26 / 49
26.共通の敵……?
しおりを挟む
一緒にベッドに入って本の読み聞かせをしていると、早々に隣から寝息が聞こえてくる。嬉しすぎて眠れないですと数分前に言っていた子は、もう夢の中にいた。
「アティカ?」
起きる気配がないのを確認してから、私はそっとベッドから抜け出す。一緒に寝るつもりだけど、まだ片付けが残っているからだ。
「あら、もう寝たの? 子供って馬鹿みたいに寝付きがいいのね」
「ええ」
台所兼居間ではロザリーがお酒を飲んでいた。この家には酒類はなかったから、持参していたものだろう。
今日の作業が終わると、私達はアティカ親子のために借りている家に帰った。アティカの前では旧友として振る舞っていたけれど、もう取り繕う必要はない。
素っ気ない返事を返した私は、流しに置いてあった食器がきれいに片付いているのに気づく。
「ありがとう、ロザリー」
「どういたしまして。はい、付き合ってよ」
お酒が注がれたグラスが差し出される。飲めないわけでないけれど、元親友と飲む気分ではない。
断って寝室に戻ろうとすると、ロザリーが指を三本立てる。
「いろいろと聞きたいことがあるんじゃない? 三つだけ答えてあげるわ」
彼女の前に座ると、視線でグラスを手に取るように促して来た。なので、形だけ手に持つ。
「再会に乾杯、アリスミ」
「どうしてここに来たの? ロザリー」
「もう質問? ふふ、夜は長いのだからゆっくりいきましょう」
ロザリーは何がおかしいのかケラケラと笑う。一人でかなり飲んでいたようだ。
彼女の登場は、ニーダル支部にとってまさに天の恵みだった。
だが、直接依頼されてないのに来るのは、どう考えても不自然だ。魔術師は慈善事業ではない。それに、ロザリーは私がニーダルに配属されたのを知っている。普通は避けるだろう、私を。
親友だった頃ならこの行動を純粋な善意と思ったかもしれない。……でも、今は思えない。
「帰国途中に隣町の支部に立ち寄っていたら、ここの紙魔鳥が来たの。馬鹿ね、タダ働きしてくれと正直に言うなんて。誰も助けてくれないわよ~」
……そこは、海より深く反省している。
ばつが悪くなった私がお酒に口をつけると、ロザリーも杯を重ねる。
「むこうの支部の人に聞いたら、こちらは五等級と七等級しかいないと言うじゃない。きっと、正直者のアリスミは魔力放出で死ぬ一歩手前まで頑張るんだろうと思ったわけ。だから、あなたを助けるために来たのよ。ふふ、信じられないって顔をしてるわね、でも本当。あと質問は二つよ」
彼女は立てていた薬指を折りたたみ、残りは二本になる。
もし彼女が二年前の裏切りを後悔しているのなら、この行動も理解できる。けれども、ロザリーは罪悪感をまったく持ってない。
私は眉をひそめながら、二つ目の質問をする。
「では、なぜ私を助けようと思ったの? 」
「私、一番嫌いな人はと聞かれたら、ザイン・リシーヴァと即答するわ。あの男、隠し子のこと黙ったまま私と付き合い始めたのよ。信じられないわっ! アティカは可愛いけど、それとこれは別。おたまじゃくしは愛らしいけど、蛙は気持ち悪いでしょ?」
だいぶ酔っているのだろう、変な例えまで持ち出してくる。とりあえず聞くことに徹する。
「つまり、私達にとってあの男は共通の敵よ。打倒、最低男! ねっ、アリスミ」
「……」
なんとなく言いたいことは分かった。共通の敵がいると、仲間意識が芽生えることもある。でも、勝手にあの過去を水に流さないで欲しい。それを決めるのは被害者である。
……そして、私は流しません!
