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カイザード・アークライト ⑥
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それは今から2年前…小雨がシトシトと降り続く肌寒い日曜日の事だった。
午後1時、僕は先輩達と一緒に繋ぎ場にいた。
「う~…今は4月だって言うのに、朝から降っている雨のせいで肌寒いな…」
トニー先輩がマグカップに注いだコーヒーを飲みながらブルリと震えた。僕は馬車の中の掃除をしているとロイ先輩が声を掛けて来た。
「おい、カイ。今日は日曜だし、この雨だ。ご主人様達は馬車に乗って出かけるって事は無いだろうさ。真面目に仕事する必要ないぜ。それよりたき火でもして温まろう」
「お?たき火ですか?いいですね。それじゃやりますか。古新聞取ってきますよ」
トニー先輩がマグカップを傍らのテーブルに置くと、納戸へ向かった。
「カイ、屋根のある外でたき火しようぜ。お前も手伝えよ」
「はい」
ロイ先輩に呼ばれて、2人でたき火の準備をしていると、繋ぎ場の前をアゼリアが傘をさして正門へ向かって歩いていく姿が目に入った。…何処かへ出かけるのだろうか?普段とは見慣れないワンピースを着ている。
「…アゼリア様」
思わず名前を呟くと、ロイ先輩が振り返った。
「ああ、今日は日曜だから婚約者の家にでも行くんじゃないのか?辻馬車でも拾ってな」
何処か楽しそうに言うロイ先輩を思わず睨み付けたくなる衝動を抑えながら僕は思った。あれでは折角の外出着が濡れてしまう。足元だって濡れるし、泥が跳ねるかもしれない。アゼリアの身体は小さく…傘を差すその姿は震えているように見えた。彼女はコートすら来ていない。あれでは相当寒いだろう。僕はもう見ている事が出来なかった。その時、トニー先輩が古新聞を持って戻って来た。
「マッチも持ってきたから早速たき火しましょうぜ」
「ああ。そうだな。ほら、カイ。お前も手伝え」
2人の先輩はアゼリアを気にも留めないよう様子でいるのも腹立たしかった。
もう我慢出来ない…!
「俺はもう、アゼリア様を馬車に乗せるって決めましたよ」
僕は2人の先輩に言った。
「何だって?!」
「おい、カイッ!お前、正気なのかっ?!」
ロイ先輩とトニー先輩が驚いた顔で僕を見る。僕は2人の返事を聞く事も無く、アゼリア目指して駆けよった。
「アゼリア様!今日もハイム家へ行くのですか?」
背後から声を掛けると、アゼリアが笑顔で振り向いた。
「ええ、そうよ。これから辻馬車乗り場へ向かう処なの」
そして何を思ったのか、僕が傘をささないで駆け寄って来たのを気にして自分の傘を僕に差し出して来たのだ。僕はアゼリアの取った行動に胸が熱くなった。
自分だって濡れてしまうのに…!
「いけません、アゼリア様が濡れますよ」
「だけど…わざわざ雨の中駆け寄ってきてくれたから…それで何か私に用があったの?」
どうしてそんな言い方をするのだろう?僕が御者なのは分っているのに。
「何か用があったじゃないですよ。こんな雨の中、お出かけするなら何故俺に声を掛けてくれないんですか?馬車ならお出ししますよ?」
どうして僕を利用しようとは思わないのだろうか?
