永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

文字の大きさ
上 下
21 / 49

21.一番偉い人

しおりを挟む
親と離れることに不安を感じない子供はいない。
子供の扱いに慣れていて、かつアティカが安心できる相手と一緒にこの地で父の帰りを待つのがいいだろう。

「よかったら、私がアティカを預かります」

私の申し出にアティカが目を見開く。

「嫌だったかな? でも、ニーダルでお留守番しているのがアティカにとって一番――」
「嫌じゃありません! すごく、ものすごく嬉しいです、お師匠さま! 僕、ここで待ってます。いいですか? お父さん」

興奮気味に話すアティカにほっとする。大好きな父親の不在でしょんぼりとするアティカを想像していたから、嬉しい誤算だ。

これも素晴らしい師弟関係を築けているからだろう。

――誰かさん達長老とザインとは大違いである。 



「……お断りします」

息子の問いに対して、ザインは私に返事を返す。

それは思うところはあるだろう。殴ってきた元恋人に最愛の人が生んでくれた子を託すなんて――普通はしない。

アティカはしょぼりとして、うつむいてしまう。

「それなら、選択肢がほかにあるというの?」

強めの口調でそう問うと、ザインは無言なまま掌の上で魔力を踊らせる。彼の視線の先には黒い物体がいた。

「いやいや、ザインさん。それは洒落にならないから。魔術師長の紙魔鳥を処分したことがバレたら、首が飛びますって!」

トルタヤが黒い紙魔鳥をとっさに抱きかかえる。

緊急の伝令を無視したら首が飛ぶどころではない。謀反の疑いが掛けられる。……ここにいる全員に!
紙魔鳥はザイン個人宛ではなく、ニーダル支部宛だったので、巻き添えである。


長老はアティカのそばに行くと、皺だらけの手で青銀の髪を撫でる。

「アティカを連れて行くのは現実的に無理じゃ。カロックなら問題はない、それにアティカもな。それはお前も分かっておるじゃろ? ザイン」
「……はい」

そう返事をしておきながら、ザインの掌の魔力はまだ消えていなかった。トルタヤは紙魔鳥を死守したまま、『爺様、俺、死にたくないっ!』と涙ぐんでいる。

ザインが紙魔鳥に魔力を放ったらトルタヤも確実に死ぬので、決して大袈裟ではない。


ザインは私を信頼していないわけではないと思う。孤児院での私を知っているし、アティカと私の関係が良好なのもその目で見ているから。

頷かないのは、道義的に反した自分が元恋人を頼るべきではないと思っているのかもしれない。それなら、可愛い弟子のために、私は自分が出来ることをしよう。

「弟子を守るのは師匠の役目ですから」
「……」

全然効果はない。……予想していた通りだけど。



「最上位魔術師として命ずる。ザイン・リシーヴァ、カロックにアティカを託し王都へ向え。アリスミ・カロック、リシーヴァが不在の間、その息子を保護せよ。トルタヤ・ルガン、カロックに協力せよ」
「……承知しました、ルガン様」
「畏まりました、長老様」
「了解しました、爺様」

この場で一番上に立つ魔術師に、私達は頭を垂れる。長老とザインは同じ最上位でも、前者のほうがその地位により長くいる。仕事に関することでは、上の言葉に従うのが魔術師の掟だ。


引き締まった雰囲気のなか、長老の目がアティカに向く。いつもと様子が違う長老に、アティカは一生懸命に背筋を伸ばして向き合う。

「アティカ・リシーヴァよ。最上位魔術師二名の不在を補え」
「はい。……でも、なにをすればいいですか?」

アティカがおずおずと聞くと、長老の顔が好々爺に戻る。

「ご飯をたくさん食べて、よく寝て、たくさん笑う。それとお師匠さまの言うことはちゃんと聞くんじゃ。あと、夜ふかしは駄目で、お菓子の食べ過ぎもいかん。やるべきことや守るべきことがたくさんじゃ。最上位の代わりなので責任は重いぞ。出来るかの? アティカ」
「僕、一生懸命にがんばります!」

元気に返事をしたあと、アティカがあれ? という感じで小首を傾げる。

「長老様の代わりなら、お菓子はたくさん食べたほうがいいですよね?」

一瞬で場の空気が和らぎ、笑い声が上がる。やはり天使アティカが最強だった。


私の胸に飛び込んできた弟子を抱きしめていると、ザインがこちらをじっと見ていた。

無表情のままだけど、その目には想いが宿っている。息子のことを心から案じているのが伝わってきたので、私は任せてと小さく頷き返した。


しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

処理中です...