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13.可愛い宣戦布告
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『自慢の腰痛、ん? 間違えた、持病の腰痛が悪化しての。……すまん、二人で頑張ってくれ』
『おいっ、爺様。二人なんて無理だろうが。途中で息絶えてもいいから働け!』
『……承知しました、ルガン様』
トルタヤの怒声とザインの許諾が重なった。
魔術師は自分よりも等級が上の者に従い任務を遂行する。仮にそれが理不尽な命令で納得できないとしてもだ。……だから、私とトルタヤは羊を捕まえたりしている。
ましてやザインは最上位、その言葉は神のお告げのようなものである。
絶望に打ちひしがれたトルタヤは『俺、死ぬかも……』と呟きながら、ザインに従って防御術式の入れ替え作業に向かった。
これが初日の出来事なのだが、これには続きがある。
作業から戻ってきたトルタヤは興奮冷めやらぬ様子で『あれはもはや神の領域だっ!』と最上位魔術師を絶賛した。
ザイン・リシーヴァは並の魔術師とは違う。
彼ならばきっと一人でも一週間以内に防御術式の総入れ替えをやり遂げることだろう。
――ということで、長老はこの三日間なにもしていない。
それにしても、なぜザインは何も言わないのだろうか。長老を見ていれば、詐病だと気づいているはずだ。
上に立つ者は職務怠慢を見逃すことはない。まずは口頭で注意し、改善されなかったら次の段階――左遷や解雇――へと進む。
ザインは口頭ではなく、相手が隣にいても紙魔鳥を使っていたけど、それでも放置はしていなかった。
弱みを握られている?
そう言えば、長老は『借りを返せ!』と脅したと言っていたが、最上位を顎で使えるほどの恩とはなんだろうか?
もしや凄い人なのだろうかと思いながら長老に目をやると、白髭に焼き菓子のカスを付けていた。
――凄い人には到底見えない。
「うっほほ、蓼食う虫も好き好きと言うが、アティカの母親は物好きじゃな」
私達が何を話していたか知った長老は、お腹を抱えて笑う。
「お父さんのことは大好きだけど、僕もその通りだと思います」
「アティカの母親だけじゃ、あんな無口な男を口説こうと思うのは」
「お母さんは無謀な挑戦者だな、アティカ」
「はい! お母さんは凄い人です」
ここにいない最上位魔術師を話題にして、三人は楽しそうに笑っている。
……だけじゃありません、ここにもいます。
ザインを口説いた経験がある者がもう一人ここにいるとは、露ほども思っていないのだろう。
私だって昔の自分に『どうしてっ!』と言いたい。
とりあえず微妙な気持ちを隠すように笑っていると、トルタヤが気づいて『変な笑みだな~』と突っ込んでくる。私は『目が悪くなったのかしら?』とあしらう。
二年間も一緒に仕事をしていれば、お互いに気安くなってくるものだ。そんな私達をアティカがチラチラと見ていた。
「……あの、お二人は仲がいいですね……」
「おうっ、なんせ俺達は付き合っているからな」
「同僚だからよ、アティカ」
私達の口から出たのは異なる答えだった。
実はどちらも正しい。私達は表向きは付き合っていることになっているからだ。
魔術師は尊敬される職業なので、独り身だと結婚の話が持ち込まれる。
この地に来てから私も、ひっきりなしにお見合いを打診された。毅然と断ればいいのだが、そうもいかない事情があった。人間関係が密な田舎でけんもほろろな対応したら、冗談ではなく生活が立ちいかなくなるのだ。
――死活問題である。
悩んでいたら、付き合っているふりをすればいいじゃろと、長老から提案された。
トルタヤも同じことで困っていたので、利害が一致した私達はその名案に乗ったのだ。
と言っても、デートもしたことはない。
しかし、二人一緒に羊を追いかけている姿をたびたび目撃すれば、周りは良いよう解釈してくれた。それで十分だった。
ふと、アティカを見れば唇をかみしめて、今にも泣きそうな顔をしている。どうしたのと声を掛けようとしたら、その前に長老が素早く動いた。
――バシッ。
「……っ、爺様! なんで殴るんだよっ」
「純粋な子供に嘘を吐くでない。アティカ、二人は付き合っていないぞ。仕事仲間はこんなもんじゃ。もし仲良しに見えるなら、儂とカロックはもっとラブラブじゃ。なっ、カロック」
「そうですね、長老様」
長老のくだらない冗談で、アティカの顔に笑みが戻った。
利害の一致とか難しいことは言わなくていいだろうと思っていると、トルタヤがにやりと笑う。
「確かに今は付き合っていないけどさ、この先は分からない。だろ? アリスミ」
長老に対抗し笑いを取ろうと思ったのか、トルタヤもあり得ない冗談を口にする。
するとアティカがいきなり立ち上がった。
「お、……お師匠さまはトルタヤさんに渡しません!」
「それって、俺とアティカがライバルってことか? あっははは」
アティカはライバルを牽制するかのように、私に抱きついてきた。もちろん、私は弟子の抱擁を約束通りに受け入れる。
