永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

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33.最上位魔術師の特別②

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敵の中には魔術師もいたが、そうでない者もいた。前者は持てる限りの力を使って紡いだ魔力を放ち、後者は剣を抜いて斬り掛かってきた。しかし、どれも私達に届くことはなかった。

「お父さん、がんばってください! 悪い人たちをボコボコにしてください。手加減しちゃだめです」

アティカの応援のもと次々と男達が倒されていく。辛うじて意識はあるようだが、化け物級の魔術師を前にして完全に戦意喪失していた。

「た、助けてくれっ! 何でも、何でも喋るから」
「……」

無抵抗な男に対してザインが術式を展開している。男の顔が苦痛で歪んでいるから、自白などを引き出す時に使う拷問の類だろう。しかし、それは今すべきことではなかった。

――魔術師は如何なる時でも私情で裁いてはならない。

捕縛までが私達魔術師に許されていることだった。

「ぐうっ……、俺はゴウタールの……っ! やめろ、これじゃ話せな……い」
「……必要ありません」

ザインは執拗に甚振ることはしない人だ。それに決まりに反する行為をしたこともない。なのに、彼はたった今、一人の男をその手に掛けようとしていた。

私はアティカに術式を展開しようとしたが、体力の限界と魔力の消耗で無理だった。

「アティカ、耳を塞いでいてね」
「……はい? 分かりました」

素直な彼が手で耳を塞ぐと、私はその体を抱きしめることで彼の視界を塞いだ。
ザインはのたうち回っている男を見下ろしていた。他の者達は次は自分の番かと、カチカチと歯を鳴らして震え上がっている。それほど残酷な術式を、彼は無表情のまま紡いでいた。

「やめて、ザイン。あなたが罪に問われることになるわ」
「っ……た、だすげてぇ……」

男は私の言葉に縋ってくる。でも、ザインは構わず続けていた。

「ザイン・リシーヴァ、やめなさい。アティカの前よ」
「……この男で終わりにします」
「どうしてその男に拘るの? この中には他にも魔術師はいるのに」

ザインは術式を固定したまま、振り返ってこちらに歩いてくる。そして、私の頬を見ながら、あの男の魔力が視えると告げた。
最上位だと魔力を持った者が触れた痕跡まで分かるらしい。そんなこと、今初めて知った。

腫れ上がった私の頬を見て、あの男が殴ったのだと分かったのだろう。
それでこんな真似を? 命に関わる怪我ではないのに……。
彼は冷酷ではないけれど、仲間に対してそんなに熱い人ではなかったはずだ。


「仲間の魔術師を思っての行動だとしても、こういう事がある度に殺っていたらきりがないわ」
「……特別です」
「今回だけだから見逃してということ? ザイン」

彼が言い訳をするのは珍しいと思った。でも、それは言い訳ではなかった……。

「あなたは特別です」

淡々と紡がれた短い言葉が、ずっと昔の記憶と重なって胸の奥に痛みを感じる。

――『あなたは他の人とは違って特別です』

彼は付き合っていた頃にそう言った。言葉遣いについて話した時だったけど、彼なりに愛を伝えた言葉でもあった。


どう反応すればいいのか分からない。
裏切られたのだから絆されたりしない。彼が愛しているのは今も昔もたった一人――アティカの母親だけ。

でも、この場面で嘘をつく利点が彼にはない。

 あっ、そうか……。

記憶に刻まれた前提が間違っているのだと気づく。彼は裏切っていたのだから、愛されていると私が思い込んでいただけなのだ。愛の言葉と思ったのは私だけ……。

そして、この場合の『特別』の意味に辿り着く。大切な息子の心を傷つけた男を父として許せないのだと。

「アティカの師匠として私を認めてくれているのは嬉しいわ。でも駄目よ」
「……」
「今すぐに解いて、アティカのために。父親が捕まったら悲しむでしょ?」
「……」
「ザイン・リシーヴァ、お・ね・が・い!」

彼が頷くと同時に男の呻き声がやんだ。
念のために男のほうを見ると、胸が上下していたので生きていた。

アティカの耳を塞いだまま、手短に今の状況を伝える。早く行かなくては助かる命も助からないと思いながら、頭に浮かんだのはたった一人だけ。

 きっとロザリーはもう……。

侵入者はロラックの魔術師達の命を容赦なく奪っている。彼女だけ見逃すはずはない。唇を噛み締めて溢れそうになる涙を押し戻した。

ザインの目はどこか遠くを見ているようになる。紙魔鳥の視界を共有しているのだとすぐに気づく。

「……トルタヤ・ルガン並びにロザリー・シルエットの救出が完了しました」
「二人とも生きているのね!」

長老はこの場にはいないから、彼が二人を助けてくれたのだろう。
 
 神様、二人を守ってくれて感謝いたします!

認識阻害の術式で守られていたトルタヤは兎も角として、ロザリーの生存はまさに奇跡だった。

「ロラックにいるのよね? 早く行きましょう。怪我の具合はどうなの、話せる状態なの? 本当に良かったわ。さすがは二等級ね」

嬉しくてつい早口で尋ねてしまう。答えが返って来ないと分かっているのに、気が急いてしまったのだ。だが、意外にも答えはすぐに返ってきた。

「……まだ生きてます」

この意味が分からないほど、私は鈍くなかった。


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