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1−18 無関心な使用人達
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――その頃。
ジェニファーは目が覚めたジョナサンにミルクを与えていた。10歳の頃か、当時赤子だったニックのお世話をしていたジェニファー。
これくらいはどうということはなかった。
「フフフ……美味しい?」
上手にジョナサンにミルクを飲ませているジェニファーを悔しげに見つめるダリア。
(どうしてよ……? なんでこの女……こんなに上手なの?)
「……随分お世話をするのが上手なのですね? 先程のおむつ替えも手際が良かったですし」
悔しさをにじませながらダリアは尋ねた。
「私、10歳の頃から赤ちゃんのお世話をしてきたんです。小さい子供も大好きですし。本当に可愛らしいわ」
笑顔で答えるジェニファー。
「……っ!」
その言葉にダリアは言葉をつまらせる。
(何よ? 噂で聞いていたのとでは随分違うじゃない。自分勝手で気が強くて我儘な女だって聞いていたのに……)
「あの、何か?」
ダリアの様子がおかしいことにジェニファーは気付いた。
「い、いえ。何でもありません。ミルクの後は沐浴の方法を教えますからね。しっかり覚えて下さいよ」
「はい。よろしくお願いします」
沐浴の方法もジェニファーは当然知っていたが、素直に返事をするのだった――
****
――午後7時
ジョナサンの寝かせつけも終わり、ジェニファーは手持ち無沙汰でジョナサンの部屋に残っていた。
ダリアが部屋を出て行ってからは誰もこの部屋を訪ねてこない。
かと言って、ジョナサンを一人部屋に残して人を捜しに行くわけにもいかない。
呼び鈴を鳴らしても、誰も来てくれない。
そこで責任感の強いジェニファーは、じっと部屋にいるしかなかった。
「困ったわ……自分の部屋に戻っていいのかも分からないし……それに……」
何より、ジェニファーはお腹をさすった。
今日は昼食から何も口にしていなかったので、いい加減お腹が空いてたまらなかった。
「皆忙しいのかしら……」
自由に厨房を使わせてもらえるなら人の手を借りずとも自分で料理出来る。だが、誰も部屋を訪ねてきてくれないのでジェニファーにはどうすることも出来なかった。
「……せめて誰か様子を見に来てくれればいいのだけど……」
ジェニファーはため息をついて、眠っているジョナサンを見つめた――
****
――20時半
書斎で少し遅めの食事を終えたニコラスは食器を下げに来た給仕のフットマンに尋ねた。
「ジェニファーは今日、どこで食事をしたのだ?」
「え? そ、それ……は……」
「どうかしたのか?」
「い、いえ。私は担当していないので分かりかねます」
「そうなのか? まぁいい。ジョナサンの様子でも見てこよう」
毎晩ニコラスはジョナサンの様子を見に行き、夜は同じ部屋で眠るようにしていた。ジョナサンがグズればベルを鳴らして使用人を呼び、世話をさせていたのだ。
ニコラスが書斎を出てジョナサンの部屋へ向っていると、仕事を終えて部屋に戻るメイドたちに出会った。
「ニコラス様にご挨拶申し上げます」
一人のメイドが代表して、全員が会釈するとニコラスは尋ねた。
「ジェニファーはもう部屋で休んでいるのか?」
「い、いえ。私どもは何も……」
「はい、一度もお会いしておりませんので」
「何? そうなのか?」
その言葉にニコラスは眉をひそめた。
「はい、申し訳ございません」
「いや、いい。部屋に戻るところを呼び止めて悪かったな。ゆっくり休んでくれ」
ニコラスはそれだけ告げると、足早にジョナサンの部屋へ向った。
(モーリスの話では、ジェニファーをジョナサンの部屋に案内したとは聞いているが……一体どうなっているのだ?)
長い廊下を歩き、ジョナサンの部屋に到着するとニコラスは無言で扉を開けた。
――ガチャッ!
すると、椅子に座っていたジェニファーが驚いた様子で立ち上がる。
「ジェニファーか?」
まさかジェニファーが部屋にいるとは思わず、ニコラスは目を見開いた。
「ニコラス様ではありませんか。ジョナサン様のご様子を見にいらしたのですか?」
「あ、ああ。そうだが……こんな時間まで、ここで何をしていた? もう21時になるぞ」
ニコラスはジェニファーに近付き、尋ねた。
「はい、ジョナサン様のご様子を見ておりました」
「そうなのか? メイドたちは一度も君の姿を見ていないと言っていたが……ずっとこの部屋にいたのか?」
「はい、そうです」
「何だって……? 一人でか? 誰とも交代せずに?」
「え? ええ。そうですが……」
その言葉にニコラスは驚いた。
ダリアはジョナサン専属の世話係だが、一人では面倒を見るにはさすがに無理がある。そこで手伝い要員のメイドを配属し、交代でジョナサンの世話をしていたからである。
「そうか……なら食事はこの部屋でとったのか?」
「……」
その言葉にジェニファーの顔が曇る。
「どうした?」
「あ、あの……食事はまだ頂いておりません……何でも構いませんので、今から食事を……頂いてもよろしいでしょうか? お願いいたします」
申し訳無さそうにジェニファーは頭を下げた。
「何だって……!?」
その話にニコラスが驚いたのは、言うまでも無かった――
ジェニファーは目が覚めたジョナサンにミルクを与えていた。10歳の頃か、当時赤子だったニックのお世話をしていたジェニファー。
これくらいはどうということはなかった。
「フフフ……美味しい?」
上手にジョナサンにミルクを飲ませているジェニファーを悔しげに見つめるダリア。
(どうしてよ……? なんでこの女……こんなに上手なの?)
