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第102話 私の新たな望み
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午前9時―
今日はウォーター様が11時に往診に来てくれる日だった。ヨハン先生は診察の合間に様子を診に来てくれる事になっている。ここ数日で貧血が進み、身体を起こしているのもつらい状況の私をケリーは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
「アゼリア様、お身体の具合はいかがですか?」
朝食を運んできてくれたケリーが尋ねてきた。
「そうね…大丈夫…。と言いたいところだけど…正直あまり良くはないわ」
あまり食欲がない私の為に作ってくれた甘みのあるミルク粥を口に運びながら返事をする。ヨハン先生の最初の診察では私の余命は後5ヶ月…。だけどそれまでこの弱った身体が持つだろうか…?
「アゼリア様、どうされましたか?」
ケリーが尋ねてくる。
「いいえ、何でも無いわ。あのね、食べるのに時間が掛かりそうだから…私に構わず仕事しに行っていいわよ?色々と忙しいでしょうから」
「ですが…」
「私なら大丈夫だから。ね?行って頂戴」
「はい…すみません」
ケリーは頭を下げると部屋から出て行った。パタンと扉が閉じられると私はため息をついた。
「ふぅ…最近、いくらベッドで休んでも…身体がだるいわ…」
その時―。
「!」
鼻の奥から鉄のような匂いを感じた。慌ててベッドサイドから鼻血を抑えるための布を鼻に当てた瞬間、ジワリと赤い血が布に吸い込まれていく。
…また鼻血が出てしまった。最近、鼻血の量が増えてしまった。その為、貧血が悪化し、何かにつかまらなければ、1人で歩くこともままならない状況になっていた。
「私は…後、どれくらい生きられるのかしら…」
私は思った。人と言うものは何て欲が深いのだろうと。病気を宣告された当時は死ぬのが怖くて誰にも知られないところで1人で涙にくれていた。そして自分には生きる希望も何も無いのだということを悟った時…どうせ私が死んでも悲しむ人は誰もいないだろうから、いつ死んでしまっても構わないと思っていた。
けれどもマルセル様に助け出されて、ようやく安住できる場所が見つかった後から…少しずつ欲が出てしまったのだ。本当のお父様とお母様に会いたい…。私に優しくしてくれたカイにも会ってお礼を伝えたいと思うようになっていた。その願いも叶ったというのに…。
私にはまた一つ、叶えたい願いが出来ていた。
「鼻血…止まったみたいね」
押さえていたガーゼを外すと、出血は止まっていた。そこで私は血で染まった布を誰にも見られないように古新聞紙でくるんでゴミ箱に捨てると、ミルク粥を再び食べ始めた。
「…ごちそうさま」
何とか完食し、ベッドサイドのテーブルにお皿を乗せると、再びベッドに横たわった。
「シスターエレナ…私の事心配しているかしら」
思わずポツリと呟いた。教会の子どもたちにはまた遊びに来ると約束したのに、まだ一度もその約束を果たしていない。シスターアンジュは子どもたちに私の事を尋ねられて困っているかも知れない…。
「こんなに身体が弱っていなければ…教会にだって行けたかも知れないのに…」
私は…子どもたちとの約束を果たすことも出来ず、死んでしまうのだろうか…。
そして、そっと目を閉じた―。
****
「…アゼリア様、アゼリア様」
すぐ近くでケリーの声が聞こえる。ゆっくり目を開けると、心配そうに私を見つめるケリーの姿があった。
「ああ…ケリー…。ごめんなさい…私、いつの間にか眠っていたみたいね…」
「お休みの所、起こしてしまい申し訳ございません。マルセル様のお父様がいらしています」
「まぁ、もうそんな時間だったのね…。すぐに起きるわ」
すると扉の奥で声が聞こえてきた。
「いいよ。わざわざ起き上がらなくても」
そして大きなバッグを持ったウォルター様が現れた。
「こんにちは、アゼリア。あまり具合がよく無さそうだね。診察に来たよ」
「こんにちは、ウォルター様。横になったままで申し訳ございません」
「いや、いいんだよ。そのままで」
ウォルター様は傍らの椅子に座った。
「それでは私は失礼致しますね」
ケリーが部屋から去ると、ウォルター様が言った。
「さて、アゼリア。いきなりだが…貧血の治療を受けてみる気は無いかい?」
貧血の治療…それは私にとって、嬉しい朗報だった―。
今日はウォーター様が11時に往診に来てくれる日だった。ヨハン先生は診察の合間に様子を診に来てくれる事になっている。ここ数日で貧血が進み、身体を起こしているのもつらい状況の私をケリーは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
「アゼリア様、お身体の具合はいかがですか?」
朝食を運んできてくれたケリーが尋ねてきた。
「そうね…大丈夫…。と言いたいところだけど…正直あまり良くはないわ」
あまり食欲がない私の為に作ってくれた甘みのあるミルク粥を口に運びながら返事をする。ヨハン先生の最初の診察では私の余命は後5ヶ月…。だけどそれまでこの弱った身体が持つだろうか…?