「そう思ってもらっていいです!」
えっ、これって……。
記念すべき初めての求婚は、六歳の可愛い男の子からであった。
『おいっ、爺様。二人なんて無理だろうが。途中で息絶えてもいいから働け!』
『……承知しました、ルガン様』
トルタヤの怒声とザインの許諾が重なった。
魔術師は自分よりも等級が上の者に従い任務を遂行する。仮にそれが理不尽な命令で納得できないとしてもだ。……だから、私とトルタヤは羊を捕まえたりしている。
ましてやザインは最上位、その言葉は神のお告げのようなものである。
絶望に打ちひしがれたトルタヤは『俺、死ぬかも……』と呟きながら、ザインに従って防御術式の入れ替え作業に向かった。
これが初日の出来事なのだが、これには続きがある。
作業から戻ってきたトルタヤは興奮冷めやらぬ様子で『あれはもはや神の領域だっ!』と最上位魔術師を絶賛した。
ザイン・リシーヴァは並の魔術師とは違う。
彼ならばきっと一人でも一週間以内に防御術式の総入れ替えをやり遂げることだろう。
――ということで、長老はこの三日間なにもしていない。
それにしても、なぜザインは何も言わないのだろうか。長老を見ていれば、詐病だと気づいているはずだ。
上に立つ者は職務怠慢を見逃すことはない。まずは口頭で注意し、改善されなかったら次の段階――左遷や解雇――へと進む。
ザインは口頭ではなく、相手が隣にいても紙魔鳥を使っていたけど、それでも放置はしていなかった。
弱みを握られている?
そう言えば、長老は『借りを返せ!』と脅したと言っていたが、最上位を顎で使えるほどの恩とはなんだろうか?
もしや凄い人なのだろうかと思いながら長老に目をやると、白髭に焼き菓子のカスを付けていた。
――凄い人には到底見えない。
「うっほほ、蓼食う虫も好き好きと言うが、アティカの母親は物好きじゃな」
私達が何を話していたか知った長老は、お腹を抱えて笑う。
「お父さんのことは大好きだけど、僕もその通りだと思います」
「アティカの母親だけじゃ、あんな無口な男を口説こうと思うのは」
「お母さんは無謀な挑戦者だな、アティカ」
「はい! お母さんは凄い人です」
ここにいない最上位魔術師を話題にして、三人は楽しそうに笑っている。
……だけじゃありません、ここにもいます。
ザインを口説いた経験がある者がもう一人ここにいるとは、露ほども思っていないのだろう。
私だって昔の自分に『どうしてっ!』と言いたい。
とりあえず微妙な気持ちを隠すように笑っていると、トルタヤが気づいて『変な笑みだな~』と突っ込んでくる。私は『目が悪くなったのかしら?』とあしらう。
二年間も一緒に仕事をしていれば、お互いに気安くなってくるものだ。そんな私達をアティカがチラチラと見ていた。
「……あの、お二人は仲がいいですね……」
「おうっ、なんせ俺達は付き合っているからな」
「同僚だからよ、アティカ」
私達の口から出たのは異なる答えだった。
実はどちらも正しい。私達は表向きは付き合っていることになっているからだ。
魔術師は尊敬される職業なので、独り身だと結婚の話が持ち込まれる。
この地に来てから私も、ひっきりなしにお見合いを打診された。毅然と断ればいいのだが、そうもいかない事情があった。人間関係が密な田舎でけんもほろろな対応したら、冗談ではなく生活が立ちいかなくなるのだ。
――死活問題である。
悩んでいたら、付き合っているふりをすればいいじゃろと、長老から提案された。
トルタヤも同じことで困っていたので、利害が一致した私達はその名案に乗ったのだ。
と言っても、デートもしたことはない。
しかし、二人一緒に羊を追いかけている姿をたびたび目撃すれば、周りは良いよう解釈してくれた。それで十分だった。
ふと、アティカを見れば唇をかみしめて、今にも泣きそうな顔をしている。どうしたのと声を掛けようとしたら、その前に長老が素早く動いた。
――バシッ。
「……っ、爺様! なんで殴るんだよっ」
「純粋な子供に嘘を吐くでない。アティカ、二人は付き合っていないぞ。仕事仲間はこんなもんじゃ。もし仲良しに見えるなら、儂とカロックはもっとラブラブじゃ。なっ、カロック」
「そうですね、長老様」
長老のくだらない冗談で、アティカの顔に笑みが戻った。
利害の一致とか難しいことは言わなくていいだろうと思っていると、トルタヤがにやりと笑う。
「確かに今は付き合っていないけどさ、この先は分からない。だろ? アリスミ」
長老に対抗し笑いを取ろうと思ったのか、トルタヤもあり得ない冗談を口にする。
するとアティカがいきなり立ち上がった。
「お、……お師匠さまはトルタヤさんに渡しません!」
「それって、俺とアティカがライバルってことか? あっははは」
アティカはライバルを牽制するかのように、私に抱きついてきた。もちろん、私は弟子の抱擁を約束通りに受け入れる。
「そう思ってもらっていいです!」
えっ、これって……。
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