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11.平凡な師匠と優秀な弟子

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「お師匠さまー。これでいいですか? それとも足りませんか?」

呼ぶ声に振り返ると、そこにはちょうどよい大きさに割られた薪の山があった。

 ……えっと、お願いしたのってほんの少し前だったよね?


『今日は木を割って薪を作ってみようね。アティカはやったことある?』
『ないです、お師匠さま』

魔力を紡いで目の前でやって見せると、アティカはじっと見つめながら『すごいです!』と目をキラキラさせていた――全く以て弟子の鑑良い子である。

『最初は上手く行かないと思うから無理しないでね、アティカ』
『はい、お師匠さま』

こんな会話を交わしたのは十五分ほど前のこと。
私は頑張っている弟子に振る舞おうと、美味しい紅茶と甘いお菓子を用意しているところだった。


数本出来たら『頑張ったね』と褒めて終わりにする予定だったけど、ゆうに一冬分の薪が積み上がっていた。


「す、凄く頑張ったね。……初めてだとは思えないわ」
「お師匠さまが分かりやすく教えてくれたおかげです、ありがとうございます」
「そ、そうかな……」

 ……絶対に違う。

「はい、教えるのがすごく上手です。僕の自慢のお師匠さまです」

アティカの嫌味のない返事に、私は苦笑いしながらお茶を淹れ始める。


私が師匠となって今日で三日目。
最初は弟子ごっこという名の子守に徹するつもりだった。

しかし、アティカは特別な子だった。
膨大な魔力を持っていて、それを紡ぐ術もすでに身につけていたのだ。

魔力は生まれ持ったものだけど、上手く紡げるかどうかは才能がものをいう。

だから魔力過多の子は怖れられる。 
魔力を抑える術を知らない幼少期に周りを危険に晒すだけでなく、その才自体が欠如していたらそもそも制御出来ないからだ。

『災いの芽』――これは魔力過多の子を指す蔑称。


ザイン・リシーヴァが幼い頃、家族から虐げられていたのもそれが理由だ。
師と出会い、救われたのだと彼は以前言っていた。

『今、師に感謝しています』
『ザインの師匠は素晴らしい人だったのね』
『厄介な人です。ですが、彼がいたからあなたに出逢えました』

私と彼は職場で知り合い、付き合い始めた。どうしてそこで師匠が出てくるのだろうと、私は首を傾げた。

『生きてて良かったです』

その言葉で意味が分かった。
魔力過多の子は秘かに身内によって処分されることがあると聞いたことがある。単なる噂だと思っていたけれど、そうではないのだ。
彼はそれ以上話さなかったけど、ただの隔離ではなく、死を意識するほどの虐待を受けたのだと知った。

『生き抜いてくれて、私を愛してくれて、本当にありがとう。ザイン、ずっと私のそばにいてね』
『約束します、アリスミ』

果たされなかった約束は、未だに記憶に刻まれたままだ。


もしかしたら、魔力過多の子は実際はもっといて、その殆どが表に出ることなく消えているのかもしれない。
魔術師でない者が魔力過多の暴走を止める唯一の方法――それは命を奪うこと。

他の家族を守るために一人を犠牲にする。辛い選択だけど、あり得ることだ。


アティカはザインの子供として生まれて幸運だった。

魔力は遺伝とは関係ないと言われている。現に私の両親は普通の人だった。もし、アティカの親が普通の人だったならば、今ここでこの子は笑っていなかったかもしれない。

 ザインのように苦しんでいたかも……。


きっと幼い頃からザイン父親によって、膨大な魔力の扱い方を教わっていたのだろう。

だからこんなにも魔力が安定していて上手に紡げるのだ。

 ……まあ、才能もあるけどね。

私は残念ながら才はない。だから頑張っているのに七等級で足踏みしているのだ。
知識はあるので教えることはなんとか出来る。でも、アティカのように一瞬で薪の山を築くことは無理である。


――平凡な師匠と優秀な弟子。

その関係は、素直な弟子のお陰で大変良好である。 



「お師匠さま、これすごく美味しいです」
「たくさん作ったから、好きなだけ食べてちょうだいね」
「はい、いただきます」

アティカは子供らしく甘いお菓子が好きだ。なので、私は可愛い弟子のために昨夜焼き菓子を作っておいた。

ぱくぱく食べる天使を眺めて癒やされていると、焼き菓子の皿に大きな手が伸びてきた。

仕事を終え戻ってきたトルタヤは、立ったままお菓子を口に放り込む。

「おっ、美味いな。さすがアリスミ」
「トルタヤさん、おかえりなさい」
「アティカ、今日もいい子だったか?」

トルタヤは青銀の髪をくしゃくしゃと撫でてから、アティカの隣に椅子を置いて、そこに座った。
素直なアティカはみなから可愛がられているのだ。

アティカは上目遣いで私のほうを見てきた。自分で『いい子でした』と言っていいか迷っているようだ。

普通なら六歳の子はそんなことで迷わない。

アティカは卑屈なわけではない、ただ少しだけ控えめなのだ。でも、私を見つめる目は『僕、いい子でしたよねっ、お師匠さま』と言っている。

子供らしい純粋な瞳に、思わず笑みが溢れる。


「とてもいい子だったわよ。ねっ、アティカ」
「はい! お師匠さま。トルタヤさん、僕、薪をたくさん作れたんです」

アティカはそう言いながら、薪の山を嬉しそうに指差す。
トルタヤは『おおー、びっくりした! アティカは天才だなっ』と大袈裟に喜んで、アティカを喜ばせている。

まだ三日しか経っていないけど、すっかりアティカはここに馴染んでいた。
愛される才能というものがあるのなら、間違いなくこの子はそれを持っている。


「アティカは魔力を紡ぐのも上手いし、術式の理解も驚くほど早い。まあ、父親譲りなんだろうな。そのうえ、礼儀正しく性格もいい。これはいったい誰に似たんだろうな? ザインさんはあんなに無口なのにさ、はっはは。……痛っ、おい、なんで蹴るんだよ。あっ……」

私はテーブルの下で、笑っているトルタヤの脛を蹴った。自分の失言に気づいた彼は、すぐにしまったという顔になる。

彼はこの三日間で最上位魔術師の凄さを目の当たりにした。
ザインは相変わらず無口らしいけれど、トルタヤはその部分さえ受け入れ尊敬している。

だから、軽口を叩いたつもりだったのだろう。


「アティカ、すまん!」

頭をテーブルにつけて謝るトルタヤに対して、アティカは手のひらを見せる形で二つの手を振ってみせる。

「気にしないでください、全然平気です。僕は見た目はお父さんに似てるけど、性格はお母さんに似てるって言われます」

アティカが母親について話すのは初めてだった。


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