挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

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第158話 セシルの耳を疑う言葉

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「ふ~む……」

セシルの主治医である初老の男性医師が診察を終えた後、私の方を振り返った。

「少し、場所を変えてお話しできますか?」

「はい。勿論です」

返事をすると、次にセシルに視線を移した。

「それじゃセシル。少し先生とお話してくるから待っていてくれる?」

「ああ、分かったよ」

ベッドの上で頷くセシル。

「では、参りましょうか?アンバー夫人」

「はい」

フィリップを亡くし、既に実家に戻っている私がアンバー家の姓を名乗る資格があるのかと一瞬思った。
けれど、実際まだ籍は抜けていないので私は訂正することも無く返事をすると医者に連れられてセシルを1人残すと特別個室を後にした。



****


「えっ?!記憶喪失ですかっ?!」

 連れて来られた部屋は病棟にある面談室だった。入室し、先生に最初に聞かされた第一声がセシルが記憶喪失になった話だった。

「ええ、そうですね。頭部に強い外傷があるわけでもありませんし、馬車事故で頭を強く打ったわけでもない。恐らく事故による精神的ショックで一時的に記憶を失ってしまったのだと思います。しかも本人にとって忘れたい部分だけを」

「忘れたい……部分だけを?」

そんなに都合よく記憶を忘れてしまうことがあるのだろうか?

「ええ、そうです。その証拠に貴女のことは覚えていても、婚約者だった女性のことは覚えていらっしゃらないのですよね?その女性を庇って馬車事故に遭ったと伺っていますし。恐らく婚約者の方を忘れてしまったのは事故の恐ろしい記憶を封印したかったのではないでしょうか?」

「そういうものなのでしょうか……?ではいずれセシルの記憶は戻るのでしょうか?」

すると私の質問に先生は少し考え込むと、口を開いた。

「恐らく、時が解決してくれると思います。いずれにせよ、セシルさんはまだ退院出来る様な状態では無いので、治療を続けながら記憶を取り戻す方法を考えていきましょう。無理に思い出させようとしない事です」

「はい、どうぞよろしくお願い致します」

私は深々と頭を下げ‥‥面談室を後にした。



****


「は~…」

面談室を出て1人特別個室の前に立つと、ため息が漏れてしまう。

どうしよう?セシルに何と説明すればよいのだろうか?セシルはまだ自分が記憶喪失になっていることに気付いていない。
もし、自分が記憶喪失になってしまったことを知った時……ショックを受けるのではないだろうか?

けれど先生は無理に思い出させようとしないようにと言われているし、ここは様子を見ておいた方が良いのかもしれない。

そこで深呼吸すると、私は扉をノックした。

コンコン

「セシル……入るわね?」

扉を開けて病室に入ると、窓の外を眺めていたセシルがこちらを振り向いた。

「エルザ、お帰り。先生との話は済んだのか?」

「ええ、終わったわ」

返事をすると、セシルの寝かされたベッド傍に置かれた椅子に腰を下ろした。
するとすぐにセシルが声を掛けて来た。

「それにしても驚いたな~。目が覚めれば、病室のベッドの上で体中は包帯まみれになっているんだから」

「そうね、それは驚くかもしれないわね?」

私だって自分がセシルと同じ立場なら驚いただろう。

「だけど、馬車事故に遭うなんて‥‥。どうしてこんなことになったんだろう…」

天井を見つめながらポツリと呟くセシル。

「先生も話してくだった通り、貴方は人助けをしたからよ。コレット様に暴走した馬車が向かってきたところを自分の身を犠牲にして助けたのだから」

するとセシルが怪訝そうに眉をしかめた。

「そう、それだよ」
「それ?一体何のこと?」

「エルザはさっきもその人物の名を口にしたけれど……一体その女性は誰なんだ?俺が身を挺して守るほどの女性だったのか?」

「セシル……貴方は覚えていないけれども、コレット様は貴方の婚約者だった方よ?」

尤もそれはもう過去の話だ。
意識を失っていたセシルは知らないけれども、コレット令嬢との婚約は先日解消されしまったのだから。

「は?冗談にしても質が悪いじゃないか?何で俺がコレットという女性の婚約者なんだよ?大体、妻はエルザ、お前じゃないか?」

「え‥‥?」

セシルの言葉に耳を疑った。

「とりあえず治療に専念しないとな。そうしなければいつまでたってもエルザの待つ家に帰れないし」

笑顔でこちらを見つめるセシルに、私は返す言葉が見つからなかった――。




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