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40.記憶を辿る《終熄》
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私の中からアティカを消す処置は直ぐに行われることになった。でも、その前に少しだけ時間をもらった。
「ザイン・リシーヴァ、全部あんたのせいよ! 無口で無表情で、取り柄と言ったらその最上位という立場しかないくせに、なんでアリスミを守れないのっ。この役立たずの大馬鹿野郎! なんとかしないさいよっ……うぅっ……」
最後に頼みたいことがあって、私はロザリーを呼んだ。
記憶改竄の術者として選ばれた彼女は、魔術師長からすべてを聞いたのだろう。部屋に通されるなり、私の隣にいるザインを泣きながら罵倒する。
「ねえ、ロザリー。彼ではなく私を見て。もう時間がないの」
「アリスミ、…っ……なんで笑っていられるのよ」
「今の私のままで、親友と話せるのが最期だからかな。泣いたら勿体ないでしょ?」
ザインはロザリーのために私の隣を譲った。彼女は彼を睨みつけてから私に抱きつき、こんなに痩せちゃってと声を上げて泣く。
「お願いがあるの。記憶改竄した私の前で、彼と恋人のふりをして欲しいの。私が二度と王都に戻りたいと思わないように」
「そんな役は他の誰かにやらせればいいわ。私は私にしか出来ないことをする」
私が遠くに行っても、親友としてずっと支えたいと訴える。でも、彼女でなければいけないのだ。
「私はザインのことをもの凄く愛しているの。きっと振られても諦めきれなくて王都に戻ってきてしまう。でもね、ロザリーが彼の隣で笑っていたら、敵わないなって思う。だから、お願い。ロザリーでないときっと戻って来ちゃう」
「なら、戻ってくれば――」
ロザリーは言い掛けて途中で口を閉ざす。戻って来てはいけない理由があの子だと分かったから。
彼女は泣きじゃくりながら私から離れていく。
「めちゃくちゃ傷つけると……っ、約束する」
「ありがとう、ロザリー。さようなら」
「……ばいばい、アリスミ」
別れを告げたロザリーは扉の前まで行くと、くるりと振り返る。
彼女はもう泣いてはいなかった。涙の跡をしっかりと残したまま、自信に満ちた極上の笑みを私に向ける。私を安心させるために、完璧な演技を見せてくれた――私の自慢の親友。
そのまま彼女は部屋から出ていき、私とザインだけになる。まだ少しだけ時間があった。
私達はなにも話さずに、お互いの鼓動を感じただ寄り添う。
これからアティカがどう過ごすのかは、ザインがもう説明してくれていた。
あの子の存在は公にされる。そうすることで上位の魔術師達が堂々と守れるようにするのだ。そして、ザインがこれからもずっとあの子のそばにいてくれる。
これは今の状況で、あの子にとって考え得る最善だった。
でも、それが分かっていても考えてしまう。
あの子はこの状況を受け入れられるだろうか。魔力暴走で不安定になったあの子は大丈夫だろうか。私がいなくても泣かずに頑張ってくれるだろうかと。
謝ることも出来ずに私はあの子の母親でなくなる。
ティカ、本当に……ごめん……ね。
ザインが手を強く握ってくれているから、心の中であの子の名を紡げてほっとする。でも声に出そうとしたら、想刻に邪魔されるだろう。
だから、私達は最期の時間をこうして過ごしている。彼と出逢ってから、こんなにも心地よく愛しい沈黙があることを知った。
それもあと少しで終わってしまう。
「愛してるって言ってあげてね」
「……はい」
きっと彼は毎日言ってくれる。それは手紙かもしれないし、もしかしたら紙魔鳥かもしれない。でも、方法はなんでもいい。だって、あの子はちゃんと分かっているから、どんなに父親から深く愛されているかを。
ザインがあの子の父親で本当に良かった。アティカは彼に似て強い子だから、きっと乗り越えてくれる。
「何十年後かに魔力が制御できるようになっていたら、大人になった姿を遠目でいいから私に見せてくれる? 出来ればだけど……」
「はい」
我儘だと分かっているけれど、言わずにはいられなかった。 何も覚えていなくとも、この瞳に大人になったアティカの姿を一度でいいから映したい。
……この願いが叶ったかどうか、私が知る日は永遠に来ない。
時計の針が処置の時間を指し示すと、ザインは寄り添っている私を強く抱きしめて耳元で囁く。
「幸せになってください」
その言葉が耳に入ると同時に意識が虚ろになっていく。