ロザリーは『仲間、仲間~』と歌いながら一気にお酒を呷っている。気づけば、指は一本だけになっていた。
「聞きたいことは、なんれすかー?」
瓶がまるまる一本空になっている。私はまだ一杯しか飲んでいないから、あとは全部彼女が飲んだということだ。明らかに飲み過ぎである。
今、聞いてもまともな答えは期待できそうもない。
「あと一つ聞いてくらさーい」
「はいはい、あとでね」
「了解でーす。二等級ロザリー・シルエット、絶対にお約束は守ります、ですよ」
酔っ払いはそのままソファで寝てしまった。
共通の敵ね……。
ずいぶんと都合のいい言い分に苦笑いする。
裏切りの前に築いた友情に一点の曇りもないから、彼女は私の前に現れたのだと思う。
彼女にとって私との過去――親友同士――は嘘ではなかった。
でも、私の中にあるわだかまりが消えることはない。
過去のすべてを否定したザインと、過去は真実だったロザリー。
前者と比べることで後者はましに思えてしまうから、錯覚とは恐ろしい。
――二日間だけの親友ごっこ。
思っていたよりも自然に振る舞えそうだと思う私は、やはり甘いだろうか。
甘すぎよ! アリスミ・カロック
愚かな自分につっこみを入れたあと、長い溜息をつく。兎に角乗り切るしかないのだ。
ソファに横たわる酔っ払いに毛布を掛けてから、私は可愛い弟子の隣で眠りについたのだった。
「アティカ?」
起きる気配がないのを確認してから、私はそっとベッドから抜け出す。一緒に寝るつもりだけど、まだ片付けが残っているからだ。
「あら、もう寝たの? 子供って馬鹿みたいに寝付きがいいのね」
「ええ」
台所兼居間ではロザリーがお酒を飲んでいた。この家には酒類はなかったから、持参していたものだろう。
今日の作業が終わると、私達はアティカ親子のために借りている家に帰った。アティカの前では旧友として振る舞っていたけれど、もう取り繕う必要はない。
素っ気ない返事を返した私は、流しに置いてあった食器がきれいに片付いているのに気づく。
「ありがとう、ロザリー」
「どういたしまして。はい、付き合ってよ」
お酒が注がれたグラスが差し出される。飲めないわけでないけれど、元親友と飲む気分ではない。
断って寝室に戻ろうとすると、ロザリーが指を三本立てる。
「いろいろと聞きたいことがあるんじゃない? 三つだけ答えてあげるわ」
彼女の前に座ると、視線でグラスを手に取るように促して来た。なので、形だけ手に持つ。
「再会に乾杯、アリスミ」
「どうしてここに来たの? ロザリー」
「もう質問? ふふ、夜は長いのだからゆっくりいきましょう」
ロザリーは何がおかしいのかケラケラと笑う。一人でかなり飲んでいたようだ。
彼女の登場は、ニーダル支部にとってまさに天の恵みだった。
だが、直接依頼されてないのに来るのは、どう考えても不自然だ。魔術師は慈善事業ではない。それに、ロザリーは私がニーダルに配属されたのを知っている。普通は避けるだろう、私を。
親友だった頃ならこの行動を純粋な善意と思ったかもしれない。……でも、今は思えない。
「帰国途中に隣町の支部に立ち寄っていたら、ここの紙魔鳥が来たの。馬鹿ね、タダ働きしてくれと正直に言うなんて。誰も助けてくれないわよ~」
……そこは、海より深く反省している。
ばつが悪くなった私がお酒に口をつけると、ロザリーも杯を重ねる。
「むこうの支部の人に聞いたら、こちらは五等級と七等級しかいないと言うじゃない。きっと、正直者のアリスミは魔力放出で死ぬ一歩手前まで頑張るんだろうと思ったわけ。だから、あなたを助けるために来たのよ。ふふ、信じられないって顔をしてるわね、でも本当。あと質問は二つよ」
彼女は立てていた薬指を折りたたみ、残りは二本になる。
もし彼女が二年前の裏切りを後悔しているのなら、この行動も理解できる。けれども、ロザリーは罪悪感をまったく持ってない。
私は眉をひそめながら、二つ目の質問をする。
「では、なぜ私を助けようと思ったの? 」
「私、一番嫌いな人はと聞かれたら、ザイン・リシーヴァと即答するわ。あの男、隠し子のこと黙ったまま私と付き合い始めたのよ。信じられないわっ! アティカは可愛いけど、それとこれは別。おたまじゃくしは愛らしいけど、蛙は気持ち悪いでしょ?」
だいぶ酔っているのだろう、変な例えまで持ち出してくる。とりあえず聞くことに徹する。
「つまり、私達にとってあの男は共通の敵よ。打倒、最低男! ねっ、アリスミ」
「……」
なんとなく言いたいことは分かった。共通の敵がいると、仲間意識が芽生えることもある。でも、勝手にあの過去を水に流さないで欲しい。それを決めるのは被害者である。
……そして、私は流しません!
ロザリーは『仲間、仲間~』と歌いながら一気にお酒を呷っている。気づけば、指は一本だけになっていた。
「聞きたいことは、なんれすかー?」
瓶がまるまる一本空になっている。私はまだ一杯しか飲んでいないから、あとは全部彼女が飲んだということだ。明らかに飲み過ぎである。
今、聞いてもまともな答えは期待できそうもない。
「あと一つ聞いてくらさーい」
「はいはい、あとでね」
「了解でーす。二等級ロザリー・シルエット、絶対にお約束は守ります、ですよ」
酔っ払いはそのままソファで寝てしまった。
共通の敵ね……。
ずいぶんと都合のいい言い分に苦笑いする。
裏切りの前に築いた友情に一点の曇りもないから、彼女は私の前に現れたのだと思う。
彼女にとって私との過去――親友同士――は嘘ではなかった。
でも、私の中にあるわだかまりが消えることはない。
過去のすべてを否定したザインと、過去は真実だったロザリー。
前者と比べることで後者はましに思えてしまうから、錯覚とは恐ろしい。
――二日間だけの親友ごっこ。
思っていたよりも自然に振る舞えそうだと思う私は、やはり甘いだろうか。
甘すぎよ! アリスミ・カロック
愚かな自分につっこみを入れたあと、長い溜息をつく。兎に角乗り切るしかないのだ。
ソファに横たわる酔っ払いに毛布を掛けてから、私は可愛い弟子の隣で眠りについたのだった。
180
お気に入りに追加
3,776
あなたにおすすめの小説

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。
なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと?
婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。
※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。
※ゆるふわ設定のご都合主義です。
※元サヤはありません。

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。
蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。
「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」
王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。
形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。
お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。
しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。
純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。
※小説家になろう様にも掲載しています。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?
日々埋没。
恋愛
公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。
※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。
またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる