余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

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ヨハン・ブレイズ 8

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「そんな…約束が違うじゃないか。18時以降にここへ来ればアゼリアと話をさせて貰えるはずだっただろう?」

ベンジャミンはまだ諦めがつかないのか、座ったまま帰ろうとしない。

「それはお前1人で来た場合の事だろう?何故この令嬢を連れて来たんだよ」

オリバーがイングリット様の方を見もせずに言った。彼もまた常日頃から庶民を見下しているイングリット様を嫌悪していた。

「な、何て失礼な人なの?!何故私がここへ来てはいけなかったのよ!ベンジャミンがついてきてもいいと言ったから来たのよっ?!」

イングリット様は立ったままオリバーを睨み付けると再びソファに座り込み、助けを求めるようにベンジャミンの方を振り向いた。

「…」

しかし、肝心のベンジャミンはイングリット様と視線を合わせようとしない。
ベンジャミンの態度に苛立ったのか、イングリット様は自分の右手親指の爪を噛んだ。けれど、ベンジャミンの態度で僕は理解した。やはりイングリット様はベンジャミンにとって大切な顧客の娘だから邪険に扱う事が出来ず、頼み込まれて仕方なく診療所へ連れて来たのだろう。

すると再び、マルセル様が口を開いた。

「イングリット様、ブライアンとは一体どうなっているのです?彼は言ってましたよ。自分は婚約者なのに、最近はパーティーに誘っても応じてくれないし、結婚の話をしてもはぐらかされると酷く悩んでいました。ですがイングリット様は忙しいのだろうと自分を納得させていましたよ。それなのに当の貴女は婚約者では無い男性とは会う時間があるのですね。ブライアンは…そちらの男性の存在を御存じなのですか?」

マルセル様の言葉にイングリット様の顔色が青ざめた。

「ま、まさか…貴方…彼にバラすつもりなのっ?!」


僕とオリバーはマルセル様とイングリット様のやり取りを黙って見守ることにした。しかも当事者の一人であるベンジャミンまで傍観者を装っている。

「バラす、バラさないは今後の貴女次第です。アゼリアに二度と近付かないと約束するならブライアンには話しません。ですが…」

マルセル様は鋭い声で言った。

「アゼリアに悪意を持って近付こうものなら、私にも考えがあります。何しろ彼とは毎日職場で顔を合わせていますから」

「わ、私を…脅迫するの?」

イングリット様は自分の事は棚に上げ、身勝手な言葉を口にした。

「そうとって頂いても構いませんよ。何しろ…アゼリアは私の大切な女性ですから」

「「「「!!」」」」

その場にいた全員がマルセル様の言葉に驚いたのは言うまでも無い。まさか…マルセル様はアゼリアと婚約破棄をしたのに、まだ彼女に未練があるのだろうか?けれどもマルセル様の言葉でイングリット様の雰囲気が変わった。

「え…?そうだったのですか?ではベンジャミンとアゼリアさんは…?」

イングリット様はチラリとベンジャミンを見た。

「だから言ったじゃないですか。僕とアゼリアは単なる昔なじみだって。いくら言っても貴女は少しも信じてくれないし…」

ベンジャミンは不満そうに言うけれども、それはイングリット様に勘違いされるような態度を取っていた自分のせいではないだろうか?

「そうだったのですね。私はてっきりベンジャミンとアゼリアさんは恋仲だとばかり思っていて…お恥ずかしいわ。完全に私の勘違いだったのですね?」

そしてイングリット様は笑みを浮かべると言った。

「アゼリアさんにお伝え下さい。体調が悪い中、押しかけてしまって申し訳ありませんでしたと。それと…もしご都合がよろしければ今度私達のサロンに遊びに来て下さいと伝えておいて下さい。こちらのブローチを見に付けていればどなたでも参加出来ますから」

イングリット様は持っていたショルダーバッグから鳥をデザインにした美しく光り輝くブローチを取り出すとテーブルの上に置いた。一斉にそのブローチに注目する僕達。

「サロンを開催する時は事前に招待状をこちらに送らせて頂きますわ」

イングリット様は笑みを浮かべて僕を見た。

「私達のサロンは女性しか参加出来ませんが…サロンに来れば、そこでしか得られない情報もありますよ。ここでは明かせませんが、王室に由来する高位貴族の身分の女性もおりますし…かなりレアな情報を持っておられる貴族女性もいらっしゃいます」

「ですが…アゼリアは病気が重いのであまりそう言った場所には…」

僕が言いかけるとイングリット様が意味深に微笑んだ。

「ひょっとすると今のアゼリア様に必要な情報を得られるかもしれませんよ?」

「「「「…」」」」

僕達は全員その言葉に思わず絶句してしまった。そしてイングリット様は再び席を立つとベンジャミンに声を掛けた。

「さぁ、送って頂けますわね?ベンジャミン様」

「え、ええ…」

心なしか、ベンジャミンの顔色が青ざめている。もしかすると…イングリット様の今の話に恐れをなしたのだろうか?
ベンジャミンは重そうに腰を上げると僕達に言った。

「それじゃ…今日の所は帰るよ。アゼリアに…お大事にと伝えておいてくれないかな?」

「分った、伝えておくよ」

返事をすると、オリバーが立ち上がった。

「出口まで送ろう」

「ありがとう、オリバー。それでは皆さん失礼します」

「御機嫌よう」

ベンジャミンの後に続き、イングリット様は僕とマルセル様に会釈をすると、3人は応接室を出て行き…マルセル様と僕だけが部屋に残された。


「私はアゼリアにサロンの話をするべきだと思いますよ」

2人きりになると、いきなりマルセル様が切り出して来た。

「本気で言ってるのですか?あの女性はアゼリアに嫌がらせをする為にここへやって来たのですよ?第一、アゼリアが白血病なのは…マルセル様がよくご存じでしょう?」

信じられない。彼は一体何を言い出すのだろう。

「ですが、私はブライアンに聞いているんですよ。イングリットはこの都市で起こった事件は殆ど把握している、女性にしておくのが勿体ない位だって…。彼女の協力を得られれば、すぐにでもアゼリアの両親が見つかるのではないですか?大体アゼリアの余命が残り少ないなら…尚更です…」

マルセル様は苦し気に言った。確かに、大勢の協力があった方がいいかもしれない。それにアゼリアには他に『カイ』と言う人物に会いたいとも言っている。その男性に関しては何の手がかりも無い。だけど…。

「俺はあの女にもアゼリアの事、頼んだ方がいいと思うぜ」

振り向くとオリバーが部屋の入口で立っていた。

「オリバー。君まで…何を言い出すんだ?」

部屋に入って来たオリバーはソファに座ると言った。

「実は、俺達新聞記者の間でも…時々そのサロンから情報を買っているんだよ」

「「え?!」」

僕とマルセル様が同時に声を上げた。

「いや…あのペンダントがあればすぐにでも何らかの手がかりが掴めるかと思ったんだけどさ。難航していて…。あのサロンの存在は新聞記者達の間では有名なんだよ。でもまさかイングリットがメンバーの一人だとは思わなかったな…。本当に謎の集団なんだよ」

ポツリと呟くオリバー。

「それなら尚更アゼリアに話をするべきだと思う。そのサロンに参加するかどうかはアゼリア本人が決めれいいじゃないか」

マルセル様の言葉に僕は悩んだ。どうしよう…?アゼリアに話をするだけしてみようか?

アゼリアに残された時間は限られているのだから―。


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