだ。中へ入れて貰えると嬉しいな。」
ノア・シンプソンの声だった—。
私は黙ってドアを開けると目の前にオロオロした様子の女性指導員が立っており、背後から私を覗くようにノア先輩が顔を見せた。
「良かった。ドアを開けてくれるんだね?」
「あ、あの・・・どうされますか?」
女性指導員は心底困った顔をして立っている。それはそうだろう。
だって私がノア・シンプソンに狙われているのを知っているのだから・・・。
でも、きっと大丈夫。私は息を飲んでノア先輩を見上げた—。
3
私は今、ノア・シンプソンと二人きりで向かい合って椅子に座っている。
一体彼は何をしに私の元へやってきたのだろうか・・・。ノア先輩は黙ったまま私の顔をじっと見つめているだけで一向に口を開こうとしない。仕方が無い・・・。
「ノア先輩、本日の授業はどうされたのですか?午前中の講義は無いのですか?」
突然の私の質問にノア先輩は一瞬驚いたように目を丸くすると、ククッと笑いを堪えながら言った。
「学院の授業・・・そんなの僕が出るはず無いでしょう?あんな退屈なもの。」
「入学した頃からずっと、そんな調子だったのですか?」
私は真面目に聞いてるんですけど・・・
「うん、そうだよ。僕はね、授業をまともに受けていなくても便宜を図ってくれる後ろ盾があるんだ・・・。出席日数はそれでカバーしてもらえているよ。でも試験だけはきちんと受けているけどね。こう見えて僕は記憶力がいいからね。」
成程・・・やはりノア先輩は頭が切れる男のようだ。でも、何だか勿体ない。こんな怠惰な生活を送らないで、真面目に講義に出席して勉強すれば、彼の道はもっと開けるのではないだろうか?
「ねえ・・・本当は僕は君とこんな話をする為にここへ来たわけじゃ無いんだ。時間だって30分しかないから、一分一秒だって無駄にしたくない。」
意味深な事を言うノア先輩。ついに本題に入るつもりだ・・・。
「君達は・・・どうして謹慎部屋になんか入れられたの?本当にあのナターシャが言った通りなの?僕の耳にも噂が届いているよ?」
珍しく真剣な眼差しで私を見つめるノア先輩。
「私達は決してノア先輩の耳に入っているような行為はナターシャ様に行なっておりません。必ず私達は自分達に向けられた疑いを晴らすつもりです。」
私はノア先輩の目を反らそずにじっと見つめると言った。
「ふ~ん・・・やっぱりあんな話は全くのでたらめだったんだね。」
椅子に寄りかかって言うノア先輩。まさか、たったあれだけの話で私の事を信じるのか・・・?
「あ、あの・・・信じるのですか?今の私の話しを・・?」
ノア先輩はフッと笑うと、今迄に見せた事の無い表情で私を見ると言った。
「信じるよ。僕は君の言う事ならどんな事だってね・・・。例えば君が明日世界が滅びると言っても信じるし、月が落ちてくると言っても信じるよ。」
いやいや、流石の私も月が落ちてくる等と言う事は絶対に言う事は無い。でも何故彼はそこまでいい切るのだろうか?
