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第88話 3人だけの最後の晩餐
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「ただいま…」
ガチャリと扉を開けて中へ入ると、丁度ケリーが夕食の支度をしているところだった。
「アゼリア様!」
ケリーは食事を作る手を止めると私の元へやってきた。
「アゼリア様…御両親には会えたのですか?」
「ええ、会えたわ。それで…」
その時、一瞬軽い眩暈が起こった。それをケリーが支えてくれた。
「アゼリア様、お疲れの様ですよ?何だか顔色が優れないようですし…」
ケリーが私の顔を覗き込むと言った。
「え?そうかしら…?」
けれど言われてみれば今日は長距離の移動を3回もしている。そしてこれからお父様とお母様と一緒に暮らす事をケリーとヨハン先生に報告するのに何と言って切り出せば良いのか頭を悩ませていた。精神的にも肉体的にも疲れているのは事実だった。お父様からは今夜城に戻って来なくても大丈夫だと言われているし、今後の話をするにはヨハン先生とケリーが揃った時の方が良いかもしれない。
「分ったわ。それじゃ夕食まで部屋で休ませて貰うわ」
「はい、ゆっくり休んで下さい」
笑みを浮かべたケリーに見送られ、私は自室へ向かった。
部屋へ戻った私は私物の片づけを始めた。と言っても私の荷物は殆ど無いに等しかった。何日分かの着がえと数冊の本…それが私の持ち物全てだった。
「…」
私は改めてこの部屋をぐるりと見渡した。マルセル様に助け出されてこの診療所にお世話になって半月…。穏やかな時間を過ごす事が出来て幸せだった。お父様とお母様と一緒に暮らしたいのは当然だけれども今の生活が終わってしまうのも悲しい気落ちがあった。だけど、いつまでもヨハン先生のお宅でお世話になるのは正直、心苦しかった。殆ど入院費も取らずに私をここに置くのはヨハン先生の負担だったに違いない。
「ヨハン先生には…きちんとお礼を述べなくちゃ」
私はポツリと呟いた。
****
18時半―
コンコン
ベッドで横になっていると部屋の扉がノックされて、ケリーの声が聞こえて来た。
「アゼリア様。起きてらっしゃいますか?」
「ええ。起きてるわ」
「ではお食事の用意が出来たので下に降りて来て下さい」
「ありがとう」
ゆっくりと起き上がり、室内履きに足を通すとケリーは既に階下に降りていたようだった。
階段の手すりにつかまり、降りて行くと厨房の食卓にはすでにヨハン先生の姿があった。そして私を見ると声を掛けて来た。
「アゼリア、今日は御馳走だよ」
「え?そうなのですか?」
首を傾げると、ケリーが大きなお皿の上に乗ったローストビーフを運んできた。他にもパイ料理やカラフルなサンドイッチ、彩の良いサラダが並べられる。
「凄い…一体今夜は何かのお祝いみたいですね」
私の言葉にヨハン先生が頷いた。
「それは当然だよ。アゼリア、君の両親が見つかったんだろう?それに…今夜が3人で一緒に食事をするのが最後になるからね」
「え…?」
その言葉にドキリとしてヨハン先生を見た。するとケリーが言った。
「それよりも食事をしながらお話ししませんか?アゼリア様、今夜は腕を振るって料理を作ったのですよ」
「ええ。どれも美味しそうね」
「それでは頂こうか」
そして夕食が始まった。
****
「アゼリア、実は昼休みにエテルノ家から電話が入ったんだ。電話の相手はアゼリアのお父さんだったよ」
食事を進めながらヨハン先生が言う。
「え?そうだったのですか?」
「うん、それで…アゼリアと一緒に暮らしたいとお願いされたんだよ」
「!」
その言葉に思わずピクリとなった。…まさかもう伝わっていたなんて…。ヨハン先生は、ケリーは…どう思っているのだろう?
