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29.ロラックの悲劇
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ロラック支部には魔術師が三人いた。三等級の支部長と四等級二人で、手薄とはいえ人材に恵まれているほうだった。
それなのに、私達が着いた時には誰一人生きていなかった。
『全員、息絶えていたわ』
『もしかしたら、ロザリーさんの見間違いかも。俺、確かめて――』
『やめなさい、見ないほうがいいわ』
遺体は無惨な状態だったらしい。侵入者らしき姿があったので、ロザリーだけで建物に近づいたのだが、遠目にも分かるほどだったという。
等級の低い魔術師の殆どは攻撃のために魔力を紡ぐことが難しく、五等級で紡げるトルタヤは珍しいほうだった。しかし、ロラックの魔術師達は全員出来たはず……。
――侵入者のなかに魔術師が複数、それも上位の者が確実にいる。
住人達には危害が加えられていなかった。目的は殺戮ではなく、王都へ密かに侵入することなのだろう。だから、人数も十人ほどしかいないのだ。
民の命が脅かされていないのならば、無駄に刺激しないほうがいい。
そう判断したロザリーは速やかにここから離れることを決めた。いかに二等級がいようとも、こちらには七等級と子供がいる。上位の魔術師相手では分が悪い。
闇に紛れて去ろうとしたけれど、途中で見つかってしまいトルタヤが負傷してしまった。肩に矢を受けた彼を連れて遠くまで逃げることは出来ず、私達は廃屋に身を隠すしかなかった。
「うっ、うぅ……」
トルタヤが声を押し殺して痛みに耐えている。深く抉られた傷からは出血が続いており、布での止血は効果がなかった。早く医者に見せなければいけないと分かっているけれど、まだ応援は到着していない。
それまで保つだろうか……。
侵入者に見つかるのは時間の問題だった。ここに逃げ込んだ時は真っ暗だったけれど、もう東の空が薄っすらと明るくなり始めている。
逃げるためにロザリーが攻撃を仕掛けたから、こちらが魔術師なのはバレている。
――侵入者が魔術師を見逃すはずがない。
ザイン達に異変を知らせてからまだ一日しか経っていないから、応援が来るまであと一日は掛かる。
ロラックが飛ばした紙魔鳥を受けたところが他にもあるかもしれない。
しかし、今の私達と同じ状況に陥っている可能性もある。この地方には小さな支部しかないからだ。
最悪、ロラックの魔術師達のように殺られてしまっているかも……。
「お師匠さま。トルタヤさん、大丈夫ですよね?」
「……アティカ、心配するな。こんな傷、どうってことない」
「でも、すごく辛そうです」
「そんなことはっ……ないさ。はっは……は…」
返事をしたのはトルタヤだった。アティカを安心させようと、無理矢理笑顔を作っていた。
顔色がどんどん悪くなっている、大丈夫なはずがない。私が彼の額に浮かぶ汗を拭うと、力がこもらない声で彼は礼を告げてくる。こんなに弱々しい彼は初めてだった。
「僕もいいですか? お師匠さま」
「ええ、そっと拭いてあげてね」
私の真似をしてアティカがトルタヤの汗を拭いていると、外の様子を窺っていたロザリーが戻って来る。
「紙魔鳥は飛ばせないわ。なんらかの術式で阻まれているみたい。だから、覗きも見当たらない」
この場所に応援が来るよりも先に敵に見つかる可能性がより高くなった。
「これから魔術師同士で内緒の話をするわ。でも、アティカはまだ弟子だから加われないの。だから、ちょっと掛けるわね」
アティカは素直に頷く。
ロザリーは術式を紡いで声が聞こえないようにすると、アティカがこちらを見ないように小さな体を反転させた。
「このままじっとしていたら確実に殺られる。だから動く、最善を選択するわ」
ロザリーは淡々と告げる。動揺しているようには見えないけど、辛くないはずはない。
――最善を選択とは、切り捨てる者を決めるということ。
この状況で奇跡を信じて無謀な賭けに出れば、最悪の結果をもたらすだけだから。
トルタヤが顔を歪めながら上半身を起こす。
「敵の真似をして陽動作戦といきましょう。こんなざまだけど、叫ぶことは出来ます。俺が敵を引きつけている間に逃げてください」
彼の言葉を遮ってしまいそうになるのを、歯を食いしばって耐える。
……アティカがいる。
トルタヤはどう考えても動くのは無理だった。私達が出来ることは、ここから逃げて彼のもとに一刻も早く医者を連れてくることだけ。
彼は冷静に現実を受け止め、重責を担うロザリーの気持ちを考えて先回りしたのだ。
「ありがとう、あなたの犠牲を無駄にはしないわ。なんて、殊勝なことを私が言うと思った? ふふ、覗きに気づいたから鋭いところがあると思ったけど、まだまだね」
