永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

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34.三つ目の答え

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ロラックの診療所に到着した私達を出迎えたのは、沈痛な面持ちの長老だった。こちらが尋ねる前にまずは朗報が告げられる。

「トルタヤは神経の損傷はなかったから完治する。出血が多かったから顔色は悪いが、手当を受ける時には『遅えんだよ、爺様!』と文句を言えるくらいじゃったから、心配はいらん」

通された病室では、トルタヤがベッドで眠っていた。長老の言う通り青ざめていたが、呼吸は落ち着いている。肩に巻かれた包帯が痛々しいが、それでも私は安堵の息を漏らす。

――彼の命はロザリーによって守られた。


続いて長老は黙ったまま、私達を隣の病室に案内する。そこには変わり果てた姿のロザリーがいた。
美しい金髪は焼け焦げ、手入れの行き届いた爪は無惨にも剥がれ、体の至る所に火傷を負っている。

 ロザリー、痛かったよね……。

彼女の顔に貼り付いている髪だったものをそっと取りながら、ずっと昔に交わした彼女との会話を思い出す。

『自慢の髪が傷むような任務はお断りだわ』
『ロザリーは鉄の帽子を被らないとね』
美容を気にする親友に、私は冗談を言った。
『お揃いで被りましょう、アリスミ』
『……遠慮するわ』
『乙女は髪が命でしょ!』

この後、彼女は本当に鉄製の帽子を二つ買ってきて、絶対に被ってねと笑いながら渡してきた。
私は王都を去る時にその帽子を捨ててしまった。思い出が詰まっていて辛すぎたから。

「ねえ、鉄の帽子は? なんで被らなかったの? 買っただけじゃ意味ないじゃない……」

死人のように動かないロザリーに話し掛ける。私の頬を流れる涙が白いシーツに染みを作っていく。

「長老様、ロザリーは助かりますよね?」
「魔力の攻撃を全身に浴びていて、どれほど身の内が損傷しているか分からんそうじゃ。医者は保って三日くらいだろうと言っておった」
「その薮医者はどこですかっ! 診立てが間違ってます。ロザリーは簡単に死んだりしません。だって、私から恋人を奪って平気な顔しているんですよ。二年振りに再会しても、驚くくらいに普通に接してきて。そんな人が死んで堪りますか……っ……、死にませんよ、絶対に」

長老の胸を叩きながら、私は支離滅裂なことを訴える。何か言わずにはいられなかったのだ。事実を受け止めたら、すぐにそれが現実になってしまいそうで……。

――ロザリーの命は今にも燃え尽きそうだった。 


私はベッドの横に膝をついて、彼女の耳元で声を掛け続ける。

「ねえ、ロザリー。聞きたいことがたくさんあるの。どうして裏切ったの? いいえ、あれは本心だったの? あの時は本心だと思ったけれど、今はどうしても分からないの。あなたの気持ちが……。どうして私を助けたの? 大好きって言ったのは本心だったよね。……私もだよ。一度は大嫌いになったけど、あなたのこと大好きよ」
「…………アリ………ィ」
「ロザリー?」

彼女の口は微かに音を発したが、その目は固く閉じたままだった。
耳から入った音に対して混濁した意識が反応しているようだった。夢の中で答えているようなものだろうか。
うわ言のように何かを呟き続けている。だから、私は必死に声を掛け続ける。こっちに戻って来てと願いながら。

「起きたら、ちゃんと教えて。あなたの気持ちを、すべてを。このまま勝手に消えたら許さないからね、ロザリー」
「……ききたい……の……」
「ええ、教えて。ロザリー」
「……やくそくは守ります、です。さいごのこた……え」

ロザリーの人差し指がゆっくりと立てられると、それはまたゆっくりと元に戻った。

その仕草がなんのことか分からなかった。けれど、すぐに一緒にお酒を飲んだ時のことを思い出した。
彼女が酔っ払ったため、質問は二つ目で中断された。その時彼女は私に約束したのだ、必ず三つ目の質問に答えると。

最後まで立てられていた指が今なくなった。


――ドクンッ!


体験したことがない不快感に襲われる。頭の中になにかが勝手に入ってくる。いいえ、違う。勝手に入ったものが先にあって、それがガタガタと暴れているのだ。

なにを言っているの、私は? そんなことあるわけないのに。

息が上手く吸えない。どうやって今まで呼吸していたのか分からなくなる。私は床に手をついてガタガタと震える。

「アリスミ!」
「カロック、どうしたんじゃっ!」
「ザイン、ザイン。助けて、お願い。何かおかしいの……」

私は迷うことなく愛しい人に向かって手を伸ばし、ザインの片腕の中で泣きじゃくった。なんで泣いているのか分からないけど、ここは私の居場所で、彼に縋るのは当たり前のことだった――恋人だから。

「……お母さん!」

アティカは泣きながらそう呼んでいた。

 ……違う、アティカ。私はお師匠さまだよ。

そう言おうとして矛盾に気づく。

アティカはザインの息子。そして、私はザインの恋人。そっか、別れたんだ。いいえ、違うわ。別れてなんてない。彼と婚姻を結んで……。違う、結婚してない。だって、私は愛されていなかった。いいえ、愛されていた……。

相反する事実はどれも真実で、私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。ザインと距離を取らなければと思うのに、私の手は彼の服を掴んで離さない。

 いったい私はどうしたの……。

「ハァッ、ハァッ……。だれ…、か教えてっ……」
「アリスミ、息をしてください」
「カロック、しっかりするんじゃ!」

長老の叫び声とザインのいつもの声が聞こえる。でも、私が答えたのは可愛い弟子に対してだった。

「ちがっう。お母さん、な……い」

――それだけが揺らぐことのない真実だった。

アティカのすすり泣く声を聞きながら、私の意識は暗闇の中に堕ちていった。

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