上 下
4 / 152

4話 何も無い屋敷

しおりを挟む
 女の子にお駄賃として三百ジュエルを渡してしまったイレーネ。
少しでも節約する為に、辻馬車を使わずに屋敷まで歩いて帰ってきた。

「ただいま~」

誰も待つ人のいない古びた屋敷に帰ってくると、食卓用の椅子に腰掛けた。

「ふ~疲れたわ……足も痛いし……」

履いていたショートブーツを脱ぐと、足のマッサージをしながら壁に駆けてある時計を眺める。

「え~と、今が十時十五分だから……ええ!? 四十五分も歩いてきたのね? どうりで疲れたはずだわ……」

ため息をつくとイレーネは履きなれた室内履きに足を通し、二階にある自室に向かった。


――カチャ

扉を開けて室内に入ると、イレーネは周囲を見渡す。

「……本当に何もない部屋になってしまったわねぇ」

言葉通り、この部屋にあるのはベッドと小さな文机、それに壁にかけた姿見に衣装箱だけだった。
イレーネがまだ子供だった頃は、この部屋はもっと賑やかだった。女の子らしいインテリアで素敵な家具に溢れていた。
それに安い賃金でも文句一つ言わずに笑顔で働いてくれていた使用人たちも大勢いた。
けれど祖父が病に倒れてからは賃金すら払うこともままならなくなり、全員に辞めてもらうことに決めた。
その際彼らに支払える退職金を作るためにイレーネは家財道具の殆どを売り払い、何とか全員にわずかばかりの退職金を工面することが出来たのだった。

その後も祖父の治療費の為に売れそうな物は売払い……すっかりがらんどうの屋敷になり、今に至る。

「でも、いいわ。これなら引越し準備も特に必要ないもの。さて、明日の準備をしなくちゃ」

イレーネは自分に言い聞かせると、早速出立の準備を始めるのだった――


****


 翌朝六時――

濃紺のボレロとスカート姿のイレーネが姿見の前に立っていた。

「うん、いい感じね。我ながら洋裁の腕前が上がったわ。これが以前はドレスだったなんて人が知ったら驚かれるでしょうね」

満足そうにくるりと鏡の前で一回転する。
昨晩夜なべをして、外出着用の洋服に作り直したのだ。

「どうせ、ドレスを持っていても着ていく場が無いのだもの。宝の持ち腐れだったから丁度良いわね」

そしてイレーネはボストンバックを持つと屋敷を後にした――


****


午前七時半――

「ふ~……やっと汽車に乗れたわ」

三等車両の空いている座席に座るとイレーネはため息をついた。今朝も彼女は路銀を浮かせるために屋敷から四十五分かけて駅までやってきたのだ。
同じ車両に乗っている人々は労働者階級の男性ばかりで、客数もまばらだった。

その時。

グゥ~……

「!」

イレーネのお腹が小さくなった。食費を浮かすために朝食を食べてこなかったせいだ。
慌てて周囲を見渡すも、イレーネを気に留める人はここには誰もいなかった。

(良かったわ……この車両が空いていて。もし混雑していたら誰かに聞かれてしまっていたかもしれないもの)

そこでイレーネは手にしていたボストンバッグから紙包みを取り出した。そっと開いくと、中からキャベツとハムを挟んだサンドイッチが現れる。
これは今朝イレーネが自分で用意した朝食だ。

「いただきます」

小さな声で呟くと、早速イレーネはサンドイッチを口にした。

「美味しい……」

久々に食べるサンドイッチを味わいながらイレーネは窓から見える景色を見つめる。

マイスター家でメイドとして雇ってもらえますように……と、祈りながら――

しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

元バリキャリ、マッチ売りの少女に転生する〜マッチは売るものではなく、買わせるものです

結城芙由奈 
ファンタジー
【マッチが欲しい? すみません、完売しました】 バリキャリの私は得意先周りの最中に交通事故に遭ってしまった。次に目覚めた場所は隙間風が吹き込むような貧しい家の中だった。しかも目の前にはヤサグレた飲んだくれの中年男。そして男は私に言った。 「マッチを売るまで帰ってくるな!」 え? もしかしてここって……『マッチ売りの少女』の世界? マッチ売りの少女と言えば、最後に死んでしまう救いようがない話。死ぬなんて冗談じゃない! この世界で生き残るため、私は前世の知識を使ってマッチを売りさばく決意をした―― ※他サイトでも投稿中

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈 
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのに、なぜか潔癖公爵様に溺愛されています!〜

海空里和
恋愛
まるで物語に出てくる「悪役令嬢」のようだと悪評のあるアリアは、魔法省局長で公爵の爵位を継いだフレディ・ローレンと契約結婚をした。フレディは潔癖で女嫌いと有名。煩わしい社交シーズン中の虫除けとしてアリアが彼の義兄でもある宰相に依頼されたのだ。 噂を知っていたフレディは、アリアを軽蔑しながらも違和感を抱く。そして初夜のベッドの上で待っていたのは、「悪役令嬢」のアリアではなく、フレディの初恋の人だった。 「私は悪役令嬢「役」を依頼されて来ました」 「「役」?! 役って何だ?!」  悪役令嬢になることでしか自分の価値を見出だせないアリアと、彼女にしか触れることの出来ない潔癖なフレディ。 溺愛したいフレディとそれをお仕事だと勘違いするアリアのすれ違いラブ!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈 
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

処理中です...