永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

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30.親友の声

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大切な仲間が、弟のような存在が、目の前で呆気なく消された。私はロザリーの胸ぐらを掴んだ。

「なんてことをっ……。二等級でもこんなことは許されないわ!」
「勘違いしないで。ほら、ちゃんと生きているから」

彼女は私の手をさっきまでトルタヤがいた場所へと導く。すると、温かいものに触れた。その手を移動させると、ドクンドクンと鼓動が伝わってきた。

 ……ここにいる? 生きているの……。

「周囲から見えなくしただけよ。彼、正義感が強いでしょ? こんなこと望みませんとか言い出しそうだから眠らせたけどね。この状態でここに置いていくわ」
「ありがとう、ロザリー」
「だから、勘違いしないで。これは保身よ。最上位魔術師のひ孫を切り捨てたら面倒だから。ただ、初めて試みた術式だから長くは保たない、たぶん二時間程度ね」

ロザリーは少しだけぶっきらぼうに話す。保身のためと言っていたけどきっと違う。

動けないトルタヤにとってこの選択は救いだ。ほぼゼロだった生き残れる可能性が、少しだけゼロから遠ざかったのだから。
元親友の優しさに感謝しながら、トルタヤがいる場所に向かって、助けが来るまで頑張ってと声を掛ける。


「今の状況で考え得る最善の選択を答えて、七等級」

ロザリーの声音が変わった。元親友ではなく二等級に、私も七等級の顔になる。

「二手に分かれて、片方七等級が敵を引き寄せ、もう片方アティカと二等級が逃げ切れる可能性を高めます」
「完璧ね、覚悟はいい?」
「はい、出来てます」

ロザリーと私は見つめ合って頷く。

これは魔術師として正しい選択。
アティカの命が守れる可能性が一番高いのは、ロザリーがあの子のそばにいること。彼女よりもあの子を想っている自信はある――だけど、想いだけでは守れない。

彼女はアティカの術を解くと、トルタヤのことや今後のことを簡単な言葉で伝えていく。
アティカは唇をぎゅっと噛みしめながら聞いている。置いていくのが辛いのだ。でも賢い子だから、今の状況では連れていけないと分かって耐えている。

ロザリーは二手に別れることはあえて告げなかった。……それでいい。今知ったら泣いてしまうかもしれないから。

「絶対にそばにいる大人の言うことを聞きなさい。振り返っても駄目、質問もなし。約束できる? 七等級の弟子」
「はい、約束します」

ロザリーは上手く約束させた。これならすぐには気づかないだろう――私がいないことに。

 ……さようなら、私の可愛いお弟子さん。

小さな背に向かって、私は先に別れの挨拶を済ませておく。たぶん、もう生きて会うことはないから。


私達は廃屋の中にトルタヤを残して外へと出る。

「お師匠さま、トルタヤさん、大丈夫ですよね?」
「もちろんよ。でも一人だと寂しいだろうから、早くここに戻って来ましょう。アティカのお父さんを連れて」
「はい!」

まだ日は昇っていないけど、もう空は明るくなっている。敵は西から近づいて来ていた。森の木々で姿は見えていないけど、声は微かに聞こえている。
一刻も早く二手に分かれる必要があった。私は繋いでいたアティカの手をそっと離す。

「お師匠さま?」
「……離そうね。そのほうが速く走れるから。あとね、私は走るのが苦手だから、先に走ってくれる?」

不安そうなアティカの背を軽く押して、ロザリーに託した。

「お願いね、ロザリー」

彼女はアティカを私のほうに突き飛ばし、たった一人で走り出す。止める間などなかった。

「気が変わったわ。だからよろしくね、七等級」

ロザリーは西走りながら、両手に魔力を踊らせていく。その後ろ姿は小さくなっていくのに、魔力の塊はどんどん大きくなっていく。
揺れる炎のように空へと昇っていく魔力は、敵にとって最高の目印となった。

「こっちにいるぞ!」
「気をつけろ、高位の魔術師だ、うぁっ……」
「囲むんだっ、油断するな!」

魔力と魔力がぶつかって弾ける音が森の木々を揺らす。絶え間なく続く閃光が空を真昼のように照らす。

「わざわざこの国まで来たのだから遊んであげるわ。二等級のやり方でね、あーはっはは……」

敵の怒声とロザリーの笑い声が聞こえてきた。見えなくても、激しい戦いが繰り広げられていることは分かった。……多勢に無勢で。


ロザリーは二等級として間違った選択をした。七等級を助けるべきではないのだ。彼女が分からない、二年前からずっと。そして、今も。

でも、……でもっ、自分のことよりも親友を優先する彼女は、私が知っているロザリー・シルエットだった――大好きな私の親友。



「……だーいすきだよ、わた……しの親友アリスミ

この声を最後に、ロザリーが紡いでいた魔力の色も完全に空から消え失せた。

 ……っ……、ロザリー……。

私が叫び出さなかったのは、震える私の手を小さな手が握りしめていたからだ。


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