27 / 43
3-6 バレンタインのプレゼント
しおりを挟む
今日は2月14日バレンタインの日だ。
今朝の千尋は渚よりも早起きをして朝食とお弁当の準備をしている。
お弁当はハムやレタス・チーズ等のサンドイッチをランチボックスに詰めてある。
そして朝食は野菜スープにボイルしたウィンナーにスクランブルエッグとスコーン。
それらを準備していると渚が台所にやってきた。
「あれ?おはよう千尋。まさかお弁当と朝ご飯の準備してくれてたの?」
渚が目を丸くして言った。
「うん。たまには私が用意しようと思って。丁度良かった、渚君に渡しておきたいん物があるんだ。」
千尋はいそいそと隣の部屋から紙袋を持って来て渚に手渡した。
「これ、バレンタインのプレゼント。良かったら受け取って?」
「え?僕に?」
渚は紙袋の中身を取り出すと、そこには紺色の手袋が入っていた
「この手袋ってもしかして・・・・手作り?」
「うん、気に入ってもらえるといいんだけど。」
千尋が照れたように言った。
「気に入るも何も、僕の一生の宝物だよ!ありがとう、大事にするよ!」
渚は手袋を握りしめて嬉しそうに笑った。
「大事にしてもらえるのは嬉しいけど、ちゃんと使ってね?」
「うん、早速今日から使わせてもらうよ。」
渚は手袋をはめてみると言った。
「すごく暖かいね。僕もホワイトデーに何か千尋にプレゼントさせてね?」
「その気持ちだけで、いいよ。それより朝ご飯食べない?」
「うん、そうだね。」
「「いただきます。」」
「うん、このスコーンすごく美味しいね。どうしたの?」
渚がスコーンを食べながら尋ねた。
「これはね、前に仕事が休みだった時に生地を作って冷凍しておいた物を解凍して焼いたの。良かった、渚君の口に合ったようで。」
「千尋の作る料理は何でも美味しいよ。今日のお弁当楽しみにしてる。」
「うん、期待に添えられると良いけどね?」
食後のコーヒーを飲みながら千尋が言った。
「あのね、渚君にお願いしたい事があるの。」
「何?お願いって?」
「これなんだけど。」
千尋は紙バッグを渚に渡した。
「これは何?」
「手作りチョコが入ってるから私の代わりにリハビリステーションのスタッフの人達に渡してきてくれる?あ、勿論渚君の分もちゃんとあるからね。」
「うん、大丈夫。ちゃんと渡してくるからね。」
渚は紙袋を受け取るとニッコリ笑った。
「はあ~。」
患者のマッサージを終えた里中がため息をついた。
頭の中からは、病院のベッドで眠っている渚の顔が離れられない。
あの日はあまりのショックに自分がどうやって家に帰ってきたのかも覚えていない位だった。
そして何となく顔を合わせずらく、レストランにお昼を食べに行く事もしていなかった。
「里中、今日も飯食いに行かないのか?」
通りかかった近藤が声をかけて来た。
「今日からランチで新メニューが始まるらしいから俺は行くけど、お前はどうするんだ?」
「俺はいいです、何かコンビニで買って来るんで。」
「ふ~ん、それより何かあったのか?この間千尋ちゃんがここにやってきた時だってお前まともに話もしてないだろ?」
「特には何も無いですよ。単に手が離せなかっただけです。」
本当は千尋に会うと渚の事を喋ってしまいそうだったので、わざと里中は距離を置いていた。
(やっぱり祐樹に知られる前に俺が間宮に確認取ってみたほうがいいかもな・・。
でも何て聞けばいい?双子の兄弟でもいるか?って聞けばいいのか?あ~うまい考えが浮かばない・・・・。)
「おい、里中。どうしたんだよ?急に難しい顔して黙り込んで。」
突然静かになった里中を見て近藤が声をかけた。
「いや、何でも無いですよ!」
里中は慌てて首を振った。
「そういえばここ最近、間宮君の様子がおかしいって聞いてるぞ。お前何か知ってるか?」
「別に俺は何も知らないですよ。」
「・・・お前のその様子だと何も知ら無さそうだな。実はここのところ間宮君がよく食器を取り落して割ってしまったり、出来上がった料理を運ぶ際に落としてしまう事がたまにあるらしいんだ。」
「え?どういう事ですか?」
「う~ん・・・それが分からないんだよなあ。でも取り落した時はいつも真っ青な顔で片側の手で手首を掴んで震えているらしいから、もしかして手首の調子でも悪いんじゃないかって言われてるんだよ。診察でも受けてくれれば、ここでリハビリ出来るのにな。」
