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『灰被り姫』の姉の場合 6

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1 

「これはこれはアナスタシア様。いつも御贔屓にしていただいて、ありがとうございます。」

町に着くとアナスタシアは贔屓の仕立て屋を訪れた。

「すみません。急ぎで妹のドリゼラとエラのドレスを新調して頂きたいの。」

「ええ、勿論でございます。ところでアナスタシア様はどうされますか?」

女性店長はアナスタシアを上から下まで値踏みするように見つめると尋ねてきた。

「私が新調するはずないでしょう?来週舞踏会があるの。なので大変申し訳ないけど、今日中に屋敷に来て頂けないかしら?」

「かしこまりました。それでは後程お伺いいたします。」

「頼んだわね。」

それだけ伝えるとアナスタシアは店を出て、次は商人の店を訪れた。

「アナスタシア様、お待ちしておりました!」

「例の物は用意できているかしら?」

「はい、勿論でございます。大麦の種と雑穀の種、それにトウモロコシの種・・合計10種類御用致しました。」

アナスタシアはお金を渡し、商人から種が入った袋を受け取ると馬に乗せ、自分は手綱を引いて歩きながら屋敷まで帰って来た。

屋敷に着いた頃にはとっくに日は落ち、星が出始めていた頃であった。


「まああ!アナスタシアったらっ!またそんな薄汚れた格好をして・・っ!」

母はアナスタシアを見ると顔をしかめた。

「本当にアナスタシアは相変わらずね。いっそ農家の家にお嫁に行ったら?」

ドリゼラは嫌味のつもりで言ったのだが、それを聞いたアナスタシアはにっこりほほ笑んだ。

「そうね、それがいいかもしれないわ?」

「それならハンスがいいんじゃないの?ハンスも農夫だし・・・いつも二人は一緒だものね?」

ドリゼラはニヤニヤしながら言うと、エラが突然口を挟んできた。

「そ・・それは駄目っ!」

「「「え・・・?」」」

アナスタシア、ドリゼラ、トレメインが一斉にエラを見た。

「ハ・・・ハンスは駄目・・です。」

エラは涙目になっている。その様子を見たアナスタシアは信じられない思いでエラを見た。

(ま・・まさか、エラは本気でハンスを好きなの?だってエラ・・・後2年後にお城の舞踏会で貴女は王子様と出会って結婚するのよ?)

しかし、今目の前にいるエラは顔を真っ赤にして涙目になっている。それはまるで本当にハンスに恋しているようにも見えた。

(ふふ・・・可愛らしい。きっと初恋の相手がハンスなのね。でも2年後・・貴女はこの国の王妃様になるのよ・・・。)

アナスタシアはそんなエラをほほえましく見つめた。



2

 舞踏会迄残り2日で、何とかドリゼラとエラの新しいドレスが出来上がった。エラのドレスは彼女の希望通り薄紫色のふわりとした若い女性に人気のデザイン。そして一方のドリゼラは濃紺の金糸の刺繍が施された少し大人びたドレスである。

「まあ・・・2人供、本当に良くお似合いだわ。ねえ、そう思わない?アナスタシア。」

母、トレメインは丁度廊下を通りかかったアナスタシアを見ると声を掛けた。アナスタシアは部屋の中へ入ると、美しく着飾った妹たちを見て目を細めると言った。

「本当。とてもよく似合ってるわ、2人供。これで舞踏会に来た殿方たちはきっと2人の虜になると思うわ。」

「ふふん、当然でしょう?ところで・・・アナスタシア。そんな泥交じりの服でこの部屋へ入って来ないでちょうだいよ。ドレスに汚れが付きそうだわ。」

ドリゼラは嫌そうに顔をしかめると言った。するとそれを母トレメインが窘めた。

「まあ!ドリゼラ!貴女・・・アナスタシアに向ってなんて口を叩くの?このジェイムズ家がこんなに裕福に慣れたのは・・・全てここにいるアナスタシアのお陰なのよ?」

確かにトレメインの言う通りであった。じっさい、ジェイムズ家は伯爵家とは名ばかりの辺境の土地を治める貧しい家柄であったのだ。しかし、この領地が以前に比べ、遥かに豊かになったのは全てアナスタシアのお陰であった。その為、母トレメインはアナスタシアには一目置いていたのである。

「いいのよ、お母様。確かにドリゼラの言う通り、私のこの格好では新調したばかりの2人のドレスを汚してしまうかもしれないわ。それでは私は失礼しますね。」

そしてアナスタシアは頭を下げると部屋を後にした。


「アナスタシア様っ!」

屋敷を出て畑へ向かって歩いていると、突然ハンスが前方から走って来た。

「まあ、ハンス。一体どうしたのかしら?」

「あの、実は見知らぬ若い男性が突然やって来てうちの領地の畑や果樹園を見せて貰いたいと言って来たのです。どうしましょうか?」

「う~ん・・・別に断る必要もないからいいんじゃないかしら。それじゃハンス。私は水路を見て来るわ。クレソンが沢山生えているみたいだから。」

「はい、アナスタシア様。お気をつけて。俺はジャガイモを領民たちと掘ってきます。」


「うん。これだけたっぷりクレソンが生えていると、出荷出来そうね。次に来る時はもう何人か人を呼んでこないと。」


農作業用の粗末なドレスをたくし上げて、ドレスを紐で結び、邪魔にならないようにすると、アナスタシアは麻布で編んだサンダルに履き替えると、ふくらはぎ程の深さの水路の中に入った。流石に5月とはいえ、水の温度は冷たい。

「う~つ、冷たいっ!でもそんな事言ってられないわ。摘み取れるだけのクレソンを摘み取っていかないと・・。」

その時、頭上から声が聞こえて来た。

「お嬢さん。こんな所で何をしているんだい?」

見上げると土手の上に見た事のない青年が水路に入ったアナスタシアを見降ろしている。ダークブラウンの髪に、グリーンの瞳の若者はとても美しい顔をしていた。

「はい、ここでクレソンを摘み取っていたんです。」

「クレソン?クレソンとは一体何の事?」

「クレソンをご存知ないのですか?野菜ですよ?サラダとして良く食卓に上がって来る代表的な野菜です。」

「ふ~ん。そうか・・・クレソンとは野菜なのか・・。ところでお嬢さん、貴女は農民ですか?その割には品があるようにもみえるのですが・・。」

「私は伯爵の父を持つジェイムズ家の長女、アナスタシアと申します。あちらに見える屋敷に住んでおります。」

アナスタシアは前方を指で指し示すと、若者は酷く驚いた表情をみせた。

「えっ?!君は伯爵令嬢なのに・・・こんな事をしているの?!」

「はい、そうですけど?でも私が好きでしている事なので。」

「へえ~そうなんだ・・・・。」

そして若者は立ち去るどころか、何故かその場にしゃがみ込んだ。

「あの・・・失礼ですが・・・貴方はどちら様ですか?」

アナスタシアはクレソンを摘む手を休めて青年を見た。

「ああ、御免ね。実は僕はこの隣の町から、こっちへ引っ越してきたんだ。それでここ数年で、この領地が驚くほど裕福になったと噂が持ちきりで・・・是非どんな農作物を育てているか見て見たくなったんだ。」

「左様でございましたか、お見受けしたところ貴方様もかなり身分の高い方のように思われますが、農業に興味がおありとは・・感心致しました・・・クシュンッ!!」

アナスタシアはくしゃみをしたとたん、ブルリと震えた。それは当然だろう。何せ5月とは言え、冷たい水の中に素足で入っていたのだから。

「風邪を引いては大変です。さあ、早く水路から上がって来てください。」

青年が右手を差し出してきたので、アナスタシアは躊躇いがちにその手をつかまらせて貰うと、青年は外見とは裏腹に力強い腕でアナスタシアを水路から引っ張り上げて、ハッとした顔でアナスタシアを見つめた。

「・・・・。」

「あ、あの・・・何か・・・?」

アナスタシアが躊躇いがちに尋ねると、青年の顔が曇った。

「・・・手荒れが酷い・・・。」

その言葉を聞いたアナスタシアは顔が真っ赤に染まった。

「あ、あの・・・殿方に見せるような手ではありませんので・・・。」

「あ、ごめんなんさい。つい・・・」

「あの・・・私、次の仕事があるのでこれで失礼致します。」

アナスタシアは青年に告げると、摘み取ったクレソンのカゴを抱え、逃げるようにその場を立ち去った―。

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