上 下
205 / 355

4-8 もう少し、このままで・・・

しおりを挟む
 朱莉は航の事は口に出さず、京極の事をポツリポツリと語りだした。空港まで見送りに来てくれた事から、沖縄で会った話を・・・。
翔はその話を聞きながら京極に対して激しい怒りを覚えて来た。

(京極・・・!あいつ・・・一体どういうつもりだ?朱莉さんの周りをつきまとって・・怯えさせて・・。あいつのやっている事は・・ストーカーと同じ・・犯罪じゃないか?)

「翔さん・・・・な、何故京極さんが・・沖縄に来た事をご存知だったのですか・・・?」

話し終えると、朱莉が躊躇いがちに翔に尋ねて来た。

「勘だよ。」

「勘・・・?」

「ああ・・・。実はね、朱莉さんが面会に行っている間・・京極正人について少し調べてみたんだよ。起業家だったんだな。リベラルテクノロジーコーポレーションというIT企業を経営している。」

「その通り・・・です。」

「その会社の事を少し調べてみたんだよ。京極は大学2年の時にあの会社を起業していた。今迄自社ビルは持っていなかったようだが・・・今年の夏、突然本社も無いのに支社を立ち上げた。しかも・・・沖縄で・・この季節、朱莉さんは沖縄にいたよね?これは単なる偶然かと思うかい?」

「あ・・・。」

言われてみれば翔の考えを辿って行けば・・・朱莉に行きつくのは必然なのかもしれない。でもこのままでは・・・!朱莉は思った。

「あ、あの・・・翔さん。で、でも信じて下さい・・・。」

朱莉は顔を上げた。

「え・・?信じる・・?何を・・。」

「わ、私と京極さんは・・・何でも無い仲ですから・・。」

「朱莉さん・・・。」

(本当に何でも無いと思っているのか?少なくとも・・・俺から見れば京極はどう考えても朱莉さんに好意を持っているとしか思えないぞ?琢磨の様に・・。ん・・・?待てよ・・・ひょっとすると琢磨も京極の事を・・知っていたのか・・?)

「あ、あの・・・翔さん?」

朱莉は不意に黙り込んでしまった翔を見て不安に思い、声を掛けた。すると翔は言った。

「朱莉さん・・・。突然だけど・・・琢磨とは連絡を取り合っているのかい?」

「い、いいえ・・・。全く取っていません・・。」

「京極と・・琢磨はひょっとして顔見知りだった?」

「え・・・?な、何故それを・・・?」

朱莉の顔が青ざめるのを見て翔はある事を確信した―。

(間違いない・・・!京極は・・きっと朱莉さんに好意を寄せる琢磨が邪魔で・・何らかの手を使って排除したに決まっている!そうでなければ琢磨が自分から朱莉さんと連絡を絶つはずが・・・。)

そこまで考え、翔は思った。

(そう言えば・・・俺も似た様な手を使って・・琢磨を朱莉さんから遠ざけたことがあったな・・。何だ・・やってる事は俺と京極・・・何も変わらないじゃないか・・。)

しかし、次の瞬間朱莉は翔が思ってもいなかった事を口にした。

「翔さんは・・ひょっとすると・・・わ、私と京極さんの仲を疑っているかもしれませんが・・・決して・・・翔さんが疑うような仲ではないと言う事です・・。どうか信じて下さい・・・、お願いです。どうか・・ペナルティだけは・・・。」

朱莉は頭を下げて来た。

「え・・?」

(ペナルティ・・・ペナルティだって・・・?朱莉さんは今迄そんな事を考えてきていたのか・・?確かに最初の契約書では浮気や浮気を疑うような行動は絶対に取らないように書いてあったが・・・、まさかその事を気にして・・浮気だと俺に疑われたくない為に・・今まで京極の事をずっと俺に黙っていたのか?)