話が終わると、じゃあなと言って近藤は去って行った。
「・・・気になるな。今日はレストランで昼飯食べるか・・・。」
里中はポツリと言った。
昼休憩に入り、里中はレストランに来ていた。空いているテーブルを見つけて座るとオーダーを取りに来たのが偶然にも渚であった。
「ああ、里中さん。今日はここでランチなんだね。」
「あ・ああ。まあな。ところで・・・・今日の日替わりメニューは何だ?」
「カツフライ定食だよ。」
「じゃあ、それを頼む。」
「はい、かしこまりました。」
渚はテーブルの上にあるメニューを手に取ったその瞬間、何故か取り落してしまったのである。
バサッ。
軽い音を立てて床に落ちるメニュー。
「あ・・・・。」
渚の顔は真っ青である。
「お、おい。大丈夫か?」
里中はメニューを拾うと渚に渡した。
「お前・・・・・すごく顔色悪いぞ?どこか具合でも悪いのか?」
「平気だよ。僕は大丈夫だから・・。」
無理に笑顔を作って言っているが、身体は小刻みに震えている。
「無理するなよ?」
「うん、ありがと・・・・。」
渚はメニューを受け取ると厨房へと戻って行った。
そんな渚を里中は心配そうにして見つめてポツリと言った。
「気のせいか?一瞬間宮の両手が透けて見えたような気がした・・・・。」
食事を終え、支払いを済ませて職場へ戻ろうとしていた時に里中は渚に呼び止められた。
「里中さん。これ、千尋からリハビリステーションのスタッフの人達へって預かってるんだ。手作りのチョコレートだって言ってたよ。」
そして紙袋を渡してきた。
「ええ?!これ千尋さんから?」
里中は喜びを隠せない。
「うん、確かに渡したからね。皆さんによろしくね。」
渚は意味深に笑うと立ち去った。
その後の里中は天にも昇るような気持ちになり、先程の出来事はすっかり忘れてしまうのだった・・・。
今日の<フロリナ>はとても忙しかった。近年「フラワーバレンタイン」と言う言葉が日本でも徐々に浸透してきているお陰か、多くの若い男性達が花束を購入していったからである。
男性従業員の原と千尋が本日の遅番担当の日だった。
二人で店内を片付けながら原が言った。
「青山さん、今日はバレンタインのチョコどうもありがとう。」
「いえ、いつも原さにはお世話になってるのでほんの気持ちですよ。」
「渚君には特別なプレゼントあげたんですか?」
「え、と・・・・手編みの手袋です。渚君手袋持っていなくて手を冷たそうにしていたので。」
「それは良かったですね。あ、そろそろ渚君が迎えに来る時間じゃないですか?今日のお礼です。残りは私がやっておくので青山さんは先に上がっていいですよ。」
「でも、それでは・・・。」
「いいんですって、ほら。行って下さい。」
「分かりました、どうもありがとうございます。それではお先に失礼します。」
帰り支度を終えて店の外に出ると、もうそこにはコートのポケットに両手を入れてガードレールに寄りかかって立っていた渚がいた。
「あ、お疲れ様。千尋。」
寒そうな息を吐きながら渚が笑顔で言った。
「渚君もお疲れ様。」
「ジャン!ほら、見て。」
渚はポケットから手を出すと両手には今朝千尋からもらった手袋をはめていた。
「とっても温かいよ。ありがとう。」
そして無邪気に笑った。
「ど、どういたしまして・・・。」
渚の無邪気な笑顔に何故か千尋は胸の鼓動が高まった。
「それじゃ、帰ろう?千尋。」
渚は当然のように右手を差し出してきた。
千尋が遠慮がちに手に触れると渚は千尋の手を握りしめて自分のポケットに入れた。
「ほら、こうすればもっと温かいでしょう?」
「う・うん。そうなんだけど・・・ちょっと距離が近くない?」
動揺しながら千尋が言った。
「え?近すぎ?歩きにくいかな?」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど・・・。」
「ならいいじゃない。離れて歩くより、くっついて歩いたほうが温かいよ?」
千尋は隣を歩く渚の顔を見た。街の明かりに照らし出された渚の顔はやはり素敵で胸がざわつく。
すれ違いざまに何人かの若い女性たちが振り返って渚を見ているのだが、当の本人は全く気にも留めていない。
その時、ふと千尋は渚が大きな紙袋を持っている事に気が付いた。
