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23.善処のゆくえ
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作業開始から五日目の昼。
最上位魔術師がいなくとも、防御術式の総入れ替え作業は続けている。あと二日で終わらせないといけないからだ。
トルタヤ一人ではもちろん終わらないので、私もアティカを連れて作業を手伝っている。
しかし、アティカの面倒をみるのが最優先なので、私はあまり戦力となっていない。
「あー、終わらない気がする……。ザインさんが抜けた穴は大き過ぎる。っていうか、絶対に終わらないぞ。穴だらけの防御術式って意味あるのかっ? いや、絶対にない。どうすんだよ?! 誰が責任取るんだよー」
トルタヤは空に向かって叫んでいる。私もアティカがそばにいなければ叫びたい……。
長老達が出立したあとすぐに、周辺の支部に紙魔鳥を送っていた。切羽詰まった状況を伝え応援を頼んだが、返ってきたのは善処しますという曖昧な返事だけ。
『お金は払えませんが…』と正直に伝えたのがいけなかったのだろうか。……たぶん、いや、そうに違いない!
「責任は長老様に押し付けていいと思うわ」
私は迷うことなく言い切った。そもそも長老が予算を使い切っていなければ、こんなことにはなっていないのだ。
トルタヤが不安そうにこちらを見てくる。
「連帯責任とかないよな? アリスミ」
「……たぶんね」
ことの発端は予算使い込みである。小さな支部に魔術師が三人だけとなると、ぐるだと疑われる可能性もある。
それに考えてみたら、事情を知ってから私達はザインを受け入れ、作業を手伝って貰っていた。
……これって共犯……と思われるちゃうやつ?
私は遠くを見ながら『あっは…はは……長老様、許しませんよ!』と声の限りに叫んでいた。
「お師匠さま、お疲れですか? お茶をどうぞ」
気遣いができる弟子である。決して頭がおかしくなりましたか? とは言わない。……私だったら、たぶん言っていると思う。
弟子の心遣いに感謝しながら、平静を装ってお茶をいただく。
「ありがとう、アティカ。ごめんね、作業に付き合わせちゃって。つまらないでしょ?」
「そんなことないです。お師匠さまと一緒にいられるだけで、僕、楽しいです!」
天使の健気な発言に、思わず目頭が熱くなる。
父親を見送った時は寂しそうな顔をしていたのに、そのあとは私達に心配かけまいと元気に振る舞っている。
六歳の子に負けてられないと、私は喉を潤してからまた作業に取り掛かる。
アティカは私達の作業を見て、防御術式をすでに理解しているようだ。きっと、手本を示したら、私よりも上手に紡げると思う。
実際アティカ自身も出来ると思ったのだろう、『お手伝いしたいです』と作業開始直後に申し出ていた。
『駄目だぞ、アティカ』
『アティカ、気持ちだけ貰っておくわね。ありがとう』
私とトルタヤは声を重ねて断った。猫の手も借りたい状況だとしても、子供から労働力を搾取しない。
長老が言っていたように、たくさん食べて、たくさん寝て、いっぱい笑うのが子供の仕事である。
「おっ! もしかしたら、もしかするかもしれないぞっ。人がこっちに向かってくる」
トルタヤが指さした先には、動く小さな影があった。その影は一直線にこちらに向かってきて、やがて人影となる。
目的地がここならば、もう間違いはないだろう。
「うわぁ、本気か。俺、泣きそう。まさか、助っ人を出してくれる支部があるなんてさ」
「善処するって断り文句だと思っていたけど、違ったのね。どこかの支部さん、ありがとうございます」
「お師匠さま、トルタヤさん、おめでとうございます」
三人は喜びをあらわにして助っ人を待つ。
ただの人影はすぐに女性のものとなり、続いてその背格好が分かり、髪の色、肌の色、目の色まで明らかになっていく。
どうして、ここに……。
気づけば、その魔術師は私達の前に立っていた。善処をなかったことにするには、もう手遅れだった。
「二等級のロザリー・シルエットよ。他国での仕事を終え王都に戻る途中だったのだけど、こちらで応援を必要としていると聞いて駆けつけたの。私で力になれるかしら?」
ロザリーはにっこりと微笑んでいる。その笑みは、二年前裏切りを告げた時に浮かべていたものと同じ――なんの罪悪感もない。
二年という歳月の中で、私への裏切りを後悔する時間はなかったようだ。
彼女の眼差しが私だけを捉えると、ロザリーの唇は美しい弧を描いてく。ゆっくりと私に近づいてきて、手入れの行き届いた腕が伸ばされる。
「アリスミ、お久しぶりね。会いたかったわ」
そう言いながら彼女が抱きしめたのは、私の隣に立っていたアティカだった。
最上位魔術師がいなくとも、防御術式の総入れ替え作業は続けている。あと二日で終わらせないといけないからだ。
トルタヤ一人ではもちろん終わらないので、私もアティカを連れて作業を手伝っている。
しかし、アティカの面倒をみるのが最優先なので、私はあまり戦力となっていない。
「あー、終わらない気がする……。ザインさんが抜けた穴は大き過ぎる。っていうか、絶対に終わらないぞ。穴だらけの防御術式って意味あるのかっ? いや、絶対にない。どうすんだよ?! 誰が責任取るんだよー」
トルタヤは空に向かって叫んでいる。私もアティカがそばにいなければ叫びたい……。
長老達が出立したあとすぐに、周辺の支部に紙魔鳥を送っていた。切羽詰まった状況を伝え応援を頼んだが、返ってきたのは善処しますという曖昧な返事だけ。
『お金は払えませんが…』と正直に伝えたのがいけなかったのだろうか。……たぶん、いや、そうに違いない!