抉られるように、私から大切なものがひとつまたひとつと消えていった。想刻が身を削られ悲鳴を上げている。忌々しい想刻を道連れにして、母親としての私は完全に消えてしまった。
「ザイン・リシーヴァ、全部あんたのせいよ! 無口で無表情で、取り柄と言ったらその最上位という立場しかないくせに、なんでアリスミを守れないのっ。この役立たずの大馬鹿野郎! なんとかしないさいよっ……うぅっ……」
最後に頼みたいことがあって、私はロザリーを呼んだ。
記憶改竄の術者として選ばれた彼女は、魔術師長からすべてを聞いたのだろう。部屋に通されるなり、私の隣にいるザインを泣きながら罵倒する。
「ねえ、ロザリー。彼ではなく私を見て。もう時間がないの」
「アリスミ、…っ……なんで笑っていられるのよ」
「今の私のままで、親友と話せるのが最期だからかな。泣いたら勿体ないでしょ?」
ザインはロザリーのために私の隣を譲った。彼女は彼を睨みつけてから私に抱きつき、こんなに痩せちゃってと声を上げて泣く。
「お願いがあるの。記憶改竄した私の前で、彼と恋人のふりをして欲しいの。私が二度と王都に戻りたいと思わないように」
「そんな役は他の誰かにやらせればいいわ。私は私にしか出来ないことをする」
私が遠くに行っても、親友としてずっと支えたいと訴える。でも、彼女でなければいけないのだ。
「私はザインのことをもの凄く愛しているの。きっと振られても諦めきれなくて王都に戻ってきてしまう。でもね、ロザリーが彼の隣で笑っていたら、敵わないなって思う。だから、お願い。ロザリーでないときっと戻って来ちゃう」
「なら、戻ってくれば――」
ロザリーは言い掛けて途中で口を閉ざす。戻って来てはいけない理由があの子だと分かったから。
彼女は泣きじゃくりながら私から離れていく。
「めちゃくちゃ傷つけると……っ、約束する」
「ありがとう、ロザリー。さようなら」
「……ばいばい、アリスミ」
別れを告げたロザリーは扉の前まで行くと、くるりと振り返る。
彼女はもう泣いてはいなかった。涙の跡をしっかりと残したまま、自信に満ちた極上の笑みを私に向ける。私を安心させるために、完璧な演技を見せてくれた――私の自慢の親友。
そのまま彼女は部屋から出ていき、私とザインだけになる。まだ少しだけ時間があった。
私達はなにも話さずに、お互いの鼓動を感じただ寄り添う。
これからアティカがどう過ごすのかは、ザインがもう説明してくれていた。
あの子の存在は公にされる。そうすることで上位の魔術師達が堂々と守れるようにするのだ。そして、ザインがこれからもずっとあの子のそばにいてくれる。
これは今の状況で、あの子にとって考え得る最善だった。
でも、それが分かっていても考えてしまう。
あの子はこの状況を受け入れられるだろうか。魔力暴走で不安定になったあの子は大丈夫だろうか。私がいなくても泣かずに頑張ってくれるだろうかと。
謝ることも出来ずに私はあの子の母親でなくなる。
ティカ、本当に……ごめん……ね。
ザインが手を強く握ってくれているから、心の中であの子の名を紡げてほっとする。でも声に出そうとしたら、想刻に邪魔されるだろう。
だから、私達は最期の時間をこうして過ごしている。彼と出逢ってから、こんなにも心地よく愛しい沈黙があることを知った。
それもあと少しで終わってしまう。
「愛してるって言ってあげてね」
「……はい」
きっと彼は毎日言ってくれる。それは手紙かもしれないし、もしかしたら紙魔鳥かもしれない。でも、方法はなんでもいい。だって、あの子はちゃんと分かっているから、どんなに父親から深く愛されているかを。
ザインがあの子の父親で本当に良かった。アティカは彼に似て強い子だから、きっと乗り越えてくれる。
「何十年後かに魔力が制御できるようになっていたら、大人になった姿を遠目でいいから私に見せてくれる? 出来ればだけど……」
「はい」
我儘だと分かっているけれど、言わずにはいられなかった。 何も覚えていなくとも、この瞳に大人になったアティカの姿を一度でいいから映したい。
……この願いが叶ったかどうか、私が知る日は永遠に来ない。
時計の針が処置の時間を指し示すと、ザインは寄り添っている私を強く抱きしめて耳元で囁く。
「幸せになってください」
その言葉が耳に入ると同時に意識が虚ろになっていく。
抉られるように、私から大切なものがひとつまたひとつと消えていった。想刻が身を削られ悲鳴を上げている。忌々しい想刻を道連れにして、母親としての私は完全に消えてしまった。
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