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4−15 昔も、今も
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「ジェニファー。花、こんなものでいいか?」
両手いっぱいのポピーの花を摘んだダンが声をかけてきた。
「まぁ、ダン。すごいわ、そんなに花を摘んでくれたのね。ありがとう。これだけあれば十分ね。それじゃ早速持って帰るわ。ダン、花をちょうだい」
「何言ってるんだ。こんなに沢山の花、1人で持って帰れるはず無いだろう? 俺が持っていくよ」
「そんな悪いわ。ダンはこれから仕事でしょう。花なら一人で持って帰れるわよ。だって花を包む為のクロスをちゃんと用意してきたのだから」
ジェニファーはスカートのポケットからチェックのクロスを取り出した。
「なら花を包んだクロスは俺が預かるよ」
「ダン、私なら本当に大丈夫だから……」
「いいからクロスを広げてくれよ」
「分かったわ」
クロスを広げると、2人は摘んだ花を包みやすいように積み重ねていく。
その様子をシドは遠くから眺めていた。
「あの花……一体どうするつもりなんだろう?」
その時。
背後から誰かが近づいてくる気配に感じたシドは素早く振り向き……目を見開いた。
「え? ニコラス様? 何故ここに?」
「ジェニファーが何処へ行くか気になったから、後をつけてきたんだが……まさか、あの別荘の場所を知っていとは思わなかった。おそらくジェニーが教えていたのだろうな。それにしても、彼女もあの野花が好きだったのか。本当に良く似た2人だ」
ニコラスの言葉をシドは呆然と聞いていた。
(何故だ……? ニコラス様は何故15年前会っていた少女が実はジェニファー様だったとは思えないのだ?)
「ニコラス様……実は……ジェニファー様は……」
つい、口止めされていた秘密を洩らしそうになったそのとき。
「シド、帰るぞ」
ニコラスが背を向けて歩き出し、我に返った。
「え? ニコラス様、もうよろしいのですか?」
「ああ。シド、お前も帰るんだ。あの分だと、きっとジェニファーは彼に城まで見送ってもらうに決まっている。1人で町を歩くことはないだろう」
「……そうですね。分かりました」
シドはニコラスにおとなしく従い、城に戻ることにした。
本来であればジェニファーの護衛として最後まで2人の後をついていこうと思っていたのだが、ダンと親しくしている姿を見るのも気分が良くなかったのだ。
「シド」
不意に隣を歩くニコラスが話しかけてきた。
「はい、何でしょうか?」
「あの2人、随分楽しそうにしていたと思わないか?」
「そうですね」
頷きながらシドは思った。
(もしかしてニコラス様が城へ帰ると言い出したはのは、ジェニファー様が従兄弟と仲良さそうにしている姿を見たくなかったからなのだろうか……?)
一方その頃——
「……これでよし。しっかり結んだからこれで大丈夫だろう」
摘んだ花をクロスに包み終えたダンが立ち上がった。
「ありがとう、ダン。これなら一人で持って帰れるわ」
ダンが驚いた様に目を見開く。
「は? 何言ってるんだ。俺が城まで運ぶよ。当然だろう?」
「だから、それは大丈夫だってば。ダン、あなたは自分のすべき仕事があるでしょう? これ以上迷惑はかけられないわ」
すると……。
「俺がジェニファーを迷惑だと考えていると思うか? 今の俺が一番最優先するのはジェニファーなんだよ」
そこまで言われれば、ジェニファーは折れるしかなかった。
「分かったわ、ダン。それでは城までついてきて貰えるかしら?」
「ああ、勿論さ」
ダンは笑顔で頷いた。
****
2人が城の門に到着したのは昼時を過ぎた頃だった。
「ダン、お花を運んでくれてありがとう」
「礼なんかいいって。でも、本当はどこかで一緒に食事位はしたかったけどな」
ダンは心底残念そうにため息をつく。
「ごめんなさい。ジョナサンが待っているから長居は出来ないの。だって私はあの子のシッターだから」
俯きかげんで答えるジェニファー。
「シッターか。自分のこと、侯爵夫人だとはやっぱり言えないんだな。あんなに冷たい侯爵と形だけの結婚をして本当に幸せなのか? この間も言ったけど、こんな結婚やめてしまえ。いつまでも前妻をを忘れられない男と結婚生活を続けても不幸になるだけだ。結婚を失敗してしまった俺だからこそ、分かるんだよ」
ダンの言う通りだった。
式も挙げていないし、結婚指輪すら貰っていない。ニコラスと共に公の場に出向いたこともなければ、まともな会話も交わしたことが無い。
2人の関係は夫婦というより、主人と使用人の関係だ。
(だけど、それでも私は……!)
「私は……失敗だとは、思っていないわ」
ジェニファーはダンの顔を真っすぐ見上げた。
「私はジェニーからジョナサンを託されたのよ? あの子は天使のように可愛くて私を本当の母親だと思って懐いてくれている。 亡くなったジェニーの代わりにジョナサンを育てるのが私の罪滅ぼしなのよ。それに……ニコラスは初恋の人で、今も私は彼のことが好きなのよ!」
そう。
どんなに冷たくされても、傷付く言葉を投げつけられても……。
それでもジェニファーは、未だにニコラスのことが好きだったのだ——
両手いっぱいのポピーの花を摘んだダンが声をかけてきた。
「まぁ、ダン。すごいわ、そんなに花を摘んでくれたのね。ありがとう。これだけあれば十分ね。それじゃ早速持って帰るわ。ダン、花をちょうだい」
「何言ってるんだ。こんなに沢山の花、1人で持って帰れるはず無いだろう? 俺が持っていくよ」
「そんな悪いわ。ダンはこれから仕事でしょう。花なら一人で持って帰れるわよ。だって花を包む為のクロスをちゃんと用意してきたのだから」
ジェニファーはスカートのポケットからチェックのクロスを取り出した。
「なら花を包んだクロスは俺が預かるよ」
「ダン、私なら本当に大丈夫だから……」
「いいからクロスを広げてくれよ」
「分かったわ」
クロスを広げると、2人は摘んだ花を包みやすいように積み重ねていく。
その様子をシドは遠くから眺めていた。
「あの花……一体どうするつもりなんだろう?」
その時。
背後から誰かが近づいてくる気配に感じたシドは素早く振り向き……目を見開いた。
「え? ニコラス様? 何故ここに?」
「ジェニファーが何処へ行くか気になったから、後をつけてきたんだが……まさか、あの別荘の場所を知っていとは思わなかった。おそらくジェニーが教えていたのだろうな。それにしても、彼女もあの野花が好きだったのか。本当に良く似た2人だ」
ニコラスの言葉をシドは呆然と聞いていた。
(何故だ……? ニコラス様は何故15年前会っていた少女が実はジェニファー様だったとは思えないのだ?)
「ニコラス様……実は……ジェニファー様は……」
つい、口止めされていた秘密を洩らしそうになったそのとき。
「シド、帰るぞ」
ニコラスが背を向けて歩き出し、我に返った。
「え? ニコラス様、もうよろしいのですか?」
「ああ。シド、お前も帰るんだ。あの分だと、きっとジェニファーは彼に城まで見送ってもらうに決まっている。1人で町を歩くことはないだろう」
「……そうですね。分かりました」
シドはニコラスにおとなしく従い、城に戻ることにした。
本来であればジェニファーの護衛として最後まで2人の後をついていこうと思っていたのだが、ダンと親しくしている姿を見るのも気分が良くなかったのだ。
「シド」
不意に隣を歩くニコラスが話しかけてきた。
「はい、何でしょうか?」
「あの2人、随分楽しそうにしていたと思わないか?」
「そうですね」
頷きながらシドは思った。
(もしかしてニコラス様が城へ帰ると言い出したはのは、ジェニファー様が従兄弟と仲良さそうにしている姿を見たくなかったからなのだろうか……?)
一方その頃——
「……これでよし。しっかり結んだからこれで大丈夫だろう」
摘んだ花をクロスに包み終えたダンが立ち上がった。
「ありがとう、ダン。これなら一人で持って帰れるわ」
ダンが驚いた様に目を見開く。
「は? 何言ってるんだ。俺が城まで運ぶよ。当然だろう?」
「だから、それは大丈夫だってば。ダン、あなたは自分のすべき仕事があるでしょう? これ以上迷惑はかけられないわ」
すると……。
「俺がジェニファーを迷惑だと考えていると思うか? 今の俺が一番最優先するのはジェニファーなんだよ」
そこまで言われれば、ジェニファーは折れるしかなかった。
「分かったわ、ダン。それでは城までついてきて貰えるかしら?」
「ああ、勿論さ」
ダンは笑顔で頷いた。
****
2人が城の門に到着したのは昼時を過ぎた頃だった。
「ダン、お花を運んでくれてありがとう」
「礼なんかいいって。でも、本当はどこかで一緒に食事位はしたかったけどな」
ダンは心底残念そうにため息をつく。
「ごめんなさい。ジョナサンが待っているから長居は出来ないの。だって私はあの子のシッターだから」
俯きかげんで答えるジェニファー。
「シッターか。自分のこと、侯爵夫人だとはやっぱり言えないんだな。あんなに冷たい侯爵と形だけの結婚をして本当に幸せなのか? この間も言ったけど、こんな結婚やめてしまえ。いつまでも前妻をを忘れられない男と結婚生活を続けても不幸になるだけだ。結婚を失敗してしまった俺だからこそ、分かるんだよ」
ダンの言う通りだった。
式も挙げていないし、結婚指輪すら貰っていない。ニコラスと共に公の場に出向いたこともなければ、まともな会話も交わしたことが無い。
2人の関係は夫婦というより、主人と使用人の関係だ。
(だけど、それでも私は……!)
「私は……失敗だとは、思っていないわ」
ジェニファーはダンの顔を真っすぐ見上げた。
「私はジェニーからジョナサンを託されたのよ? あの子は天使のように可愛くて私を本当の母親だと思って懐いてくれている。 亡くなったジェニーの代わりにジョナサンを育てるのが私の罪滅ぼしなのよ。それに……ニコラスは初恋の人で、今も私は彼のことが好きなのよ!」
そう。
どんなに冷たくされても、傷付く言葉を投げつけられても……。
それでもジェニファーは、未だにニコラスのことが好きだったのだ——
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