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8-12 亀裂の原因は?

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 エレベーターのドアが閉まった後も朱莉の心臓はドキドキと早鐘を打っていた。

(い、今の女性は・・・姫宮さん・・・・。な、何故一人でここに・・?やっぱり二人はもう・・・?)

思わず目じりに涙が浮かびそうになり、朱莉はゴシゴシと目を擦った。姫宮の事は気がかりだが、今は安西に呼ばれている。彼の話を聞きに行くのが先だ。

朱莉は再び帽子を目深にかぶり、コートの襟を立てると傘をさして、駅へ向かって歩き始めた―。


 結局、朱莉はカフェには寄らずに真っすぐ安西の事務所へやって来た。姫宮を億ションで見かけてしまったショックで食欲など皆無だったからだ。
傘を閉じて狭い階段を登り、インターホンを鳴らした。
するとすぐにドアが開き、安西が顔を覗かせた。

「朱莉さん。雨の中お呼び立てしまい、申し訳ございません。」

事務所の中へ入ると安西が謝罪してきた。

「いえ、とんでもありません。むしろ雨の中、働いていらっしゃる調査員の方達に申し訳ないくらいです。」

朱莉は手を振って言う。

「ハハハ・・・それは別に気になさらないで下さい。それが我々の仕事なのですから。さ、どうぞソファにおかけください。」

安西は朱莉にソファを進めてきた。朱莉は腰かけると安西に話しかけた。

「それで・・・新しく掴んだ情報と言うのは・・・?」

朱莉が尋ねると安西が言う。

「ところで朱莉さん。コーヒーはいかがですか?実はいい豆が手に入ったんですよ。よろしければ一杯どうですか?」

「本当ですか?嬉しいです。実は・・・丁度コーヒーが飲みたいと思っていたので・・。」

朱莉は少し照れたように言う。

「では少しお待ちくださいね。」

安西はコーヒーミルを持ってくると、そこに豆を入れて、ゆっくりと挽き始める。

「すごい・・本格的なんですね。」

朱莉は感心したように言う。

「ハハハ・・・・実は大学を辞めた時、興信所かカフェを経営するか迷ったんですよ。」

「それは・・・またすごいですね・・・。」

(全く共通点の無い職業のどちらかを選択しようとしていたなんて・・。才能がある人なんだ・・・。)

朱莉は感心してしまった。


「さあ、どうぞ。」

朱莉は早速挽きたてのコーヒーを口に入れる。

「おいしいです・・・。それに・・あまり苦みが無いですね・・・。」

朱莉の言葉に安西は嬉しそうに言う。

「おや・・・朱莉さんはコーヒーの味が分かるのですか?実はこの豆は粗挽きなんですよ。粗く豆を挽くと苦みが抑えられて軽い味わいになるんですよ。」

「そうなんですか・・・。でも、本当に美味しいです。」

朱莉はゆっくりコーヒーを味わっていると、不思議とここへ来るまでの緊張感が薄れてくる気がした。
安西も朱莉がリラックスしてきた様子に気が付いたのか、声を掛けてきた。

「朱莉さん・・・落ち着いたようですし、そろそろお話を始めましょうか?」

「はい、お願いします。」

朱莉は姿勢を正すと安西を見つめた。

「調査員の報告によりますと・・・新しい秘書の姫宮と言う女性は・・頻繁に億ションに出入りをしておりますね・・。」

安西の言葉に朱莉はピクリと反応する。

「ですが、今のところ・・・彼女があの億ションに泊まり込んでいるという事実は見当たりません。」

「そ、そうですか・・・。」

朱莉は少しだけ胸を撫で下ろした。

「また、お1人だけで億ションの中へ入っていく事もありますが、ものの20分程で出て来る事がほとんどですね。」

「そう・・なんですか・・?」

え・・?そんな短い時間で・・・一体姫宮さんは何をしにきているんだろう・・?