「アゼリア様、どうされましたか?」
ケリーが尋ねてくる。
「いいえ、何でも無いわ。あのね、食べるのに時間が掛かりそうだから…私に構わず仕事しに行っていいわよ?色々と忙しいでしょうから」
「ですが…」
「私なら大丈夫だから。ね?行って頂戴」
「はい…すみません」
ケリーは頭を下げると部屋から出て行った。パタンと扉が閉じられると私はため息をついた。
「ふぅ…最近、いくらベッドで休んでも…身体がだるいわ…」
その時―。
「!」
鼻の奥から鉄のような匂いを感じた。慌ててベッドサイドから鼻血を抑えるための布を鼻に当てた瞬間、ジワリと赤い血が布に吸い込まれていく。
…また鼻血が出てしまった。最近、鼻血の量が増えてしまった。その為、貧血が悪化し、何かにつかまらなければ、1人で歩くこともままならない状況になっていた。
「私は…後、どれくらい生きられるのかしら…」
私は思った。人と言うものは何て欲が深いのだろうと。病気を宣告された当時は死ぬのが怖くて誰にも知られないところで1人で涙にくれていた。そして自分には生きる希望も何も無いのだということを悟った時…どうせ私が死んでも悲しむ人は誰もいないだろうから、いつ死んでしまっても構わないと思っていた。
けれどもマルセル様に助け出されて、ようやく安住できる場所が見つかった後から…少しずつ欲が出てしまったのだ。本当のお父様とお母様に会いたい…。私に優しくしてくれたカイにも会ってお礼を伝えたいと思うようになっていた。その願いも叶ったというのに…。
私にはまた一つ、叶えたい願いが出来ていた。
「鼻血…止まったみたいね」
押さえていたガーゼを外すと、出血は止まっていた。そこで私は血で染まった布を誰にも見られないように古新聞紙でくるんでゴミ箱に捨てると、ミルク粥を再び食べ始めた。
「…ごちそうさま」
何とか完食し、ベッドサイドのテーブルにお皿を乗せると、再びベッドに横たわった。
「シスターエレナ…私の事心配しているかしら」
思わずポツリと呟いた。教会の子どもたちにはまた遊びに来ると約束したのに、まだ一度もその約束を果たしていない。シスターアンジュは子どもたちに私の事を尋ねられて困っているかも知れない…。
「こんなに身体が弱っていなければ…教会にだって行けたかも知れないのに…」
私は…子どもたちとの約束を果たすことも出来ず、死んでしまうのだろうか…。
そして、そっと目を閉じた―。
****
「…アゼリア様、アゼリア様」
すぐ近くでケリーの声が聞こえる。ゆっくり目を開けると、心配そうに私を見つめるケリーの姿があった。
「ああ…ケリー…。ごめんなさい…私、いつの間にか眠っていたみたいね…」
「お休みの所、起こしてしまい申し訳ございません。マルセル様のお父様がいらしています」
「まぁ、もうそんな時間だったのね…。すぐに起きるわ」
すると扉の奥で声が聞こえてきた。
「いいよ。わざわざ起き上がらなくても」
そして大きなバッグを持ったウォルター様が現れた。
「こんにちは、アゼリア。あまり具合がよく無さそうだね。診察に来たよ」
「こんにちは、ウォルター様。横になったままで申し訳ございません」
「いや、いいんだよ。そのままで」
ウォルター様は傍らの椅子に座った。
「それでは私は失礼致しますね」
ケリーが部屋から去ると、ウォルター様が言った。
「さて、アゼリア。いきなりだが…貧血の治療を受けてみる気は無いかい?」
貧血の治療…それは私にとって、嬉しい朗報だった―。
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