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第6話 元婚約者からの最後のお願い
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いつの間にか辺りはすっかり暗くなり、ガゼボの周囲にはガス燈の明かりが灯されている。
私の質問にジェレミーは一度首を傾げながら返事をした。
「言いたいこと……? そうだな……。あっさり婚約解消してくれたお礼に、結婚式に招待するよ」
「ええ。それがいいですわね。結婚式披露パーティーにも是非、招待させて下さい」
「なるほど……結婚式とお披露目のパーティーにもですか……」
夜になってくれていて本当に良かった。
そのおかげで今の自分の怒りを抑えた作り笑いを見られずにすんだからだ。
結婚を祝う式とパーティーに私を招待?
一体、何処まで無神経なのだろう。私が婚約者であることを周囲の人々は知っている。
事情を知る人々の前で私が出席など出来るはずもないのに。そんなことをすれば両親の顔にだって泥を塗ってしまう。
あまりにも非常識な提案をしてくるジェレミーを断じて許すわけにはいかない。当然ミランダも。
絶対に……二人の仲を引き裂いてやる。
「そう。二人の結婚式に招待してくれるのね? ありがとう」
一度俯き、顔を上げると笑みを浮かべた。
「御礼を言うまでもないさ。真っ先にヴァネッサに招待状を送るよ」
得意げに語るジェレミー。
私に悪いという気持ちは更々無いのだろう。もう、考えは決まった。
これからジェレミーの……私だけしか知らない、彼が隠し通したい事情をさらけ出してやる。
一歩、二人に近づくとジェレミーに声をかけた。
「ねぇ、ジェレミー。私とあなたはもう婚約者同士では無いけれど、幼馴染同士よね?」
「そうだよ、ヴァネッサ。君は俺にとって、大切な友人だ」
「そう、大切な友人と思ってくれているのね? ありがとう。なら私のお願い、聞いてもらえるかしら?」
「お願い? どんなお願いだい?」
ジェレミーは首を傾げる。
「一度でいいの。私を……抱きしめてもらえないかしら?」
「ええ!?」
「そんな……!」
このお願いに、ジェレミーとミランダが驚きの声をあげる。
「だ、だけど……俺はミランダの恋人だし、彼女の前でなんて……」
「ジェレミー様……」
二人は困った様子で見つめ合うも、私は必死に食い下がった。
「もう二度と、こんなお願いはしないわ。最後だと思って、どうか私の願いを叶えてくれないかしら? だって……21年間一度も、私はジェレミーに抱きしめてもらったことがないのよ……」
伏し目がちに、悲しそうな素振りでジェレミーを見つめる。
「え? 一度も……抱きしめてもらったことがないのですか?」
「はい、そうです」
薄明かりの下のミランダの顔には私に対する哀れみとも、同情とも取れる表情が浮かんでいる。
「知りませんでしたわ……それならジェレミー」
「なんだい?」
「ヴァネッサ様がお気の毒だわ。どうか、抱きしめて差し上げて下さい」
「ええっ!? ミランダ、本気でそんなことを言っているのかい!?」
「はい、だってあまりにもヴァネッサ様がお気の毒ではありませんか。……一度も、ジェレミー様に抱きしめて貰ったことが無いなんて……」
チラリとミランダが私を見る。
「う……わ、分かった。他ならぬ君の頼みだ。分かったよ、ヴァネッサを抱きしめてあげればいいんだろう?」
その言葉にまたしても怒りが沸き起こる。
何故、私を抱きしめるのにミランダの許可がいるのだろう?
でも駄目だ、この怒りを二人に知られるわけにはいかない。今の私は最後の抱擁を望む、哀れな元婚約者を演じなければならないのだから。
「ヴァネッサ、君の最後の願いだ。抱きしめてあげるよ」
ジェレミーが両手を広げて私に近づいてくる。
「ありがとう、ジェレミー」
ジェレミーに抱き寄せられ、私は彼の腰に腕を回した次の瞬間。
今だっ!!
