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10.拒絶できない理由②
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「僕、もの凄く楽しみにしてました。カロックさんの弟子になれると聞いて。……あの、僕のいけないところはどこですか? 教えてください、がんばって直します!」
アティカは小さな手をぎゅっと握りしめて、私だけを真っ直ぐに見てくる。
どうやら私の失礼な態度を、自分のことを嫌っているからだと勘違いしているようだ。
そんなこと、絶対にないからね!
子供の前で大人気なかったと反省する。
二年前ザインはロザリーを選んだが、その3ヶ月後彼女は仕事で隣国へと渡った。
破局したという噂を随分前に聞いたことがあったけど、それは事実だったようだ。
もし関係が続いていれば、六歳になる子がザインを父と呼ぶはずはない。
『私、子供って嫌いなのよね~。うるさいし、すぐ泣くから。アリスミはよく平気ね?』
『子供は可愛いわ。それに騒ぐにも泣くにもちゃんと理由はあるのよ、ロザリー』
『だとしても無理~。でもアリスミに似た子なら可愛がれそう』
こう言っていた彼女が養子を迎え入れるはずはない。
ザインはアティカを養子にしたのだろう。縁戚から引き取ったのか、それとも結婚相手の連れ子か。
どちらかしら……?
彼が結婚しているかどうか知らないけれど、良い父親なのは確かだ。
ザインはアティカの隣に来ると床に膝をつけ視線を合わせ、その大きな手を小さな背に添えた。
――それはとても自然で優しい動作だった。
「お父さん、僕、余計なこと言った?」
ザインは無言のまま、首を横に振ってほんの少しだけ頬を緩める。
傍から見れば、息子に対して十分とは思えない態度だろう。義理だからかと勘ぐる人もいるかもしれない。
でもその瞬間、アティカの顔はぱあっと明るくなり、確かな親子の絆がそこにはあった。
「私もあなたが来るのを、もの凄く楽しみにしていたわ。改めまして、アリスミ・カロックよ。よろしくね、可愛いお弟子さん」
「はい! 僕のことはアティカと呼んでください。えっと、……カロック様と呼べばいいですか、それともアリスミ様のほうが――」
「ふふ、師匠でいいわ。だって、アティカは私の弟子なんだから」
しゃがんだままのザインが小さく頭を下げてきたので、私も返す。
彼と関わるのは不本意だけど、父親としての彼とはそこそこ上手くやっていけそうだ。
少しだけほっとしていると、アティカが慌てて被っていた黒衣を外す。
「ごめんなさい、脱ぐのを忘れてしまって……」
「そんなこと気にせんで良いぞ、可愛いひ孫よ」
「爺様、ひ孫は俺だ」
「嫌じゃ、可愛くないひ孫など」
「悪かったな、曽祖父に似たんだよ」
くだらないやり取りに、アティカが笑い声を上げる。
私は一緒に笑えなかった。
「アティカ、長老のことは気にするな、ちょっとぼけているだけだから。そして、その黒衣もな」
「はい、ありがとうございます。長老様、トルタヤさん。お師匠さま?」
口をぽかーんと開けたままの私を、心配そうに見上げてくるアティカ。
彼はとても可愛らしい顔をしていた。
青銀の髪、切れ長の目、真っ直ぐに伸びた鼻梁、それに……。
どこを探しても、ザインとアティカの相異は見つからない。
年齢的なものとその表情は違えどアティカはザインそのもので、血の繋がった親子なのは一目瞭然である。
――この子が生まれたのは六年前。
その頃私と付き合っていたはずよね?
隠し子という事実に理解が追いつかない。……全然気づかなかったから。
呆然としている私に、アティカが話し掛けてくる。
「あの、先に話しておきます。僕はお父さんの子です。だけどお母さんと結婚していません。……たぶん、これからもしません。私生児だと弟子になれませんか……」
父親が有名だからこそ、周りからいろいろ言われてきたのだろう。そうでなければ、六歳の子が自分のことを私生児と言うはずない。
その境遇を思うと、胸が締め付けられる。
――アティカに罪はない。
お前にはある、ザイン・リシーヴァ!
純粋無垢な瞳に気づかれないように、私はキッと悪の元凶を睨みつける。
よくも私の前に顔を出せたわね。無表情ではなくて、面の皮が厚すぎて表情筋の動きが隠れているのではないの?
なにが特別よ、二股していたくせに!
心のなかで罵詈雑言を吐いて、一旦、心を落ち着かせる。
「私は可愛い弟子を手放すつもりはないわ。嫌だと言っても一週間は離さないんだから。こんな師匠は嫌かしら? アティカ」
「いいえ、嫌じゃないです! すごく、ものすごく、大好きです。お師匠さま」
アティカは勢いよく私に抱きついて、子供らしく喜びを体で表現する。
「あっ、ごめんなさい……」
慌てて私から離れようとする小さな体を引き戻す。
ふわっと懐かしい香りに包まれた。
これってどこかで……。
少し考えてから、孤児院の子供達と同じ匂いなのだと気づく。
記憶ではなく体が覚えている心地よい香り。
「抱きついていいのよ。うーん、ちょっと違うわね。これは最初の教え――可愛い弟子はこれからも師匠に遠慮なく抱きつくこと。出来るかしら?」
「はい、できます! お師匠さま」
アティカは遠慮なく抱きついて、私の胸に顔を埋めてくる。
こんな可愛い弟子を拒む理由など一つもない。
アティカは小さな手をぎゅっと握りしめて、私だけを真っ直ぐに見てくる。
どうやら私の失礼な態度を、自分のことを嫌っているからだと勘違いしているようだ。
そんなこと、絶対にないからね!