「そう言えば・・・話は変わりますが、朱莉さん・・・。今の秘書・・・姫宮さんになる前は・・九条琢磨という男性が鳴海翔さんの秘書だったようですね?」

朱莉は琢磨の名前が出てきたのでピクリと反応した。

「は、はい・・・・。九条さんが・・・秘書をしておりました。」

「それではニュースはご覧になりましたか?」

「え、ええ・・・。翔さんから連絡を頂いたいので・・・。でも正直驚きました。九条さんが東京へ戻られてからすぐに音信不通になってしまって・・・翔さんから九条さんをクビにした話を聞かされたんです。それがまさか・・・。」

「ラージウェアハウスの新社長に任命されて・・・驚いたと?」

「は、はい・・・。それに・・・鳴海グループに敵対心があるような発言をした事も含めてです・・。」

「そうですね。入社されて一月半での新社長抜擢・・・まさに異例の出世スピードですし、あの発言は・・・驚きますね。我々で独自に調べたのですが・・どうやらこの九条琢磨という男性は半年ほど前から、この会社にヘッドハンティングされていたそうですね。しかも好待遇で。ですが・・・ずっと彼は断っていたそうです。」

「それは・・・翔さんと九条さんは親友同士でしたから・・当然でしょうね。ですが、結局翔さんは九条さんをクビに・・・。」

「ええ、ですが・・・九条琢磨さんは、こう言っていたらしいですよ。『守らなければいけない人がいるから・・今はこの会社を去ることは出来ない。』と・・。」

「守らなければいけない人・・・?」

一体誰の事だろう?

「多分・・朱莉さん。貴女の事ではないですか?」

安西の言葉に朱莉は顔を上げた。

「え・・?私・・ですか?」

「ええ・・・。ヘッドハンティングの相手にそれとなく女性の事を匂わす内容の話をしていたようですから。」

(そんな・・まさか・・・。)

朱莉には信じられなかった。

「まだ日数を掛けて調査していないので、正確な事は言えませんが・・・ひょっとすると鳴海翔さんと九条琢磨さんは貴女と明日香君の事で意見が対立していたのではないでしょうか?」

「た・・・確かに・・九条さんは私の事を色々助けてくれていましたが・・・。それに私に謝っていました・・。私を契約婚に巻き込んだのは自分の責任だと。」

「恐らく、鳴海翔さんと九条琢磨さんは・・・契約婚の事で日頃から対立していて、ついにお互いの不満が爆発して・・・彼は九条琢磨を切った・・・。いや、その前から本当は彼を切るつもりだったのかもしれませんね?」

「・・・。」

(そう言えば・・・翔先輩が九条さんには内緒でもう1人秘書がいるって言ってたけど・・・。ひょっとすると以前から九条さんを切るつもりだったの・・?)

「九条さんは、ひょっとすると貴女を自由にしようと考えていたのでは?」

安西の言葉に朱莉は首を傾げた。

「え・・・それは・・・どういう意味ですか?」

「つまり、契約婚の話は無しにして・・全てを白状するように進言したのかもしれない。それで・・クビになった。」

「九条さんが・・・?」

「はい、どうも今姫川という女性秘書は明日香君が出産するにあたり、外国の病院を探しているそうですよ?普通に考えれば今入院している病院で明日香君が出産するのは当然でしょう?」

「は、はい・・・。」

「明日香君の話では・・・自分が産んだ子供を朱莉さんが産んだ子供として出産した事にしようとしているそうですが・・・恐らく、今入院している病院ではそれは不可能でしょう。でも海外での出産となれば・・・。何とかなるのかもしれない。」

「た、確かに・・姫宮さんは私たちの契約婚の事情を全て知ってると翔さんは言っていましたが・・。」

「恐らく、九条琢磨さんは・・・協力を断ったから・・クビを切られたのだと思います。そして・・・これは私たちの見解ですが・・恐らく姫宮さんと鳴海翔さんは・・特別な関係には無いものと思われます。むしろ・・彼女との関係を疑うのであれば・・・この人物では無いでしょうか?」

そして安西はPCを持ってくると、操作をして朱莉に見せた。

「!」

(そ・・・そんな・・・嘘・・でしょう・・・?)

そこに映っていたのは・・・京極と姫宮が億ションから並んで出て来る姿だった―。

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