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3−25 追い出される少女、ジェニファー
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――18時
室内は薄暗くなっていたが、ジェニファーは明かりも灯さずにソファに座り込んでぐったりしていた。
すっかり泣きつかれていたジェニファーは、もう何もする気が起きなかった。
(ジェニーはどうなったのかしら……無事でいてくれたのかしら……)
そのとき。
――ガチャッ!!
乱暴に扉が開かれ、ズカズカと伯爵が部屋に入ってきた。
「伯爵様!」
慌ててジェニファーはソファから立ち上がる。
すると伯爵はジェニファーに目も合わさずに話し始めた。
「……ジェニーは医者の手当で何とか 一命をとりとめることができた」
「ほ、本当ですか!? 良かった……」
その言葉に、ジェニファーの目に涙が浮かぶ。
すると伯爵が叱責した。
「何が良かっただ!! 元はと言えば、ジェニーの命が危険にさらされたのは、お前のせいだろう!? 常に側にいるように言い聞かせていたのに、自分の責務をほったらかしにして遊びに出掛けおって! 私はお前を決して許さないからな!!」
「ほ……本当に……ご、ごめんな……さ……」
再び泣きながら、必死で謝るジェニファー。
いくら普段から意地悪な叔母や叔父に叱責されていようとも、流石のジェニファーもこれには堪えた。
親切にしてくれていた人が、手の平を返して憎しみをぶつけてくるのだから無理もない。
まだ10歳のジェニファーの心は既にボロボロになっていた。
「泣くな! 鬱陶しい!! 私は忙しい。今は用件だけ告げに来たのだ。いいか、これからジェニーは都心にある大学病院に入院が決まった。今夜の夜行列車ですぐに連れて行く。そしてお前はあの家に帰るのだ。今から30分後に迎えをよこす。それまでに荷物をまとめておくのだな」
それだけ言い放つと、伯爵は大股で部屋を出て行った。
「そ、そんな……今から30分後にここを出ていかないとならないなんて……」
ジェニファーは途方に暮れてしまった。追い出されるのは仕方ないとしても、あまりに急な話で頭が追いつかない。
「い、急いで支度をしなくちゃ……」
今まで伯爵からプレゼントされた服やバッグ、靴などを見渡したが、一切持ち帰る気は無かった。
何故なら今の自分には貰える権利などあるはずはないからだ。
そこで自分がこの屋敷に持ち込んだものだけを荷造りすることにした。
すると収まった荷物はトランクケース2つ分だけだった。
「そうだわ、この服も着替えなくちゃ」
自分の持ってきた服に着替えたところで、写真の存在を思い出した。
「写真は……ジェニーが欲しがっていたものね」
ポツリと呟くと自分とニコラスが映った写真を抜き取り、机の引き出しにしまった。
「ごめんね。ジェニー。ニコラスと一緒に写した写真は持ち帰らせてね」
もとより、この写真が伯爵の目に止まれば増々ジェニファーの立場は余計悪くなるだけだ。どんなに打ちひしがれていてもジェニファーの思考はしっかりしていた。
全ての荷造りを終えたところで、年配のフットマンが部屋に現れた。
「用意は出来たのか?」
「はい、出来ました」
「なら、今から出発だ。旦那様に命じられ、私がお前を家まで送り届けることになった。旦那様に感謝するのだな」
冷たい目でジェニファーを見つめる。
「……はい、伯爵様に感謝します……」
今にも消え入りそうな声で返事をすると、フットマンはジェニファーの荷物を持つこともなく部屋を出ていく。
そこでジェニファーは慌てて、2つのトランクケースを引きずりながら後を追った。
打ちひしがれた様子で廊下を歩くジェニファーを通りがかった使用人たちが見つめているが、話しかけてくる者は1人もいない。
それも少女には辛いことだった。
今まで笑顔で話しかけてくれた使用人たちは、もうこの屋敷には何処にもいない。
ジェニファーは心を殺して、重たいトランクケースを引きずりながら唇を強く噛み締めた。
溢れそうになる涙を堪える為に。
こうして、かわいそうな少女はニコラスとシドに別れを告げることも出来ないまま屋敷を追い出されてしまった。
それはフォルクマン伯爵邸にやってきて……丁度3ヶ月目の出来事だった――
室内は薄暗くなっていたが、ジェニファーは明かりも灯さずにソファに座り込んでぐったりしていた。
すっかり泣きつかれていたジェニファーは、もう何もする気が起きなかった。
(ジェニーはどうなったのかしら……無事でいてくれたのかしら……)
そのとき。
――ガチャッ!!
