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41.二度目の奇跡〜おかえりなさい、ただいま〜
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記憶を取り戻した私は、必死になって探した。どこかに我が子との思い出が、心の奥にあの子への想いが残っていないかと……。
でも、そんなものは一欠片も見つからなかった。残っていたのは記憶を辿って得た残酷な真実だけ。
◇ ◇ ◇
眠りから覚めた私の手をザインが握っていた。声を掛けてこないのは、私の状態が分からないからだろう。
きっと私は虚ろな目をしている。まるで夢の中に心を置いてきてしまったように。
このまま狂ったふりをしようかと、馬鹿なことを考える。
想刻に操られた私はアティカの首を絞めた。記憶改竄後の私は、あの子のことを可愛い弟子と言って抱きしめた――笑いながら何度も。
……私はなんて罪深い。
「なんでっ、私から大切なものを奪ったの!」
これは私が選んだ結果。誰かを責めたいわけでもない。それでも、私はザインに縋りついて泣き叫んだ。
アティカを傷つけて申し訳なかったという気持ちはある。でも、それは可愛い弟子に対するものでしかない。私の中であの子は他人だった。
喪失感と呼べるものさえない。だからこそ、苦しくて仕方がない。
あの子への想いを戻してと叫ぶ私に、ザインは首を横に振る。
あれは術式ではなく想刻ごと抉り取るのだと言っていた。言うなれば腐った患部ごと腕を切り落としたようなもの。いくら最上位といえ戻すことなど無理である。
――二度と我が子を取り戻せない。
泣き叫んで気を失って、目覚めたらまた泣き叫んだ。我が子を捨てた自分自身を責め、感情のままに汚い言葉を吐き捨てる。ザインはなにも言わずにそんな私に付き合ってくれた。
どれくらいの時間それを繰り返していただろうか。目覚めた時は真っ暗だった窓が、すっかり明るくなっている。
少しだけ落ち着きを取り戻せた私は、まだ伝えていなかった言葉を告げる。
「たった一人であの子を立派に育ててくれてありがとう、ザイン」
「一人ではありませんでした」
ロザリーや院長先生や魔術師長や上位の魔術師達が、あの子の成長を見守っていたのだ。どんなに感謝してもしきれない。
そう思っていると、ザインが言葉を続けた。
「……アリスミがいました」
「いなかったわ」
私はここでのん気に羊を追いかけていたと首を横に振ると、彼は自分の胸に手を当てる。
「ここに。ティカの心の中にもいました、ずっと」
「……っ……ありが…とう、ザイン」
きっと彼は嘘をつかずに、アティカにすべてを伝えてくれたのだろう。普通ならあんなに酷いことをしていなくなった母を、恨んでいてもおかしくなかった。
でも、アティカは違った。
それは、私がかつて抱いていたあの子への想いを、彼が伝え続けてくれたからだ。
「なぜ、あの子を連れてここに来たの?」
「……約束しました」
「長老様と?」
「……あなたとです」
心当たりがない私は首を傾げる。すると、彼は最後に交わした約束ですと告げた。
「それを知ったティカは、たった二年で完璧に魔力を制御してみせました」
何十年後かに叶えられたらと思って、大人になったあの子の姿を私の瞳に映したいと口にした。まさか、こんなに早くその日が来るなんて……。
止まっていた涙がまた溢れてくる。たった六歳でここまで達するには、どれほど努力を重ねたのだろうか。
「あの子は頑張ったんでしょうね」
「はい、必死で」
ニーダル支部の予算使い切り事件の真相をいま知った。長老はとんでもない嘘をついて、私のために二人を呼び寄せてくれたのだ。
たくさんの人に支えられ見守られてきたのだ。……アティカだけでなく私も。
「ザイン、私はどうすればいいのかしら……。母の顔にはなれないわ」
今の私が母親だったことは一度もない。
記憶を取り戻したくせに自分のことだけ忘れたままの私を見て、あの子はがっかりするだろう。また傷つけるのが怖い。
「……変わる必要はありません」
そう言うと、彼は私から離れて病室の扉を開けた。そこに立っていたのは不安気な顔をしたアティカだった。ザインは跪いて目線を合わせる。
「記憶改竄の解術が完了しました」
「……お師匠さまのところに行っていいですか? お父さん」
「行ってあげてください。お母さんのところに」
アティカはハッとしてから、顔をくしゃくしゃにして泣き始める。ザインはその小さな背中を優しく押して送り出した。
「……お、かあ…さーん」
「たくさん傷つけてごめんね、アティカ」
勢いよく抱きついてきたアティカを受け止める。大切でとても愛しいという想いは嘘ではない、だけど可愛い弟子でしかなかった。
その事実に胸が張り裂けそうだ。
「お母さんは悪くないです。僕、違う言葉を言ってほしいです。さいしょは、ぁ…です」
遠慮がちにお願いするアティカ。取り戻した記憶の中で私も同じことをザインにお願いしていた。こんなところに自分との繋がりを少しだけ感じる。
「愛しているわ、アティカ」
我が子への想いではないけど、この言葉に嘘はない。
「僕もです! それにティカです。お母さんはずっとそう呼んでいました。これから、僕がぜんぶ教えてあげます。だから、大丈夫です。……だから、お母さん、泣かなぃ…でくださ…い」
アティカは背伸びして、私の涙を自分の袖で拭いてくれた。
ザインの言う通り母親を演じる必要はないのだ。少しづつ新しいことを覚えて築いていけばいい。