「ねえ、渚君。その紙袋何が入ってるの?」
「ああ、これ?今日はバレンタインだからってプレゼントを貰ったんだよ。職場の人達やそれとお客さん達からも。」
渚が紙袋を持ちあげてみせると、中身はぎっしりと詰まっており、見るからに重そうである。
「・・・何だかすごい数だね。」
「うん、千尋はチョコ好きだよね?だからこれは千尋へのお土産だよ。」
「渚君・・・。」
「何?」
「あまり、その話は他の人達の前では言わない方がいいと思うよ・・・?」
「どうして?でも千尋がそうした方がいいっていうなら、そうするよ。」
家に帰ると千尋が言った。
「渚君、今夜は私が夜ご飯作るよ。」
「え?そうなの?僕が料理作ろうと思ったんだけど・・・。」
「だってバレンタインだからね。こういう日って男の人の為に女子が作る物じゃないかなあ?」
千尋がエプロンを付けながら言った。
「ありがとう、千尋の作る料理楽しみだな。何か手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。あ、それじゃ一つお願いしていい?そこの食器棚の一番下にある扉を開けて楕円形の白いお皿があるから2枚出してくれる?」
「いいよ、ここだね。」
渚は屈むと食器棚の扉を開けて、動きが止まった。
「どうしたの?渚君?」
千尋が声をかけてきた。
「う、ううん。全部陶器の皿ばかりなのに、2まいだけプラスチックの容器があるなと思って。」
「あ、ああ。そのお皿ね。それは私が以前飼っていたヤマトのお皿なの。」
「ふ~ん、大事に取ってあるんだね。」
「それはそうだよ、だってヤマトは私にとって大切な家族だったんだもの。今何処にいるんだろう・・。早く帰って来て欲しいな・・・。」
「きっと、ヤマトも今の言葉を聞いたらすごく喜ぶと思うよ。」
「ん、そうだね。じゃ料理の続きしようかな。」
千尋の作った今夜のメニューは卵がフワフワでトロトロのデミグラスソースのオムライスだった。
二人はワインで乾杯し、渚は千尋の料理に舌鼓を打った。
—こうしてバレンタインの夜は静かに更けていったのである。
今朝の千尋は渚よりも早起きをして朝食とお弁当の準備をしている。
お弁当はハムやレタス・チーズ等のサンドイッチをランチボックスに詰めてある。
そして朝食は野菜スープにボイルしたウィンナーにスクランブルエッグとスコーン。
それらを準備していると渚が台所にやってきた。
「あれ?おはよう千尋。まさかお弁当と朝ご飯の準備してくれてたの?」
渚が目を丸くして言った。
「うん。たまには私が用意しようと思って。丁度良かった、渚君に渡しておきたいん物があるんだ。」
千尋はいそいそと隣の部屋から紙袋を持って来て渚に手渡した。
「これ、バレンタインのプレゼント。良かったら受け取って?」
「え?僕に?」
渚は紙袋の中身を取り出すと、そこには紺色の手袋が入っていた
「この手袋ってもしかして・・・・手作り?」
「うん、気に入ってもらえるといいんだけど。」
千尋が照れたように言った。
「気に入るも何も、僕の一生の宝物だよ!ありがとう、大事にするよ!」
渚は手袋を握りしめて嬉しそうに笑った。
「大事にしてもらえるのは嬉しいけど、ちゃんと使ってね?」
「うん、早速今日から使わせてもらうよ。」
渚は手袋をはめてみると言った。
「すごく暖かいね。僕もホワイトデーに何か千尋にプレゼントさせてね?」
「その気持ちだけで、いいよ。それより朝ご飯食べない?」
「うん、そうだね。」
「「いただきます。」」
「うん、このスコーンすごく美味しいね。どうしたの?」
渚がスコーンを食べながら尋ねた。
「これはね、前に仕事が休みだった時に生地を作って冷凍しておいた物を解凍して焼いたの。良かった、渚君の口に合ったようで。」
「千尋の作る料理は何でも美味しいよ。今日のお弁当楽しみにしてる。」
「うん、期待に添えられると良いけどね?」
食後のコーヒーを飲みながら千尋が言った。
「あのね、渚君にお願いしたい事があるの。」
「何?お願いって?」
「これなんだけど。」
千尋は紙バッグを渚に渡した。
「これは何?」
「手作りチョコが入ってるから私の代わりにリハビリステーションのスタッフの人達に渡してきてくれる?あ、勿論渚君の分もちゃんとあるからね。」