乱暴に扉が開かれ、ズカズカと伯爵が部屋に入ってきた。
「伯爵様!」
慌ててジェニファーはソファから立ち上がる。
すると伯爵はジェニファーに目も合わさずに話し始めた。
「……ジェニーは医者の手当で何とか 一命をとりとめることができた」
「ほ、本当ですか!? 良かった……」
その言葉に、ジェニファーの目に涙が浮かぶ。
すると伯爵が叱責した。
「何が良かっただ!! 元はと言えば、ジェニーの命が危険にさらされたのは、お前のせいだろう!? 常に側にいるように言い聞かせていたのに、自分の責務をほったらかしにして遊びに出掛けおって! 私はお前を決して許さないからな!!」
「ほ……本当に……ご、ごめんな……さ……」
再び泣きながら、必死で謝るジェニファー。
いくら普段から意地悪な叔母や叔父に叱責されていようとも、流石のジェニファーもこれには堪えた。
親切にしてくれていた人が、手の平を返して憎しみをぶつけてくるのだから無理もない。
まだ10歳のジェニファーの心は既にボロボロになっていた。
「泣くな! 鬱陶しい!! 私は忙しい。今は用件だけ告げに来たのだ。いいか、これからジェニーは都心にある大学病院に入院が決まった。今夜の夜行列車ですぐに連れて行く。そしてお前はあの家に帰るのだ。今から30分後に迎えをよこす。それまでに荷物をまとめておくのだな」
それだけ言い放つと、伯爵は大股で部屋を出て行った。
「そ、そんな……今から30分後にここを出ていかないとならないなんて……」
ジェニファーは途方に暮れてしまった。追い出されるのは仕方ないとしても、あまりに急な話で頭が追いつかない。
「い、急いで支度をしなくちゃ……」
今まで伯爵からプレゼントされた服やバッグ、靴などを見渡したが、一切持ち帰る気は無かった。
何故なら今の自分には貰える権利などあるはずはないからだ。
そこで自分がこの屋敷に持ち込んだものだけを荷造りすることにした。
すると収まった荷物はトランクケース2つ分だけだった。
「そうだわ、この服も着替えなくちゃ」
自分の持ってきた服に着替えたところで、写真の存在を思い出した。
「写真は……ジェニーが欲しがっていたものね」
ポツリと呟くと自分とニコラスが映った写真を抜き取り、机の引き出しにしまった。
「ごめんね。ジェニー。ニコラスと一緒に写した写真は持ち帰らせてね」
もとより、この写真が伯爵の目に止まれば増々ジェニファーの立場は余計悪くなるだけだ。どんなに打ちひしがれていてもジェニファーの思考はしっかりしていた。
全ての荷造りを終えたところで、年配のフットマンが部屋に現れた。
「用意は出来たのか?」
「はい、出来ました」
「なら、今から出発だ。旦那様に命じられ、私がお前を家まで送り届けることになった。旦那様に感謝するのだな」
冷たい目でジェニファーを見つめる。
「……はい、伯爵様に感謝します……」
今にも消え入りそうな声で返事をすると、フットマンはジェニファーの荷物を持つこともなく部屋を出ていく。
そこでジェニファーは慌てて、2つのトランクケースを引きずりながら後を追った。
打ちひしがれた様子で廊下を歩くジェニファーを通りがかった使用人たちが見つめているが、話しかけてくる者は1人もいない。
それも少女には辛いことだった。
今まで笑顔で話しかけてくれた使用人たちは、もうこの屋敷には何処にもいない。
ジェニファーは心を殺して、重たいトランクケースを引きずりながら唇を強く噛み締めた。
溢れそうになる涙を堪える為に。
こうして、かわいそうな少女はニコラスとシドに別れを告げることも出来ないまま屋敷を追い出されてしまった。
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