上 下
68 / 148

1−14 15年ぶりの再会

しおりを挟む
――その頃

大豪邸であるテイラー侯爵家のエントランス前で、ジェニファーは不安な気持ちで辻馬車の御者と待たされていた。

「あの、お客さん。失礼ですが、本当にテイラー侯爵家と関係のある方なんですよね? お金は支払ってもらえるんですよね?」

御者がジェニファーに尋ねてきた。

「え、ええ。大丈夫のはずです……多分」

「多分とは、どういうことですか? まさか、このまま締め出されたんじゃないでしょうね? 最初に応対してもらってから既に15分近く待たされていますよ? もし後5分待って誰も来なければ、無賃乗車で警察に連れていきますからね!」

「そ、そんな……警察なんて……!」

御者の脅迫めいた言葉にジェニファーが青ざめた。

――そのとき。

眼の前の扉が開かれ、執事のモーリスが現れた。その後ろにニコラスの姿もあるが、ジェニファーと御者は気付いていない。

「どうもお待たせいたしました。それで、馬車代はおいくらになるのですか?」

モーリスは男性御者に尋ねた。

「え、ええ。銀貨3枚になります」

モーリスは頷き、金貨1枚を御者に渡した。

「どうぞ、お持ち下さい。お釣りはいりませんので」

「え!? ほ、本当によろしいのですか!?」

金貨1枚という大金を手にした御者は驚きの声をあげる。

「ええ、もちろんです。ですが今回のことは決して口外しないようにしてください。もし約束を破れば……ここはテイラー侯爵家です。どうなるかはお分かりになりますよね?」

モーリスの言葉に御者はゴクリと息を呑む。

「はい……も、勿論分かります。そ……それでは失礼いたします!」

御者はお辞儀をすると慌てた様子で御者台によじ登り、まるで逃げるように走り去っていった。


「あ、あの……馬車代を用立てていただき、ありがとうございました」

ジェニファーは深々と頭を下げてお礼を述べた。

「……いいえ。別にこの程度のこと、お礼を言うまでもありません」

そしてモーリスはじっとジェニファーを見つめる。

「あ、あの……?」

ジェニファーが戸惑い、声をかけようとしたとき。

「君が、ジェニファー・ブルックか」

扉の奥から声が聞こえ、ニコラスが姿を現した。

「ニ……コラス……」

15年ぶりに再会したニコラスを見てジェニファーは目を見開く。
ジェニファーの初恋だったニコラス。辛い時、悲しい時はいつもニコラスの写真を眺めて自分を元気づけていた。
その彼が今、大人になった姿でジェニファーの前に姿を現したのだ。嬉しさのあまり、思わず目に涙が浮かびそうになったその時――

「ニコラスだと……? 今、俺をそう呼んだのか?」

ニコラスが冷たい声で尋ねてきた。高圧的な態度にジェニファーは凍りつく。

「も、申し訳ございません! ニコラス・テイラー侯爵様!」

咄嗟に謝り、頭を下げた。

(私ったら……! 懐かしさのあまり、ニコラスと呼んでしまったわ。彼は名門、テイラー侯爵家の当主だというのに……!)

「……顔をあげろ」

少しの間を開け、ニコラスはジェニファーに声をかけた。

「は、はい……」

恐る恐る顔を上げたジェニファーをじっと見つめるニコラス。その姿は、亡き妻ジェニファーにそっくりだった。

(驚いたな……一瞬、ジェニー本人では無いかと疑ってしまった……だが、もう愛する妻は……この世にはいない。それに、この女はジェニーをずっと苦しめていた張本人なのだから……!)

ニコラスから怒りの眼差しを向けられ、たまらずジェニファーは声をかけた。

「あ、あの……テイラー侯爵様……?」

「まぁいい。立ち話も何だ。部屋に行こう、ついて来い」

ニコラスはそれだけ言うと、踵を返し、大股で歩き始めた。

「は、はい!」

ジェニファーは慌てて地面に置いたボストンバッグを持とうとしたとき。

「私がお持ちしましょう」

執事のモーリスがジェニファーのボストンバッグを手にした。

「どうもご親切にありがとうございます」

「いえ、仕事ですから。それより早くニコラス様の後を追って下さい」

モーリスに言われて振り向くと、もうニコラスはかなり前方を歩いている。

「はい!」

ジェニファーは返事をすると、慌ててニコラスの後を追った。
本当は疲れきっていて歩くのもやっとだったが、ジェニファーは気力を振りしぼって後に続いた。


 長い廊下を歩き続けると、ニコラスは一つの部屋へと入っていった。その後にジェニファーも続く。

部屋に入ると、既にニコラスはソファに座っており、後から部屋に入ってきたジェニファーに声をかけた。

「君も座れ」

向かい側のソファを指差す。

「はい、失礼いたします」

一礼してソファに座ると、ニコラスは早速命じた。

「では、釣書を出してもらおうか?」

ニコラスは冷たい瞳でジェニファーを見つめた――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

水夏(すいか)
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

2度もあなたには付き合えません

cyaru
恋愛
1度目の人生。 デヴュタントで「君を見初めた」と言った夫ヴァルスの言葉は嘘だった。 ヴァルスは思いを口にすることも出来ない恋をしていた。相手は王太子妃フロリア。 フロリアは隣国から嫁いで来たからか、自由気まま。当然その所業は貴族だけでなく民衆からも反感を買っていた。 ヴァルスがオデットに婚約、そして結婚を申し込んだのはフロリアの所業をオデットが惑わせたとして罪を着せるためだった。 ヴァルスの思惑通りに貴族や民衆の敵意はオデットに向けられ遂にオデットは処刑をされてしまう。 処刑場でオデットはヴァルスがこんな最期の時まで自分ではなくフロリアだけを愛し気に見つめている事に「もう一度生まれ変われたなら」と叶わぬ願いを胸に抱く。 そして、目が覚めると見慣れた光景がオデットの目に入ってきた。 ヴァルスが結婚を前提とした婚約を申し込んでくる切欠となるデヴュタントの日に時間が巻き戻っていたのだった。 「2度もあなたには付き合えない」 デヴュタントをドタキャンしようと目論むオデットだが衣装も用意していて参加は不可避。 あの手この手で前回とは違う行動をしているのに何故かヴァルスに目を付けられてしまった。 ※章で分けていますが序章は1回目の人生です。 ※タグの①は1回目の人生、②は2回目の人生です ※初日公開分の1回目の人生は苛つきます。 ★↑例の如く恐ろしく、それはもう省略しまくってます。 ★11月2日投稿開始、完結は11月4日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

その瞳は囚われて

豆狸
恋愛
やめて。 あの子を見ないで、私を見て! そう叫びたいけれど、言えなかった。気づかなかった振りをすれば、ローレン様はこのまま私と結婚してくださるのだもの。

婚約を正式に決める日に、大好きなあなたは姿を現しませんでした──。

Nao*
恋愛
私にはただ一人、昔からずっと好きな人が居た。 そして親同士の約束とは言え、そんな彼との間に婚約と言う話が出て私はとても嬉しかった。 だが彼は王都への留学を望み、正式に婚約するのは彼が戻ってからと言う事に…。 ところが私達の婚約を正式に決める日、彼は何故か一向に姿を現さず─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

処理中です...