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1-3 手続き
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翌朝―
朱莉は暗い気分で布団から起き上がった。昨日は以前からお休みを貰う約束を勤め先の缶詰工場には伝えていたのだが、今朝は突然の休暇願に社長に電話越しに怒られてしまったのだ。結局母の体調が思わしくないので・・・と言うと、不承不承納得してくれたのだが・・・。
これで会社を辞めるって言われたら・・・どんな顔されるんだろう。
溜息をつくと、朱莉は着替えを済ませて洗濯をしながら、トーストにミルク、サラダとシンプルな朝食を食べた。
洗濯物を干し終えて時計を見ると既に8時45分になろうとしている。
「大変っ!急がないと10時の約束に間に合わないかもっ!」
朱莉は慌てて家を飛び出した。
鳴海の会社に到着したのは9時50分だった。
よ、良かった・・間に合った・・・。
早速受付に行くと、朱莉と殆ど年齢が変わらない2人の女性が座っていた。
「あの・・・須藤朱莉と申しますが・・・。」
そこから先は何と言おう?と考えていると、受付の女性が言った。
「はい、お話は伺っております。人材派遣会社の方ですね。今担当者をお呼びしますので少々お待ちください。」
そう言いながら、受付嬢は電話を掛けた。
え?人材派遣会社・・・・・?あ・・・ひょっとすると私の素性を知られるのを恐れて・・・?
受付嬢は電話を切ると朱莉に言った。
「5分程で担当の者が参りますので、あちらのソファでお掛けになってお待ち下さい。」
女性の示した先にはガラス張りのロビーの側にソファが並べられていた。
朱莉は頭をさげると、ソファに座った。
(素敵な会社だな・・・。大きくて、綺麗で・・・あの人たちのお給料はどれくらいなんだろう。きっと正社員で私よりもずっといいお給料貰っているんだろうな・・・。)
そう考えると、ますます自分が惨めに思えてきた。
昨日の面接が・・・まさかの偽造結婚の相手を決める為の物だったなんて。
挙句に翔が朱莉に言った言葉・・・。
『そうでなければ・・・君のような人材に声を掛けるはずは無い。』
あの時の言葉が朱莉の中で蘇って来る。
そう、所詮このような大企業は・・・朱莉のように学歴も無ければ、何の資格も持たない人間では所詮入社等出来るはずが無かったのだ。
その時、昨日面接時に対応した時と同じ男性がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「お待たせ致しました。須藤朱莉様。お話は社長の方から伺っております。では早速ご案内させて頂きますね。」
「はい、よろしくお願い致します。」
挨拶を交わすと琢磨は先頭に立って歩き始めた。そして後ろを黙ってついてくる朱莉をチラリと見る。
(あ~あ・・・。可哀そうに・・・。昨日はまだ希望に満ちた目をしていたのに・・・・今日はまるで別人の様じゃ無いか・・。あいつは明日香ちゃん以外の女性にはあたりがきついからな・・・。だけどあんな気の強い女の何処がいいんだろう?俺だったらやっぱりそんなに美人じゃ無くても気立ての良い女の方がいいけどな。)
その時、背後から朱莉が声を掛けてきた。
「あの・・・社長は本日もお忙しいのでしょうか?」
「ええ、そうですね。一応・・ここの会社の社長ですからね。分刻みのスケジュールで動いていますよ。」
「そうでしたか。・・・それでは昨日は申し訳ない事をしてしまいましたね。私の為に時間を割く事になってしまって・・・。」
「いえ、それは気になさらなくて大丈夫ですよ。その為に昨日はスケジュールを開けておいたのですから。」
何だ?随分自虐的な言い方をする・・?
琢磨はチラリと朱莉に視線を送ったが、その目は虚ろで元気が無かった。
おいおい・・・勘弁してくれよ。この偽造結婚でノイローゼにでもなって自殺されたらかなわないじゃ無いか・・・・。
そして琢磨は小さくため息をつくのだった。
案内された部屋は小さな会議室だった。
琢磨は椅子に座るように朱莉に言うと、紙袋を持ってきた。
「では須藤様。社長に昨日言われて、貴方の為にご用意させて頂きました今後の生活に必要な物です。一緒に確認させて頂きますね。」
そして琢磨は紙袋の中身を全て出すと、一つ一つ朱莉に説明していく。
まずは提示されたブラックカード、そして新しいスマホや、ネットバンキング、新しく済むマンションのパンフレット等々・・・。
そして最後に渡されたのが・・・・・。
「ではこちらがお2人の婚姻届けになっております。もう社長は記入が済んでおりますので、後は須藤様が記名していただければ手続きは完了となります。ご印鑑はお持ちですか?」
「は、はい・・・。」
「左様でございますか。それでは記入をお願い致します。」
朱莉は、まるでアンケート用紙に記入をお願いしますと言われたような気分で婚姻届けを見下ろした。
・・・実は朱莉は結婚に対して強い憧れを抱いていたのだ。朱莉の両親は誰から見てもそれは仲睦まじい夫婦であった。お互いを思いやり、正に理想の夫婦像であった。だから・・・父が亡くなった時の母の悲しみは尋常ではない程だった。
その精神的ショックから身体体調をくずしてしまった。それでも身を粉にして働き・・・とうとう入院しなければならない程にまで身体を壊してしまったのだった。
だからこそ朱莉は両親のように素敵な伴侶を見つけて、素敵な家族を作り末永く幸せに暮らしていきたいと思っていたのだが・・・。
(まさか・・・私の結婚が・・・偽の・・契約結婚になるなんて・・・ね・・・。)
「どうしましたか?須藤様。」
(おいおい・・・頼むよ。まさかここにきて婚姻届けにサインするの拒否するつもりじゃないだろうな・・・?)
顔に笑みを浮かべながらも琢磨は非常に焦っていた。
だが、朱莉は琢磨を見ると言った。
「あ、申し訳ございません。少しボーッとしてしまって・・・。すぐにサインしますね。」
朱莉は婚姻届けに目を落すと、そこに自分の名前、印鑑を押した。
「はい、どうも有難うございました。既にこちらのスマホに社長の連絡先を入れてありますので、今後はこちらをお使いになられて社長と連絡を取り合って下い。婚姻届けはこちらで提出しますので、受理されましたら私供から連絡を入れさせて頂きます。あ、申し遅れましたが私の名前は九条琢磨と申します。社長の第一秘書を務めさせて頂いております。今後、私からも何かとご連絡を入れさせて頂く事がありますので、私の連絡先も登録させて頂いております。何か御不明な点がございましたらメールをご利用下さい。」
「分かりました。どうもありがとうございます。あの・・・所で私はいつから引っ越しをすれば宜しいのでしょうか?」
朱莉は引っ越し手続きが一番心配だったのだ。
「須藤様は・・ご家族と同居されているのですか?」
「いいえ・・1人暮らしです。」
「住んでいる場所は持ち家でしょうか?それとも賃貸でしょうか?」
「賃貸です・・・。」
「左様でございますか・・・。」
(くそっ!なんだよ、翔・・・この話知っていたのか?賃貸ならすぐに引っ越し手続きするのは手間じゃ無いかよっ!)
琢磨は翔に出来るだけ早くに朱莉をマンションに移す様に指示されていたのだ。
「あの・・・どうかしましたか?」
朱莉が心配そうに声を掛けてきた。
「あ、いえ。大丈夫です。それでは須藤様がスムーズに引っ越しする事が出来ますように私もお手伝いさせて頂きますね。」
それを聞いた朱莉は申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうもいろいろと有難うございました。」
出口まで案内してくれた琢磨に丁寧に頭を下げると朱莉は去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、琢磨は心の中で毒づいていた。
(全く・・・翔の奴め・・・・!こっちの仕事を増やしやがって・・!覚えていろよっ!)