未だに俯いて身体を震わせている朱莉に翔は言った。

「朱莉さん、顔を上げてくれ。」

恐る恐る顔を上げた朱莉に翔は言った。

「俺は朱莉さんの事を何も疑ったりはしていない。どうせ京極が勝手に朱莉さんに付きまとっているだけだろう?ただ俺が心配しているのは・・・あの男がどれだけ俺達の秘密を知っているかって事だ。そしてそれをネタに・・・朱莉さんを揺すって来ないか・・それが一番気がかりなんだよ。」

「翔さん・・・・。」

「教えてくれ、朱莉さん。一体京極と言うあの男は・・何者なんだ?彼と朱莉さんはどういう関係が・・・。」

「関係は・・何もありません!」

「朱莉さん・・?」

「信じて下さい・・・。私と・・・京極さんは何の関係もありません。初めて京極さんに会ったのは・・ここに引っ越してからなんです。ドッグランで・・・初めて飼った仔犬を遊ばせていた時に・・出会ったのです・・・。」

真っ青になっている朱莉はとても嘘をついている様には見えなかった。

「そうか・・・ごめん。別に・・・疑っていた訳じゃ無かったんだ。それで・・京極と琢磨も知り合いだったんだな?」

「知り合いと言うか・・偶然会ったんです・・。一緒にネイビーを買って連れ帰ってきた時に・・偶然ここの敷地で出会って・・京極さん・・最初は九条さんの事を翔さんだと勘違いされて・・・。」

「そうか。その時2人は初めて出会ったんだな?」

「はい・・・。初めて会った時から・・・何となく険悪な雰囲気はあったのですが・・・。」

「そうだったのか・・・。」

(琢磨・・・俺には何も言わなかったが・・まさか朱莉さんとウサギを買いに行っていたなんて・・何故黙っていたんだ?お前・・・そんな以前から朱莉さんの事を好きだったのか・・・?)

途端に酷い罪悪感が込み上げて来た。琢磨は今迄どんな気持ちで朱莉に接して来たのかと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。

(俺と言う偽装夫がいなければ・・・琢磨。お前・・・多分朱莉さんに告白していたんだろうな・・・。)

再び黙り込んでしまった翔を朱莉は不安げな気持ちで見つめていた。

(翔さん・・・何を考えているんだろう・・?)

朱莉はいたたまれなくなり、翔に声を掛けた。

「あ、あの・・・翔さん・・・。」

すると突然翔は立ち上がると言った。

「ご馳走様、朱莉さん。食事も・・コーヒーも・・とても美味しかったよ。」

「あ、は・はい。こちらこそ本日はお世話になりました。ありがとうございます。」

翔が玄関へ向かったので、朱莉も付いて行った。

「朱莉さん・・・。戸締りはしっかりして寝るんだよ?」

「はい、分かりました。あの・・・翔さん・・・。」

朱莉は翔の顔を見上げた。

「何だい?」

「あ・・明日香さんの事なんですけど・・・。」

「明日香?ああ・・・明日香か・・・。」

(何て事だ・・・。明日香との関係が今あやふやになってしまっているのに・・・今後の事を話し合わなくてはならないのに・・・朱莉さんに指摘されるまで俺は明日香の事を忘れていた・・・。京極と琢磨の事・・そして・・・。)

翔は目の前にいる朱莉を見下ろした。

「翔さん?」

朱莉は首を傾げた。

「い、いや。何でも無い・・。そうだな。明日香の事・・何とかしなければ・・。」

髪をかきあげながら翔はため息をつくと朱莉が言った。

「あの・・・長野へ・・直接行かれてみてはいかがですか?電話で話すよりも・・まずは直接行ってお話をするのが一番早い解決方法だと思うのですが・・・。」

「・・・。」

しかし翔は返事をせず、黙って話を聞いている。

「翔さん・・?」

その時、翔は思った。明日香の事は・・・もうこのままにしておいてもいいのでは無いだろうか・・・?今は朱莉とこのままの関係が続けばいいのに・・・と。

「朱莉さん・・・。」

翔は朱莉の肩に手を置くと言った―。

しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

君が目覚めるまでは側にいさせて

結城芙由奈 
恋愛
大切な存在を失った千尋の前に突然現れた不思議な若者との同居生活。 <彼>は以前から千尋をよく知っている素振りを見せるも、自分には全く心当たりが無い。 子供のように無邪気で純粋な好意を寄せてくる<彼>をいつしか千尋も意識するようになり・・・。 やがて徐々に明かされていく<彼>の秘密。 千尋と<彼>の切ないラブストーリー

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

妹が好きな貴方を愛する私

青空一夏
恋愛
妹が好きな大樹君が気になる冴子は実は‥‥

処理中です...