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間宮渚 —4 想い
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祐樹は里中の前にカクテルグラスを置いた。
「やっぱり男なら最初に飲むカクテルはこれだろう?」
バーテン姿の祐樹は得意げに里中に言う。
ワインを思わせるような赤い色のカクテルにはチェリーが沈められている。
「これは・・・マンハッタンか?」
里中はカクテルグラスを傾けて言った。
「まあな、これは俺の奢りだ。でも2杯目からは料金取るからな?」
「分かってるよ。」
里中は苦笑いするとグラスを口に運んだ。甘みのある香りが里中の鼻腔を擽る。
グラスをテーブルに置くと里中は口を開いた。
「で、俺に話って何だ?」
「お前・・・さ、彼女とは会ってるのか?」
「彼女?彼女って誰だ?」
「青山千尋の事だ。」
「あ、ああ。千尋さんか?別に会うって言っても週に一度、病院に生け込みに来る日だけだぜ?最後に会ったのも1週間前だ。って言うか、何でお前が千尋さんの事知ってるんだよ。一体どういう事だ?」
「何か彼女から聞いてるか?」
しかし祐樹はそれには答えず質問をする。
「いや・・・聞くって何を。って言うか、先に質問してるのはこの俺なんだけど?」
「そっか。何も聞いていないのか。」
祐樹は呟いた。
「おい!お前無視かよ?!」
祐樹は黙って里中に1枚の写真を見せた。それは渚の写真である。
「この男の事、知ってるか?」
「・・・・?」
里中は穴が空くほど真剣に写真を見つめるが、やがて言った。
「いや・・・。知らない男だ。この男がどうかしたのか?」
写真を祐樹に返すと質問した。
祐樹は一瞬驚いたような表情を見せるが、やがて言った。
「そうか・・・<知らない男>か・・。」
「おい、お前が何言ってるかさっぱり分からないんだけど?」
「それなら逆にこっちから尋ねるぞ。どうして俺とお前は知り合いなんだ?」
祐樹は真剣な眼差しで里中を見ると言った。
「ど・どうしてって・・・・。それはお前、二人の共通の知り合いを通じて・・・?あれ?共通の知り合いって一体誰だ・・?」
里中は頭を抱え込んでしまった。確かに自分はその人物を知っていたはずだ。なのに何故何も思い出せない・・・?
「やっぱり、お前もそうだったんだな。」
祐樹は核心を突いたように言ったのである。
「そうだった・・・・?ってどういう意味だ?」
里中は頭を押さえながら言った。
「お前がもう1杯カクテル頼んだら教えてやってもいいぜ?」
祐樹は里中に笑みを浮かべた—。
「で、お前の幼馴染の身体を使って千尋さんや俺達と会っていた人物がいたって訳だ?だけど肝心の千尋さんが何一つ覚えていないから謎だけが残った・・?」
里中はマティーニを飲みながら話を要約した。
「ああ、まさかお前も渚の偽物の事を何一つ覚えていないなんてな?まるで初めから存在しない人間だったみたいだ。あ、でも一つ思い出したことがある。」
祐樹は思い出したように言った。
「何を思い出したんだ?」
「俺は、あいつから手紙を預かっていたんだ。もし俺のところに青山さんから連絡がきたら渡してほしいって。案の定、連絡が来たから二人で会ったよ。それで手紙を渡したんだ。手紙を読み終えた彼女は酷い頭痛が起きたみたいで・・・確か『ヤマト』って呟いていた気がする・・・。」
「ヤマトだって?」
里中は顔を上げた。
「何だ?知ってるのか?」
「知ってるも何も・・・ヤマトってのは千尋さんが飼っていた犬の名前だ。」
「はあ?犬だって?」
今度は祐樹が驚く番だ。
「ああ・・。ヤマトは去年の11月頃・・だったか?当時千尋さんは俺の知り合いにストーカー行為をされていて、その犯人を追い払ったのがヤマトだったんだ。けれどあの日以来行方不明になってるって聞かされていたけど・・・。」
「おいおい、まさかその犬が渚の身体を一時的に乗っ取ってたって言うつもりか?もし仮にそれが事実だとすると、あいつ発狂するかもな~。大嫌いな犬に自分の身体が操られていたなんて知った日には。」