「責任は長老様に押し付けていいと思うわ」
私は迷うことなく言い切った。そもそも長老が予算を使い切っていなければ、こんなことにはなっていないのだ。
トルタヤが不安そうにこちらを見てくる。
「連帯責任とかないよな? アリスミ」
「……たぶんね」
ことの発端は予算使い込みである。小さな支部に魔術師が三人だけとなると、ぐるだと疑われる可能性もある。
それに考えてみたら、事情を知ってから私達はザインを受け入れ、作業を手伝って貰っていた。
……これって共犯……と思われるちゃうやつ?
私は遠くを見ながら『あっは…はは……長老様、許しませんよ!』と声の限りに叫んでいた。
「お師匠さま、お疲れですか? お茶をどうぞ」
気遣いができる弟子である。決して頭がおかしくなりましたか? とは言わない。……私だったら、たぶん言っていると思う。
弟子の心遣いに感謝しながら、平静を装ってお茶をいただく。
「ありがとう、アティカ。ごめんね、作業に付き合わせちゃって。つまらないでしょ?」
「そんなことないです。お師匠さまと一緒にいられるだけで、僕、楽しいです!」
天使の健気な発言に、思わず目頭が熱くなる。
父親を見送った時は寂しそうな顔をしていたのに、そのあとは私達に心配かけまいと元気に振る舞っている。
六歳の子に負けてられないと、私は喉を潤してからまた作業に取り掛かる。
アティカは私達の作業を見て、防御術式をすでに理解しているようだ。きっと、手本を示したら、私よりも上手に紡げると思う。
実際アティカ自身も出来ると思ったのだろう、『お手伝いしたいです』と作業開始直後に申し出ていた。
『駄目だぞ、アティカ』
『アティカ、気持ちだけ貰っておくわね。ありがとう』
私とトルタヤは声を重ねて断った。猫の手も借りたい状況だとしても、子供から労働力を搾取しない。
長老が言っていたように、たくさん食べて、たくさん寝て、いっぱい笑うのが子供の仕事である。
「おっ! もしかしたら、もしかするかもしれないぞっ。人がこっちに向かってくる」
トルタヤが指さした先には、動く小さな影があった。その影は一直線にこちらに向かってきて、やがて人影となる。
目的地がここならば、もう間違いはないだろう。
「うわぁ、本気か。俺、泣きそう。まさか、助っ人を出してくれる支部があるなんてさ」
「善処するって断り文句だと思っていたけど、違ったのね。どこかの支部さん、ありがとうございます」
「お師匠さま、トルタヤさん、おめでとうございます」
三人は喜びをあらわにして助っ人を待つ。
ただの人影はすぐに女性のものとなり、続いてその背格好が分かり、髪の色、肌の色、目の色まで明らかになっていく。
どうして、ここに……。
気づけば、その魔術師は私達の前に立っていた。善処をなかったことにするには、もう手遅れだった。
「二等級のロザリー・シルエットよ。他国での仕事を終え王都に戻る途中だったのだけど、こちらで応援を必要としていると聞いて駆けつけたの。私で力になれるかしら?」
ロザリーはにっこりと微笑んでいる。その笑みは、二年前裏切りを告げた時に浮かべていたものと同じ――なんの罪悪感もない。
二年という歳月の中で、私への裏切りを後悔する時間はなかったようだ。
彼女の眼差しが私だけを捉えると、ロザリーの唇は美しい弧を描いてく。ゆっくりと私に近づいてきて、手入れの行き届いた腕が伸ばされる。
「アリスミ、お久しぶりね。会いたかったわ」
そう言いながら彼女が抱きしめたのは、私の隣に立っていたアティカだった。
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