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4-14 航と姫宮

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 朱莉は今主催関係者席のブースの一番後ろの目立たない席に蓮を抱いて座っていた。なるべく目立たないように縮こまるようにしているが、どうにも周囲から視線が集まっているような錯覚を覚えて、居心地が悪くてたまらない。正直に言えば今すぐにでも蓮を連れて帰りたい位だった。
先程再会した航と翔のやり取りが頭から離れない。あれ程恐ろしい剣幕の航や翔の姿を目にしたことは初めてだった。

(航君と九条さんが初めて会った時も険悪な雰囲気があったけど・・今日ほどじゃ無かったのに・・・。それにしても何故?何故航君はここにいたの?それにどうしてあんな事したの?どうしよう・・絶対に後で翔先輩に追及されてしまう・・・。)

朱莉は深いため息をついた。とてもではないが点灯式を楽しめる雰囲気になれそうには無かった。そしてうつむいて席に座っている時に突如拍手が沸き起こった。
何事かと顔をあげてみると、簡易ステージの上に翔が立っていた。

(翔先輩・・・!ひょっとして挨拶するのかな・・?)

すると翔はマイクを手に取ると挨拶を始めた。何度も練習したのだろうか。とても聞き取りやすい声で説明をする翔の姿を見つめる若い女性客たちが大勢いる事に朱莉は気が付いた。

(何だか不思議な感じ・・・私もこの契約婚を始めたばかりの頃は翔先輩の事をあんな目で見ていたのに・・。)

それなのに今の朱莉は翔の事をいつの間にか全く意識しなくなっていた自分に改めて気が付いた。
翔に見つめられようかが、抱き締められようが、戸惑いはあったものの・・・いぜんのように胸が高鳴ると言う事は無くなっていたのだ。

(ひょっとすると・・・レンちゃんがいるからかな・・・?もしかしたら今の私は翔先輩を1人の男性としてではなく、レンちゃんのパパと言う目でしか見る事が出来なくなったのかもね・・・。)

