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おまけの話【最年少の最上位魔術師】〜アティカ視点〜
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『至急応援頼むわね、アティカ・リシーヴァ』
俺――アティカの左肩に降り立った紙魔鳥がそう鳴いた。
聞かなかったことにしてしまいたい。だが、ここは職場なので周囲には多くの同僚がいる。……なかったことには出来ない。
みなの視線が俺に注がれる。『ああ、またなのね……』という気の毒そうな眼差しを向けてくる。そんな目で見るのなら、誰か代わってくれと言いたい。
俺は一年前から正式な魔術師となり働き出した。
規定通りに一番下の十等級からスタートしたのだが、十一日後には最上位になっていた。
もちろん実力を評価されてなのだが、それはあまりに異例なことだった。なので、当初は酷い言葉も囁かれた。
『どうせ、親の七光りだろ? いいよな、最上位が親だとさ』
『それだけじゃないみたいよ、最年長の最上位から可愛がられているって。綺麗な顔と体を最大限に有効利用しているんじゃないかしら~』
『うわぁ、最悪だな。でも、女性で唯一一等級になった魔術師とも親密だって聞いたぞ。媚びるのがお得意なんだな』
下品な噂を流していたのは、俺のことを直接知らない人だった。こういう人達には丁寧に言葉を尽くして説明するよりも、行動で示したほうが通じる。
――だから、俺はそうした。
片っ端から困難な任務を単独で成功させ、魔術師は実力主義の世界なのだと再認識してもらったのだ。
それから、俺は十八歳の最年少最上位として上手くやっている。年上の同僚達から信頼され、居心地の良い職場なのは間違いない。
……だが、たまに私的な紙魔鳥によって、俺の平穏が少しばかり乱されるのだ。
「アティカ、ご愁傷様だな」
「そう思っているなら代わってください。レギオン」
「無理無理。だって俺、十等級だぜ。一等級のお願いに応えられるはずないって」
親友のレギオンはブンブンと首を横に振る。
彼と俺は同時期に配属された同僚だ。魔術師の養成機関は一つではないので幼い頃からの知り合いではないが、彼とはすぐに打ち解け、今では気の置けない仲になっている。
今日俺の左肩にとまって紙魔鳥は、一等級魔術師――ロザリー・シルエットが寄越したものだ。
彼女だけではなく長老も、こうして俺に気軽に頼み事をする。弱みを握られているわけではないけど断れない。
はぁ……、お世話になってますからね。
俺も幼い頃から可愛がって貰っているが、それ以上に父がお世話になっていた。
最上位魔術師である父は独特な人だ。
ロザリーから見れば『変態で危険人物のくせに、私の親友と結婚して超ラッキーな奴』で、長老からは『可愛くない愛弟子じゃ!』と言われている。
そして、俺から見たら惜しみなく愛情を注ぐ人。
……そう、父は決してぶれない。家族だけが特別で、他はどうでもいいらしい。
そんな父を理解してくれている? のが、母の親友であるロザリーや長老だ。
息子としては彼らを無碍になど出来るはずがない。
紙魔鳥の足に結ばれていた詳細を伝える手紙を読んで、俺がため息をついていると、レギオンが横から覗き見してくる。
「なになに、アコンガリ国まで来てくれ。威厳ある魔術師設定だから、適当に従者も連れてこい? なんか、また面倒なことに巻き込まれそうだな。アティカ」
レギオンは他人事だと思って笑いながら、俺の肩を小突いてくる。
……よし、他人事ではなくしてあげよう。
「行きますよ、レギオン」
「便所なら一人で行けよ、アティカ」
「アコンガリです」
「はっ?! 俺が従者? いやいや、全力で断るからな! だって、俺、仕事があるし――」
「妹は自分の兄を助ける人をどう思いますかね?」
「ぜひやらせてください、未来のお兄様!」
俺には今年で十一歳になる妹がいる。
一応親友の名誉のために言っておくが、レギオンは決して幼女趣味の変態ではない。
妹は浮世離れした美しさを持っていて、そのうえ性格も良い。幼少期から今日まで婚約の申込みが途切れることはなく、王族から内々に打診されたこともあった。
当然、父がその力を持って黙らせたのだが……。
――俺の自慢の妹。
レギオンはそれが分かっているから、妹の名を出すと俺に合わせて乗ってくれる。なんだかんだと言っても友思いのいい奴なのだ。
「じゃあ、行きましょう。レギオン」
「へいへい、分かったよ。だけど、その前に上に報告してからじゃないと」
「こちらから出向く必要はないと思いますよ、ほら、」
俺の視線の先にはこちらに向かって歩いてくる魔術師長の姿があった。
顔を顰めているから、『ちょっと若い最上位を借りるわね~』とかロザリーの紙魔鳥から伝えられているのだろう。
長老は兎も角として、ロザリーに手抜かりはない。
一等級によって『最上位が必要』と判断した事案。よほどのことがなければ尊重される。
魔術師長は俺達の前で足を止めると、俺の左肩にとまった紙魔鳥に目を向け、説明は必要ないと察する。
「最上位アティカ・リシーヴァ、十等級レギオン・キズス。両名にて一等級からの依頼を速やかに遂行せよ」
「「はっ、承知いたしました」」
◇ ◇ ◇
アコンガリ国は遠方にある歴史の長い国だ。近年まで鎖国を続けていたので、べールに包まれた部分が多く神秘の国と呼ばれている――若者が冒険するにはもってこいの国。
