永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

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18.白い花の男の子

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お師匠さまと呼ばれるようになって四日目。

今、私とアティカは森の中で敷物の上に並んで座っている。新鮮な空気を吸いに来たわけではなく、昼食を届けに来たのだ。


今朝、私は長老から用事を頼まれた。

『配達人が急病での。あの二人に昼食を届けてくれんか? カロック』
『いいですけど、アティカのことをお願いしてもいいですか? 長老様』

昨日の告白や昨晩の夢があったから、本当は断りたかった。……でも、仕事に私情を挟むべきではない。

二人が作業している場所へは森を通り抜けるのが近道だったが、それでもかなり歩くことになる。なので、私一人で行くつもりだった。

『一緒に連れて行けば良かろう。ニーダルの森には珍しい動物がたくさんおるぞ、アティカ』

長老の言葉に目を輝かせるアティカ。その顔を見れば、お留守番していてねとは言えなかった。



ザインとトルタヤは別々の場所で作業していたので、まずはトルタヤに昼食を届けた。彼のほうが手前で作業していたからだ。
その足で森の奥にいるザインのところに向かっていると、途中で彼の紙魔鳥が飛んできた。

――『そこで待て。今向かう』


配達人に代わって私達が昼食を届けることは、事前に連絡していた。どうやら彼は途中まで来てくれるようだ。
アティカの足取りはまだ軽いけど、帰りのことを考えたら無理はさせたくなかった。

なので、この場で待つことにしたのだ。


「お父さん、遅いですね。お師匠さま」

敷物を広げてからまだ数分しか経っていないけど、待つ時間は長く感じるものだ。子供なら尚更だろう。私はアティカの気が紛れるように話し始める。

「ほら見て、アティカ。穴を掘っている動物がいるでしょ。あれは土牛といって、その穴に落ちた雌に求愛するのよ」

私が指差した先には、発情期の土牛の雄が土煙を立てて穴を掘っていた。

雄は満足のいく穴が掘れるまで何度も掘り直す。毎年失敗作として途中で投げ出された穴に、多くの人や家畜が嵌っていた。……大変に迷惑な習性である。


「どうして好きって言う前に穴に落とすんですか? 僕だったら、好きな子を穴に落としたくありません。怪我したら可哀想です」

アティカは納得できないという顔をしている。
全く以てその通りだと思う。なぜ、土牛はあの求愛方法で上手くいくのだろうか。

 ……私も知りたい。

学者や偉い人が調べているけど分からないのだと伝えた後、私は話を続ける。

「実は私もおかしな習性だと思っていたの。私が雌だったら、穴に落とされたくないもの」
「僕が土牛だったら可愛いお花をあげて、好きって言います。えっと……、こんなお花です! お師匠さま、どうぞ」

アティカはキョロキョロと辺りを見回して、咲いていた白い花を摘み取ると、私に差し出して来る。


――小さな手に握られた白い花。


二年前の懐かしい記憶が蘇ってくる。

あの時の花は萎れていて、渡してくれた男の子は顔を見せてくれなかった。
アティカの花は生き生きとしていて、笑顔を見せてくれている。

共通点は白い花と優しい気持ち……と小さな二つのほくろ。

男の子の親指の付け根にはほくろが二つ縦に並んでいた。それと同じものがアティカの手にあった。

たぶん、同じ仕草をしていなければ気づくことはなかっただろう。



「……二年前に白い花をくれたのはアティカなの?」

ハッとした顔をしてから、アティカはぎゅっと唇を結んで何度も首を横に振る。それは間違いなく否定の仕草だ。


でも、……あの子はたぶんアティカであっている。


あの日たまたま彼は母親によって、孤児院に昼間預けられていたのだろう。
女手一つで子を育てる場合、働いている日中は祖父母や知り合いに、子供を預かってもらうのが普通である。しかし、急病などでそれが出来ないとき、孤児院などに頼むのだ。
王都にそういう場所は多くない。アティカが王都育ちなのを考えたら、あり得ない偶然ではない。


そして、私に白い花をくれた。アティカはそのことを覚えている。だから、こんな反応をしているのだ。

私と父親ザインはこの子の前で、初日に大人げない態度を見せてしまった。二人は仲が悪いと思っているに違いない。

 ……言い出せないのよね。

二年前に私に花をあげたことを、大好きな父に知られたら嫌がられると、考えてしまったのだろう。
私はアティカに合わせることにした。

「ごめんね、勘違いしちゃって」
「………いいです」

一瞬ほっとした顔を見せたのに、だんだんと泣きそうな顔になっていく。

違うってことにしたい、だけど知っていて欲しい。それが素直な気持ちなのに、どうしていいのか分からないのだ。しっかりしているけど、まだたったの六歳だから……。


「帽子を被った男の子が、これと同じ花をくれたの。押し花にして今でも大切に取ってあるわ。いつかその子に会えたら、あの時はありがとうとお礼を言いたいの。あの帽子の下には、もしかしたらこんな綺麗な髪が隠れていたのかもしれないわね」

私は青銀の髪をそっと撫でたあと、親指の付け根にある二つ並んだほくろをトントンと優しく叩く。

アティカはキョトンとして首を傾げたあと、頬を染めてくしゃっと顔を崩す。

「きっとその子はものすごく喜んで、こう言うと思います――どういたしましてって!」

二年前は泣いていた子が、今嬉しそうに笑っている。


――まさか、また会えるなんて思ってもいなかった。
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