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28.疑惑を打ち消す疑惑……
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ロラック支部はロザリーが立ち寄った場所だった。
偶然居合わせた他国帰りの二等級、紙魔鳥の残骸とその隠蔽、さらに隣町での防御術式の破壊――すべてが重なれば、導き出される答えは自ずと決まる。
私とトルタヤの視線がぶつかる。二年間も同僚なのだ、お互いにどう動くか予想はついた。
私はアティカの周囲に防御式を紡ぐ。守るためとこれから起こることを見聞きさせないために。
時を同じくして、トルタヤは紡いだ魔力の塊をロザリーに放つ。敵う相手ではないから、不意打という勝機に賭けたのだ。
「何の真似かしら? 五等級」
放った魔力が呆気なく散らされると、トルタヤは盾となるように私とアティカの前に出た。
「ロザリー・シルエット。謀反の疑いで捕縛する、抵抗するな」
「何を根拠に?」
ロザリーはせせら笑う。五等級と七等級では、自分を抑えることが出来ないと知っているからだ。私達だって分かっている。それでも逃げださないのは、これでも魔術師の端くれだからだ。
ニーダル支部を舐めないでよ。
ただ、アティカだけはどうにか逃がしたい。
攻撃のために魔力を紡げない私に出来ることは限られている。私は彼女の意識を自分に向けさせることにした。……きっとトルタヤが隙を見つけて動くはず。
「紙魔鳥を阻害したら謀反の疑いが掛けられる。今日、堕としたでしょ? ロザリー」
「正しくは、通達を運ぶ紙魔鳥を阻害した場合よ。私が堕としたのは、覗き専門のやつ」
「……覗き?」
「ああ……」
私とトルタヤの声が重なるが、その反応は真逆だった。私は首を傾げているのに、彼は妙に納得している。
「もしかして、あれはザインさんのでしたか?」
「正解、あなたは知っていたのね。気づくなんて、なかなか見どころがあるわ」
「ええ、……最近ですけど。でも、なんで堕としたんですか?」
「目障りだったからよ」
二人は意味不明な会話をしたあと、肩を寄せ合ってヒソヒソとなにやら話し始める。
私は完全に置いてけぼりだった。
通達を運ばせずにザインが紙魔鳥を飛ばした? 覗きってどういう意味?
二人の会話が終わると、トルタヤから緊張感が消えていた。
「すまない、俺の勘違いだった。あれはザインさんが見るために飛ばしたものだったんだ」
「ふふ、私が間諜だったら、もうあなた達を消しているわよ。覗き目的の紙魔鳥利用なんて認められていないから、堕としても罪にならないわ。それより、あの男を捕まえるべきね」
やっと私の理解が追いついた。
魔術師は貴重とはいえ、七等級と五等級では人質にするほどの価値はない。確かにさっさと始末するのが一番である。
そしてザインの紙魔鳥だが、あれは息子を見守るためだったのだろう。それをロザリーは私怨で堕とした――大変に大人げない行為である。
しかし、彼女の言う通り罪にはならない。見守りの紙魔鳥への阻害行為を罰する法はない。
そもそも視界を持つ紙魔鳥を作れるのは彼だけ。たった一人の規格外に合わせていたら、条文の山になってしまう。
危険はないと判断した私は、アティカを覆っていた防御術式を解く。彼は不安気な顔をして、私の手を握る。
「お師匠さま?」
「大丈夫よ。ただね、困っている人がいるから、私達は助けに行かなくてはいけないの」
状況がはっきりしないなか、連れて行くのは危険だ。
しかし、破られた術式が隣町の管轄ということは、侵入者がニーダルに紛れ込んでいる可能性もある。置いていくのも安全ではない。
誰か一人が残れればいいのだけど、魔術師はたった三人しかいない状況では無理である。
「アティカも連れて、ロラックへ行きましょう。こちらは人数が少ないから偵察に徹する。たぶん、すぐに応援がやって来るわ。また覗きをするだろうから、……って、もう!」
「うわぁっ、早っ! いや、嬉しいけどさ……」
ロザリーは顔をしかめて、トルタヤは微妙な顔をして、空を見上げている。つられて私も上を見ると、精巧な紙魔鳥が旋回しながら、私達をその目に映していた。
ロザリーはすかさず、合図を送って緊急事態を伝える。
「ほら見て、アティカ。お父さんがあなたを心配して飛ばしている。こちらの異変はもう伝わっているから、すぐに戻ってくるわ。それまで一緒に頑張ろうね」
「はい、お師匠さま。お父さーん、僕は大丈夫です」
アティカは大きく手を振る。父を信頼しているから、その顔に不安はなかった。
ザイン達が出発したのは二日前。すぐに引き返したとしても、到着は早くて二日後になる。
――最上位魔術師達が戻って来るまで、私達は保つだろうか……。
ロザリーとトルタヤもそう思っているのだろう、二人の表情は険しい。
王都での異変はこのためだったのではないかと考えているのだ――手薄なロラックから侵入するための陽動作戦。
パンパンと手を叩く音で、ロザリーへと視線が集まる。
「さあ、張り切って行くわよ。五等級、七等級、そして七等級の可愛いお弟子さん」
「了解です!」
「承知しました!」
「はい、一生懸命にがんばります!」
私達はいつもよりも弾んだ声と笑顔で、アティカを包んだ。任務は放棄しないけれども、絶対にこの子を守ると、三人の思いは一致していた。
