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12.弟子の母
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アティカの明るい口調に、私とトルタヤは揃って安堵の息を吐く。
トルタヤを気遣っての発言ではないのは、その表情から察せられた。大人の事情はともかくとして、アティカの母は間違いなくこの子にとって良い母親だったのだ。
アティカは二年ほど前から父親であるザインと二人で暮らしているという。
母親はすでに亡くなっているか、または子をザインに託して新たな人生を歩むことを選んだかのどちらかだろう。
詳しいことは知らないけれど、私は前者だと思っている。こんな可愛い子を捨てるはずないから。
もし私が母親なら離れられない――いいえ、絶対に手放さない。
トルタヤの手が愛おしそうに青銀の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「アティカのお母さんは素敵な人なんだな」
「はい、とっても!」
アティカは大きく頷いてから、母がどんな人なのか嬉しそうに話し始める。
私達は聞き役に徹して相槌を打つ。
アティカは普段よりもよく喋っていた。父親について話す時も、この子はこんなふうに楽しそうに話す。
――父と母に愛されて育った証拠だ。
私生児として生まれ、たぶん母の手元で育ったのだろう。父親は通ってくるだけで、一緒には暮らしていなかったはずだから。
だって私と暮らしていた……。
二股男に確認はしていないけど、思いっきり期間が被っているのだ。
魔術師の数は多くないから、派遣要請があったら出向くことになっている。
私も一年間ほど他の部署に派遣されたことがあった。
彼はその頃、他の女性と親しくなりアティカを授かったのだろう――計算したから間違いない。
そして、私が王都に戻った後も、彼は派遣だと偽って、膨大な魔力を持って生まれた我が子の元に通い続けたのだ。
……今思えば、派遣の回数が多かったな。
あの頃は『最上位魔術師は大変ね。ご苦労さま』と優しく労っていた。もし時間を巻き戻すことが出来たら自分に教えてあげた。
――『その男、二股してるから!』と。
ザインは何も話してこない。そして、私も尋ねたりしていない。今更、責めたところで意味はないからだ。
彼と再会して三日経つが、交わした会話は初日のこれだけ。
『……引き受けてくれて感謝します』
『……どういたしまして』
これだって可愛い弟子がいなかったら、私の返事は絶対に『……』だったろう。
「でもさ、無口なザインさんはどうやって口説いたのかなー。はっはは、全然想像できないや」
母について話すアティカの様子を見て、トルタヤが口を挟む。触れてはいけない話題ではなく、自然に話すことをこの子が望んでいると分かったからだ。
「お母さんが口説いたみたいですよ。お父さんは頷いただけだって聞きました」
「あっはは、それなら想像できるな。ザインさん、きっとあの表情のまま頷いたんだろうな」
そう言った後、トルタヤは顔から表情を消して無言のまま頷いてみせる。
「似てますね。お父さんにそっくりです」
「だろっ! ポイントは眉だ。絶対に動かしては駄目なんだ。アティカもやってみろ」
「はい!」
二人揃って楽しそうにザインのものまねを始める。こんなふうに最上位魔術師で遊ぶのは彼らだけだろう。
思わず笑っていると、筋張った手がにゅっと伸びてきて皿の焼き菓子を取る。
「おっ、これは美味いな。どれもう一つ頂こうか。ほへで、楽しそうに何を……喋ってほったんじゃ?」
長老は焼き菓子を口いっぱいに頬張りながら聞いてくる。
ちなみに彼は仕事が終わってここに顔を出したわけではない。……最初からしていないのだ。
――初日に長老は堂々と仕事の放棄を宣言していた。
トルタヤを気遣っての発言ではないのは、その表情から察せられた。大人の事情はともかくとして、アティカの母は間違いなくこの子にとって良い母親だったのだ。
アティカは二年ほど前から父親であるザインと二人で暮らしているという。
母親はすでに亡くなっているか、または子をザインに託して新たな人生を歩むことを選んだかのどちらかだろう。
詳しいことは知らないけれど、私は前者だと思っている。こんな可愛い子を捨てるはずないから。
もし私が母親なら離れられない――いいえ、絶対に手放さない。
トルタヤの手が愛おしそうに青銀の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「アティカのお母さんは素敵な人なんだな」
「はい、とっても!」
アティカは大きく頷いてから、母がどんな人なのか嬉しそうに話し始める。
私達は聞き役に徹して相槌を打つ。
アティカは普段よりもよく喋っていた。父親について話す時も、この子はこんなふうに楽しそうに話す。
――父と母に愛されて育った証拠だ。
私生児として生まれ、たぶん母の手元で育ったのだろう。父親は通ってくるだけで、一緒には暮らしていなかったはずだから。
だって私と暮らしていた……。
二股男に確認はしていないけど、思いっきり期間が被っているのだ。
魔術師の数は多くないから、派遣要請があったら出向くことになっている。
私も一年間ほど他の部署に派遣されたことがあった。
彼はその頃、他の女性と親しくなりアティカを授かったのだろう――計算したから間違いない。
そして、私が王都に戻った後も、彼は派遣だと偽って、膨大な魔力を持って生まれた我が子の元に通い続けたのだ。
……今思えば、派遣の回数が多かったな。
あの頃は『最上位魔術師は大変ね。ご苦労さま』と優しく労っていた。もし時間を巻き戻すことが出来たら自分に教えてあげた。
――『その男、二股してるから!』と。
ザインは何も話してこない。そして、私も尋ねたりしていない。今更、責めたところで意味はないからだ。
彼と再会して三日経つが、交わした会話は初日のこれだけ。
『……引き受けてくれて感謝します』
『……どういたしまして』
これだって可愛い弟子がいなかったら、私の返事は絶対に『……』だったろう。
「でもさ、無口なザインさんはどうやって口説いたのかなー。はっはは、全然想像できないや」
母について話すアティカの様子を見て、トルタヤが口を挟む。触れてはいけない話題ではなく、自然に話すことをこの子が望んでいると分かったからだ。
「お母さんが口説いたみたいですよ。お父さんは頷いただけだって聞きました」
「あっはは、それなら想像できるな。ザインさん、きっとあの表情のまま頷いたんだろうな」
そう言った後、トルタヤは顔から表情を消して無言のまま頷いてみせる。
「似てますね。お父さんにそっくりです」
「だろっ! ポイントは眉だ。絶対に動かしては駄目なんだ。アティカもやってみろ」
「はい!」
二人揃って楽しそうにザインのものまねを始める。こんなふうに最上位魔術師で遊ぶのは彼らだけだろう。
思わず笑っていると、筋張った手がにゅっと伸びてきて皿の焼き菓子を取る。
「おっ、これは美味いな。どれもう一つ頂こうか。ほへで、楽しそうに何を……喋ってほったんじゃ?」
長老は焼き菓子を口いっぱいに頬張りながら聞いてくる。
ちなみに彼は仕事が終わってここに顔を出したわけではない。……最初からしていないのだ。
――初日に長老は堂々と仕事の放棄を宣言していた。
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