「うん、大丈夫。ちゃんと渡してくるからね。」
渚は紙袋を受け取るとニッコリ笑った。
「はあ~。」
患者のマッサージを終えた里中がため息をついた。
頭の中からは、病院のベッドで眠っている渚の顔が離れられない。
あの日はあまりのショックに自分がどうやって家に帰ってきたのかも覚えていない位だった。
そして何となく顔を合わせずらく、レストランにお昼を食べに行く事もしていなかった。
「里中、今日も飯食いに行かないのか?」
通りかかった近藤が声をかけて来た。
「今日からランチで新メニューが始まるらしいから俺は行くけど、お前はどうするんだ?」
「俺はいいです、何かコンビニで買って来るんで。」
「ふ~ん、それより何かあったのか?この間千尋ちゃんがここにやってきた時だってお前まともに話もしてないだろ?」
「特には何も無いですよ。単に手が離せなかっただけです。」
本当は千尋に会うと渚の事を喋ってしまいそうだったので、わざと里中は距離を置いていた。
(やっぱり祐樹に知られる前に俺が間宮に確認取ってみたほうがいいかもな・・。
でも何て聞けばいい?双子の兄弟でもいるか?って聞けばいいのか?あ~うまい考えが浮かばない・・・・。)
「おい、里中。どうしたんだよ?急に難しい顔して黙り込んで。」
突然静かになった里中を見て近藤が声をかけた。
「いや、何でも無いですよ!」
里中は慌てて首を振った。
「そういえばここ最近、間宮君の様子がおかしいって聞いてるぞ。お前何か知ってるか?」
「別に俺は何も知らないですよ。」
「・・・お前のその様子だと何も知ら無さそうだな。実はここのところ間宮君がよく食器を取り落して割ってしまったり、出来上がった料理を運ぶ際に落としてしまう事がたまにあるらしいんだ。」
「え?どういう事ですか?」
「う~ん・・・それが分からないんだよなあ。でも取り落した時はいつも真っ青な顔で片側の手で手首を掴んで震えているらしいから、もしかして手首の調子でも悪いんじゃないかって言われてるんだよ。診察でも受けてくれれば、ここでリハビリ出来るのにな。」
話が終わると、じゃあなと言って近藤は去って行った。
「・・・気になるな。今日はレストランで昼飯食べるか・・・。」
里中はポツリと言った。
昼休憩に入り、里中はレストランに来ていた。空いているテーブルを見つけて座るとオーダーを取りに来たのが偶然にも渚であった。
「ああ、里中さん。今日はここでランチなんだね。」
「あ・ああ。まあな。ところで・・・・今日の日替わりメニューは何だ?」
「カツフライ定食だよ。」
「じゃあ、それを頼む。」
「はい、かしこまりました。」
渚はテーブルの上にあるメニューを手に取ったその瞬間、何故か取り落してしまったのである。
バサッ。
軽い音を立てて床に落ちるメニュー。
「あ・・・・。」
渚の顔は真っ青である。
「お、おい。大丈夫か?」
里中はメニューを拾うと渚に渡した。
「お前・・・・・すごく顔色悪いぞ?どこか具合でも悪いのか?」
「平気だよ。僕は大丈夫だから・・。」
無理に笑顔を作って言っているが、身体は小刻みに震えている。
「無理するなよ?」
「うん、ありがと・・・・。」
渚はメニューを受け取ると厨房へと戻って行った。
そんな渚を里中は心配そうにして見つめてポツリと言った。
「気のせいか?一瞬間宮の両手が透けて見えたような気がした・・・・。」
食事を終え、支払いを済ませて職場へ戻ろうとしていた時に里中は渚に呼び止められた。
「里中さん。これ、千尋からリハビリステーションのスタッフの人達へって預かってるんだ。手作りのチョコレートだって言ってたよ。」
そして紙袋を渡してきた。
「ええ?!これ千尋さんから?」
里中は喜びを隠せない。
「うん、確かに渡したからね。皆さんによろしくね。」
渚は意味深に笑うと立ち去った。
その後の里中は天にも昇るような気持ちになり、先程の出来事はすっかり忘れてしまうのだった・・・。
今日の<フロリナ>はとても忙しかった。近年「フラワーバレンタイン」と言う言葉が日本でも徐々に浸透してきているお陰か、多くの若い男性達が花束を購入していったからである。
男性従業員の原と千尋が本日の遅番担当の日だった。
二人で店内を片付けながら原が言った。
「青山さん、今日はバレンタインのチョコどうもありがとう。」