――また一から、アティカ・リシーヴァの母親を始めよう。
「おかえりなさい、お母さん」
「ティカ、ただいま」
でも、そんなものは一欠片も見つからなかった。残っていたのは記憶を辿って得た残酷な真実だけ。
◇ ◇ ◇
眠りから覚めた私の手をザインが握っていた。声を掛けてこないのは、私の状態が分からないからだろう。
きっと私は虚ろな目をしている。まるで夢の中に心を置いてきてしまったように。
このまま狂ったふりをしようかと、馬鹿なことを考える。
想刻に操られた私はアティカの首を絞めた。記憶改竄後の私は、あの子のことを可愛い弟子と言って抱きしめた――笑いながら何度も。
……私はなんて罪深い。
「なんでっ、私から大切なものを奪ったの!」
これは私が選んだ結果。誰かを責めたいわけでもない。それでも、私はザインに縋りついて泣き叫んだ。
アティカを傷つけて申し訳なかったという気持ちはある。でも、それは可愛い弟子に対するものでしかない。私の中であの子は他人だった。
喪失感と呼べるものさえない。だからこそ、苦しくて仕方がない。
あの子への想いを戻してと叫ぶ私に、ザインは首を横に振る。
あれは術式ではなく想刻ごと抉り取るのだと言っていた。言うなれば腐った患部ごと腕を切り落としたようなもの。いくら最上位といえ戻すことなど無理である。
――二度と我が子を取り戻せない。
泣き叫んで気を失って、目覚めたらまた泣き叫んだ。我が子を捨てた自分自身を責め、感情のままに汚い言葉を吐き捨てる。ザインはなにも言わずにそんな私に付き合ってくれた。
どれくらいの時間それを繰り返していただろうか。目覚めた時は真っ暗だった窓が、すっかり明るくなっている。
少しだけ落ち着きを取り戻せた私は、まだ伝えていなかった言葉を告げる。
「たった一人であの子を立派に育ててくれてありがとう、ザイン」
「一人ではありませんでした」
ロザリーや院長先生や魔術師長や上位の魔術師達が、あの子の成長を見守っていたのだ。どんなに感謝してもしきれない。
そう思っていると、ザインが言葉を続けた。
「……アリスミがいました」
「いなかったわ」
私はここでのん気に羊を追いかけていたと首を横に振ると、彼は自分の胸に手を当てる。
「ここに。ティカの心の中にもいました、ずっと」
「……っ……ありが…とう、ザイン」
きっと彼は嘘をつかずに、アティカにすべてを伝えてくれたのだろう。普通ならあんなに酷いことをしていなくなった母を、恨んでいてもおかしくなかった。
でも、アティカは違った。
それは、私がかつて抱いていたあの子への想いを、彼が伝え続けてくれたからだ。
「なぜ、あの子を連れてここに来たの?」
「……約束しました」
「長老様と?」
「……あなたとです」
心当たりがない私は首を傾げる。すると、彼は最後に交わした約束ですと告げた。
「それを知ったティカは、たった二年で完璧に魔力を制御してみせました」
何十年後かに叶えられたらと思って、大人になったあの子の姿を私の瞳に映したいと口にした。まさか、こんなに早くその日が来るなんて……。
止まっていた涙がまた溢れてくる。たった六歳でここまで達するには、どれほど努力を重ねたのだろうか。
「あの子は頑張ったんでしょうね」
「はい、必死で」
ニーダル支部の予算使い切り事件の真相をいま知った。長老はとんでもない嘘をついて、私のために二人を呼び寄せてくれたのだ。
たくさんの人に支えられ見守られてきたのだ。……アティカだけでなく私も。
「ザイン、私はどうすればいいのかしら……。母の顔にはなれないわ」
今の私が母親だったことは一度もない。
記憶を取り戻したくせに自分のことだけ忘れたままの私を見て、あの子はがっかりするだろう。また傷つけるのが怖い。
「……変わる必要はありません」
そう言うと、彼は私から離れて病室の扉を開けた。そこに立っていたのは不安気な顔をしたアティカだった。ザインは跪いて目線を合わせる。
「記憶改竄の解術が完了しました」
「……お師匠さまのところに行っていいですか? お父さん」
「行ってあげてください。お母さんのところに」
アティカはハッとしてから、顔をくしゃくしゃにして泣き始める。ザインはその小さな背中を優しく押して送り出した。
「……お、かあ…さーん」
「たくさん傷つけてごめんね、アティカ」
勢いよく抱きついてきたアティカを受け止める。大切でとても愛しいという想いは嘘ではない、だけど可愛い弟子でしかなかった。
その事実に胸が張り裂けそうだ。
「お母さんは悪くないです。僕、違う言葉を言ってほしいです。さいしょは、ぁ…です」
遠慮がちにお願いするアティカ。取り戻した記憶の中で私も同じことをザインにお願いしていた。こんなところに自分との繋がりを少しだけ感じる。
「愛しているわ、アティカ」
我が子への想いではないけど、この言葉に嘘はない。
「僕もです! それにティカです。お母さんはずっとそう呼んでいました。これから、僕がぜんぶ教えてあげます。だから、大丈夫です。……だから、お母さん、泣かなぃ…でくださ…い」
アティカは背伸びして、私の涙を自分の袖で拭いてくれた。
ザインの言う通り母親を演じる必要はないのだ。少しづつ新しいことを覚えて築いていけばいい。
――また一から、アティカ・リシーヴァの母親を始めよう。
「おかえりなさい、お母さん」
「ティカ、ただいま」
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