永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

文字の大きさ
上 下
40 / 49

40.記憶を辿る《終熄》

しおりを挟む
私の中からアティカを消す処置は直ぐに行われることになった。でも、その前に少しだけ時間をもらった。


「ザイン・リシーヴァ、全部あんたのせいよ! 無口で無表情で、取り柄と言ったらその最上位という立場しかないくせに、なんでアリスミを守れないのっ。この役立たずの大馬鹿野郎! なんとかしないさいよっ……うぅっ……」

最後に頼みたいことがあって、私はロザリー親友を呼んだ。

記憶改竄の術者として選ばれた彼女は、魔術師長からすべてを聞いたのだろう。部屋に通されるなり、私の隣にいるザインを泣きながら罵倒する。

「ねえ、ロザリー。彼ではなく私を見て。もう時間がないの」
「アリスミ、…っ……なんで笑っていられるのよ」
「今の私のままで、親友ロザリーと話せるのが最期だからかな。泣いたら勿体ないでしょ?」

ザインはロザリーのために私の隣を譲った。彼女は彼を睨みつけてから私に抱きつき、こんなに痩せちゃってと声を上げて泣く。

「お願いがあるの。記憶改竄した私の前で、彼と恋人のふりをして欲しいの。私が二度と王都に戻りたいと思わないように」
「そんな役は他の誰かにやらせればいいわ。私は私にしか出来ないことをする」

私が遠くに行っても、親友としてずっと支えたいと訴える。でも、彼女でなければいけないのだ。

「私はザインのことをもの凄く愛しているの。きっと振られても諦めきれなくて王都に戻ってきてしまう。でもね、ロザリーが彼の隣で笑っていたら、敵わないなって思う。だから、お願い。ロザリーでないときっと戻って来ちゃう」
「なら、戻ってくれば――」

ロザリーは言い掛けて途中で口を閉ざす。戻って来てはいけない理由があの子だと分かったから。
彼女は泣きじゃくりながら私から離れていく。

「めちゃくちゃ傷つけると……っ、約束する」
「ありがとう、ロザリー。さようなら」
「……ばいばい、アリスミ」

別れを告げたロザリーは扉の前まで行くと、くるりと振り返る。

彼女はもう泣いてはいなかった。涙の跡をしっかりと残したまま、自信に満ちた極上の笑みを私に向ける。私を安心させるために、完璧な演技を見せてくれた――私の自慢の親友。

そのまま彼女は部屋から出ていき、私とザインだけになる。まだ少しだけ時間があった。

 
私達はなにも話さずに、お互いの鼓動を感じただ寄り添う。


これからアティカがどう過ごすのかは、ザインがもう説明してくれていた。
あの子の存在は公にされる。そうすることで上位の魔術師達が堂々と守れるようにするのだ。そして、ザインがこれからもずっとあの子のそばにいてくれる。
これは今の状況で、あの子にとって考え得る最善だった。

でも、それが分かっていても考えてしまう。
あの子はこの状況を受け入れられるだろうか。魔力暴走で不安定になったあの子は大丈夫だろうか。私がいなくても泣かずに頑張ってくれるだろうかと。

謝ることも出来ずに私はあの子の母親でなくなる。

 ティカ、本当に……ごめん……ね。

ザインが手を強く握ってくれているから、心の中であの子の名を紡げてほっとする。でも声に出そうとしたら、想刻に邪魔されるだろう。

だから、私達は最期の時間をこうして過ごしている。彼と出逢ってから、こんなにも心地よく愛しい沈黙があることを知った。

それもあと少しで終わってしまう。


「愛してるって言ってあげてね」
「……はい」

きっと彼は毎日言ってくれる。それは手紙かもしれないし、もしかしたら紙魔鳥かもしれない。でも、方法はなんでもいい。だって、あの子はちゃんと分かっているから、どんなに父親から深く愛されているかを。

ザインがあの子の父親で本当に良かった。アティカは彼に似て強い子だから、きっと乗り越えてくれる。

「何十年後かに魔力が制御できるようになっていたら、大人になった姿を遠目でいいから私に見せてくれる? 出来ればだけど……」
「はい」

我儘だと分かっているけれど、言わずにはいられなかった。 何も覚えていなくとも、この瞳に大人になったアティカの姿を一度でいいから映したい。


……この願いが叶ったかどうか、私が知る日は永遠に来ない。


時計の針が処置の時間を指し示すと、ザインは寄り添っている私を強く抱きしめて耳元で囁く。

「幸せになってください」

その言葉が耳に入ると同時に意識が虚ろになっていく。

抉られるように、私から大切なものがひとつまたひとつと消えていった。想刻が身を削られ悲鳴を上げている。忌々しい想刻を道連れにして、母親としての私は完全に消えてしまった。 




しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

処理中です...