「いえ、いつも原さにはお世話になってるのでほんの気持ちですよ。」
「渚君には特別なプレゼントあげたんですか?」
「え、と・・・・手編みの手袋です。渚君手袋持っていなくて手を冷たそうにしていたので。」
「それは良かったですね。あ、そろそろ渚君が迎えに来る時間じゃないですか?今日のお礼です。残りは私がやっておくので青山さんは先に上がっていいですよ。」
「でも、それでは・・・。」
「いいんですって、ほら。行って下さい。」
「分かりました、どうもありがとうございます。それではお先に失礼します。」
帰り支度を終えて店の外に出ると、もうそこにはコートのポケットに両手を入れてガードレールに寄りかかって立っていた渚がいた。
「あ、お疲れ様。千尋。」
寒そうな息を吐きながら渚が笑顔で言った。
「渚君もお疲れ様。」
「ジャン!ほら、見て。」
渚はポケットから手を出すと両手には今朝千尋からもらった手袋をはめていた。
「とっても温かいよ。ありがとう。」
そして無邪気に笑った。
「ど、どういたしまして・・・。」
渚の無邪気な笑顔に何故か千尋は胸の鼓動が高まった。
「それじゃ、帰ろう?千尋。」
渚は当然のように右手を差し出してきた。
千尋が遠慮がちに手に触れると渚は千尋の手を握りしめて自分のポケットに入れた。
「ほら、こうすればもっと温かいでしょう?」
「う・うん。そうなんだけど・・・ちょっと距離が近くない?」
動揺しながら千尋が言った。
「え?近すぎ?歩きにくいかな?」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど・・・。」
「ならいいじゃない。離れて歩くより、くっついて歩いたほうが温かいよ?」
千尋は隣を歩く渚の顔を見た。街の明かりに照らし出された渚の顔はやはり素敵で胸がざわつく。
すれ違いざまに何人かの若い女性たちが振り返って渚を見ているのだが、当の本人は全く気にも留めていない。
その時、ふと千尋は渚が大きな紙袋を持っている事に気が付いた。
「ねえ、渚君。その紙袋何が入ってるの?」
「ああ、これ?今日はバレンタインだからってプレゼントを貰ったんだよ。職場の人達やそれとお客さん達からも。」
渚が紙袋を持ちあげてみせると、中身はぎっしりと詰まっており、見るからに重そうである。
「・・・何だかすごい数だね。」
「うん、千尋はチョコ好きだよね?だからこれは千尋へのお土産だよ。」
「渚君・・・。」
「何?」
「あまり、その話は他の人達の前では言わない方がいいと思うよ・・・?」
「どうして?でも千尋がそうした方がいいっていうなら、そうするよ。」
家に帰ると千尋が言った。
「渚君、今夜は私が夜ご飯作るよ。」
「え?そうなの?僕が料理作ろうと思ったんだけど・・・。」
「だってバレンタインだからね。こういう日って男の人の為に女子が作る物じゃないかなあ?」
千尋がエプロンを付けながら言った。
「ありがとう、千尋の作る料理楽しみだな。何か手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。あ、それじゃ一つお願いしていい?そこの食器棚の一番下にある扉を開けて楕円形の白いお皿があるから2枚出してくれる?」
「いいよ、ここだね。」
渚は屈むと食器棚の扉を開けて、動きが止まった。
「どうしたの?渚君?」
千尋が声をかけてきた。
「う、ううん。全部陶器の皿ばかりなのに、2まいだけプラスチックの容器があるなと思って。」
「あ、ああ。そのお皿ね。それは私が以前飼っていたヤマトのお皿なの。」
「ふ~ん、大事に取ってあるんだね。」
「それはそうだよ、だってヤマトは私にとって大切な家族だったんだもの。今何処にいるんだろう・・。早く帰って来て欲しいな・・・。」
「きっと、ヤマトも今の言葉を聞いたらすごく喜ぶと思うよ。」
「ん、そうだね。じゃ料理の続きしようかな。」
千尋の作った今夜のメニューは卵がフワフワでトロトロのデミグラスソースのオムライスだった。
二人はワインで乾杯し、渚は千尋の料理に舌鼓を打った。
—こうしてバレンタインの夜は静かに更けていったのである。
10
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる