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4話 何も無い屋敷
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女の子にお駄賃として三百ジュエルを渡してしまったイレーネ。
少しでも節約する為に、辻馬車を使わずに屋敷まで歩いて帰ってきた。
「ただいま~」
誰も待つ人のいない古びた屋敷に帰ってくると、食卓用の椅子に腰掛けた。
「ふ~疲れたわ……足も痛いし……」
履いていたショートブーツを脱ぐと、足のマッサージをしながら壁に駆けてある時計を眺める。
「え~と、今が十時十五分だから……ええ!? 四十五分も歩いてきたのね? どうりで疲れたはずだわ……」
ため息をつくとイレーネは履きなれた室内履きに足を通し、二階にある自室に向かった。
――カチャ
扉を開けて室内に入ると、イレーネは周囲を見渡す。
「……本当に何もない部屋になってしまったわねぇ」
言葉通り、この部屋にあるのはベッドと小さな文机、それに壁にかけた姿見に衣装箱だけだった。
イレーネがまだ子供だった頃は、この部屋はもっと賑やかだった。女の子らしいインテリアで素敵な家具に溢れていた。
それに安い賃金でも文句一つ言わずに笑顔で働いてくれていた使用人たちも大勢いた。
けれど祖父が病に倒れてからは賃金すら払うこともままならなくなり、全員に辞めてもらうことに決めた。
その際彼らに支払える退職金を作るためにイレーネは家財道具の殆どを売り払い、何とか全員にわずかばかりの退職金を工面することが出来たのだった。
その後も祖父の治療費の為に売れそうな物は売払い……すっかりがらんどうの屋敷になり、今に至る。
「でも、いいわ。これなら引越し準備も特に必要ないもの。さて、明日の準備をしなくちゃ」
イレーネは自分に言い聞かせると、早速出立の準備を始めるのだった――
****
翌朝六時――
濃紺のボレロとスカート姿のイレーネが姿見の前に立っていた。
「うん、いい感じね。我ながら洋裁の腕前が上がったわ。これが以前はドレスだったなんて人が知ったら驚かれるでしょうね」
満足そうにくるりと鏡の前で一回転する。
昨晩夜なべをして、外出着用の洋服に作り直したのだ。
「どうせ、ドレスを持っていても着ていく場が無いのだもの。宝の持ち腐れだったから丁度良いわね」
そしてイレーネはボストンバックを持つと屋敷を後にした――
****
午前七時半――
「ふ~……やっと汽車に乗れたわ」
三等車両の空いている座席に座るとイレーネはため息をついた。今朝も彼女は路銀を浮かせるために屋敷から四十五分かけて駅までやってきたのだ。
同じ車両に乗っている人々は労働者階級の男性ばかりで、客数もまばらだった。
その時。
グゥ~……
「!」
イレーネのお腹が小さくなった。食費を浮かすために朝食を食べてこなかったせいだ。
慌てて周囲を見渡すも、イレーネを気に留める人はここには誰もいなかった。
(良かったわ……この車両が空いていて。もし混雑していたら誰かに聞かれてしまっていたかもしれないもの)
そこでイレーネは手にしていたボストンバッグから紙包みを取り出した。そっと開いくと、中からキャベツとハムを挟んだサンドイッチが現れる。
これは今朝イレーネが自分で用意した朝食だ。
「いただきます」
小さな声で呟くと、早速イレーネはサンドイッチを口にした。
「美味しい……」
久々に食べるサンドイッチを味わいながらイレーネは窓から見える景色を見つめる。
マイスター家でメイドとして雇ってもらえますように……と、祈りながら――
少しでも節約する為に、辻馬車を使わずに屋敷まで歩いて帰ってきた。
「ただいま~」
誰も待つ人のいない古びた屋敷に帰ってくると、食卓用の椅子に腰掛けた。
「ふ~疲れたわ……足も痛いし……」
履いていたショートブーツを脱ぐと、足のマッサージをしながら壁に駆けてある時計を眺める。
「え~と、今が十時十五分だから……ええ!? 四十五分も歩いてきたのね? どうりで疲れたはずだわ……」
ため息をつくとイレーネは履きなれた室内履きに足を通し、二階にある自室に向かった。
――カチャ
扉を開けて室内に入ると、イレーネは周囲を見渡す。
「……本当に何もない部屋になってしまったわねぇ」
言葉通り、この部屋にあるのはベッドと小さな文机、それに壁にかけた姿見に衣装箱だけだった。
イレーネがまだ子供だった頃は、この部屋はもっと賑やかだった。女の子らしいインテリアで素敵な家具に溢れていた。
それに安い賃金でも文句一つ言わずに笑顔で働いてくれていた使用人たちも大勢いた。
けれど祖父が病に倒れてからは賃金すら払うこともままならなくなり、全員に辞めてもらうことに決めた。
その際彼らに支払える退職金を作るためにイレーネは家財道具の殆どを売り払い、何とか全員にわずかばかりの退職金を工面することが出来たのだった。
その後も祖父の治療費の為に売れそうな物は売払い……すっかりがらんどうの屋敷になり、今に至る。
「でも、いいわ。これなら引越し準備も特に必要ないもの。さて、明日の準備をしなくちゃ」
イレーネは自分に言い聞かせると、早速出立の準備を始めるのだった――
****
翌朝六時――
濃紺のボレロとスカート姿のイレーネが姿見の前に立っていた。
「うん、いい感じね。我ながら洋裁の腕前が上がったわ。これが以前はドレスだったなんて人が知ったら驚かれるでしょうね」
満足そうにくるりと鏡の前で一回転する。
昨晩夜なべをして、外出着用の洋服に作り直したのだ。
「どうせ、ドレスを持っていても着ていく場が無いのだもの。宝の持ち腐れだったから丁度良いわね」
そしてイレーネはボストンバックを持つと屋敷を後にした――
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午前七時半――
「ふ~……やっと汽車に乗れたわ」
三等車両の空いている座席に座るとイレーネはため息をついた。今朝も彼女は路銀を浮かせるために屋敷から四十五分かけて駅までやってきたのだ。
同じ車両に乗っている人々は労働者階級の男性ばかりで、客数もまばらだった。
その時。
グゥ~……
「!」
イレーネのお腹が小さくなった。食費を浮かすために朝食を食べてこなかったせいだ。
慌てて周囲を見渡すも、イレーネを気に留める人はここには誰もいなかった。
(良かったわ……この車両が空いていて。もし混雑していたら誰かに聞かれてしまっていたかもしれないもの)
そこでイレーネは手にしていたボストンバッグから紙包みを取り出した。そっと開いくと、中からキャベツとハムを挟んだサンドイッチが現れる。
これは今朝イレーネが自分で用意した朝食だ。
「いただきます」
小さな声で呟くと、早速イレーネはサンドイッチを口にした。
「美味しい……」
久々に食べるサンドイッチを味わいながらイレーネは窓から見える景色を見つめる。
マイスター家でメイドとして雇ってもらえますように……と、祈りながら――
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