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25.ここにいます〜アティカ視点〜
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お師匠さまは何も聞かずにしゃがんでくれる。
僕――アティカは他の人に声が聞こえないように、彼女の耳にそっと手をやる。
「僕、大丈夫です。だから、絶対に一緒に寝てください」
「なにが大丈夫なの? アティカ」
不安でドキドキが止まらない。このドキドキを終わらせたいから、僕は勇気を出す。
「六歳だけどおねしょはしません。だから、安心してください。…………お父さん、わざとじゃなかったと思います。もしかしたら本当じゃないかもしれないし……。あっ、違います! 長老様を嘘つきだとは言ってません、ただ……あの……」
お師匠さまは『大丈夫よ』という優しい目をして、僕の言葉を待っている。
でも、上手く言い直す自信がなくて、僕は手を下げて俯いてしまう。
きっとまた途中で言えなくなる……。
ただ、僕は心配だった。
長老様のおねしょの話をお師匠さまが思い出したら『やっぱり一緒に寝るのやめましょうね』と言われるかもと。
だから、大丈夫ですと伝えようとした。
それだけ言うつもりだったのに、ちゃんと言えたのに!
お父さんのことを持ち出すつもりはなかった。でも、悪く思って欲しくないと思っていたら、お父さんのことも喋っていた。そしたら、長老様のことを悪く言ったみたいになって。
誰かを悪い人にしたかったんじゃないのに……。
思ったことが上手く伝えられないのが、こんなに辛いなんて知らなかった。
お父さん、いつも大変なんだな……。
俯いたままなのに、お師匠さまと目が合う。彼女は地面に膝をついて、僕の顔を覗き込んでいる。
「もしシーツが途中で冷たくなったら、温かいお茶を飲んで体を温めて、新しいシーツに替えて二人で一緒にくっついて寝たいな。アティカがそれで良ければだけど、どうかしら?」
「あっ、僕も……。僕もそうしたいです」
僕がおずおずと右手の小指を立てると、お師匠さまは迷うことなく自分の小指を絡めてくれた。
――この約束は絶対に守られる。
はにかみながら僕が顔を上げると、お師匠さまは笑ってくれた。
「あのね、おねしょは悪いことではないのよ。たぶん、泣けなかったから違う形になっただけ」
僕が上手く言えなかったことを、お師匠さまが優しい形に変えてくれる。お父さんが聞いたらきっと喜ぶ。
お父さん、あとで教えてあげますね。
ありがとうの気持ちを言葉にする前に、僕はお師匠さまの胸に飛び込んでいた。だって、弟子はそれが許されているから。
「実はさっき少し寂しかったの。可愛い弟子をロザリーに取られたように感じてね。ふふ、ヤキモチを焼いたのかな。でも、こうして戻ってきてくれて嬉しいわ。私の可愛いお弟子さん」
「はい、僕の大好きなお師匠さま」
お師匠さまに抱きしめられた僕は、心地よい香りに包まれる。お父さんの匂いとは違うけど、同じくらい大好きな匂い――とても懐かしい香り――を胸いっぱいに吸い込む。
「アティカのお父さんは幸せよね。こんなに優しい子から愛されて、こんなに素敵な子に愛情を注げて。羨ましいと思うわ。私も子供が欲しくなってしまうな」
……愛してます、……いっぱい愛してくれました。
僕の髪を手で優しく梳きながら、お師匠さまは空に向かって柔らかい声を届ける。
「生まれるのを待っている私の子、聞こえてる? あなたも私の弟子みたいに優しい子になってね。みんなから愛される、そんな子に」
……ここにいます……もういます。
僕は抱きついたまま、心のなかで教えてあげた。
僕――アティカは他の人に声が聞こえないように、彼女の耳にそっと手をやる。
「僕、大丈夫です。だから、絶対に一緒に寝てください」
「なにが大丈夫なの? アティカ」
不安でドキドキが止まらない。このドキドキを終わらせたいから、僕は勇気を出す。
「六歳だけどおねしょはしません。だから、安心してください。…………お父さん、わざとじゃなかったと思います。もしかしたら本当じゃないかもしれないし……。あっ、違います! 長老様を嘘つきだとは言ってません、ただ……あの……」
お師匠さまは『大丈夫よ』という優しい目をして、僕の言葉を待っている。
でも、上手く言い直す自信がなくて、僕は手を下げて俯いてしまう。
きっとまた途中で言えなくなる……。
ただ、僕は心配だった。
長老様のおねしょの話をお師匠さまが思い出したら『やっぱり一緒に寝るのやめましょうね』と言われるかもと。
だから、大丈夫ですと伝えようとした。
それだけ言うつもりだったのに、ちゃんと言えたのに!
お父さんのことを持ち出すつもりはなかった。でも、悪く思って欲しくないと思っていたら、お父さんのことも喋っていた。そしたら、長老様のことを悪く言ったみたいになって。
誰かを悪い人にしたかったんじゃないのに……。
思ったことが上手く伝えられないのが、こんなに辛いなんて知らなかった。
お父さん、いつも大変なんだな……。
俯いたままなのに、お師匠さまと目が合う。彼女は地面に膝をついて、僕の顔を覗き込んでいる。
「もしシーツが途中で冷たくなったら、温かいお茶を飲んで体を温めて、新しいシーツに替えて二人で一緒にくっついて寝たいな。アティカがそれで良ければだけど、どうかしら?」
「あっ、僕も……。僕もそうしたいです」
僕がおずおずと右手の小指を立てると、お師匠さまは迷うことなく自分の小指を絡めてくれた。
――この約束は絶対に守られる。
はにかみながら僕が顔を上げると、お師匠さまは笑ってくれた。
「あのね、おねしょは悪いことではないのよ。たぶん、泣けなかったから違う形になっただけ」
僕が上手く言えなかったことを、お師匠さまが優しい形に変えてくれる。お父さんが聞いたらきっと喜ぶ。
お父さん、あとで教えてあげますね。
ありがとうの気持ちを言葉にする前に、僕はお師匠さまの胸に飛び込んでいた。だって、弟子はそれが許されているから。
「実はさっき少し寂しかったの。可愛い弟子をロザリーに取られたように感じてね。ふふ、ヤキモチを焼いたのかな。でも、こうして戻ってきてくれて嬉しいわ。私の可愛いお弟子さん」
「はい、僕の大好きなお師匠さま」
お師匠さまに抱きしめられた僕は、心地よい香りに包まれる。お父さんの匂いとは違うけど、同じくらい大好きな匂い――とても懐かしい香り――を胸いっぱいに吸い込む。
「アティカのお父さんは幸せよね。こんなに優しい子から愛されて、こんなに素敵な子に愛情を注げて。羨ましいと思うわ。私も子供が欲しくなってしまうな」
……愛してます、……いっぱい愛してくれました。
僕の髪を手で優しく梳きながら、お師匠さまは空に向かって柔らかい声を届ける。
「生まれるのを待っている私の子、聞こえてる? あなたも私の弟子みたいに優しい子になってね。みんなから愛される、そんな子に」
……ここにいます……もういます。
僕は抱きついたまま、心のなかで教えてあげた。
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