「で?千尋さんも俺と同様、その男の記憶が全く無いって訳なのか・・・。」
「最初は嘘でもついているかと思ったけど、そうでも無さそうだな?お前ともう一人の渚はすごく親しい仲に見えたぞ。少なくとも俺にとっては。」
「そっか・・・。」
里中は少しだけ寂しげに笑うと言った。
「もう1杯、カクテル作ってくれるか?」
「うん?何が欲しい?」
「お前に任せるよ。・・・そうだな。今はいないアイツの為にぴったりなの頼む。」
「・・・・。」
それを聞いた祐樹は少しだけ考え込んでいたが、やがて慣れた手つきで里中の前でカクテルを作り終えると、テーブルに置いた。
「これは?」
「―ギムレット。ある小説の中に出て来るカクテル・・・。長い別れを意味するカクテルだ。」
「そっか・・・。」
「俺はお前ともう一人の渚に、二人で一緒に店に飲みに来いって誘ってたのさ。でも二度とそんな日はもう来ないけどな。」
「それじゃ今はいなくなった『ヤマト』に乾杯するかな。」
「ああ、それがいいかもしれない。」
里中はグラスを掲げると言った。
「乾杯。」
何故か、あの日以来渚の生活は昼夜が逆転してしまった。
夜は全く眠れなくなり夜が明ける頃に眠りに着く—。そして決まって夢を見るのだ。
そこはいつも同じ場所。見知らぬ男が暗闇の中座り込み、千尋の姿を見つめている。
自分の夢の中だと言うのに、思うように行動出来ない渚は仕方が無いので一緒に千尋の様子を見つめている・・・・。夢の中で見る千尋は何なのだろうと?
花屋で働いている姿や食事をしている姿・・・。この夢を見るようになって渚はきっとこの自分が見ている千尋は今実際に行動している姿に違いないと確証を得る様になっていた。
毎日千尋の姿を見るようになり、徐々に渚の心にも変化が見られてきた。
「あ~あ。今日は余程眠いのかな?何回欠伸してるんだよ。あ、馬鹿馬鹿。今そこに鋏置いたの忘れたのか?」
渚はクスクス笑いながら千尋の様子を見ている。
その時、ふと渚は視線を感じた。見ると、隣に座っている男が渚の顔を無表情でじっと見つめていたからである。
「ん、ご・ゴホン。」
渚は咳払いするとわざと言った。
「ったく、これじゃまるで覗き魔かストーカーみたいじゃないか。」
渚はブチブチ文句を言いながらそして隣にいる男に言う。
「お前なー。一体何が目的なんだよ?はっきり言って迷惑だからさっさと消えてくんないか?もう十分満足しただろう?」
けれど、相変わらず男からは何も返事が返って来る事は無かったのである—。
ほぼ毎日このような夢を見るようになったので、目が覚めてもいつの間にか夢の内容をしっかり覚えているようになっている事を渚は自覚し始めるのだった。
渚が祐樹の部屋に居候する事になってから、千尋は祐樹と仕事帰りの短い時間に時々会うようになっていた。
「どう?あれから渚の事何か思い出した?」
隣を並んで歩きながら祐樹は聞いてくる。
「それが・・まだあまり思い出せなくて。」
「・・・そっか。まあ焦る事は無いとおもうけどな。」
「千尋。俺、仕事まで2時間くらい空いてるんだ。これから飯食いに行くつもりなんだけど一緒にどうだ?」
いつの間にか祐樹は千尋の事を名前で呼ぶようになっていた。一人で家に帰って食事するのも寂しいし、何より気さくな態度で接してくれる祐樹の隣は居心地が良かった。
「うん、それじゃ行こうかな?」
「よし。決まりだな。実はこの先に新しくパスタの店がオープンしたんだ。前から行ってみたいって思ってたんだけど、どうも男一人じゃ入りにくくて。千尋が一緒に来てくれて良かったよ。」
あ・・・そう言えば以前もこんな風に誰かと一緒に歩いた事があるような・・・。
千尋は足を止めた。
「ん?どうしたんだ?」
付いてこない千尋を振り返り、祐樹は足を止めた。
「うううん、何でもない。」
千尋は慌てて祐樹の背中を追ったのであった。
「あ~美味かったな。」
祐樹は店を出ると満足そうに言った。
「うん、美味しかったね。」
「悪いな、送ってやれなくて。これから塾のバイトだから。」
別れ際祐樹が言った。
「そんな事気にしてるの?私に構わず早くバイトに行って。遅れたら大変でしょ。」
「ああ、それじゃあな。」
祐樹は手を振った。
「うん、それじゃあね。」
千尋は背を向けて歩き出そうとしたその時、突然祐樹に右手を強く引かれた。
「え?」
振り向くと祐樹が真剣な目で千尋を見ている。
「あ・あのさ・・・。」
「びっくりした・・・。どうしたの?」
「俺達、付き合わないか?」
「え?」
千尋は突然の話に目を見開いた—。
時刻は夜の10時・・。祐樹が仕事から帰ってきた。
「おい、祐樹。どういう事だよ?お前そのまま仕事に行って来たのか?連絡位寄こせよ。こっちは飯作って待ってたんだからな。」
渚がスマホをソファに放り投げて文句を言った。
「ああ、悪かったな。連絡しなくて。飯、外で食って来たんだ。」
「だったらちゃんと連絡しろよ。」
「分かった、今度からそうするよ。」
言うと祐樹はドカッとソファに座り、そのまま黙ってしまった。
「祐樹・・?どうしたんだ?何か様子変だぞ?」
「渚、お前相変わらず昼夜逆転の生活してるみたいだな。」
祐樹は質問には答えずに言った。
「あ・ああ・・。まあな。正直・・少し困ってる。まだ身体本調子じゃないのかもな。」
「あの・・・さ、渚。お前、やっぱり何も彼女の事覚えていない訳?」
祐樹が渚を見上げながら質問した。
「彼女?ああ・・・あの青山って女か?」
渚はギクリとした。まさか毎朝夢の中で千尋の様子を見ているなんて言えるはずが無い。
「い・いや。別に何も思い出してはいないけど?それがどうしたんだ?」
「ふ~ん・・・。そうか。」
祐樹はいつになく真剣な顔で渚を見る。
「な・何だよ。祐樹、お前もしかして本気であの女に惚れたとでも言うんじゃないだろな?」
てっきり渚は祐樹がそれを否定するものだと思っていたのだが、返ってきた返事は意外なものだった。
「ああ。俺は・・・彼女・・千尋が好きだ。今日言ったよ。俺達付き合わないかって。」
「え・・・?」
渚は祐樹の言葉に何故か胸が苦しくなるのを感じた—。
「やっぱり男なら最初に飲むカクテルはこれだろう?」
バーテン姿の祐樹は得意げに里中に言う。
ワインを思わせるような赤い色のカクテルにはチェリーが沈められている。
「これは・・・マンハッタンか?」
里中はカクテルグラスを傾けて言った。
「まあな、これは俺の奢りだ。でも2杯目からは料金取るからな?」
「分かってるよ。」
里中は苦笑いするとグラスを口に運んだ。甘みのある香りが里中の鼻腔を擽る。
グラスをテーブルに置くと里中は口を開いた。
「で、俺に話って何だ?」
「お前・・・さ、彼女とは会ってるのか?」
「彼女?彼女って誰だ?」
「青山千尋の事だ。」
「あ、ああ。千尋さんか?別に会うって言っても週に一度、病院に生け込みに来る日だけだぜ?最後に会ったのも1週間前だ。って言うか、何でお前が千尋さんの事知ってるんだよ。一体どういう事だ?」
「何か彼女から聞いてるか?」
しかし祐樹はそれには答えず質問をする。
「いや・・・聞くって何を。って言うか、先に質問してるのはこの俺なんだけど?」
「そっか。何も聞いていないのか。」
祐樹は呟いた。
「おい!お前無視かよ?!」
祐樹は黙って里中に1枚の写真を見せた。それは渚の写真である。
「この男の事、知ってるか?」
「・・・・?」
里中は穴が空くほど真剣に写真を見つめるが、やがて言った。
「いや・・・。知らない男だ。この男がどうかしたのか?」
写真を祐樹に返すと質問した。
祐樹は一瞬驚いたような表情を見せるが、やがて言った。
「そうか・・・<知らない男>か・・。」
「おい、お前が何言ってるかさっぱり分からないんだけど?」
「それなら逆にこっちから尋ねるぞ。どうして俺とお前は知り合いなんだ?」
祐樹は真剣な眼差しで里中を見ると言った。
「ど・どうしてって・・・・。それはお前、二人の共通の知り合いを通じて・・・?あれ?共通の知り合いって一体誰だ・・?」
里中は頭を抱え込んでしまった。確かに自分はその人物を知っていたはずだ。なのに何故何も思い出せない・・・?
「やっぱり、お前もそうだったんだな。」
祐樹は核心を突いたように言ったのである。
「そうだった・・・・?ってどういう意味だ?」
里中は頭を押さえながら言った。
「お前がもう1杯カクテル頼んだら教えてやってもいいぜ?」
祐樹は里中に笑みを浮かべた—。
「で、お前の幼馴染の身体を使って千尋さんや俺達と会っていた人物がいたって訳だ?だけど肝心の千尋さんが何一つ覚えていないから謎だけが残った・・?」
里中はマティーニを飲みながら話を要約した。
「ああ、まさかお前も渚の偽物の事を何一つ覚えていないなんてな?まるで初めから存在しない人間だったみたいだ。あ、でも一つ思い出したことがある。」
祐樹は思い出したように言った。
「何を思い出したんだ?」
「俺は、あいつから手紙を預かっていたんだ。もし俺のところに青山さんから連絡がきたら渡してほしいって。案の定、連絡が来たから二人で会ったよ。それで手紙を渡したんだ。手紙を読み終えた彼女は酷い頭痛が起きたみたいで・・・確か『ヤマト』って呟いていた気がする・・・。」
「ヤマトだって?」
里中は顔を上げた。
「何だ?知ってるのか?」
「知ってるも何も・・・ヤマトってのは千尋さんが飼っていた犬の名前だ。」
「はあ?犬だって?」
今度は祐樹が驚く番だ。
「ああ・・。ヤマトは去年の11月頃・・だったか?当時千尋さんは俺の知り合いにストーカー行為をされていて、その犯人を追い払ったのがヤマトだったんだ。けれどあの日以来行方不明になってるって聞かされていたけど・・・。」
「おいおい、まさかその犬が渚の身体を一時的に乗っ取ってたって言うつもりか?もし仮にそれが事実だとすると、あいつ発狂するかもな~。大嫌いな犬に自分の身体が操られていたなんて知った日には。」
「で?千尋さんも俺と同様、その男の記憶が全く無いって訳なのか・・・。」
「最初は嘘でもついているかと思ったけど、そうでも無さそうだな?お前ともう一人の渚はすごく親しい仲に見えたぞ。少なくとも俺にとっては。」
「そっか・・・。」
里中は少しだけ寂しげに笑うと言った。
「もう1杯、カクテル作ってくれるか?」
「うん?何が欲しい?」
「お前に任せるよ。・・・そうだな。今はいないアイツの為にぴったりなの頼む。」
「・・・・。」
それを聞いた祐樹は少しだけ考え込んでいたが、やがて慣れた手つきで里中の前でカクテルを作り終えると、テーブルに置いた。
「これは?」
「―ギムレット。ある小説の中に出て来るカクテル・・・。長い別れを意味するカクテルだ。」
「そっか・・・。」
「俺はお前ともう一人の渚に、二人で一緒に店に飲みに来いって誘ってたのさ。でも二度とそんな日はもう来ないけどな。」
「それじゃ今はいなくなった『ヤマト』に乾杯するかな。」
「ああ、それがいいかもしれない。」
里中はグラスを掲げると言った。
「乾杯。」
何故か、あの日以来渚の生活は昼夜が逆転してしまった。
夜は全く眠れなくなり夜が明ける頃に眠りに着く—。そして決まって夢を見るのだ。
そこはいつも同じ場所。見知らぬ男が暗闇の中座り込み、千尋の姿を見つめている。
自分の夢の中だと言うのに、思うように行動出来ない渚は仕方が無いので一緒に千尋の様子を見つめている・・・・。夢の中で見る千尋は何なのだろうと?
花屋で働いている姿や食事をしている姿・・・。この夢を見るようになって渚はきっとこの自分が見ている千尋は今実際に行動している姿に違いないと確証を得る様になっていた。
毎日千尋の姿を見るようになり、徐々に渚の心にも変化が見られてきた。
「あ~あ。今日は余程眠いのかな?何回欠伸してるんだよ。あ、馬鹿馬鹿。今そこに鋏置いたの忘れたのか?」
渚はクスクス笑いながら千尋の様子を見ている。
その時、ふと渚は視線を感じた。見ると、隣に座っている男が渚の顔を無表情でじっと見つめていたからである。
「ん、ご・ゴホン。」
渚は咳払いするとわざと言った。
「ったく、これじゃまるで覗き魔かストーカーみたいじゃないか。」
渚はブチブチ文句を言いながらそして隣にいる男に言う。
「お前なー。一体何が目的なんだよ?はっきり言って迷惑だからさっさと消えてくんないか?もう十分満足しただろう?」
けれど、相変わらず男からは何も返事が返って来る事は無かったのである—。
ほぼ毎日このような夢を見るようになったので、目が覚めてもいつの間にか夢の内容をしっかり覚えているようになっている事を渚は自覚し始めるのだった。
渚が祐樹の部屋に居候する事になってから、千尋は祐樹と仕事帰りの短い時間に時々会うようになっていた。
「どう?あれから渚の事何か思い出した?」
隣を並んで歩きながら祐樹は聞いてくる。
「それが・・まだあまり思い出せなくて。」
「・・・そっか。まあ焦る事は無いとおもうけどな。」
「千尋。俺、仕事まで2時間くらい空いてるんだ。これから飯食いに行くつもりなんだけど一緒にどうだ?」
いつの間にか祐樹は千尋の事を名前で呼ぶようになっていた。一人で家に帰って食事するのも寂しいし、何より気さくな態度で接してくれる祐樹の隣は居心地が良かった。
「うん、それじゃ行こうかな?」
「よし。決まりだな。実はこの先に新しくパスタの店がオープンしたんだ。前から行ってみたいって思ってたんだけど、どうも男一人じゃ入りにくくて。千尋が一緒に来てくれて良かったよ。」
あ・・・そう言えば以前もこんな風に誰かと一緒に歩いた事があるような・・・。
千尋は足を止めた。
「ん?どうしたんだ?」
付いてこない千尋を振り返り、祐樹は足を止めた。
「うううん、何でもない。」
千尋は慌てて祐樹の背中を追ったのであった。
「あ~美味かったな。」
祐樹は店を出ると満足そうに言った。
「うん、美味しかったね。」
「悪いな、送ってやれなくて。これから塾のバイトだから。」
別れ際祐樹が言った。
「そんな事気にしてるの?私に構わず早くバイトに行って。遅れたら大変でしょ。」
「ああ、それじゃあな。」
祐樹は手を振った。
「うん、それじゃあね。」
千尋は背を向けて歩き出そうとしたその時、突然祐樹に右手を強く引かれた。
「え?」
振り向くと祐樹が真剣な目で千尋を見ている。
「あ・あのさ・・・。」
「びっくりした・・・。どうしたの?」
「俺達、付き合わないか?」
「え?」
千尋は突然の話に目を見開いた—。
時刻は夜の10時・・。祐樹が仕事から帰ってきた。
「おい、祐樹。どういう事だよ?お前そのまま仕事に行って来たのか?連絡位寄こせよ。こっちは飯作って待ってたんだからな。」
渚がスマホをソファに放り投げて文句を言った。
「ああ、悪かったな。連絡しなくて。飯、外で食って来たんだ。」
「だったらちゃんと連絡しろよ。」
「分かった、今度からそうするよ。」
言うと祐樹はドカッとソファに座り、そのまま黙ってしまった。
「祐樹・・?どうしたんだ?何か様子変だぞ?」
「渚、お前相変わらず昼夜逆転の生活してるみたいだな。」
祐樹は質問には答えずに言った。
「あ・ああ・・。まあな。正直・・少し困ってる。まだ身体本調子じゃないのかもな。」
「あの・・・さ、渚。お前、やっぱり何も彼女の事覚えていない訳?」
祐樹が渚を見上げながら質問した。
「彼女?ああ・・・あの青山って女か?」
渚はギクリとした。まさか毎朝夢の中で千尋の様子を見ているなんて言えるはずが無い。
「い・いや。別に何も思い出してはいないけど?それがどうしたんだ?」
「ふ~ん・・・。そうか。」
祐樹はいつになく真剣な顔で渚を見る。
「な・何だよ。祐樹、お前もしかして本気であの女に惚れたとでも言うんじゃないだろな?」
てっきり渚は祐樹がそれを否定するものだと思っていたのだが、返ってきた返事は意外なものだった。
「ああ。俺は・・・彼女・・千尋が好きだ。今日言ったよ。俺達付き合わないかって。」
「え・・・?」
渚は祐樹の言葉に何故か胸が苦しくなるのを感じた—。
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