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第113話 エピローグ2(※途中で視点が切り替わります)
しおりを挟む青い空の美しい5月―
僕は丘の麓で皆がやってくるのを待っていた。一番最初に現れたのはケリーとヨハン先生だった。
「カイザード様!こんにちは」
ケリーが笑顔で声を掛けてきた。
「こんには、ケリー。ヨハン先生もいらして頂き、ありがとうございます」
頭を下げると、ヨハン先生は驚いたように言った。
「そ、そんな!カイザード様、どうか頭を上げて下さい!平民の僕に頭を下げるなんて…」
するとそこへオリバーさんとベンジャミンさんが一緒にやってきた。
「こんにちは、王子様」
オリバーさんが気さくに声を掛けてくる。
「こんにちは、カイザード王太子様、オリバー、失礼じゃないか!この方はこの国の王太子様なんだぞ?」
ベンジャミンさんは不服そうにオリバーさんを睨みつけている。
「2人はすっかり元通りの仲に戻ったみたいだね」
ヨハン先生が笑いながら言うと、今度はそこへマルセルがやってきた。イングリットさんも一緒だ。
「こんにちは、カイ。お元気でしたか?」
マルセルは被っていた帽子を取ると頭を下げてきた。
「カイザード王太子様、ご機嫌麗しゅうございます」
ドレスの裾をつまんで挨拶をするイングリットさんに言った。
「そんなかしこまった挨拶はしなくて大丈夫だよ。さて、それじゃ皆揃ったからアゼリアに会いに行こう?」
僕の言葉に全員が頷いた―。
『リンデン』の町が見下ろせる丘の上に僕の愛するアゼリアのお墓が立っている。
「アゼリア…皆が会いに来てくれたよ」
僕は真新しい墓標にそっと触れた。
「アゼリア様、貴女の大好きなお花です」
ケリーが手にしていた色とりどりの花々をそっとたむけてくれた。
「アゼリア様…私からもです」
イングリット様はバラの花束を置こうとして、手を止めた。
「あら?バラの花が一輪あるわ?」
「ああ、それは教会のヤンが毎日1本ずつアゼリアのお墓に届けてくれるんですよ。…どうもアゼリアのことで責任を感じているようで…」
僕の言葉に全員がしんみりした表情になる。
「…何もあれはヤンのせいではないのにな…」
マルセル様がポツリと呟く。
「ええ、確かにそうです。あの時には…もうアゼリアの心臓は止まっていたのですから…」
ヨハン先生の言葉に、ケリーとイングリットさん涙ぐむ。オリバーさんやベンジャミンさんは歯を食いしばって悲しみに絶えているように見えた。
「僕が一番いけなかったんです。最後まで…片時もアゼリアのそばを離れなければ…」
すると再びマルセルが声を掛けてきた。
「そんな事はないです。アゼリアは…最後、あんなに幸せそうに笑っていたじゃないですか。俺の婚約者だった頃…彼女はあんな風に笑ったことなど一度も無かった…」
「マルセル様…でもアゼリア様を救い出したのはマルセル様ですよ?」
ケリーが涙目でマルセルを見る。
「ええ、そうです。僕は本当に感謝していますよ。ありがとう、マルセル」
「い、いえ…俺は…」
マルセルはつらそうに顔を歪めた。
「そ、そんな事よりも…今日はアゼリアに皆で会いに来たんだ。辛気臭い顔はやめようぜ!」
オリバーさんの言葉にヨハン先生が頷く。
「うん、そうだね。それに…きっとアゼリアは天国でお母さんと今頃は仲良く暮らしているはずだよ」
そう、アゼリアの墓標の隣には…アゼリアのお母さんのお墓が並んで建っている。
アゼリアが亡くなった一月後…まるで彼女の後を追うように、あの方は亡くなってしまった。ひょっとすると1人天国へ旅立ったアゼリアが不憫で…自分の寿命を縮めてしまったかもしれない。
「カイザード様、アゼリアの花がすっかり増えましたね」
ベンジャミンさんが声を掛けてきた。
「ええ、シスターや教会の子どもたちと一緒にアゼリアの花を植えたんです。こうしておけば…いつでも彼女に会える気がして…」
僕はそっとアゼリアの花に触れながら今はいないアゼリア心の中で語りかけた。
アゼリア…僕が愛する女性は生涯かけて…君だけだよ―と。
****
『ケリーの手紙』より
天国にいるアゼリア様、お元気に過ごしていますか?アゼリア様が亡くなってからら何十年もの時が過ぎ、私はすっかりおばあちゃんになりました。私はヨハン先生と結婚し、男の子と女の子、合わせて6人のお母さんになりました。今では孫とひ孫を合わせて46人の大家族になりました。
アゼリア様、報告があります。カイザード様はあの後、王太子の座を放棄して医学部に入り、有能なお医者様になりました。カイザード様は生涯、自分の妻はアゼリア様だけだと言って独身を貫き通しました。そうそう、マルセル様ですが、あの方もなんとお父様のような医者になるのだと言ってやはりお医者様になったのですよ?そして意外なことにマルセル様はイングリット様と結婚されました。何でもイングリット様と婚約者の方は結局破綻し、2人の仲介をしていたマルセル様とイングリット様がどいう言うわけか、意気投合したようなのです。少し驚きですよね?
