上 下
25 / 148

2−9 朝が早いジェニファー

しおりを挟む
――翌朝6時

専属メイドとなったアンはワゴンを手に、ジェニファーの部屋の前に立っていた。
ワゴンの上には顔を洗うために水を入れた洗面器とタオルが乗っている。

(ふん。本当に憎たらしい小娘だわ。男爵家で私と一緒の爵位のくせに、こんな素敵な暮らしを提供してもらえるなんて……許せないわ)

そこで嫌がらせをするために、朝早くからわざとジェニファーの部屋を訪れたのだ。

(冷たい水に、ゴワゴワなタオル……あの小娘には、これがお似合いよ)

アンは意地悪な笑みを浮かべると、ノックもせずにいきなり扉を開けた。

「おはようございます、ジェニファー様! 一体いつまで寝てらっしゃるのでしょうねぇ!……え?」


部屋に入るなり、アンは目を見開いた。何故なら身支度を終えたジェニファーがエプロンをして、部屋の掃除をしていたからだ。

「あ、おはようございます。お姉さん」

窓拭きをしていたジェニファーは、その手を休めると笑顔で挨拶する。

「あ、あの……一体、何をされているのですか?」

「はい。今朝はいつも通り5時に目が覚めたので、お部屋のお掃除をしていました」

「え……? 5、5時……?」

その言葉にアンは驚きを隠せなかった。

(そんな……! 私だって、5時半に起きたというのに? それがこの子はまだ10歳なのに、5時に起きたなんて。しかも自分で部屋の掃除まで……」

アンは急に自分の行動が恥ずかしく思えてしまった。
それが、9歳も年下の少女が誰の手助けもなしに朝の支度を済ませて掃除までしているのだから。

「あの、お姉さん。他に何かすることはありますか? 私、何でもするので言ってください。最近は薪割りも大分出来るようになりました」

窓拭きをしながらジェニファーが尋ねてきた。

「ええっ!? 薪割りですって!? そんなことはしなくても大丈夫です! 薪ならお屋敷に沢山ありますし、男性の仕事ですから!」

「そうですか……? それなら洗濯を……あ、台所のお手伝いでもしますか?」

「いいえ! そんなことされなくても大丈夫です。ジェニファー様のお仕事はジェニー様のお話相手になることですから。そ、それでは失礼いたします!」

自分のことを恥じたアンは、一礼すると逃げるように部屋を出て行った。

「……出ていってしまったわ。お姉さんはジェニーの話し相手になることが仕事だと言ってたけど……本当にそれだけでいいのかしら?」

何か他にジェニーのために出来ることは無いだろうかと、心優しいジェニファーは必死で考え……良いことを思いついた。

「そうだわ、きっとジェニーは喜んでくれるはず!」

ジェニファーは頷くと、自宅から持参してきたカゴを持って元気よく部屋を出た。



****


「……あら? 扉が開かないわ」

ジェニファーは屋敷の大扉の前に立ち、首を傾げる。

「困ったわ……これでは外に出られないわ」

そこへ仕事中のフットマンが通りかかり、扉の前で立ちすくむジェニファーを見かた。

(あの子は確かジェニー様の話し相手で呼ばれた、ジェニファー様だ。一体あんな所で何をされているのだろう? よし、声をかけてみるか)

「ジェニファー様。扉の前で何をされているのですか?」

その言葉に振り向くジェニファー。

「あの、私少し外に出たいんです。でも、扉が開かなくて」

「こちらの扉は防犯の為に、9時になるまで開かなくなっているんですよ。代りに使用人専用の出入り口がありますが、ジェニファー様の様なお客様に使っていただくような場所ではないんです」

「いえ、それでもいいです。場所を教えてください」

「え? もしかして外に出るつもりですか? まだ6時にもなりませんよ?」

ジェニファーの言葉にギョッとするフットマン。

「大丈夫です。私、ジェニーにプレゼントしたいものがあるんです」

そして、ジェニファーはにっこり笑った――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

水夏(すいか)
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

2度もあなたには付き合えません

cyaru
恋愛
1度目の人生。 デヴュタントで「君を見初めた」と言った夫ヴァルスの言葉は嘘だった。 ヴァルスは思いを口にすることも出来ない恋をしていた。相手は王太子妃フロリア。 フロリアは隣国から嫁いで来たからか、自由気まま。当然その所業は貴族だけでなく民衆からも反感を買っていた。 ヴァルスがオデットに婚約、そして結婚を申し込んだのはフロリアの所業をオデットが惑わせたとして罪を着せるためだった。 ヴァルスの思惑通りに貴族や民衆の敵意はオデットに向けられ遂にオデットは処刑をされてしまう。 処刑場でオデットはヴァルスがこんな最期の時まで自分ではなくフロリアだけを愛し気に見つめている事に「もう一度生まれ変われたなら」と叶わぬ願いを胸に抱く。 そして、目が覚めると見慣れた光景がオデットの目に入ってきた。 ヴァルスが結婚を前提とした婚約を申し込んでくる切欠となるデヴュタントの日に時間が巻き戻っていたのだった。 「2度もあなたには付き合えない」 デヴュタントをドタキャンしようと目論むオデットだが衣装も用意していて参加は不可避。 あの手この手で前回とは違う行動をしているのに何故かヴァルスに目を付けられてしまった。 ※章で分けていますが序章は1回目の人生です。 ※タグの①は1回目の人生、②は2回目の人生です ※初日公開分の1回目の人生は苛つきます。 ★↑例の如く恐ろしく、それはもう省略しまくってます。 ★11月2日投稿開始、完結は11月4日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

その瞳は囚われて

豆狸
恋愛
やめて。 あの子を見ないで、私を見て! そう叫びたいけれど、言えなかった。気づかなかった振りをすれば、ローレン様はこのまま私と結婚してくださるのだもの。

処理中です...