「ロザリーさん、それはどういう意味で……っ」
トルタヤは最後まで言葉を紡ぐことは叶わなかった。なぜなら、ロザリーによって消されたからだ。
それなのに、私達が着いた時には誰一人生きていなかった。
『全員、息絶えていたわ』
『もしかしたら、ロザリーさんの見間違いかも。俺、確かめて――』
『やめなさい、見ないほうがいいわ』
遺体は無惨な状態だったらしい。侵入者らしき姿があったので、ロザリーだけで建物に近づいたのだが、遠目にも分かるほどだったという。
等級の低い魔術師の殆どは攻撃のために魔力を紡ぐことが難しく、五等級で紡げるトルタヤは珍しいほうだった。しかし、ロラックの魔術師達は全員出来たはず……。
――侵入者のなかに魔術師が複数、それも上位の者が確実にいる。
住人達には危害が加えられていなかった。目的は殺戮ではなく、王都へ密かに侵入することなのだろう。だから、人数も十人ほどしかいないのだ。
民の命が脅かされていないのならば、無駄に刺激しないほうがいい。
そう判断したロザリーは速やかにここから離れることを決めた。いかに二等級がいようとも、こちらには七等級と子供がいる。上位の魔術師相手では分が悪い。
闇に紛れて去ろうとしたけれど、途中で見つかってしまいトルタヤが負傷してしまった。肩に矢を受けた彼を連れて遠くまで逃げることは出来ず、私達は廃屋に身を隠すしかなかった。
「うっ、うぅ……」
トルタヤが声を押し殺して痛みに耐えている。深く抉られた傷からは出血が続いており、布での止血は効果がなかった。早く医者に見せなければいけないと分かっているけれど、まだ応援は到着していない。
それまで保つだろうか……。
侵入者に見つかるのは時間の問題だった。ここに逃げ込んだ時は真っ暗だったけれど、もう東の空が薄っすらと明るくなり始めている。
逃げるためにロザリーが攻撃を仕掛けたから、こちらが魔術師なのはバレている。
――侵入者が魔術師を見逃すはずがない。
ザイン達に異変を知らせてからまだ一日しか経っていないから、応援が来るまであと一日は掛かる。
ロラックが飛ばした紙魔鳥を受けたところが他にもあるかもしれない。
しかし、今の私達と同じ状況に陥っている可能性もある。この地方には小さな支部しかないからだ。
最悪、ロラックの魔術師達のように殺られてしまっているかも……。
「お師匠さま。トルタヤさん、大丈夫ですよね?」
「……アティカ、心配するな。こんな傷、どうってことない」
「でも、すごく辛そうです」
「そんなことはっ……ないさ。はっは……は…」
返事をしたのはトルタヤだった。アティカを安心させようと、無理矢理笑顔を作っていた。
顔色がどんどん悪くなっている、大丈夫なはずがない。私が彼の額に浮かぶ汗を拭うと、力がこもらない声で彼は礼を告げてくる。こんなに弱々しい彼は初めてだった。
「僕もいいですか? お師匠さま」
「ええ、そっと拭いてあげてね」
私の真似をしてアティカがトルタヤの汗を拭いていると、外の様子を窺っていたロザリーが戻って来る。
「紙魔鳥は飛ばせないわ。なんらかの術式で阻まれているみたい。だから、覗きも見当たらない」
この場所に応援が来るよりも先に敵に見つかる可能性がより高くなった。
「これから魔術師同士で内緒の話をするわ。でも、アティカはまだ弟子だから加われないの。だから、ちょっと掛けるわね」
アティカは素直に頷く。
ロザリーは術式を紡いで声が聞こえないようにすると、アティカがこちらを見ないように小さな体を反転させた。
「このままじっとしていたら確実に殺られる。だから動く、最善を選択するわ」
ロザリーは淡々と告げる。動揺しているようには見えないけど、辛くないはずはない。
――最善を選択とは、切り捨てる者を決めるということ。
この状況で奇跡を信じて無謀な賭けに出れば、最悪の結果をもたらすだけだから。
トルタヤが顔を歪めながら上半身を起こす。
「敵の真似をして陽動作戦といきましょう。こんなざまだけど、叫ぶことは出来ます。俺が敵を引きつけている間に逃げてください」
彼の言葉を遮ってしまいそうになるのを、歯を食いしばって耐える。
……アティカがいる。
トルタヤはどう考えても動くのは無理だった。私達が出来ることは、ここから逃げて彼のもとに一刻も早く医者を連れてくることだけ。
彼は冷静に現実を受け止め、重責を担うロザリーの気持ちを考えて先回りしたのだ。
「ありがとう、あなたの犠牲を無駄にはしないわ。なんて、殊勝なことを私が言うと思った? ふふ、覗きに気づいたから鋭いところがあると思ったけど、まだまだね」
「ロザリーさん、それはどういう意味で……っ」
トルタヤは最後まで言葉を紡ぐことは叶わなかった。なぜなら、ロザリーによって消されたからだ。
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