私は素早く動いた――
私の質問にジェレミーは一度首を傾げながら返事をした。
「言いたいこと……? そうだな……。あっさり婚約解消してくれたお礼に、結婚式に招待するよ」
「ええ。それがいいですわね。結婚式披露パーティーにも是非、招待させて下さい」
「なるほど……結婚式とお披露目のパーティーにもですか……」
夜になってくれていて本当に良かった。
そのおかげで今の自分の怒りを抑えた作り笑いを見られずにすんだからだ。
結婚を祝う式とパーティーに私を招待?
一体、何処まで無神経なのだろう。私が婚約者であることを周囲の人々は知っている。
事情を知る人々の前で私が出席など出来るはずもないのに。そんなことをすれば両親の顔にだって泥を塗ってしまう。
あまりにも非常識な提案をしてくるジェレミーを断じて許すわけにはいかない。当然ミランダも。
絶対に……二人の仲を引き裂いてやる。
「そう。二人の結婚式に招待してくれるのね? ありがとう」
一度俯き、顔を上げると笑みを浮かべた。
「御礼を言うまでもないさ。真っ先にヴァネッサに招待状を送るよ」
得意げに語るジェレミー。
私に悪いという気持ちは更々無いのだろう。もう、考えは決まった。
これからジェレミーの……私だけしか知らない、彼が隠し通したい事情をさらけ出してやる。
一歩、二人に近づくとジェレミーに声をかけた。
「ねぇ、ジェレミー。私とあなたはもう婚約者同士では無いけれど、幼馴染同士よね?」
「そうだよ、ヴァネッサ。君は俺にとって、大切な友人だ」
「そう、大切な友人と思ってくれているのね? ありがとう。なら私のお願い、聞いてもらえるかしら?」
「お願い? どんなお願いだい?」
ジェレミーは首を傾げる。
「一度でいいの。私を……抱きしめてもらえないかしら?」
「ええ!?」
「そんな……!」
このお願いに、ジェレミーとミランダが驚きの声をあげる。
「だ、だけど……俺はミランダの恋人だし、彼女の前でなんて……」
「ジェレミー様……」
二人は困った様子で見つめ合うも、私は必死に食い下がった。
「もう二度と、こんなお願いはしないわ。最後だと思って、どうか私の願いを叶えてくれないかしら? だって……21年間一度も、私はジェレミーに抱きしめてもらったことがないのよ……」
伏し目がちに、悲しそうな素振りでジェレミーを見つめる。
「え? 一度も……抱きしめてもらったことがないのですか?」
「はい、そうです」
薄明かりの下のミランダの顔には私に対する哀れみとも、同情とも取れる表情が浮かんでいる。
「知りませんでしたわ……それならジェレミー」
「なんだい?」
「ヴァネッサ様がお気の毒だわ。どうか、抱きしめて差し上げて下さい」
「ええっ!? ミランダ、本気でそんなことを言っているのかい!?」
「はい、だってあまりにもヴァネッサ様がお気の毒ではありませんか。……一度も、ジェレミー様に抱きしめて貰ったことが無いなんて……」
チラリとミランダが私を見る。
「う……わ、分かった。他ならぬ君の頼みだ。分かったよ、ヴァネッサを抱きしめてあげればいいんだろう?」
その言葉にまたしても怒りが沸き起こる。
何故、私を抱きしめるのにミランダの許可がいるのだろう?
でも駄目だ、この怒りを二人に知られるわけにはいかない。今の私は最後の抱擁を望む、哀れな元婚約者を演じなければならないのだから。
「ヴァネッサ、君の最後の願いだ。抱きしめてあげるよ」
ジェレミーが両手を広げて私に近づいてくる。
「ありがとう、ジェレミー」
ジェレミーに抱き寄せられ、私は彼の腰に腕を回した次の瞬間。
今だっ!!
私は素早く動いた――
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