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44話 イレーネの支度金

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 それからきっかり1時間後――

イレーネはリカルドの案内でルシアンの書斎にやってきていた。

「イレーネ嬢、わざわざ足を運ばせてすまないな」

書斎に置かれたソファに向かい合わせで座る2人。

「いいえ、どうぞお構いなく。丁度暇を持て余していたところでしたので。いつもなら庭で畑作業をしている時間でして……お恥ずかしいことに時間の潰し方を良く知らないものですから」

「な、何だって? 畑仕事?」

その言葉に耳を疑うルシアン。

「はい、そうです。食費を浮かす為に家庭菜園をしておりました。幸い、庭がありましたので季節ごとに様々な野菜を育てていたのですよ? 今の季節ですと、玉ねぎ、人参が収穫できます。採れたての野菜は甘みもあって、とても美味しいんです」

「そ、そうだったのか……?」

傍らに立つリカルドはハンカチで目頭を押さえている。

「……うっうっ……ほ、本当に……なんて健気なイレーネさん……」

その様子を半ば呆れた眼差しで見つめていると、イレーネが声をかけてきた。

「あの、それで私にお話というのは?」

「あ、ああ。そのことなのだが、イレーネ嬢に支度金を払おうと思って呼んだのだ」

「まぁ……支度金ですか?」

イレーネの目がキラキラ輝く。

「そうだ、そのお金で服を新調するといい。さて、何着あればいいだろうか……?」

「3着もあれば十分です」

「な、何!? たったの3着だと!?」

「はい、外出着は3着もあれば十分です。勿体ないですから。普段の服は私が持ってきたもので十分ですし」

「イレーネ嬢、それは……」

ルシアンが言いかけるよりも早くリカルドが反応した。

「いいえ! それは駄目です! イレーネさん! 3着と言わず、その10倍……いえ、100倍は作るべきです!」

「何だって!? 300着もか!?」

これには流石のルシアンも目を見開く。

「まぁ! 300着ですか? いくら何でも300着なんて無謀です。本当に、最低限揃えてもらうだけで十分なのですが……」

遠慮するイレーネにリカルドは畳み掛ける。

「イレーネさん。マイスター伯爵家は、とっても大金持ちなのですよ? 何しろ世界中に取引先がある貿易会社を営んでいるのですから何の遠慮もいりません。欲しいものはどんどん仰って下さい!」

「お、おい……! リカルド、お前は一体何を勝手なことを……!」

そこまで言いかけた時、ルシアンはこちらをじっと見つめるイレーネの視線に気付いた。

(駄目だ……もし、ここでむやみに反対すればケチな男だと思われてしまうかもしれない。何しろ彼女は自分の身を犠牲にして、契約妻になるのだからな……)

「わ、分かった……だが、いくら何でも300着は……とりあえず、今は50着程新調しよう」

「ルシアン様! そんな、たったの50着ですか!?」

「50着なんて、いくら何でも多すぎですわ!」

リカルドとイレーネの声が重なる。

そして、その後も話し合いは紛糾し……とりあえずは30着服を新調することで話が着いた。

「よし、このくらいの金額で良いだろう」

ルシアンは金額を記した小切手をイレーネに手渡した。

「まぁ! こ、これが支度金……ですか?」

小切手に目を通したイレーネは今まで見たこともない金額に目を見開く。

「ああ、そうだ。……少なすぎたか?」

「いいえ、まさか! 私ごときの為に、こんなに支度金を用意して頂けるなんて身に余る光栄です! 余った分はお返し致しますので御安心下さい」

「……は? 余らせる? 君は一体何を言っているんだ? 余らせる必要はない。むしろ全額使い切って身辺を整えてくれ。その方が俺も助かる」

そこへ再び、リカルドが口を挟んできた。

「ええ、そうです。イレーネさん。現当主であらせられるマイスター伯爵の前に挨拶に行かれるには、それなりの装備を整えて行かなければなりません!」

「装備ですか……? 分かりました。では早速、町へ出向いて来ます!」

イレーネは小切手を握りしめると立ち上がった。

「え? まさか……今から行くつもりか? だったら、誰か供を……い、いや。まだ駄目だな……使用人たちにはまだイレーネ嬢の説明をしていないし……」

ため息をつくルシアンにイレーネは首を振る。

「いいえ、1人で行きますから大丈夫です」

「何ですって! おひとりでですか!? それなら私がお供いたします!」

その言葉に驚いたのはルシアンだった。

「何だって? お前には本日、仕事の接待で俺と出かけることになっているだろう!?」

「接待なんて、どうぞおひとりで行って下さい!」

「な、何だって……?」

(リカルドは、何故こんなにもイレーネ嬢に構うんだ? もしや……)

そこへ、イレーネが2人の会話に割って入ってきた。

「あの、本当に丈夫ですから。というか、私は今まで誰かを連れて出かけたことなど無いのでひとりの方が気が楽なのです。それに、少し『デリア』の町も散策してみたいので」

「本当に……ひとりで大丈夫なのか?」

「イレーネさん……」

心配そうにイレーネを見つめる男2人。

「大丈夫です。もう子供ではありませんし、祖父を亡くしてからは女一人で暮らしていたのですから。御心配は無用です。お願いです、一人で外出させて下さい」

ニッコリ笑うイレーネ。


結局この言葉が決定打になり……イレーネは一人で町へ出かけることとなった――




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