「どうしてノア先輩は私を信じると言い切れるのですか?私は、あれ程貴方の事を怖がっていたのに・・・?」
「それじゃ、君は僕の事をあんなに怖がっていたのに、どうして部屋に入れてくれたの?」
「それは・・・。」
思わず言葉に詰まる。まさかあんな夢を見たからだなんて言っても信じてくれないだろう。先程ノア先輩は私の話ならどんな事でも信じると言っていたけれど、あれは恐らく私の罪悪感が見せた夢だ。
「昨夜、久しぶりに夢を見たんだ。」
おもむろに先輩が語りだした。
「昔の出来事だよ・・・。僕が初めて女性を相手にさせられた時のね。あの日の事は今でも・・・忘れたくても忘れられない。」
ノア先輩の瞳に悲しみの影が宿る。
「あの夜・・・あまりにも僕が言う事を聞かないから、無理矢理父親に手足を縛られ、見動きが取れないようにされて・・・殆ど無理矢理の行為だった。僕が恐怖で、泣き叫んでも、隣の部屋にいるはずの両親に助けを求めても・・・誰一人として僕を助けてくれる人なんていなかった・・・!」
血を吐くように苦し気に言う先輩。
私は黙ってノア先輩の話を聞いていた。話の内容の凄まじさで一言も話す事が出来なかったのだ。
「・・・全ての行為が終わった後・・・夫人はトランクケースに入った大量の紙幣を置いて、満足げに部屋を去って行ったよ・・・。隣の部屋で両親と談笑する声が聞こえてきたっけね。僕の父親の声がはっきり聞こえたよ。『またよろしくお願いします』って言ったのを。ねえ?笑っちゃうだろう?またよろしくお願いしますって言うなんて・・。」
ノア先輩は顔を上げて私を見た。その表情は今にも泣きだしてしまいそうだった。
「夫人も両親も居なくなった後・・・僕は取り残されたベッドにうずくまって泣いていたら・・・見知らぬ若い女性が立っていたんだ。波打つ長い栗毛色に紫の瞳の彼女は月明かりに照らされて、まるで女神のように綺麗だった・・。彼女は泣いてる僕に近付くと、力強く僕を抱きしめて・・・絶対に僕を傷つけたりしないって、そして最後は何故か僕に泣いて謝って来たんだ。安心した僕はそのまま眠ってしまって・・目が覚めた時にはもう彼女はいなくなっていた。」
嘘・・・?あれは夢では無かったの?もしかすると私は次元を超えて過去のノア先輩に会っていたというの・・・?私は信じられない思いで聞いていた。
「あの後も・・・ずっと両親に身体を売られてきて・・・もう惰性で女の人を相手にするようになっていたよ。あの夜に会った女神さまの顔も忘れる位にね。」
ノア先輩は私から片時も目を離さずに語り続けている。私は自分の手が震えるのを必死で押さえながら話を聞いていた。
「だけど、昨夜久しぶりに昔の夢を見て、全て思い出したよ。ジェシカ、君があの日の夜、僕の前に現れてくれた女神だったんだね。」
ノア先輩は立ち上がると、私の前に跪き右手を取った。
「初めてジェシカを見た時から、どうしても君が欲しくて欲しくてたまらなかった。始めは君が今迄出会った女性の中で、ただ1人興味を持たなかった女性だからだと思っていたけど・・・。それは違った。ジェシカだから、あの時壊れそうだった僕の心を救ってくれた君だったから、こんなにも強く惹かれて、手に入れたくなったんだ。
だって君こそが僕のただ1人の女神だったのだから・・・!」
いつの間にかノア先輩の瞳から涙が後から後から溢れんばかりに流れ落ちている。
そして涙が私の手に落ちるとノア先輩はそこに口付けし、私に言った。
「お願い、どうか僕を怖がらないで。もう二度と君の嫌がるような事は絶対にしないと誓うよ。だから・・・側にいさせて欲しいんだ。ジェシカの周りには大勢の男達がいるのも知っている。君だけのたった1人の男になれなくても構わない。どうか僕を否定しないで—。」
まるで子供の様に泣きじゃくる先輩は私が会った13歳のままの少年の姿そのものだった。
だから・・・私はノア先輩の身体をそっと抱きしめた。ノア先輩は私に触れられ、身体がビクリと硬直するも、恐る恐る私の背中に手を回してきた。
「大丈夫・・・ノア先輩。先輩はもうあの時の13歳の子供じゃないです。もう両親の言う事なんてこれっぽっちも聞く必要なんかありません。だからこれからはもっと自分を大事にして下さい。自分の為に生きて下さい。私はこの先もずっと先輩の味方ですから・・・。」
私の言葉を聞くと、ますますノア先輩は激しく嗚咽して泣きじゃくる。
ジェシカ、ジェシカ・・・と何度も私の名前を呼びながら、涙が枯れるまで泣き続けるのだった―。
面会時間が終了し、部屋を出る頃には今迄の陰鬱とした表情が嘘のように明るい笑顔になっていたノア先輩の姿に、迎えに来た指導員の女性が驚いていたのは言うまでもない。
「ジェシカ、僕が必ず君たちの疑惑を晴らしてあげるからね。」
最期にノア先輩は意味深な台詞を残して帰って行った。ノア先輩、貴方は一体何をするつもりなのですか—?
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