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1-15 泣きたい気持ち

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18時半―

「ああ、美味かった。そろそろ時間だな、朱莉。」

航はクラブハウスサンドセットを食べ終えると満足そうに言った。

「うん、私のミックスサンドもすごく美味しかったわ。それで航君、今日はこれからどうするの?」

食後のコーヒーを飲みながら朱莉は尋ねた。

「うん・・・一度アパートへ帰って仮眠を取ってから22時半にまた部屋を出る。今夜の見張りは場所が神田なんだ。上野から近くてラッキーだったな。」

「そっか。大変なお仕事だけど・・頑張ってね。」

朱莉は笑顔で言う。
そんな朱莉をじっと見つめながら航はためらいがちに口を開いた。

「なあ・・・朱莉。」

「何?」

「また・・・また・・会って貰えるか?」

航の目は真剣だった。

「うん。いいよ。そうだ・・航君にも大きくなった蓮ちゃんに会ってもらいたいから今度はマンションに来るといいよ。」

「え?朱莉・・・。俺、マンションに行ってもいいのか?」

「いいよ。だって・・翔先輩は今日本にいないし・・もう京極さんも日本にいないから。」

「え?京極の奴・・今日本にいないのか?」

「うん、そうだよ。」

「え・・?いつからいないんだ?」

「う~ん・・・3年以上前に静香さんから聞いた話だから・・多分日本を離れて4年近くになるんじゃないかな?」

「な、何?静香って・・誰だ?もしかして姫宮静香の事か?」

「うん、そうだけど?」

「そうか、やはり姫宮と京極は何か関係があったんだな?ひょっとすると2人は恋人同士だったのか?」

「あれ・・航君は知らなかったんだっけ?静香さんと京極さんは二卵性の双子だって事。」

「な・・何だってっ?!そ、そうなのか?!それじゃ・・・あいつらグルだったのかよ!よくも騙してくれたな?!ちっくしょう・・・!」

航は心底悔しそうに言う。

「お、落ち着いて・・・航君。もうその話はとっくに終わった事だから・・。」

朱莉は興奮する航を宥める。

「それで?どうして京極は日本からいなくなったんだ?確かあいつは会社を経営してたよな?あいつの会社はどうなったんだ?」

「京極さんが日本からいなくなったのはね・・・京極さんのせいで静香さんが会社の女性から恨みをかって、刺されて大怪我を負ってしまったの。それで責任を感じて会社を譲渡して外国へ行ってしまったのよ。」

「ま、待て・・朱莉。展開が早すぎて俺にはついていけない。姫宮が刺された?誰に?どうして刺されたんだ?」

「うん・・もともと静香さんは鳴海グループに恨みを持つ京極さんの指示で入社して秘書になったのよ。それで・・・翔先輩を陥れる罠を張ったり・・色々工作していたんだけど、それが二階堂社長によって明るみにされて・・あ、二階堂社長っていう方は『ラージウェアハウス』の社長なんだけどね。それで静香さんは翔先輩の秘書を辞める事になって、後任の女性秘書を秘書課に在籍する女性社員の方達の中から見つけたんですって。だけど・・・どうもその新しく決まった女性秘書の方は適任者じゃないって事で辞めさせられてしまったの。でもその女性は静香さんの独断で翔先輩の秘書を辞めさせられたって思いこんでしまって静香さんに恨みを・・・って航君?どうしたの?」

見れば航は頭を抱え込んでいる。

「い、いや・・・話があまりに複雑すぎて、頭の整理がちょとつかなくなってきたんだ・・・。」

航は頭を押さえながら苦笑いをしている。

「ごめんね、航君。私の説明が下手だから・・・。」

朱莉はその様子を見て項垂れる。

「い、いや!朱莉のせいじゃないっ!何せ、滅茶苦茶いろんな話が入り混じってるじゃないか。要は・・・あれだろ?全ての元凶は京極だったが・・・全部丸く収まり、京極は日本を去った。それだけの話だろう?」

