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22.弟子の笑顔〜長老視点〜
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馬を走らせながら、並走する男の顔を窺う。
相変わらず可愛げのない奴じゃの……。
ニーダル支部を出発してから馬で走り続けて三時間になる。その間一度たりとも、儂――トルタヤ・ルガンにザインは声を掛けて来ない。
「普通は疲れてませんかとか、弟子は気遣うもんじゃがの~」
「……疲れないでください」
珍しく返事をしてきた。その声音も表情もいつも通りだが、たぶん苛ついている。
あれは最善だった。謀反の疑いを掛けられても晴らすことは可能だが、勾留は免れない。つまりアティカにとって父親不在の時間が長くなる。なので、儂の判断をザインも納得しているはずだ。
だから、苛立っている理由は他にある。
魔術師ならもう大丈夫――元に戻らない――と分かっているだろうに。
記憶の改竄は特異な術式で、行えるのは適性がある者――ほんの数人だけ。そして、改竄された記憶に綻びが見られなかったら、元の記憶が戻ったという前例はない。
「二年間、カロックの記憶に綻びは一切なかった。それにアティカもお前とは違う」
ザインは幼少期、まさに『災いの芽』そのものだった。
その息子も彼と同じく膨大な魔力を有して生まれた。だが、父であるザインが己の経験を活かし教えたお陰で、完璧に制御している。
六歳であれならば、将来は父を超える魔術師になるだろう。
「二人は良き師匠と優秀な弟子じゃ、これから先ずっと」
儂が現実を突きつけると、ザインは一瞬手綱から左手を離し、その手で馬に鞭を入れ更に速度を上げる。
感情を顔に表さない弟子は、今何を思っているのか。
儂は長年師匠をしていたが、ザインの表情を読むことは難しかった。
しかし、一度だけ彼の表情を読めたことがあった。あれは彼が独り立ちして数年経った頃のことだ。
『久しぶりじゃの、ザイン。変わったことはあったかの?』
ただの挨拶で、とくに返事は求めていなかった。いつもの無言に対して軽口を叩くつもりでいたのに、ザインの唇が動いた。
『大切な人がいます』
『なんと、それは目出度いの! お前の大切な人は、さぞかし素敵な人なんじゃろうな』
『はい』
淡々とした口調、一見すると表情の変化もない。なのに、儂は弟子の笑顔を初めて見られた気がした。
――あの顔をもう一度見ること叶わぬだろう。
ザインは無口で無表情で甘えることを知らない子だった。成長とともに改善されることを願ったが、幼少期に負った心の傷は深く、大人になってもそのままだった。
それでも、可愛い弟子に違いなかった。
儂がもっと多くのことを教えてやっていたら。いいや、儂が師匠でなかったら……。
そんな詮無いことを、二年間繰り返し考えている。
「……不甲斐ない師匠ですまんの」
「感謝しています、 師匠」
前を走る背に向かって呟くと、抑揚のない音が風に乗って運ばれてくる。
それは聞き慣れた弟子の声なのに、なぜか感情が読み取れた気がした。年寄りの勝手な思い込みだろうか。
そうじゃ、そうに決まっておるっ……。
頭を振る儂の口から漏れる嗚咽のような音を、力強く地面を蹴る蹄鉄の響きが掻き消してくれた。
相変わらず可愛げのない奴じゃの……。
ニーダル支部を出発してから馬で走り続けて三時間になる。その間一度たりとも、儂――トルタヤ・ルガンにザインは声を掛けて来ない。
「普通は疲れてませんかとか、弟子は気遣うもんじゃがの~」
「……疲れないでください」
珍しく返事をしてきた。その声音も表情もいつも通りだが、たぶん苛ついている。
あれは最善だった。謀反の疑いを掛けられても晴らすことは可能だが、勾留は免れない。つまりアティカにとって父親不在の時間が長くなる。なので、儂の判断をザインも納得しているはずだ。
だから、苛立っている理由は他にある。
魔術師ならもう大丈夫――元に戻らない――と分かっているだろうに。
記憶の改竄は特異な術式で、行えるのは適性がある者――ほんの数人だけ。そして、改竄された記憶に綻びが見られなかったら、元の記憶が戻ったという前例はない。
「二年間、カロックの記憶に綻びは一切なかった。それにアティカもお前とは違う」
ザインは幼少期、まさに『災いの芽』そのものだった。
その息子も彼と同じく膨大な魔力を有して生まれた。だが、父であるザインが己の経験を活かし教えたお陰で、完璧に制御している。
六歳であれならば、将来は父を超える魔術師になるだろう。
「二人は良き師匠と優秀な弟子じゃ、これから先ずっと」
儂が現実を突きつけると、ザインは一瞬手綱から左手を離し、その手で馬に鞭を入れ更に速度を上げる。
感情を顔に表さない弟子は、今何を思っているのか。
儂は長年師匠をしていたが、ザインの表情を読むことは難しかった。
しかし、一度だけ彼の表情を読めたことがあった。あれは彼が独り立ちして数年経った頃のことだ。
『久しぶりじゃの、ザイン。変わったことはあったかの?』
ただの挨拶で、とくに返事は求めていなかった。いつもの無言に対して軽口を叩くつもりでいたのに、ザインの唇が動いた。
『大切な人がいます』
『なんと、それは目出度いの! お前の大切な人は、さぞかし素敵な人なんじゃろうな』
『はい』
淡々とした口調、一見すると表情の変化もない。なのに、儂は弟子の笑顔を初めて見られた気がした。
――あの顔をもう一度見ること叶わぬだろう。
ザインは無口で無表情で甘えることを知らない子だった。成長とともに改善されることを願ったが、幼少期に負った心の傷は深く、大人になってもそのままだった。
それでも、可愛い弟子に違いなかった。
儂がもっと多くのことを教えてやっていたら。いいや、儂が師匠でなかったら……。
そんな詮無いことを、二年間繰り返し考えている。
「……不甲斐ない師匠ですまんの」
「感謝しています、 師匠」
前を走る背に向かって呟くと、抑揚のない音が風に乗って運ばれてくる。
それは聞き慣れた弟子の声なのに、なぜか感情が読み取れた気がした。年寄りの勝手な思い込みだろうか。
そうじゃ、そうに決まっておるっ……。
頭を振る儂の口から漏れる嗚咽のような音を、力強く地面を蹴る蹄鉄の響きが掻き消してくれた。
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