「だ、ダメよ。今日は父も母もモニカも皆屋敷にいるのよ?だから他の御者達も一緒にいるんでしょう?彼らがいる時に私を馬車に乗せたりして家族にばれたら貴方が大変な事になるわ」
まだ僕の事を気遣っている。…こんなに寒そうに震えているアゼリアを見ていると自分の不甲斐なさに腹が立ってくる。
「何言ってるんですか。アゼリア様。こんな雨の中辻馬車乗り場に向かったらお召し物の外出着が汚れてしまいますよ」
もうここはこれ以上譲れない。
「でも駄目よ、貴方に迷惑はかけられないから」
尚も渋るアゼリアに僕は言った。
「だったら、俺と一緒に馬繋場へ来て下さい。このままじゃ俺は雨に濡れっ放しになってしまいますから」
「カイ…」
ようやくアゼリアは納得してくれたのか、僕についてきてくれる事を了承してくれた。だけどこの事が原因で僕とアゼリアの運命を大きく狂わす事になるなんて、この時の僕は思いもしていなかった―。
午後1時、僕は先輩達と一緒に繋ぎ場にいた。
「う~…今は4月だって言うのに、朝から降っている雨のせいで肌寒いな…」
トニー先輩がマグカップに注いだコーヒーを飲みながらブルリと震えた。僕は馬車の中の掃除をしているとロイ先輩が声を掛けて来た。
「おい、カイ。今日は日曜だし、この雨だ。ご主人様達は馬車に乗って出かけるって事は無いだろうさ。真面目に仕事する必要ないぜ。それよりたき火でもして温まろう」
「お?たき火ですか?いいですね。それじゃやりますか。古新聞取ってきますよ」
トニー先輩がマグカップを傍らのテーブルに置くと、納戸へ向かった。
「カイ、屋根のある外でたき火しようぜ。お前も手伝えよ」
「はい」
ロイ先輩に呼ばれて、2人でたき火の準備をしていると、繋ぎ場の前をアゼリアが傘をさして正門へ向かって歩いていく姿が目に入った。…何処かへ出かけるのだろうか?普段とは見慣れないワンピースを着ている。
「…アゼリア様」
思わず名前を呟くと、ロイ先輩が振り返った。
「ああ、今日は日曜だから婚約者の家にでも行くんじゃないのか?辻馬車でも拾ってな」
何処か楽しそうに言うロイ先輩を思わず睨み付けたくなる衝動を抑えながら僕は思った。あれでは折角の外出着が濡れてしまう。足元だって濡れるし、泥が跳ねるかもしれない。アゼリアの身体は小さく…傘を差すその姿は震えているように見えた。彼女はコートすら来ていない。あれでは相当寒いだろう。僕はもう見ている事が出来なかった。その時、トニー先輩が古新聞を持って戻って来た。
「マッチも持ってきたから早速たき火しましょうぜ」
「ああ。そうだな。ほら、カイ。お前も手伝え」
2人の先輩はアゼリアを気にも留めないよう様子でいるのも腹立たしかった。
もう我慢出来ない…!
「俺はもう、アゼリア様を馬車に乗せるって決めましたよ」
僕は2人の先輩に言った。
「何だって?!」
「おい、カイッ!お前、正気なのかっ?!」
ロイ先輩とトニー先輩が驚いた顔で僕を見る。僕は2人の返事を聞く事も無く、アゼリア目指して駆けよった。
「アゼリア様!今日もハイム家へ行くのですか?」
背後から声を掛けると、アゼリアが笑顔で振り向いた。
「ええ、そうよ。これから辻馬車乗り場へ向かう処なの」
そして何を思ったのか、僕が傘をささないで駆け寄って来たのを気にして自分の傘を僕に差し出して来たのだ。僕はアゼリアの取った行動に胸が熱くなった。
自分だって濡れてしまうのに…!
「いけません、アゼリア様が濡れますよ」
「だけど…わざわざ雨の中駆け寄ってきてくれたから…それで何か私に用があったの?」
どうしてそんな言い方をするのだろう?僕が御者なのは分っているのに。
「何か用があったじゃないですよ。こんな雨の中、お出かけするなら何故俺に声を掛けてくれないんですか?馬車ならお出ししますよ?」
どうして僕を利用しようとは思わないのだろうか?
「だ、ダメよ。今日は父も母もモニカも皆屋敷にいるのよ?だから他の御者達も一緒にいるんでしょう?彼らがいる時に私を馬車に乗せたりして家族にばれたら貴方が大変な事になるわ」
まだ僕の事を気遣っている。…こんなに寒そうに震えているアゼリアを見ていると自分の不甲斐なさに腹が立ってくる。
「何言ってるんですか。アゼリア様。こんな雨の中辻馬車乗り場に向かったらお召し物の外出着が汚れてしまいますよ」
もうここはこれ以上譲れない。
「でも駄目よ、貴方に迷惑はかけられないから」
尚も渋るアゼリアに僕は言った。
「だったら、俺と一緒に馬繋場へ来て下さい。このままじゃ俺は雨に濡れっ放しになってしまいますから」
「カイ…」
ようやくアゼリアは納得してくれたのか、僕についてきてくれる事を了承してくれた。だけどこの事が原因で僕とアゼリアの運命を大きく狂わす事になるなんて、この時の僕は思いもしていなかった―。
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