航は言い終わると、水を一気飲みした。

「それで、今・・姫宮はどうしているんだ?」

「静香さんは今は二階堂社長の秘書で、奥さんでもあるのよ。二階堂社長が京極さんの会社を吸収合併させたから。」

「え・・?二階堂・・?さっき朱莉の話に出てきた男だよな?」

航は尋ねた。

「うん、そうだよ航君、さっきも話した『ラージウェアハウス』って会社は知ってるでしょう?」

「ああ、勿論知ってるさ。何て言っても九条もそこの社長・・・。ってええっ?!そ、それじゃ・・・『ラージウェアハウス』の社長は京極を撃退してあいつの会社を奪ったんだな?!」

航の興奮は止まらない。

「う~ん・・・奪ったか、どうかは・・良く分からないけど・・。でも二階堂社長の働きで、京極さんの件が全て明るみになったんだよ?本当にすごい人だと思う。そしてそれが縁で静香さんと二階堂社長は結婚する事になったの。私と翔先輩、2人の結婚式にも参加したのよ?あ、そういえば九条さんも一時日本に帰国して結婚式に参加したのよ?」

「何だって?!琢磨の奴・・日本に帰国していたことがあったのか?くそっ・・薄情な奴だ。俺にも連絡の一つ位よこせばいいのに・・。」

「うん・・それがおかしな話なのよ・・。披露宴の終わった翌日、突然飛行機に乗ってまたすぐにオハイオに飛び立ってしまったの。何か急用でも出来たのかしら?」

朱莉はまさか琢磨が2次会で女性にお持ち帰りされてしまい、酔っていた勢いでが女性と関係を持ってしまった事を悔やむあまりにオハイオに戻ってしまった事など知る由も無かった。

「それにしても・・・はあ~・・・。駄目だ・・・朱莉。俺にはもう理解できないわ・・。でも・・そう言えば似たような話を美由紀から聞いたっけな。」

「え?美由紀さんから?どんな話なの?聞かせてくれる?」」

「ああ、いいぜ。確か美由紀はIT関連の会社で働いていたらしいんだけど、社長が急に辞めて会社が吸収合併されてしまったらしい。確か今は大手通販会社に席を置くことになったって言ってたな・・・。それが今から3~4年前の話だったな。時期的にも合うし・・・まさか・・。」

そこまで考え、航はある一つの記憶が蘇ってきた。

(そういえば・・美由紀はあの時、鳴海グループの本社で行われたクリスマスイブのイベントを何処で知ったんだ?自分で調べたのか?それとも誰かにそこへ行くように言われて・・?もしかすると朱莉とあの場で出会ったのは偶然じゃなかったのか・・?)

航の顔が青ざめていく。

「え・・?航君。美由紀さんが勤めている会社の名前とか・・知らないの?」

「あ・・ああ・・。そうなんだ・・。」

「そういう話、したことなかったしな・・。」

「そうなんだ・・。」

朱莉は何か言いたげな目で航を見ている。航は朱莉が何を言わんとしているか分かっていた。

(そうだ・・俺は美由紀の事・・・殆ど知ろうとしていなかった。会社の事に限らない。よくよく思い起こせば家族構成の事だって・・俺は何も知らなかったじゃないかっ!)

航は朱莉を見つめると言った。

「朱莉・・俺は最低な彼氏だったよ。付き合って4年にもなるのに・・俺は美由紀の事、殆ど何も知らないし、知ろうともしなかった。美由紀は俺の事・・何でも知ってるのにな。」

「何でも・・?そうなの?」

「ああ。だって・・美由紀は俺の些細な事でも何でも知りたがって・・色々聞いてきてたから・・。なのに、俺は・・。」

航は振り絞るように言う。

「航君・・・。」

「もう時間だな・・・。俺、帰るよ。」

航は立ち上がった。

「それなら私も一緒にお店を出るわ。」



 店を出ると航は言った。

「それじゃ、朱莉。俺は駅に向かうから。」

「うん、私はこっちの方向なの。」

朱莉は航とは反対側の道を指さす。

「そっか・・・それじゃここでお別れだな。朱莉・・・またな。」

「うん、またね。あ・・そうだ。航君。美由紀さんに謝っておいて。」

「謝る・・・」

「うん。私と航君の事・・・何か勘違いしていたみたいだったから・・。」

「朱莉・・・。」

(朱莉・・・俺にはやっぱりお前に1人の男として・・みてもらえる日は・・一生こないのか・・?)

航は朱莉の言葉に思わず泣きたい気持ちになってしまった―。

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