永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

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35.記憶を辿る〜長老視点〜

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「うわぁーん……おかぁ、さん……」
「ティカ、少し時間をください。いいですか?」
「お父さん……ひっく、お母さん、どうしたの?」
「分かりません。ですが、必ず彼女の笑顔を取り戻します」
「お父さんっ、……やくそくしてくれますか?」
「はい、約束します。ティカ」

アリスミを片腕に抱いたザインは息子に固く誓う。淡々とした口調だったが、こんなに話す彼を見るのは本当に久しぶり……いや、たぶん初めてだ。
ザインは冷たい男ではないが、人に関心が持てない。そんな彼が心を許すのは、アリスミアティカ息子だけ。

――この二人のためなら非情な決断だって厭わない。どんな代償を払おうとも……。

儂――長老はザインの動かない右手を見ながら、診療所にいる者にアティカの世話を頼む。彼が看護人に連れられ部屋から出ていくと、意識が失っているアリスミをザインが抱きかかえ、儂達も空いている病室に移った。




ザインはアリスミをそっとベッドに寝かせ、その額に口づけを落とした。すると、すぐに立ち去ろうとする。

――ロザリーの命を奪いに行くつもりなのだ。

二年前、彼女によってアリスミの記憶は改竄された。そして、何故か今になって綻びが生じてしまった。

記憶改竄の術式は掛けることは出来ても解くことは出来ない――一方通行な特異な術式。

意図せずに綻びが生じるのは、術式に不備があった時のみ。今回のように術者によって解くことなどあり得ないはずだった。

 まさか違ったとは……。

きっと、ロザリーも己がなにをやっているか意識していない。アリスミとの会話になにかきっかけがあったはずだ。
それを知るのが先決だが、ザインは我を忘れていた。

「やめるんじゃ。術者を殺っても解決せんかもしれん。最悪、カロックの精神が崩壊するぞ」

ザインは拳で壁を殴りつけ、この場に踏みとどまる。儂が言ったことなど百も承知なのだ。

師匠として、感情をあらわにする弟子を見たいと願ってきた。今、まさに目の前にいる彼がそうだが、望んだのはこんな姿ではない。

「カロックを目覚めさせ、二等級との間に何があったか確認する。良いな?」

ザインは儂の言葉に頷いたが、その目に迷いはなかった。きっと、ロザリーがアリスミに害する存在だと判断したら殺る。……そうなったら儂にも止められない。


横たわるアリスミに儂は精神緩和の術式を施す。気休めにすぎないが、掛けないよりはましだろう。
ザインの片腕に抱かれた彼女がゆっくりと目を開ける。その表情には不安と混乱が見て取れるが、前よりは落ち着いていた。

きっとザインが不安を拭おうと、彼女に口づけを落とし続けているからだろう――額に、右頬に、目尻に、左頬に、そして唇に。

儂が見たかった姿がそこにあった。こんな場面でなかったら愛を惜しみなく伝える愛弟子の姿に、儂は頬を緩ませていたはず。

しかし、今は二人の姿を見るのが辛い。


「カロック、混乱しておるだろうが、儂の質問に答えてくれ。シルエットとの間に何があった? 約束とは、最後の答えとはどういう意味じゃ?」
「あ、ああ……私、変なん……です」
「そなたのせいではない。辛いだろうが答えてくれ、カロック」

不安な顔をしたアリスミは、答えて大丈夫かとザインに問う。混乱していても己の愛する者が誰か、心が教えてくれているのだろう。
ザインは答える代わりにそっと額に口づけた。

「ロザリーは三つの質問に答えると。でも、酔っ払って三つ目は後でと約束をしました。たぶん、指を一本だけ立てていたから、そのことだと思います」
「無意識に解除を発動したのじゃな……」

ロザリーにとって、アリスミとの約束は何よりも優先すべきことだったのだろう。そこにあるのは友情。……いや、もはや瀕死の術者の執念。

「ザイン、断ち切るのはあまりに危険じゃ。シルエットに引きづられて、命を落としかねん。そして、この解術をとめるすべはない。本人に状況を説明する」
「ですが――」
「分かっておる。どちらを取ろうが危険はさほど変わらん。だから、本人に選ばせる」

無駄に長生きしてきた儂の勘が告げている――賭けてみろと。

「カロック、そなたの混乱は二年前、記憶の改竄が行われたからじゃ。術者はシルエット。選択肢は二つだ。術者の命を終わらせるか、解術を受け入れるかだ。すまん、どちらを選んでも結果は同じかもしれん」

記憶の改竄という言葉にアリスミは目を見開き震える。この術式は魔術師長の了解がなければ行えない禁忌ともいえる術だからだ。
しかし、自分の混乱の答えを求める気持ちが勝ったのだろう、パニックにはならなかった。

「………受け入れるとはどういうことですか? 長老様」
「記憶を取り戻す。たぶん、もう一度記憶を辿ることになる。儂に出来ることは深い眠りに誘導することだけじゃ。途中で心が壊れる可能性もある。最悪死に至るやもしれん」

アリスミは視線を儂からザインへと移した。混乱した記憶の中から、彼女の心は求め続けている。

「ザイン、そばにいてくれる?」
「……はい、どこまでも」
「違うわ、眠っている間だけ。私が死んでも追いかけて来ないでね」

彼女はザインのことを誰よりも理解していた。弱々しい笑みを浮かべ、彼の言葉を待つ。

「お願い、約束して」
「……」

不肖の弟子は返事を拒むように、己の唇を口づけという形で塞いだ。そして、儂の術によって彼女は眠りについた。その顔はまだ苦しげではないが、すぐに変わるだろう。

――彼女の傍らでザインは、涙も声も出さずに泣いていた。
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