朱莉は自分の胸の中でスヤスヤと眠る蓮を愛おしそうに抱きしめながら翔の話を聞いていた―。




スピーチが始まるその少し前の事―

なすすべもなく朱莉が翔に連れ去られて行く姿をただ見ている事しか出来なかった翔は悔しそうに唇を噛み締めた。
その時、背後から声を掛けられた。

「あ・・・あの・・安西・・さん・・。」

名前を呼ばれて振り向くとダウンコートを着た航とほぼ同年代とみられる女性が青ざめた顔で立っていた。

「誰だ・・・?」

航が尋ねると女性は言った。

「え・・?私ですよ?本日安西さんをここにお誘いした・・・。」

「ああ・・・確か前田美幸・・さんだっけ・・・?」

虚ろな表情で航は美幸を見た。

「あ、は・はい・・・。」

美幸は短く返事をし、一度俯いたがやがて意を決したように顔をあげて航を見た。

「安西さん。!い・・今の女性は誰ですか?赤ちゃん連れていましたよね・・?そ、それに・・あの方と一緒にいた男性・・どう見てもあのお2人は夫婦ですよね?」

「何でそんな事・・・あんたにいちいち説明しなくちゃならないんだよ・・?」

ただでさえ、朱莉が目の前で憎い鳴海翔に連れ去られてしまったのだ。航はイライラする気持ちがピークに達していた。そこへ美幸の言葉が追い打ちをかける。

「安西さん・・・もしかして子持ちの人妻に・・恋しているんですか?それって・・・ふ、不倫ですよ・・?」

不倫・・・その言葉に航は切れた。

「違うっ!朱莉は・・・そんな女じゃないっ!あいつは・・あの男は・・・!」

そこまで言いかけた時、背後から突然声を掛けられた。

「安西航さんですよね?」

「・・・・。」

黙って振り向くとそこに立っていたのは姫宮だった。

「あんた・・・やっぱり俺の事知ってるんだな?誰の入れ知恵だ?京極か?」

「・・・。」

しかし姫宮は答えない。

「フン・・黙っているって事は・・肯定って事だよな・・。俺に何の用だよ。」

「それはご自身が良く分かっていると思いますが・・・?」

そして姫宮は航の後ろに立っていた美幸に声を掛けた。

「申し訳ございません・・・少々安西さんをお借りしても宜しいですか?」

「は、はい・・・。」

美幸は返事をすると俯いた。

「彼女の許可も頂きましたし・・・少し場所を変えましょう。」

姫宮の言葉に航は反論した。

「別に彼女じゃない。・・只の知り合いだ。」

その言葉に美幸は傷付いた様に肩をビクリと震わせた。姫宮は美幸をチラリと見るとニコリと微笑んだ。

「お話は長くはかかりません。5分程で戻って参りますね。」

そして航の方を振り向くと言った。

「私についてきて下さい。」


人通りのない広場の隅に姫宮は航を連れて来ると立ち止まり、振り向くと言った。

「貴方は何を考えているのですか?朱莉様を困らせたいのですか?」

「な・・何でお前にそんな事言われなくちゃならないんだ?俺が朱莉を困らせたいだって?そんな事あるはず無いだろう!」

「ですが貴方の取った行動はどう見ても朱莉様を困らせる様にしか思えません。宜しいですか?ここを何処だと思っているのですか?鳴海グループ総合商社の本社ビルですよ?点灯式を目的に大勢の人達も集まっている中・・・仮にも副社長の妻である赤ちゃん連れの朱莉様を人目も気にせず抱きしめて・・・副社長がその場にいるとは思わなかったのですか?」

「俺は認めちゃいない!あんな偽善の結婚・・・!」

「それでも世間が何と言おうと、今朱莉様は正式な鳴海翔の妻なのですよ。」

「・・・・。」

航は何も答える事が出来なかった。

「・・これから恐らく朱莉様は副社長に貴方との関係を追及されるでしょう・・・。お気の毒に・・・。先程貴方の取った行動は朱莉様を窮地に追い込むだけだと言う事が分からないのですか?」

「そ、それは・・・。」

「貴方が・・・話しの場に出てくれば・・ますます朱莉様は立場が苦しくなる。貴方が朱莉様を好きな事はあの場で明るみになってしまいました。あれでは朱莉様は言い訳もする事も出来ませんよ。」

「・・・・朱莉・・・。」

(お、俺は・・何て事を・・。)

「ですが一つだけ朱莉様の立場を救う方法があります。但し、貴方に取っては辛い立場に追いやられる事になりますが・・・。」

「俺のせいでこんな事になったんだ。だから・・朱莉を救うためなら俺は何だってやるぜ。」

「そうですか。それなら・・・・。」

姫宮の提案に航は顔色を変えた—。



「あ・・・。安西さんっ!」

姫宮と別れた航が美幸の元へ戻って来た。

「あ・・・あんたか・・・。」

美幸は真っ青になっている航の顔を見て驚いた。

「ど・・・どうしたんですかっ?!顔色が悪いですよっ!」

「そうか・・・・。今夜は・・悪かったな・・・。嫌な思いさせて・・・。点灯式も終わってしまったようだし・・・。」

「一緒に観たかったけど・・・残念です。」

美幸は項垂れた。

「何か・・・あんたにお詫びしないとな・・・?」

航は美幸の顔を見ると言った。

「具合は・・・大丈夫なんですか・・?」

心配そうに尋ねる美幸に航は言った。

「ああ・・もう大丈夫だ。それで・・どうする?」

「それなら・・・そうだ!ラーメンを食べに行きましょう!」

「ええ?そんなんでいいのか?」

「はい!こんな寒い日はラーメンが一番ですよ!」

「でも・・・そんなのが詫びでいいのか・・?」

航の質問に美幸は少し考え込むと言った。

「なら・・・私の事名前で呼んで下さい。美幸って呼んで下さい。そして・・わ、私も航君って・・・よ、呼びたいです・・。」

美幸は顔を真っ赤にさせると言った。航はフッと笑うと言った。

「よし、それじゃラーメン食いに行くか、美幸。」

「う・・うん!わ・・・航君・・。」

「ははは・・・何だ・・そんな真っ赤な顔して・・・まるでゆでだこみたいだぞ?」

航は美幸の顔を指さして笑った。

「あー酷いっ!ゆでだこなんてっ!」

そんな美幸をみて、笑みを浮かべると航は言った。

「よし・・・それじゃ行くか、美幸。」

「う、うん!」

そして航は美幸と連れ立って、ビルを後にした―。
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