上 下
7 / 221

第7話 僕からの提案

しおりを挟む
「そうだ、エディット。僕だけ1人でクッキーを食べるのは何だか悪いから良かったら一緒に食べないかい?」

考えてみれば僕が1人でクッキーを食べるのはとても非常識に感じられた。

「い、いえ。私はお菓子を作ることが趣味なのでいつでもまた作って食べることが出来ます。このクッキーはアドルフ様の為に作ったので、どうぞ召し上がって下さい」

「そうなのか……。わざわざ僕の為に焼いてくれたクッキーなんだよね…うん、分かった。大切に食べるよ。本当にありがとう」

「い、いえ。そ、それほどまでに喜んでくださるなんて…う、嬉しいです……」

見ると、エディットの頬が真っ赤に染まっている。
きっとクッキーを褒められて照れているのかもしれない。
何だか前世の妹を見ているみたいだ。

フフフ……何だか可愛らしいな。

「それじゃ、あまり引き止めたら悪いからね。もう帰ったほうがいいよ。馬車まで送から」

「え?ええっ?!お、お見送り……ですか?」

エディットは驚いた様子で目を見開いた。
あ……そう言えば今まで一度もエディットを見送ったことが無かったっけ。

いつも勝手に帰れと言わんばかりに返事すらしなかったな……。
何故あんな酷い態度を取っていたのだろう?我ながら本当にイヤになってしまう。

「うん。それじゃ行こうか。エディット」

「は、はい……」


****

 2人で長い廊下を歩いていると、驚いた様子で遠巻きに僕とエディットを使用人の人達が見ている。
ここでいつもの僕なら…。

「無礼者っ何を人のことをジロジロ見ているんだっ!」と怒鳴りつけているところだけど、そんなことはしない。

そう、怒鳴りつけていたことだろう。けれど、これからの僕は違う。

「皆、お仕事ご苦労さま」

ニコニコ笑顔で僕から声を掛けていく。
まぁ、これはある意味エディットの心象を良くする為でもあるのだけど。


「こ、こんにちは!アドルフ様っ!」
「は、はい!ありがとうございますっ!」
「勿体ないお言葉ですっ!」

僕に声を掛けられた使用人の人達は皆、恐縮した様子で頭を下げてビクビクしている。
何だかいやだなぁ……。そんなにビクビクされたら、帰ってエディットには逆効果に感じる。
ここは気を取り直してエディットに何か話しかけよう。

「ところでエディット、今までは毎週末僕の屋敷に来ることになっていたけど…もう明日からはそんなことしなくていいからね?」

「え?アドルフ様……?」

エディットは驚いたように僕を見た。

「ほら、僕とエディットの婚約はお互いの両親が強引に結ばせたようなものだろう?親交を深める為に、毎週末は必ず2人で会うようにって勝手に決められてしまったしね」

「……」

エディットは何と返事をしたら良いのか分からないのだろう。戸惑った様子で僕を見ている。

「でも、それってエディットの貴重な時間を僕が奪ってしまうことになっていると思わないかい?さっき、僕に話してくれたよね?お菓子作りが趣味だって」

「はい……言いましたが……」

「それなら週末は自分の好きな趣味に費やしたり、お友達と会ってどこかへ出かけたりもしたいんじゃないかな?」

「でも、それは……」

何故か言いよどむエディット。
あ……そうか。きっとエディットは両親から僕のご機嫌を取って来るように言われているんだ。

「大丈夫だよ。もし両親から僕に会いに行くように命じられているなら、週末は僕がゆっくり1人で過ごしたいから来なくていいと言われたって伝えればいいよ。両親に言いにくいなら僕からその話をしてもいいし」

「わ、分かりました……。両親には私の口から伝えるので、大丈夫です…」

「そう?良かった~その言葉を聞いて安心したよ」

僕は笑みを浮かべてエディットを見た。
これで毎週末僕と憂鬱な時間をエディットは過ごさなくてすむ。

「……」

けれど、何故か隣を歩くエディットの様子がおかしい。
何だか元気がないようだ。

「大丈夫かい?エディット。まだ何か気がかりなことでもあるのかい?」

いつの間にか僕達はエントランスの前に来ていた。

「いえ……気がかりと言うか……」

扉を開ける僕にエディットは何か言いたげにしている。

「遠慮しないで言っていいよ?」

「あ、あの……アドルフ様は明日はどうされるのですか?」

「う~ん。そうだな……明日は部屋でゆっくり本でも読んで過ごすつもりだよ」

「読書……ですか?」

「うん、そうだよ」

返事をしながら扉を開けるとすでに馬車は扉の前で待機していた。

「お待ちしておりました」

御者の男性は僕とエディットの姿を見ると、御者台から降りて扉を開けてくれた。

「うん、ありがとう。エディット。今日は来てくれてありがとう」

エディットの前に右手を差し出した。

「え……?」

エディットは固まったように僕の差し出した右手をじっと見つめている。

「あ…。ごめん。お別れの挨拶に握手でもしようかと思ったのだけど…、駄目だったかな?」

「い、いえ!そ、そんなことないです…」

緊張の為か、真っ赤になったエディットが恐る恐る手を差しのべて来た。
ボクはその手を握りしめ、笑いかけた。

「またね、エディット」

「は、はい……」

そしてエディットが馬車に乗り込むと、ボクは扉を閉めながら声を掛けた。

「気をつけて帰るんだよ?」

「はい、お見送りありがとうございます」

どこか、ホッとした様子のエディット。
ようやく家に帰れるから安心しているのかもしれない。

「それじゃ、出してくれるかい?」

御者に声を掛けると、彼は頷いた。

「承知致しました」

そしてエディットを乗せた馬車はガラガラと音を立てて走り始めた。

僕は馬車が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けた。

エディットの中で、少しでも僕に対するイメージが改善されていますように……と願いながら――。



しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~

志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。 自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。 しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。 身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。 しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた! 第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。 側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。 厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。 後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

処理中です...