永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと

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3.奪われた居場所

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二人の視線が私に注がれる。待っているのだ、私という憂いが完全になくなるのを。

彼らに対して何もなかったように接することは出来なくとも、それを仕事に持ち込むような真似――悪口なんて言ったりしないのに。

私を信用できないようだ、……それは私も同じ。
 

「私はあなた達の邪魔はしないわ。もう昔の気持ちを思い出すこともない。誓ってあげる、――恋人にも親友にも二度と戻らないと。だから心配はいらないわ」

ザインへの想いもロザリーに抱いていた友情も、すでに綻んでいる。六年掛けて積み上げた想いでも、崩れるのは一瞬だった。

私の言葉にロザリーは満面の笑みで応え、ザインは何も言わずに頷いた。
そして、彼らは『目覚めて本当に良かった』と最後に告げ、入ってきた時と同じように二人揃って病室から出ていった。


彼らが最後に残した言葉に嘘はなかった。

もし私が死んでいたら、彼らは私から解放されずにいただろう。こうして区切りをつけたことで、彼らは罪悪感なく前に進めるのだ。


「何のために……私は目覚めたのかしら……」

私だけが取り残された静まり返った病室で、教えてくれる人は誰もいなかった。





麻痺した心とは裏腹に、私の体は順調に回復していく。
見舞いに来た同僚の魔術師達は、みな一様に私の目覚めを心から喜んでくれた。

しかし、誰もが特定の話題を避けている。気を遣ってくれているのだと嫌でも分かった。

私とザインは付き合って暫く経つと小さな家を借りて一緒に暮らし始めた。でも別れたあと彼はその家を出て、魔術師に提供されている寮に移ったという。

この意味が分からない人なんていないだろう。


私は『そんなに急がなくとも……』と渋る医者を説得して、職場への早期復帰を決めた。
仕事をしていたほうが気が紛れるし、なにより周囲の腫れ物に触るような扱いを終わらせたかった。

 うん、早く大丈夫だと分かってもらわないと!


復帰を翌日に控えたある日。
私は『よしっ!』と気合を入れて、懐かしい職場へと挨拶のために顔を出した。

「ご迷惑をお掛けしました、明日からまたよろしくお願いします」
「カロック、良かったな」
「迷惑なんて思っていないから。待っていたよ、カロック」
「二ヶ月間も昏睡状態だったんだから無理しないで、徐々にならしていけばいいよ」

同僚達は口々に歓迎と労りの言葉を送ってくれる。

彼らの変わらぬ態度にほっとしていると、黒い紙魔鳥が飛んできて近くの机にとまった。
黒を纏うのは魔術師長からの伝達の時のみと決まっている。


「八等級魔術師アリスミ・カロック、本日付でニーダル支部への異動を命じる。手配した馬車は南門から正午に出発する。時間厳守である。以上」
「えっ……」

二ーダルとは王都から遠く離れた辺境の地で、そこの支部から魔術師の補充要請は出ていなかった。

紙魔鳥が告げた連絡を聞いて周囲がザワつく。任期途中での辞令は前例がなく、そのうえ異動する正当な理由もなかったからだ。


そんな中、驚いていない魔術師が二人だけいた。私の元恋人と元親友だ。

三等級魔術師といえども上を動かす力は流石にない。けれども、最上位魔術師なら可能である。

『仕事に集中できない』と一言呟けばいいだけだ。八等級と最上位、王都から欠けて困るのはどちらかなんて決まっている。

邪魔者元恋人を追い払うために、裏でザイン・リシーヴァが動いたのは容易に察せられた。

それがロザリーの願いなのか、彼の願いなのか、それとも二人の共通する願いなのかは知らない。
分かっていることはただ一つ――私にはこの決定を覆す力がないということ。


優しい同僚達は私に掛ける言葉を見つけることが出来ずにいた。この理不尽な辞令に文句を言えば、最上位魔術師に目をつけられるかもと危惧しているのだろう。この状況でのザインの無表情を『圧』と感じているのだ。

嫌な緊張感がこの場に漂い、ざわつきが沈黙へと変わる。

「あー、ちょうど良かったです。綺麗な空気を吸いたいと思っていたので。それに王都から出たことがなかったのでわくわくします。ニーダルの名物って確か目隠し串焼きですよね? 衣で隠れているから中身は食べてみるまで分からない。ふふ、今から楽しみです」

私が沈黙を破ると、同僚達はぎこちない笑みを浮かべながら続く。

「そ、そうだなっ! 王都は人が多いから空気が悪い、住むなら田舎が一番だ」
「そうね! 自然豊かなところで生活できるなんて羨ましいわ。カロック、遊びに行くわねっ」
「落ち着いたら連絡しますね、みなさん。申し訳ありませんが、私だけ新鮮な空気を存分に吸って長生きさせていただきます。ご長寿魔術師という二つ名は未来の私のものですから、誰も使わないでくださいね。絶対ですよ!」

もの凄く真面目な顔をして私が念を押すと、どっと笑い声があがった。みなが浮かべていた作り笑いが、本物の笑みに変わる。

 ……これでいいわ。

無関係の彼らに気まずい思いをさせたくない。


十七歳で魔術師となった私は王都に配属され、六年間ずっとここで働いている。
いろんな人と出会い、たくさんのことを教えてもらい、多くの人に支えられてきた。良い思い出だけじゃないけれど、それでも私が築いた大切な居場所。


 ……たぶん、もう二度と戻って来れない……。


「みなさん、長い間本当にお世話になりました」 

私は深々と頭を下げてから、六年間勤めた居心地のいい職場を笑顔であとにした。


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