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124話 ホテルでの会話
しおりを挟む高級ホテルの一室で、ベアトリスが台本を呼んでいると部屋の扉がノックされた。
――コンコン
「帰ってきたようね」
台本を置くと、ベアトリスは早速扉を開けに向かった。
ドアアイを覗き込むと、すぐにベアトリスは扉を開けて訪ねてきた人物を迎え入れた。
「お帰りなさい、カイン。入って頂戴」
「ああ」
カインは頷くと部屋の中へ入り、疲れた様子でソファに座った。
「お疲れ様、それで家の様子はどうだったのかしら?」
カインの向かい側のソファに座ると早速質問する。
「君は、あの家は空き家になっているだろうと俺に言ったが、人が住んでいたぞ? しかも女性だ」
「え? 嘘でしょう?」
その言葉にベアトリスは目を見開く。
「嘘なものか。あの家には若い女性が住んでいた。ブロンドの長い髪が印象的だったな。……かなり美人だった。それに何故か警察官がいて、職務質問をされたよ」
「そんな……あの家に人が住んでいたなんて……まさか、ルシアンは家を手放したっていうの? ずっとこの家は残しておくって約束してくれていたのに……」
ベアトリスは悔しそうに唇を噛む。
「俺が職務質問をされた話はどうでもいいのかよ……? まぁいい。どうせ君は俺には興味が無いのだからな。家を残しておくという話は2人が恋人同士だった頃のことだろう? とっくに手放していたっておかしな話ではないはずだ。そもそも彼を捨てたのは君の方だろう? ベアトリス……まさか、まだその男に未練があるのか?」
眉をひそめるカイン。
「……あの時は、別れたくて別れたわけじゃないわよ。彼の祖父は私のことを軽蔑して、私達の仲を反対していたのだから。それに、舞台のオファーは私にようやく回ってきたチャンスだったのよ」
「だから、引き止める恋人を捨てて渡航したんだろう? 置き手紙一つだけ残して」
「そうよ……だって、本当に必死だったのよ。失ったものは大きかったけど、私はこの通り成功したわ。それも今では世界の歌姫と呼ばれるほどにね」
「それで今回かつての恋人がいた地『デリア』に来て、未練が募ってきたってわけか?」
「別に未練だとか、そういうわけではないわよ!」
ベアトリスはカインを睨みつけた。
「だったら何故俺にあの家の様子を見に行かせた? まだ彼が自分を忘れられずに家を手放していないと考えたからだろう?」
「……」
しかし、その問いにベアトリスは答えない。
「君は置き手紙一つで、自分を捨てていった恋人のことを、相手が2年経っても忘れずにいるとでも思ったのか?」
「……少なくとも、私はルシアンを忘れたことは無かったわ」
「ベアトリス! だったら俺のことは? 俺が君をどう思っているのかは知っているんだろう?」
「やめてちょうだい、カイン! 私とあなたは単に舞台上で恋人同士を演じる同じ団員の仲間であり、友人よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
冷たく言い放つベアトリス。その言葉にカインの顔色は青ざめる。
「そうか……やはり君はまだ昔の恋人を忘れられずにいたのか。だがな、相手も同じだと思うなよ。もう次の恋人か、もしくは結婚した可能性もあるかもしれないじゃないか」
「それは絶対にないわ。彼は有名なマイスター伯爵なのよ? 仮に結婚すればニュースになるはずよ。だけどこの2年、彼に関する結婚のニュースは一切無かったわ」
その言葉にカインは悲しそうな表情を浮かべる。
「……なるぼどな。君が毎日欠かさず新聞を読んでいたのは、マイスター伯爵の記事が載っていないか探すためだったのか……」
「そんなことは、あなたに話す義理はないわ」
ベアトリスはカインから顔をそむけた。
「分かったよ……だが、オペラ成功のためには俺と君は世間に仲睦まじい姿をみせる必要がある。そのことを忘れるなよ」
それだけ告げるとカインは立ち上がり、無言で部屋を出ていった。
――パタン
部屋の扉が閉ざされると、ベアトリスは傍らに置かれたカバンからアルバムを取り出し、ページをめくり……手を止めた。
「ルシアン……」
そのページには、ベアトリスの肩を抱き寄せて笑顔を見せているルシアンの写真が貼られていた――
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