「……随分お世話をするのが上手なのですね? 先程のおむつ替えも手際が良かったですし」
悔しさをにじませながらダリアは尋ねた。
「私、10歳の頃から赤ちゃんのお世話をしてきたんです。小さい子供も大好きですし。本当に可愛らしいわ」
笑顔で答えるジェニファー。
「……っ!」
その言葉にダリアは言葉をつまらせる。
(何よ? 噂で聞いていたのとでは随分違うじゃない。自分勝手で気が強くて我儘な女だって聞いていたのに……)
「あの、何か?」
ダリアの様子がおかしいことにジェニファーは気付いた。
「い、いえ。何でもありません。ミルクの後は沐浴の方法を教えますからね。しっかり覚えて下さいよ」
「はい。よろしくお願いします」
沐浴の方法もジェニファーは当然知っていたが、素直に返事をするのだった――
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――午後7時
ジョナサンの寝かせつけも終わり、ジェニファーは手持ち無沙汰でジョナサンの部屋に残っていた。
ダリアが部屋を出て行ってからは誰もこの部屋を訪ねてこない。
かと言って、ジョナサンを一人部屋に残して人を捜しに行くわけにもいかない。
呼び鈴を鳴らしても、誰も来てくれない。
そこで責任感の強いジェニファーは、じっと部屋にいるしかなかった。
「困ったわ……自分の部屋に戻っていいのかも分からないし……それに……」
何より、ジェニファーはお腹をさすった。
今日は昼食から何も口にしていなかったので、いい加減お腹が空いてたまらなかった。
「皆忙しいのかしら……」
自由に厨房を使わせてもらえるなら人の手を借りずとも自分で料理出来る。だが、誰も部屋を訪ねてきてくれないのでジェニファーにはどうすることも出来なかった。
「……せめて誰か様子を見に来てくれればいいのだけど……」
ジェニファーはため息をついて、眠っているジョナサンを見つめた――
****
――20時半
書斎で少し遅めの食事を終えたニコラスは食器を下げに来た給仕のフットマンに尋ねた。
「ジェニファーは今日、どこで食事をしたのだ?」
「え? そ、それ……は……」
「どうかしたのか?」
「い、いえ。私は担当していないので分かりかねます」
「そうなのか? まぁいい。ジョナサンの様子でも見てこよう」
毎晩ニコラスはジョナサンの様子を見に行き、夜は同じ部屋で眠るようにしていた。ジョナサンがグズればベルを鳴らして使用人を呼び、世話をさせていたのだ。
ニコラスが書斎を出てジョナサンの部屋へ向っていると、仕事を終えて部屋に戻るメイドたちに出会った。
「ニコラス様にご挨拶申し上げます」
一人のメイドが代表して、全員が会釈するとニコラスは尋ねた。
「ジェニファーはもう部屋で休んでいるのか?」
「い、いえ。私どもは何も……」
「はい、一度もお会いしておりませんので」
「何? そうなのか?」
その言葉にニコラスは眉をひそめた。
「はい、申し訳ございません」
「いや、いい。部屋に戻るところを呼び止めて悪かったな。ゆっくり休んでくれ」
ニコラスはそれだけ告げると、足早にジョナサンの部屋へ向った。
(モーリスの話では、ジェニファーをジョナサンの部屋に案内したとは聞いているが……一体どうなっているのだ?)
長い廊下を歩き、ジョナサンの部屋に到着するとニコラスは無言で扉を開けた。
――ガチャッ!
すると、椅子に座っていたジェニファーが驚いた様子で立ち上がる。
「ジェニファーか?」
まさかジェニファーが部屋にいるとは思わず、ニコラスは目を見開いた。
「ニコラス様ではありませんか。ジョナサン様のご様子を見にいらしたのですか?」
「あ、ああ。そうだが……こんな時間まで、ここで何をしていた? もう21時になるぞ」
ニコラスはジェニファーに近付き、尋ねた。
「はい、ジョナサン様のご様子を見ておりました」
「そうなのか? メイドたちは一度も君の姿を見ていないと言っていたが……ずっとこの部屋にいたのか?」
「はい、そうです」
「何だって……? 一人でか? 誰とも交代せずに?」
「え? ええ。そうですが……」
その言葉にニコラスは驚いた。
ダリアはジョナサン専属の世話係だが、一人では面倒を見るにはさすがに無理がある。そこで手伝い要員のメイドを配属し、交代でジョナサンの世話をしていたからである。
「そうか……なら食事はこの部屋でとったのか?」
「……」
その言葉にジェニファーの顔が曇る。
「どうした?」
「あ、あの……食事はまだ頂いておりません……何でも構いませんので、今から食事を……頂いてもよろしいでしょうか? お願いいたします」
申し訳無さそうにジェニファーは頭を下げた。
「何だって……!?」
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