上 下
96 / 203

2−19 シドの話 2

しおりを挟む
「ジェニファー様はニコラス様のことをどこまで御存知ですか?」

不意にシドが尋ねてきた。

「え? どこまでと言われても……テイラー侯爵家の当主ということくらいしか分からないわ」

「そうなのですか?」

シドが少しだけ驚く。

「え、ええ」

何しろニコラスとは、まともな会話すらしていないのだから無理もない。

「ニコラス様には義理の母親イボンヌ様と、現在25歳の腹違いの弟パトリック様がいらっしゃいます」

「あ……」

その名前に聞き覚えがあった。ニコラスが使用人達をホールに呼び集め、首を言い渡した時にモーリスが口にしていた名前だ。

「イボンヌ様は、何としても次期当主をパトリック様に継がせようと躍起になっていました。そこで何度もニコラス様を暗殺しようとしてきたのです」

「!!」

その話にジェニファーは衝撃を受けた。

「ニコラス様は、今まで何度も命の危機に晒されてきました。馬車に仕掛けをして事故に遭わせようとしたり、暗殺者に襲わせようとしたり……だから常に護衛騎士を周囲に置いていました。でもそれも3年前にニコラス様が当主に決まってからは、命を狙われることも無くなりました。それで本腰を入れて本格的にジェニー様の捜索を行い……ついに居所を掴んだのです」

「そうだったの……?」

ジェニファーは頷いた。

(だからシドを護衛騎士として子供の頃から傍に置いていたのね。だけど、それがどうして私とジェニーの区別がつかなかったのかしら……)

「ニコラス様は、過去に毒殺されかけたことがあり……ほんの僅かですが記憶障害を起こしてしまったのです。それがジェニファー様に関する記憶です」

「え!? 」

「ニコラス様はジェニファー様の声や瞳の色を忘れていました。それでも2人の思い出はしっかり記憶はしていたようです。ニコラス様はジェニー様を見た途端、かつて自分が探し続けていた相手だと信じて疑いませんでした。何しろ、あの方は子供時代のニコラス様との思い出を楽しそうに話していましたから。プレゼントしてもらったというブローチも見せてくれました」

「……知っているのは当然よね。だって私、ニコラスと会ったその日の出来事は全てジェニーに報告していたから……写真だって渡しているし、ブローチも……」

ジェニファーは寂しそうに呟く。

「ですが、俺は初めて会った時から違和感を抱いていました。何故ならジェニー様は俺の方を一度も見ることなく、気にもしていませんでしたから。……あの方は、俺のことを知らなかったのですよ」

じっとシドはジェニファーを見つめる。

「あ……そう言えば一度もシドの話はしたことが無かったの。ジェニーが知らなかったのも無理はないわ」

「やはりそうだったのですね。俺のことは覚えていませんかとジェニー様に尋ねると一瞬で顔色が変わりました。結局、ジェニー様の体調が優れないと言う事で一旦その場は引き上げることにしたのです。そして……」

シドはグッと両手を組んで握りしめた。

「ニコラス様とジェニー様はフォルクマン伯爵家で2人だけで会うようになり、結婚するに至ったのです。そして俺は一旦テイラー侯爵家を離れることになりました。ジェニー様が俺のことを怖がると言う理由で」

「え? そ、それって……」

尋ねるジェニファーの声が震える。

「はい、俺を置いておくと自分が偽物だったことがバレてしまうと思ったのでしょうね。俺がニコラス様の元へ呼び戻されたのはジェニー様が亡くなられたからですよ」


そして、シドはじっとジェニファーを見つめた――
しおりを挟む
感想 476

あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

貴方の願いが叶うよう、私は祈っただけ

ひづき
恋愛
舞踏会に行ったら、私の婚約者を取り合って3人の令嬢が言い争いをしていた。 よし、逃げよう。 婚約者様、貴方の願い、叶って良かったですね?

芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。

ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。 そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。 しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね

日々埋没。
恋愛
「ロゼッタが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな! 聞くに耐えない悪行とはまさしくああいうことを言うのだろうな!」  公爵令嬢カムシールは隣国の男爵令嬢ロゼッタによる虚偽のイジメ被害証言のせいで、婚約者のルブランテ王太子から強い口調で婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚だったためカムシールは二つ返事で了承し、晴れてルブランテをロゼッタに押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って明らかに〇〇からの〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  真実に気がついていながらもあえてカムシールが黙っていたことで、ルブランテはやがて愚かな男にふさわしい憐れな最期を迎えることになり……。  ※こちらの作品は改稿作であり、元となった作品はアルファポリス様並びに他所のサイトにて別のペンネームで公開しています。

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

処理中です...