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第60話 兄と妹

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 まさか……こんな感動的な再会があったなんて!

「幸子っ!」

感極まって、幸子を抱きしめようと両手を広げたその時。

「ちょっとぉっ!やめてよお兄ちゃん!その名前で私を呼ばないでよっ!」

幸子?は僕を両手で激しく突き飛ばし……。

「うぎゃああああっ!!」

全身の傷に響いた僕は絶叫した――。



****


「ごめんね、お兄ちゃん……。まさか剣術の授業で全身打撲の怪我をしているなんて知らなくて……」

芝生の上に大の字になって伸びている僕に、隣に座った幸子が申し訳無さそうに謝ってきた。

「い、いや……別にいいよ……。何もサチだって悪気があったわけじゃないんだし……」

そうだった。すっかり忘れていた。
幸子は自分の名前が嫌いだったということを。いかにも昭和的なレトロな名前が嫌だといって、僕にサチと呼ばせていたんだっけ……。

「大体、お母さんはセンスが無いよ。今どき幸子なんて名前をつけるなんてさ。知ってた?姓名判断で幸子って名前調べたらあまり良くないんだってよ?幸せに縁遠くなるんだって」

サチはブスッとした様子で地面の芝生をブチブチと引き抜いている。

「そうだったのかい?姓名判断のことはちっとも知らなかったよ。だけど僕はその名前、好きだったけどね。幸子って名前…女の子らしくて可愛いいじゃないか」

「ど・こ・がよっ!あ、ところでもう私のことはサチと呼ばないでね。今はアリスって名前があるんだから」

「へ~アリスか。素敵な名前だね。何だか『不思議の国のアリス』みたいだ」

「でしょう?今の名前、私すっごく気に入ってるんだから」

サチ…もとい、アリスは嬉しそうに笑った。

「あ!ところサチ…じゃなかったアリス。アリスはどうして、この『コイカナ』の世界に憑依したんだい?」

尋ねながら思った。
…やっぱり慣れないせいか、アリスというのは呼びにくい。するとサチも僕の気持ちに気付いたのか、肩をすくめると僕を見た。

「いいよ、お兄ちゃんには特別に2人きりのときは『サチ』って名前で呼ぶ許可を上げる。その代わり私も2人きりのときは『お兄ちゃん』って呼ばせて貰うからね?」

「勿論だよ。姿形は変わっても僕達は仲良し兄妹だからね」

痛みが引いてきた僕はようやく身体を起こした。

「それで?どうしてサチはこの世界に?ま、まさか僕が死んで後を…?!」

ゾッとしながら尋ねた。

「違うってば!そんなんじゃないよ!そりゃ……確かに、たった一人残された肉親であるお兄ちゃんが過労死した時は、本当に辛くて悲しかったけどさ。でもお兄ちゃんが残してくれた保険金のお陰で、大学は無事卒業出来たし就職も出来たもの」

「そうだったのか……それは良かった」

僕が安堵のため息をつくも、サチは憤慨したように叫んだ。

「ちっとも良くないよ!私の入った会社はね…やっぱりお兄ちゃんの行っていた会社のようにブラック企業だったんだよ!新人だって言うのに、毎日毎日22時過ぎまで働かせて……それで、とうとう私は会社で酷い目眩を起して倒れて…それきりだよ。気付いてみたらこの世界で、いきなりメイドの格好で箒を持って掃除していたんだから!」


「何だって?気づけばいきなり異世界で、それはさぞ驚いたんじゃないか?よしよし、可哀想に…苦労したんだな」

そしてサチの頭を手で撫でた。
そうだ、僕はこうしてよくサチの頭を撫でてあげていた。その癖でつい、エディットにも同じ真似をしていたんだ。

「全く……お兄ちゃんはいつまでたっても過保護だね」

サチは僕の手を外すと、ため息を付いた。

「そうかな?」

「そうだよ、確かに驚いたけど逆にすっごく嬉しかったんだから。何しろ、メイドがいるんだよ?日常的に!しかも貴族や王族までいる。私の憧れの中世ヨーロッパのようなこの世界…!最高だよ!この制服だってドレスみたいで素敵だし」

サチは立ち上がると、くるりと回って僕を見た。

「それに見て見て。私の顔……自分で言うのも何だけど、美人だと思わない?」

ズイッとサチは僕に顔を近づけてきた。

彫りの深い顔に青い瞳に白い肌……。

「うん、そうだね。前のサチも可愛かったけど、今のサチもとっても可愛いよ」

「でしょう~?でもそういうお兄ちゃんもすっごく格好いいよ!漫画ではアドルフは性格は最悪だったけど、イケメンだったしね~。ほんと、王子と同じ位素敵じゃない」

サチは僕の顔を両手で挟み、覗き込んできた。
王子…その言葉で僕は我に返った。そう言えばサチは何故王子と一緒にこの学院にいるんだろう?

「そ、そうだ!サチ!一体王子とはどうやって……」

そこまで口を開きかけた時……。

「ア、アドルフ様っ?!」

突然庭に声が響き渡り、僕とサチは驚いて振り向いた。

「え……?」

振り向いた先にはエディットと王子がいた。

2人は僕とサチを見て呆然と立ち尽くしてこちらを見つめていた――。

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