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9-8 琢磨との記憶

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 朱莉がお風呂に入っている間、航はリビングでPCを前に明日向かう場所のチェックをしていた。
すると、程なくして朱莉がお風呂から上がってくると航に声を掛けた。

「航君・・・仕事してたの?」

「ああ。事前に準備しておかないとな。ルートとか・・対象者見失う訳には・・って何言わせるんだよ。」

航が顔を上げると、丁度キッチンで朱莉が麦茶を飲んでいるところだった。

「朱莉は・・・本当に酒・・飲まないんだな。」

「う、うん。飲み会とか・・・そんなの行った事が無いし、1人で暮してると中々お酒飲む事って・・・。あ、そう言えば沖縄に来て初めて居酒屋に入ったんだっけ・・。」

朱莉の頭に九条の記憶が思い出された。

(九条さん・・・まさか社長になってるなんて・・・。)

「朱莉。」

その時、ふいにこえを掛けられるといつの間にか航がリビングからキッチンに移動していた。

「びっくりした・・・。いつの間にここに来てたの?何?」

「1人で・・・居酒屋へ行ったのか?」

真面目な顔で航が尋ねて来た。

「え?まさか・・・。一度もお酒を飲んだ事が無い私が1人で居酒屋へ入れるはずないよ。」

「それじゃ・・・誰かと行ったんだな?誰とだ?あいつ・・・翔とか・・?いや。そんなはず無いな。だってあの男は朱莉を顧みるような男じゃ無いからな。」

「航君・・・?。」

妙に棘のある言い方をするなと朱莉は思った。

「誰と行ったんだよ?」

航は尚も追及してくる。

「え・・えっと、九条・・・琢磨さんだけど・・・?」

「九条・・九条ってあいつかっ?!」

航の顔が険しくなる。明日香と翔の関係を調べる際に、九条の事を調べたのも航だ。エリートの上、顔が整っている優男・・・いかにも女受けするタイプの男だ。

「あ、そうか。航君は九条さんの事も調べたんだもんね。だから知ってるんだ。」

朱莉は思い出したように言う。

「いや、知ってるのは俺だけじゃ無いぞ?今や世間で知らない人間はいない位有名人だ。連日ニュースで騒がれてるじゃ無いか。あの大手通販会社『ラージウェアハウス』に入社して、たった1カ月で新社長に任命されたんだ。しかもあのルックスだろう?連日ネットで騒がれてるぞ?それにこの間もビジネス誌に5ページにも渡って、あの会社の特集が組まれていて顔写真も載っていたしな?あの時の雑誌の売り上げは前月号の2.5倍あったそうだ。」

航がまくしたてるように言うのを朱莉は半ば唖然と聞いていた。

「わ・・・航君て・・すごいね。」

「凄い?俺の何処がだ?」

(むしろ・・すごいのは翔や・・・あいつ・・九条だろう?!)

「だって・・・そんなに九条さんの事調べてるんだもの・・。驚きだよ。」

朱莉は感心したように言う。

「え・・?朱莉は・・知らなかったのか?と言うか・・・九条の事・・調べなかったのか?突然秘書をやめたのに?それに・・・このマンションを探したのも九条だろ?」

九条の事も調べていたから航は気が付いていたのだ。九条琢磨は・・・朱莉に好意を寄せているという事を。てっきり朱莉も九条の事を憎からず思っているのでは無いかと踏んでいたのだが・・。

「そっか・・・朱莉は・・・九条と連絡も取り合っていないって訳だな?」

航は自分がどこか安心しているのに戸惑いを感じながらも朱莉に言った。

「うん。そうだよ。それに・・私は散々九条さんに迷惑をかけてきちゃったから・・自分から連絡を取る方法とか探すつもりは全く無いから。」

「ふ~ん・・・。まあ、そんな事は別にいいが・・・それじゃ、初めて居酒屋に行った相手が九条なのか?」

航は腕組みしながら言った。

「うん。そうだよ。ところで・・・航君。仕事の続きはいいの?」

朱莉に促され、航はまだ作業が途中だった事を思い出した。

「あ!やべっ!こうしちゃいられなかった!」

慌ててリビングへ戻ると再び航はPCと向き合って、色々検索を続けた。
その間に朱莉は空き部屋へ行くと、航の寝る部屋の準備をした。幸い、寝具は全て揃っている。ベッドに布団を敷き、エアコンの温度を26度に設定すると部屋に戻って来た。
時計を見ると時刻は23時半を示している。