前途有望な二人の若き魔術師は、期待を胸に秘めて旅立ったのだった。
そんな彼らの活躍はまた違うお話で……。
俺――アティカの左肩に降り立った紙魔鳥がそう鳴いた。
聞かなかったことにしてしまいたい。だが、ここは職場なので周囲には多くの同僚がいる。……なかったことには出来ない。
みなの視線が俺に注がれる。『ああ、またなのね……』という気の毒そうな眼差しを向けてくる。そんな目で見るのなら、誰か代わってくれと言いたい。
俺は一年前から正式な魔術師となり働き出した。
規定通りに一番下の十等級からスタートしたのだが、十一日後には最上位になっていた。
もちろん実力を評価されてなのだが、それはあまりに異例なことだった。なので、当初は酷い言葉も囁かれた。
『どうせ、親の七光りだろ? いいよな、最上位が親だとさ』
『それだけじゃないみたいよ、最年長の最上位から可愛がられているって。綺麗な顔と体を最大限に有効利用しているんじゃないかしら~』
『うわぁ、最悪だな。でも、女性で唯一一等級になった魔術師とも親密だって聞いたぞ。媚びるのがお得意なんだな』
下品な噂を流していたのは、俺のことを直接知らない人だった。こういう人達には丁寧に言葉を尽くして説明するよりも、行動で示したほうが通じる。
――だから、俺はそうした。
片っ端から困難な任務を単独で成功させ、魔術師は実力主義の世界なのだと再認識してもらったのだ。
それから、俺は十八歳の最年少最上位として上手くやっている。年上の同僚達から信頼され、居心地の良い職場なのは間違いない。
……だが、たまに私的な紙魔鳥によって、俺の平穏が少しばかり乱されるのだ。
「アティカ、ご愁傷様だな」
「そう思っているなら代わってください。レギオン」
「無理無理。だって俺、十等級だぜ。一等級のお願いに応えられるはずないって」
親友のレギオンはブンブンと首を横に振る。
彼と俺は同時期に配属された同僚だ。魔術師の養成機関は一つではないので幼い頃からの知り合いではないが、彼とはすぐに打ち解け、今では気の置けない仲になっている。
今日俺の左肩にとまって紙魔鳥は、一等級魔術師――ロザリー・シルエットが寄越したものだ。
彼女だけではなく長老も、こうして俺に気軽に頼み事をする。弱みを握られているわけではないけど断れない。
はぁ……、お世話になってますからね。
俺も幼い頃から可愛がって貰っているが、それ以上に父がお世話になっていた。
最上位魔術師である父は独特な人だ。
ロザリーから見れば『変態で危険人物のくせに、私の親友と結婚して超ラッキーな奴』で、長老からは『可愛くない愛弟子じゃ!』と言われている。
そして、俺から見たら惜しみなく愛情を注ぐ人。
……そう、父は決してぶれない。家族だけが特別で、他はどうでもいいらしい。
そんな父を理解してくれている? のが、母の親友であるロザリーや長老だ。
息子としては彼らを無碍になど出来るはずがない。
紙魔鳥の足に結ばれていた詳細を伝える手紙を読んで、俺がため息をついていると、レギオンが横から覗き見してくる。
「なになに、アコンガリ国まで来てくれ。威厳ある魔術師設定だから、適当に従者も連れてこい? なんか、また面倒なことに巻き込まれそうだな。アティカ」
レギオンは他人事だと思って笑いながら、俺の肩を小突いてくる。
……よし、他人事ではなくしてあげよう。
「行きますよ、レギオン」
「便所なら一人で行けよ、アティカ」
「アコンガリです」
「はっ?! 俺が従者? いやいや、全力で断るからな! だって、俺、仕事があるし――」
「妹は自分の兄を助ける人をどう思いますかね?」
「ぜひやらせてください、未来のお兄様!」
俺には今年で十一歳になる妹がいる。
一応親友の名誉のために言っておくが、レギオンは決して幼女趣味の変態ではない。
妹は浮世離れした美しさを持っていて、そのうえ性格も良い。幼少期から今日まで婚約の申込みが途切れることはなく、王族から内々に打診されたこともあった。
当然、父がその力を持って黙らせたのだが……。
――俺の自慢の妹。
レギオンはそれが分かっているから、妹の名を出すと俺に合わせて乗ってくれる。なんだかんだと言っても友思いのいい奴なのだ。
「じゃあ、行きましょう。レギオン」
「へいへい、分かったよ。だけど、その前に上に報告してからじゃないと」
「こちらから出向く必要はないと思いますよ、ほら、」
俺の視線の先にはこちらに向かって歩いてくる魔術師長の姿があった。
顔を顰めているから、『ちょっと若い最上位を借りるわね~』とかロザリーの紙魔鳥から伝えられているのだろう。
長老は兎も角として、ロザリーに手抜かりはない。
一等級によって『最上位が必要』と判断した事案。よほどのことがなければ尊重される。
魔術師長は俺達の前で足を止めると、俺の左肩にとまった紙魔鳥に目を向け、説明は必要ないと察する。
「最上位アティカ・リシーヴァ、十等級レギオン・キズス。両名にて一等級からの依頼を速やかに遂行せよ」
「「はっ、承知いたしました」」
◇ ◇ ◇
アコンガリ国は遠方にある歴史の長い国だ。近年まで鎖国を続けていたので、べールに包まれた部分が多く神秘の国と呼ばれている――若者が冒険するにはもってこいの国。
前途有望な二人の若き魔術師は、期待を胸に秘めて旅立ったのだった。
そんな彼らの活躍はまた違うお話で……。
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