するとヨハン先生が言った。
「アゼリア、僕はそれがいいと思うよ?」
「はい、私もそう思います。だって、やっと会えたのですよ?絶対にアゼリア様はご両親と一緒に暮らすべきです」
「で、でも…」
私が出て行ったらケリーが…。思わずケリーをチラリと見ると彼女は言った。
「アゼリア様、私の事は気になさらないで下さい。私は今ヨハン先生のお宅で働けて毎日がとても充実しているのです。ヨハン先生はずっとここで家事手伝い兼、診療所の助手として雇ってくれるそうなのです。だから私ならもう大丈夫ですから」
「そうだよ、アゼリア。僕達に気を遣っていたら…一生両親と暮らせないよ。もう分っているとは思うけど‥アゼリア。僕はアゼリアに後悔を残して欲しくは無いんだ。何故なら…」
そこでヨハン先生は言葉を切る。その次の言葉は聞かなくても十分分っている。
私の命は残り数カ月なのだから―。
ガチャリと扉を開けて中へ入ると、丁度ケリーが夕食の支度をしているところだった。
「アゼリア様!」
ケリーは食事を作る手を止めると私の元へやってきた。
「アゼリア様…御両親には会えたのですか?」
「ええ、会えたわ。それで…」
その時、一瞬軽い眩暈が起こった。それをケリーが支えてくれた。
「アゼリア様、お疲れの様ですよ?何だか顔色が優れないようですし…」
ケリーが私の顔を覗き込むと言った。
「え?そうかしら…?」
けれど言われてみれば今日は長距離の移動を3回もしている。そしてこれからお父様とお母様と一緒に暮らす事をケリーとヨハン先生に報告するのに何と言って切り出せば良いのか頭を悩ませていた。精神的にも肉体的にも疲れているのは事実だった。お父様からは今夜城に戻って来なくても大丈夫だと言われているし、今後の話をするにはヨハン先生とケリーが揃った時の方が良いかもしれない。
「分ったわ。それじゃ夕食まで部屋で休ませて貰うわ」
「はい、ゆっくり休んで下さい」
笑みを浮かべたケリーに見送られ、私は自室へ向かった。
部屋へ戻った私は私物の片づけを始めた。と言っても私の荷物は殆ど無いに等しかった。何日分かの着がえと数冊の本…それが私の持ち物全てだった。
「…」
私は改めてこの部屋をぐるりと見渡した。マルセル様に助け出されてこの診療所にお世話になって半月…。穏やかな時間を過ごす事が出来て幸せだった。お父様とお母様と一緒に暮らしたいのは当然だけれども今の生活が終わってしまうのも悲しい気落ちがあった。だけど、いつまでもヨハン先生のお宅でお世話になるのは正直、心苦しかった。殆ど入院費も取らずに私をここに置くのはヨハン先生の負担だったに違いない。
「ヨハン先生には…きちんとお礼を述べなくちゃ」
私はポツリと呟いた。
****
18時半―
コンコン
ベッドで横になっていると部屋の扉がノックされて、ケリーの声が聞こえて来た。
「アゼリア様。起きてらっしゃいますか?」
「ええ。起きてるわ」
「ではお食事の用意が出来たので下に降りて来て下さい」
「ありがとう」
ゆっくりと起き上がり、室内履きに足を通すとケリーは既に階下に降りていたようだった。
階段の手すりにつかまり、降りて行くと厨房の食卓にはすでにヨハン先生の姿があった。そして私を見ると声を掛けて来た。
「アゼリア、今日は御馳走だよ」
「え?そうなのですか?」
首を傾げると、ケリーが大きなお皿の上に乗ったローストビーフを運んできた。他にもパイ料理やカラフルなサンドイッチ、彩の良いサラダが並べられる。
「凄い…一体今夜は何かのお祝いみたいですね」
私の言葉にヨハン先生が頷いた。
「それは当然だよ。アゼリア、君の両親が見つかったんだろう?それに…今夜が3人で一緒に食事をするのが最後になるからね」
「え…?」
その言葉にドキリとしてヨハン先生を見た。するとケリーが言った。
「それよりも食事をしながらお話ししませんか?アゼリア様、今夜は腕を振るって料理を作ったのですよ」
「ええ。どれも美味しそうね」
「それでは頂こうか」
そして夕食が始まった。
****
「アゼリア、実は昼休みにエテルノ家から電話が入ったんだ。電話の相手はアゼリアのお父さんだったよ」
食事を進めながらヨハン先生が言う。
「え?そうだったのですか?」
「うん、それで…アゼリアと一緒に暮らしたいとお願いされたんだよ」
「!」
その言葉に思わずピクリとなった。…まさかもう伝わっていたなんて…。ヨハン先生は、ケリーは…どう思っているのだろう?
するとヨハン先生が言った。
「アゼリア、僕はそれがいいと思うよ?」
「はい、私もそう思います。だって、やっと会えたのですよ?絶対にアゼリア様はご両親と一緒に暮らすべきです」
「で、でも…」
私が出て行ったらケリーが…。思わずケリーをチラリと見ると彼女は言った。
「アゼリア様、私の事は気になさらないで下さい。私は今ヨハン先生のお宅で働けて毎日がとても充実しているのです。ヨハン先生はずっとここで家事手伝い兼、診療所の助手として雇ってくれるそうなのです。だから私ならもう大丈夫ですから」
「そうだよ、アゼリア。僕達に気を遣っていたら…一生両親と暮らせないよ。もう分っているとは思うけど‥アゼリア。僕はアゼリアに後悔を残して欲しくは無いんだ。何故なら…」
そこでヨハン先生は言葉を切る。その次の言葉は聞かなくても十分分っている。
私の命は残り数カ月なのだから―。
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