子供の前で大人気なかったと反省する。
二年前ザインはロザリーを選んだが、その3ヶ月後彼女は仕事で隣国へと渡った。
破局したという噂を随分前に聞いたことがあったけど、それは事実だったようだ。
もし関係が続いていれば、六歳になる子がザインを父と呼ぶはずはない。
『私、子供って嫌いなのよね~。うるさいし、すぐ泣くから。アリスミはよく平気ね?』
『子供は可愛いわ。それに騒ぐにも泣くにもちゃんと理由はあるのよ、ロザリー』
『だとしても無理~。でもアリスミに似た子なら可愛がれそう』
こう言っていた彼女が養子を迎え入れるはずはない。
ザインはアティカを養子にしたのだろう。縁戚から引き取ったのか、それとも結婚相手の連れ子か。
どちらかしら……?
彼が結婚しているかどうか知らないけれど、良い父親なのは確かだ。
ザインはアティカの隣に来ると床に膝をつけ視線を合わせ、その大きな手を小さな背に添えた。
――それはとても自然で優しい動作だった。
「お父さん、僕、余計なこと言った?」
ザインは無言のまま、首を横に振ってほんの少しだけ頬を緩める。
傍から見れば、息子に対して十分とは思えない態度だろう。義理だからかと勘ぐる人もいるかもしれない。
でもその瞬間、アティカの顔はぱあっと明るくなり、確かな親子の絆がそこにはあった。
「私もあなたが来るのを、もの凄く楽しみにしていたわ。改めまして、アリスミ・カロックよ。よろしくね、可愛いお弟子さん」
「はい! 僕のことはアティカと呼んでください。えっと、……カロック様と呼べばいいですか、それともアリスミ様のほうが――」
「ふふ、師匠でいいわ。だって、アティカは私の弟子なんだから」
しゃがんだままのザインが小さく頭を下げてきたので、私も返す。
彼と関わるのは不本意だけど、父親としての彼とはそこそこ上手くやっていけそうだ。
少しだけほっとしていると、アティカが慌てて被っていた黒衣を外す。
「ごめんなさい、脱ぐのを忘れてしまって……」
「そんなこと気にせんで良いぞ、可愛いひ孫よ」
「爺様、ひ孫は俺だ」
「嫌じゃ、可愛くないひ孫など」
「悪かったな、曽祖父に似たんだよ」
くだらないやり取りに、アティカが笑い声を上げる。
私は一緒に笑えなかった。
「アティカ、長老のことは気にするな、ちょっとぼけているだけだから。そして、その黒衣もな」
「はい、ありがとうございます。長老様、トルタヤさん。お師匠さま?」
口をぽかーんと開けたままの私を、心配そうに見上げてくるアティカ。
彼はとても可愛らしい顔をしていた。
青銀の髪、切れ長の目、真っ直ぐに伸びた鼻梁、それに……。
どこを探しても、ザインとアティカの相異は見つからない。
年齢的なものとその表情は違えどアティカはザインそのもので、血の繋がった親子なのは一目瞭然である。
――この子が生まれたのは六年前。
その頃私と付き合っていたはずよね?
隠し子という事実に理解が追いつかない。……全然気づかなかったから。
呆然としている私に、アティカが話し掛けてくる。
「あの、先に話しておきます。僕はお父さんの子です。だけどお母さんと結婚していません。……たぶん、これからもしません。私生児だと弟子になれませんか……」
父親が有名だからこそ、周りからいろいろ言われてきたのだろう。そうでなければ、六歳の子が自分のことを私生児と言うはずない。
その境遇を思うと、胸が締め付けられる。
――アティカに罪はない。
お前にはある、ザイン・リシーヴァ!
純粋無垢な瞳に気づかれないように、私はキッと悪の元凶を睨みつける。
よくも私の前に顔を出せたわね。無表情ではなくて、面の皮が厚すぎて表情筋の動きが隠れているのではないの?
なにが特別よ、二股していたくせに!
心のなかで罵詈雑言を吐いて、一旦、心を落ち着かせる。
「私は可愛い弟子を手放すつもりはないわ。嫌だと言っても一週間は離さないんだから。こんな師匠は嫌かしら? アティカ」
「いいえ、嫌じゃないです! すごく、ものすごく、大好きです。お師匠さま」
アティカは勢いよく私に抱きついて、子供らしく喜びを体で表現する。
「あっ、ごめんなさい……」
慌てて私から離れようとする小さな体を引き戻す。
ふわっと懐かしい香りに包まれた。
これってどこかで……。
少し考えてから、孤児院の子供達と同じ匂いなのだと気づく。
記憶ではなく体が覚えている心地よい香り。
「抱きついていいのよ。うーん、ちょっと違うわね。これは最初の教え――可愛い弟子はこれからも師匠に遠慮なく抱きつくこと。出来るかしら?」
「はい、できます! お師匠さま」
アティカは遠慮なく抱きついて、私の胸に顔を埋めてくる。
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