ロザリーへのわだかまりも、私は一旦胸の奥に封印した。
――それから二日経たずして、嫌な予感は最悪な形で現実となる。
偶然居合わせた他国帰りの二等級、紙魔鳥の残骸とその隠蔽、さらに隣町での防御術式の破壊――すべてが重なれば、導き出される答えは自ずと決まる。
私とトルタヤの視線がぶつかる。二年間も同僚なのだ、お互いにどう動くか予想はついた。
私はアティカの周囲に防御式を紡ぐ。守るためとこれから起こることを見聞きさせないために。
時を同じくして、トルタヤは紡いだ魔力の塊をロザリーに放つ。敵う相手ではないから、不意打という勝機に賭けたのだ。
「何の真似かしら? 五等級」
放った魔力が呆気なく散らされると、トルタヤは盾となるように私とアティカの前に出た。
「ロザリー・シルエット。謀反の疑いで捕縛する、抵抗するな」
「何を根拠に?」
ロザリーはせせら笑う。五等級と七等級では、自分を抑えることが出来ないと知っているからだ。私達だって分かっている。それでも逃げださないのは、これでも魔術師の端くれだからだ。
ニーダル支部を舐めないでよ。
ただ、アティカだけはどうにか逃がしたい。
攻撃のために魔力を紡げない私に出来ることは限られている。私は彼女の意識を自分に向けさせることにした。……きっとトルタヤが隙を見つけて動くはず。
「紙魔鳥を阻害したら謀反の疑いが掛けられる。今日、堕としたでしょ? ロザリー」
「正しくは、通達を運ぶ紙魔鳥を阻害した場合よ。私が堕としたのは、覗き専門のやつ」
「……覗き?」
「ああ……」
私とトルタヤの声が重なるが、その反応は真逆だった。私は首を傾げているのに、彼は妙に納得している。
「もしかして、あれはザインさんのでしたか?」
「正解、あなたは知っていたのね。気づくなんて、なかなか見どころがあるわ」
「ええ、……最近ですけど。でも、なんで堕としたんですか?」
「目障りだったからよ」
二人は意味不明な会話をしたあと、肩を寄せ合ってヒソヒソとなにやら話し始める。
私は完全に置いてけぼりだった。
通達を運ばせずにザインが紙魔鳥を飛ばした? 覗きってどういう意味?
二人の会話が終わると、トルタヤから緊張感が消えていた。
「すまない、俺の勘違いだった。あれはザインさんが見るために飛ばしたものだったんだ」
「ふふ、私が間諜だったら、もうあなた達を消しているわよ。覗き目的の紙魔鳥利用なんて認められていないから、堕としても罪にならないわ。それより、あの男を捕まえるべきね」
やっと私の理解が追いついた。
魔術師は貴重とはいえ、七等級と五等級では人質にするほどの価値はない。確かにさっさと始末するのが一番である。
そしてザインの紙魔鳥だが、あれは息子を見守るためだったのだろう。それをロザリーは私怨で堕とした――大変に大人げない行為である。
しかし、彼女の言う通り罪にはならない。見守りの紙魔鳥への阻害行為を罰する法はない。
そもそも視界を持つ紙魔鳥を作れるのは彼だけ。たった一人の規格外に合わせていたら、条文の山になってしまう。
危険はないと判断した私は、アティカを覆っていた防御術式を解く。彼は不安気な顔をして、私の手を握る。
「お師匠さま?」
「大丈夫よ。ただね、困っている人がいるから、私達は助けに行かなくてはいけないの」
状況がはっきりしないなか、連れて行くのは危険だ。
しかし、破られた術式が隣町の管轄ということは、侵入者がニーダルに紛れ込んでいる可能性もある。置いていくのも安全ではない。
誰か一人が残れればいいのだけど、魔術師はたった三人しかいない状況では無理である。
「アティカも連れて、ロラックへ行きましょう。こちらは人数が少ないから偵察に徹する。たぶん、すぐに応援がやって来るわ。また覗きをするだろうから、……って、もう!」
「うわぁっ、早っ! いや、嬉しいけどさ……」
ロザリーは顔をしかめて、トルタヤは微妙な顔をして、空を見上げている。つられて私も上を見ると、精巧な紙魔鳥が旋回しながら、私達をその目に映していた。
ロザリーはすかさず、合図を送って緊急事態を伝える。
「ほら見て、アティカ。お父さんがあなたを心配して飛ばしている。こちらの異変はもう伝わっているから、すぐに戻ってくるわ。それまで一緒に頑張ろうね」
「はい、お師匠さま。お父さーん、僕は大丈夫です」
アティカは大きく手を振る。父を信頼しているから、その顔に不安はなかった。
ザイン達が出発したのは二日前。すぐに引き返したとしても、到着は早くて二日後になる。
――最上位魔術師達が戻って来るまで、私達は保つだろうか……。
ロザリーとトルタヤもそう思っているのだろう、二人の表情は険しい。
王都での異変はこのためだったのではないかと考えているのだ――手薄なロラックから侵入するための陽動作戦。
パンパンと手を叩く音で、ロザリーへと視線が集まる。
「さあ、張り切って行くわよ。五等級、七等級、そして七等級の可愛いお弟子さん」
「了解です!」
「承知しました!」
「はい、一生懸命にがんばります!」
私達はいつもよりも弾んだ声と笑顔で、アティカを包んだ。任務は放棄しないけれども、絶対にこの子を守ると、三人の思いは一致していた。
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