そして踵を返すと、琢磨は翔のいる社長室へと向かった。
一言、いや、二言物申す為に・・・・・。
朱莉は暗い気分で布団から起き上がった。昨日は以前からお休みを貰う約束を勤め先の缶詰工場には伝えていたのだが、今朝は突然の休暇願に社長に電話越しに怒られてしまったのだ。結局母の体調が思わしくないので・・・と言うと、不承不承納得してくれたのだが・・・。
これで会社を辞めるって言われたら・・・どんな顔されるんだろう。
溜息をつくと、朱莉は着替えを済ませて洗濯をしながら、トーストにミルク、サラダとシンプルな朝食を食べた。
洗濯物を干し終えて時計を見ると既に8時45分になろうとしている。
「大変っ!急がないと10時の約束に間に合わないかもっ!」
朱莉は慌てて家を飛び出した。
鳴海の会社に到着したのは9時50分だった。
よ、良かった・・間に合った・・・。
早速受付に行くと、朱莉と殆ど年齢が変わらない2人の女性が座っていた。
「あの・・・須藤朱莉と申しますが・・・。」
そこから先は何と言おう?と考えていると、受付の女性が言った。
「はい、お話は伺っております。人材派遣会社の方ですね。今担当者をお呼びしますので少々お待ちください。」
そう言いながら、受付嬢は電話を掛けた。
え?人材派遣会社・・・・・?あ・・・ひょっとすると私の素性を知られるのを恐れて・・・?
受付嬢は電話を切ると朱莉に言った。
「5分程で担当の者が参りますので、あちらのソファでお掛けになってお待ち下さい。」
女性の示した先にはガラス張りのロビーの側にソファが並べられていた。
朱莉は頭をさげると、ソファに座った。
(素敵な会社だな・・・。大きくて、綺麗で・・・あの人たちのお給料はどれくらいなんだろう。きっと正社員で私よりもずっといいお給料貰っているんだろうな・・・。)
そう考えると、ますます自分が惨めに思えてきた。
昨日の面接が・・・まさかの偽造結婚の相手を決める為の物だったなんて。
挙句に翔が朱莉に言った言葉・・・。
『そうでなければ・・・君のような人材に声を掛けるはずは無い。』
あの時の言葉が朱莉の中で蘇って来る。
そう、所詮このような大企業は・・・朱莉のように学歴も無ければ、何の資格も持たない人間では所詮入社等出来るはずが無かったのだ。
その時、昨日面接時に対応した時と同じ男性がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「お待たせ致しました。須藤朱莉様。お話は社長の方から伺っております。では早速ご案内させて頂きますね。」
「はい、よろしくお願い致します。」
挨拶を交わすと琢磨は先頭に立って歩き始めた。そして後ろを黙ってついてくる朱莉をチラリと見る。
(あ~あ・・・。可哀そうに・・・。昨日はまだ希望に満ちた目をしていたのに・・・・今日はまるで別人の様じゃ無いか・・。あいつは明日香ちゃん以外の女性にはあたりがきついからな・・・。だけどあんな気の強い女の何処がいいんだろう?俺だったらやっぱりそんなに美人じゃ無くても気立ての良い女の方がいいけどな。)
その時、背後から朱莉が声を掛けてきた。
「あの・・・社長は本日もお忙しいのでしょうか?」
「ええ、そうですね。一応・・ここの会社の社長ですからね。分刻みのスケジュールで動いていますよ。」
「そうでしたか。・・・それでは昨日は申し訳ない事をしてしまいましたね。私の為に時間を割く事になってしまって・・・。」
「いえ、それは気になさらなくて大丈夫ですよ。その為に昨日はスケジュールを開けておいたのですから。」
何だ?随分自虐的な言い方をする・・?
琢磨はチラリと朱莉に視線を送ったが、その目は虚ろで元気が無かった。
おいおい・・・勘弁してくれよ。この偽造結婚でノイローゼにでもなって自殺されたらかなわないじゃ無いか・・・・。
そして琢磨は小さくため息をつくのだった。
案内された部屋は小さな会議室だった。
琢磨は椅子に座るように朱莉に言うと、紙袋を持ってきた。
「では須藤様。社長に昨日言われて、貴方の為にご用意させて頂きました今後の生活に必要な物です。一緒に確認させて頂きますね。」
そして琢磨は紙袋の中身を全て出すと、一つ一つ朱莉に説明していく。
まずは提示されたブラックカード、そして新しいスマホや、ネットバンキング、新しく済むマンションのパンフレット等々・・・。
そして最後に渡されたのが・・・・・。
「ではこちらがお2人の婚姻届けになっております。もう社長は記入が済んでおりますので、後は須藤様が記名していただければ手続きは完了となります。ご印鑑はお持ちですか?」
「は、はい・・・。」
「左様でございますか。それでは記入をお願い致します。」
朱莉は、まるでアンケート用紙に記入をお願いしますと言われたような気分で婚姻届けを見下ろした。
・・・実は朱莉は結婚に対して強い憧れを抱いていたのだ。朱莉の両親は誰から見てもそれは仲睦まじい夫婦であった。お互いを思いやり、正に理想の夫婦像であった。だから・・・父が亡くなった時の母の悲しみは尋常ではない程だった。
その精神的ショックから身体体調をくずしてしまった。それでも身を粉にして働き・・・とうとう入院しなければならない程にまで身体を壊してしまったのだった。
だからこそ朱莉は両親のように素敵な伴侶を見つけて、素敵な家族を作り末永く幸せに暮らしていきたいと思っていたのだが・・・。
(まさか・・・私の結婚が・・・偽の・・契約結婚になるなんて・・・ね・・・。)
「どうしましたか?須藤様。」
(おいおい・・・頼むよ。まさかここにきて婚姻届けにサインするの拒否するつもりじゃないだろうな・・・?)
顔に笑みを浮かべながらも琢磨は非常に焦っていた。
だが、朱莉は琢磨を見ると言った。
「あ、申し訳ございません。少しボーッとしてしまって・・・。すぐにサインしますね。」
朱莉は婚姻届けに目を落すと、そこに自分の名前、印鑑を押した。
「はい、どうも有難うございました。既にこちらのスマホに社長の連絡先を入れてありますので、今後はこちらをお使いになられて社長と連絡を取り合って下い。婚姻届けはこちらで提出しますので、受理されましたら私供から連絡を入れさせて頂きます。あ、申し遅れましたが私の名前は九条琢磨と申します。社長の第一秘書を務めさせて頂いております。今後、私からも何かとご連絡を入れさせて頂く事がありますので、私の連絡先も登録させて頂いております。何か御不明な点がございましたらメールをご利用下さい。」
「分かりました。どうもありがとうございます。あの・・・所で私はいつから引っ越しをすれば宜しいのでしょうか?」
朱莉は引っ越し手続きが一番心配だったのだ。
「須藤様は・・ご家族と同居されているのですか?」
「いいえ・・1人暮らしです。」
「住んでいる場所は持ち家でしょうか?それとも賃貸でしょうか?」
「賃貸です・・・。」
「左様でございますか・・・。」
(くそっ!なんだよ、翔・・・この話知っていたのか?賃貸ならすぐに引っ越し手続きするのは手間じゃ無いかよっ!)
琢磨は翔に出来るだけ早くに朱莉をマンションに移す様に指示されていたのだ。
「あの・・・どうかしましたか?」
朱莉が心配そうに声を掛けてきた。
「あ、いえ。大丈夫です。それでは須藤様がスムーズに引っ越しする事が出来ますように私もお手伝いさせて頂きますね。」
それを聞いた朱莉は申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうもいろいろと有難うございました。」
出口まで案内してくれた琢磨に丁寧に頭を下げると朱莉は去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、琢磨は心の中で毒づいていた。
(全く・・・翔の奴め・・・・!こっちの仕事を増やしやがって・・!覚えていろよっ!)
そして踵を返すと、琢磨は翔のいる社長室へと向かった。
一言、いや、二言物申す為に・・・・・。
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