永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

文字の大きさ
上 下
13 / 49

13.可愛い宣戦布告

しおりを挟む
の腰痛、ん? 間違えた、の腰痛が悪化しての。……すまん、二人で頑張ってくれ』
『おいっ、爺様。二人なんて無理だろうが。途中で息絶えてもいいから働け!』
『……承知しました、ルガン様』

トルタヤの怒声とザインの許諾が重なった。

魔術師は自分よりも等級が上の者に従い任務を遂行する。仮にそれが理不尽な命令で納得できないとしてもだ。……だから、私とトルタヤは羊を捕まえたりしている。

ましてやザインは最上位、その言葉は神のお告げのようなものである。

絶望に打ちひしがれたトルタヤは『俺、死ぬかも……』と呟きながら、ザインに従って防御術式の入れ替え作業に向かった。

これが初日の出来事なのだが、これには続きがある。

作業から戻ってきたトルタヤは興奮冷めやらぬ様子で『あれはもはや神の領域だっ!』と最上位魔術師を絶賛した。

ザイン・リシーヴァは並の魔術師とは違う。
彼ならばきっと一人でも一週間以内に防御術式の総入れ替えをやり遂げることだろう。


――ということで、長老はこの三日間なにもしていない。


それにしても、なぜザインは何も言わないのだろうか。長老を見ていれば、詐病だと気づいているはずだ。

上に立つ者は職務怠慢を見逃すことはない。まずは口頭で注意し、改善されなかったら次の段階――左遷や解雇――へと進む。

ザインは口頭ではなく、相手が隣にいても紙魔鳥を使っていたけど、それでも放置はしていなかった。

 弱みを握られている?

そう言えば、長老は『借りを返せ!』と脅したと言っていたが、最上位を顎で使えるほどのとはなんだろうか?

もしや凄い人なのだろうかと思いながら長老に目をやると、白髭に焼き菓子のカスを付けていた。 


――凄い人には到底見えない。


「うっほほ、蓼食う虫も好き好きと言うが、アティカの母親は物好きじゃな」

私達が何を話していたか知った長老は、お腹を抱えて笑う。

「お父さんのことは大好きだけど、僕もその通りだと思います」
「アティカの母親だけじゃ、あんな無口な男を口説こうと思うのは」
「お母さんは無謀な挑戦者だな、アティカ」
「はい! お母さんは凄い人です」


ここにいない最上位魔術師を話題にして、三人は楽しそうに笑っている。


 ……だけじゃありません、ここにもいます。

ザインを口説いた経験がある者物好きがもう一人ここにいるとは、露ほども思っていないのだろう。

私だって昔の自分に『どうしてっ!』と言いたい。

とりあえず微妙な気持ちを隠すように笑っていると、トルタヤが気づいて『変な笑みだな~』と突っ込んでくる。私は『目が悪くなったのかしら?』とあしらう。

二年間も一緒に仕事をしていれば、お互いに気安くなってくるものだ。そんな私達をアティカがチラチラと見ていた。

「……あの、お二人は仲がいいですね……」
「おうっ、なんせ俺達は付き合っているからな」
「同僚だからよ、アティカ」

私達の口から出たのは異なる答えだった。

実はどちらも正しい。私達は表向きは付き合っていることになっているからだ。


魔術師は尊敬される職業なので、独り身だと結婚の話が持ち込まれる。
この地に来てから私も、ひっきりなしにお見合いを打診された。毅然と断ればいいのだが、そうもいかない事情があった。人間関係が密な田舎でけんもほろろな対応したら、冗談ではなく生活が立ちいかなくなるのだ。

――死活問題である。

悩んでいたら、付き合っているふりをすればいいじゃろと、長老から提案された。
トルタヤも同じことで困っていたので、利害が一致した私達はその名案に乗ったのだ。

と言っても、デートもしたことはない。

しかし、二人一緒に羊を追いかけている姿をたびたび目撃すれば、周りは良いよう解釈してくれた。それで十分だった。

ふと、アティカを見れば唇をかみしめて、今にも泣きそうな顔をしている。どうしたのと声を掛けようとしたら、その前に長老が素早く動いた。

――バシッ。

「……っ、爺様! なんで殴るんだよっ」
「純粋な子供に嘘を吐くでない。アティカ、二人は付き合っていないぞ。仕事仲間はこんなもんじゃ。もし仲良しに見えるなら、儂とカロックはもっとラブラブじゃ。なっ、カロック」
「そうですね、長老様」

長老のくだらない冗談で、アティカの顔に笑みが戻った。

利害の一致とか難しいことは言わなくていいだろうと思っていると、トルタヤがにやりと笑う。


「確かに今は付き合っていないけどさ、この先は分からない。だろ? アリスミ」

長老に対抗し笑いを取ろうと思ったのか、トルタヤもあり得ない冗談を口にする。
するとアティカがいきなり立ち上がった。

「お、……お師匠さまはトルタヤさんに渡しません!」
「それって、俺とアティカがライバルってことか? あっははは」

アティカはライバルトルタヤを牽制するかのように、私に抱きついてきた。もちろん、私は弟子の抱擁を約束通りに受け入れる。 

「そう思ってもらっていいです!」

 えっ、これって……。

記念すべき初めての求婚は、六歳の可愛い男の子からであった。

 

しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

処理中です...