オリバーさんは新聞社の編集長にまで上りつめたし、ベンジャミン様は弁護士を辞めて裁判官になりました。大出世ですね。
アゼリア様、今でも目を閉じると貴女の美しい姿が目に浮かびます。最近すっかり心臓が弱くなって、お医者様からはもうあまり長くはないかもと言われています。夫のヨハン先生も亡くなって15年経ちますし…そろそろ私にもお迎えが来そうです。
アゼリア様、私が亡くなるときは…ヨハン先生と一緒にお迎えに来て貰えたらと思っています。その時はすっかりおばあちゃんになってしまった私を見てもどうか驚かないで下さいね。
ケリーより
****
「お客さん、観光でこの町に来たのですか?」
タクシーに乗って『リンデン』の町並みを眺めていると、不意に声を掛けられた。
「ええ、そうなんです。実はこの町には有名な2人のお医者様の出身地なのですよね?」
私の言葉に運転手は頷いた。
「ええ、そうなのですよ。何でも愛する女性の命を奪った白血病の治療法を見つける為に王族の地位を捨てて医者になった高名なカイザード医師とマルセル医師の出身地なのですよ。このお二方のお陰で劇的に医術が発展したと言われていますからね。何ともロマンチックな話です」
「ええ、そうですね」
運転手には伝えていないが、私は医学生だ。この2人の医師に憧れて医者を目指している。今回、夏休みを利用して一度この2人の医師の縁の地を尋ねてみようと思い立ち、『リンデン』へとやってきたのだ。
「えっと、それでどちらまででしたっけ?」
運転手が尋ねてきた。
「はい、『アゼリアの丘』に行きたいのです」
「ああ、やはりそうでしたか。カイザード医師とマルセル医師が医者を目指すきっかけとなった女性のお墓ですよね?アゼリア様はとても美しい方だったそうですよ。何でも緑の神秘的な瞳だったそうです」
言いながら運転手はちらりと私の方を見た。
「…」
私は黙ってその話を聞いていた。
「あ!着きましたよ!『アゼリアの丘』です!」
「あれが…アゼリアの丘…」
私は丘の上を見上げた―。
「どうもありがとうございました」
タクシー運転手に運賃を支払うと、私はタクシーを降りて丘を目指した。
丘が近づいてくると、心臓がドキドキしてきた。何故だろう?何故、こんなにも…胸が高鳴るのだろうか…?
やがて私は丘の頂上に着いた。そこはとても見晴らしの良い丘で、アゼリアの花が咲き乱れていた。
そして丘の上には3つのお墓が並んでいる。一つはアゼリアのお墓、そしてアゼリアのお母さんのお墓に…カイザードのお墓…。
「え…?」
そこで私は足を止めた。
お墓の前に1人の青年が佇んでいたからである。手にはバラの花束が握りしめられていた。
パキッ
足元の枝が折れて、青年が振り向く。
「あ…!」
その青年は私を見ると目を見開いた。
「アゼリア…」
彼は私の名前を口にする。私は…彼の事を知らないはずなのに、気づけば言葉が口をついて出ていた。
「カイ…?」
するとカイは笑みを浮かべて私を見ると言った。
「アゼリア…また君に会えたね」
優しい笑みを浮かべてカイがこちらへ向かって歩いてくる。そして私も彼の方へ向かって歩き始める。
そう、だって私とカイは生まれる前から必ず結ばれる運命の相手と決まっているのだから―。
<完>
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