「ねえ・・・航君はまだ寝ないの?」

朱莉は遠慮がちに声を掛けた。

「ああ。もう少し・・・調べることがあるから。朱莉は俺に構わず寝ていいよ。電機は消しておくからさ。」

航はPCから顔を上げると答えた。

「航君。明日は何時に起こせばいい?」

「へ・・?お、起こす・・?な、何言ってるんだよっ!子供じゃ無いから1人で起きれるって。」

航は顔を赤く染めると言った。

「そうなの?それじゃ何時に起きるの?」

「う~ん・・6時半には起きるかな?」

航は考え込むように言う。

「ねえ、航君は朝はパン派?それともご飯派?」

「え・・?ま、まさか俺に朝ご飯考えてたのか・・?」

「うん。当然じゃない。」

「お、俺は・・コンビニで適当に買ってこようかと思っていたんだけど・・・。」

「だって私も朝ご飯食べるんだから・・一緒に食べようよ。それで・・パンとご飯どっちがいい?」

「そ、それじゃ・・ご飯で・・・。」

航は赤くなった顔を見られないようにフイと横を向きながら答える。

「うん、ご飯ね。それで何時に出掛けるの?」

「8時には出るよ。」

航は素っ気なく答える。

「8時ね。了解。それじゃ・・・私、もう先に寝るね。お休みなさい。」

「ああ、お休み。」

その言葉を聞くと朱莉は顔を赤くした。

「朱莉・・?」

(な、何で赤くなってるんだよっ!)

「フフ・・・。」

次の瞬間朱莉は笑みを浮かべ、嬉しそうに自室へと向かった。
その後姿を見ながら航はポツリと言った。

「やっぱり・・朱莉が何考えてるか・・分からねえ・・・。」


朱莉が自室へ行って約1時間後・・・。

「ふう~・・。」

航はPCを閉じると、伸びをした。

「そろそろ寝るか・・・。朱莉は・・・もうとっくに眠ってるんだろうな?」

リビングの電気を消して、与えられた部屋へと向かった。そして部屋へ入ると航は言った。

「やっぱり・・・住む世界が違うな・・・。」

8畳の広さがあるフローリングの部屋。ベッドはいかにも高級なイメージを醸し出したダブルサイズ。備え付けの家具も全て立派だ。

「全く・・・俺の部屋とは大違いだぜ・・・。」

航はブツブツ言いながら、電気を消してベッドに潜り込んだ。

しんと静まり返った部屋・・・。朱莉は・・ずっとこんな生活を1人で続けていたのだと思うと、航の胸は痛んだ。
自分より3つも年上のくせに、しっかりしているように見えるのに・・・妙に子供っぽい所がある。

(朱莉のあんな姿を・・・九条は知ってたのかな・・・?)

そう思いながら、いつしか航は眠りに就いていた—。


翌朝―

航が目を覚まし、一瞬自分が何処にいるのか分からなくなってしまった。
高い天井に寝心地の良いベッド・・・そして味噌汁の香り・・。

「え?味噌汁?!」

航はそこで初めて、ここが朱莉の住むマンションだと言う事を思い出した。
慌てて着替えてキッチンへ行くと、既に朱莉は起きていて朝食の準備をしていた。

「朱莉っ!」

航は朱莉に声を掛けた。

「あ、おはよう。航君。今・・起こしに行こうと思ってたんだよ?」

朱莉がエプロンを外しながら言う。

「な・な・な・・・何だって?俺を起こしに・・・?ま、まさか部屋に入って来ようと思っていたのか?!」

「うん、そうだけど・・・?」

朱莉が首を傾げると航は真っ赤になって言った。

「な、何考えてるんだよっ!お、男が寝ている部屋に入ろうと思っていたなんて・・!」

「え・・?駄目だったの?」

朱莉の答えに航は絶句してしまった。

(や・・・やっぱり朱莉の中で俺は・・男として認識されていないのかっ?!)

そして、がっくりと項垂れるのだった。
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